1970年代~1990年代を代表するサウンドを作って来たミキシングコンソール、Harrison Audioの32C。たとえばマイケル・ジャクソンの「Thriller」や「Bad」、ポール・サイモンの「Graceland」さらには、AC/DC、ジェネシス、ジャネット・ジャクソン、ELO、レッド・ツェッペリン……など名だたるアーティストが使ってきたコンソールです。そのHarrison Audio 32Cのプリアンプを現代に復活させ、オーディオインターフェイスとドッキングさせたという製品、32Ci(税込小売価格77,000円)が誕生しました。
これは本家であるHarrison AudioとiCON Pro Audioが共同開発したもので、32Cコンソールのエッセンスを凝縮したもの。単にプリアンプを再現するだけでなく、32Cのチャンネルストリップに搭載されたハイパスフィルター、ローパスフィルターを再現するとともに、これらのフィルターによるわずかなレゾナンスをエミュレーションするBump機能なども搭載した、非常にユニークな機材となっています。最高で24bit/192kHzに対応した12in/12outのオーディオインターフェイスとして使える一方、ここにUSB経由でiPhoneやAndroidまた、別のPCなどともダブルで接続することで、ミックスした音をそのまま配信できるユニークな機能も備わっています。実際どんな機材なのか試してみたので、紹介してみましょう。
ちょっと変わった雰囲気の12in/12outのオーディオインターフェイス
コンパクトで高機能なフィジカルコントローラー、Platformシリーズなどで人気のiCON Pro Audio(以下、iCON)。国内では取り扱われなかった製品も多いものの、同社ではこれまでも数多くのオーディオインターフェイスを開発、販売してきました。そのiCONが、今回、アメリカのコンソールメーカーの老舗、Harrison Audioと共同開発という形で非常にユニークなオーディオインターフェイス、32Ciなるものを発売したのです。
ブラックボディーで両サイドに木目調の装飾が施された、ビンテージシンセサイザ風なデザイン。
実はこれ、iCONのフィジカルコントローラーであるP1-XやP1-nanoと並べるとピッタリ揃う大きさ、形状になっているのもユニークなところです。
リアを見ると右側にメインとなるマイク入力/ギター入力共用のコンボジャックが2系統あり、その左にはライン入力として3ch/4chが縦に並んでいます。さらにその隣にはメイン出力のL/R、サブ出力のL/Rの4ch分が並んでいます。
その左にはMIDIの入出力があり、さらに左にはADATの入出力そしてUSB Type-C端子などが並んでいる格好です。これらアナログの4in/4outとADATにおける8in/8outを足し合わせてトータル12in/12outというのが32Ciの基本スペックとなっているのです。
一方、フロントには2つのヘッドホン出力が用意されています。左がアナログの1/2ch、右が3/4chとなっており、それぞれノブで音量コントロールをしたり、PC出力とダイレクトモニタリングのバランス調整ができるようになっています。
最大の特徴は1ch/2ch独立に搭載されたプリアンプと32Ciフィルター
そこまでであれば、よくあるオーディオインターフェイス、ということになりますが、この32Ciの最大のポイントは、これがHarrison Audioとの共同開発で、ここに昔のサウンドを再現するエッセンスが施されている、という点です。このサウンド面は完全にアナログ回路で構成されており、そのアナログ回路がこの32Ciの中に入っているのです。
その1つ目となるのが2系統用意されているMic/Instの入力にあるプリアンプです。これは往年の名器であるHarrison Audio 32Cに搭載されてたものと同等のプリアンプであり、これを通すことで暖かく透明感のあるサウンドに仕立てることができるのです。
実際、コンデンサマイクを接続して試してみると、気持ち良い音で録ることができます。最近の超クリアなHi-Fiサウンドではなく、いい感じに中域が持ち上がった感じでありつつ、妙なビンテージ感を演出しているわけではないので、凄く使いやすそうです。このプリアンプ、内部にトランスを内蔵しているとのことで、これがいい感じのニュアンスを演出しているのだと思います。
一方で、このプリアンプとは別に32Ciフィルターなるものも1ch/2chそれぞれ独立した形で搭載されています。これも往年の32Cコンソールを受け継ぐもの。この32Cコンソールでは、ソースに含まれる不要なランブルやヒスに対処するために、革新的なハイパス/ローパス・フィルターを搭載し、これが業界に革命をもたらしたのだとか。現在において、そうしたランブルノイズやヒスノイズは特別気にすべきものではないと思いますが、このフィルターを通すことで、ノイズ除去目的だけではなく、独特な音になることから、ある意味エフェクト的にも使われていたようですが、そのフィルターが32Ciフィルターとしてこのオーディオインターフェイスに搭載されているのです。
このフィルターを使うには1ch/2chそれぞれに用意されているInボタンを押すことで機能します。これによってHarrison 32Cコンソールでの動作と同じようになるのです。その上でLP=ローパスフィルター、HP=ハイパスフィルターのツマミを動かすことで、かなり強力にフィルターがかかります。そう、EQではなくフィルターなので、シンセのようにかなり強力にサウンドが変化するのも面白いところです。
またユニークなのがその隣にあるBumpボタン。これはLPではなくHP側のカットオフ周波数でわずかな共振が発生するというもの。これにより、カットオフ以下の不要な周波数をフィルタリングしながら、知覚される低音エネルギーの一部を保持することができます。ある種のレゾナンス機能といってもいいかもしれません。かなりマニアックな音作りにはなりますが、このオーディオインターフェイスならではのサウンドに仕立て上げることができるのです。
12in/12outと書いてあるけど、実は28in/28out !?
さて、製品説明サイトを見ても、マニュアルを見ても、このオーディオインターフェイス、32Ciは12in/12outのオーディオインターフェイスである、と記載されています。が実際に使ってみるとそうではないですよ。
Macでは22in/22out、Windowsにおいては28in/28outのオーディオインターフェイスとしてDAWから認識されるのです。これはどういうことなのでしょうか?先にWindowsがMacよりも6ch多い点についていうと、これはシステム上そのように見えるだけで、あまり意味のある違いではありません。そうWindowsではASIO、WDM、MMEといった異なる規格のオーディオドライバがありますが、それを橋渡しするためのポートが必要で、その結果、28in/28outとして見えるだけであり、VC1~VC6というチャンネルは基本的には使いません。とはいえ、このVC1~VC6に出力したものを、たとえばOBSのような配信ソフトに送るとか、反対にゲームソフトなどWDMやMME対応ソフトで出力して、それをASIOを介してDAWに取り込むといったことも可能なので、アイディア次第でいろいろな使い方も可能ではあります。
では、ほかはどうなのでしょうか?まず前述のとおりアナログの入出力は4in/4outであり、ADATで8in/8outあるので、ここまでで12in/12outです。さらに、これも前述のとおり、OTGと書かれたUSB Type-C端子があり、ここにiPhone/iPad、Androidなどを接続することができ(実はWindowsやMacでもOK)これらのスマホ、コンピュータと2in/2outができるようになっているのです。
さらにループバックがステレオ3系統、つまり6chあるのでトータルで22in/22outとなっているのです。
2つのUSB-C端子装備で、コンピュータとスマホの両方を同時に接続できる!
では、そのOTGと書かれたUSB端子、どういう目的でどのように使うといいのでしょうか?使い方はアイディア次第だと思いますが、まず最初にあげられるのが配信です。つまりある意味、32Ciをミキサーとして見立てた際、そのミックス結果をスマホ側に劣化なしでデジタルのまま送って、スマホから配信を行うという使い方です。
この際、メインのUSBに接続しているDAWなどで音を作りこんでいくことも可能なので、DAW環境のPCに負荷を一切かけることなく独立して配信できるのはとても便利そうです。もちろん、スマホではなく、別のコンピュータを接続して、OBSで配信…といった使い方も可能です。
一方で、OTG側に接続したスマホ/コンピュータは2in/2outと出力だけでなく入力としても利用可能です。つまりスマホ側でBGMを流す、オケを流すなど、スマホを音源として活用することも可能となっているのです。
ちなみにOTG=On The Goなので、いわゆるOTGアダプタやLightning-USBアダプタなどを介して接続する必要があるのですが、iPhone 13以降のUSB Type-C端子のiPhoneの場合、普通にUSB Type-C同士のケーブルで接続して問題なく使うことができました。
強力なソフトウェアコンソールも搭載
基本的に32Ci本体だけで操作は可能ですが、ADATの入力のバランス調整やエフェクトでの調整……となってくるとこれ単体では限界があります。もちろんDAWと組み合わせることでもたいていのことは可能ではあるのですが、ここには32Ci専用のミキシングコンソールのソフトが用意されているのです。
IO Proというソフトで、これはiCONのWebサイトからWindows用、Mac用それぞれをダウンロードできるようになっており、これを起動すれば自動的に32Ciを認識して使えるようになっています。
前述のとおりWindowsであれば28in、Macであれば22inが利用可能なコンソールソフトウェアであり、各チャンネルごとにレベル調整、PAN調整ができるほか、AUXが4系統用意されており、ここへのセンド/リターンの設定も可能になっています。
ただし、このIO Pro自体にEQやダイナミックス機能は搭載されていません。では、どうするのか?実はここでWindowsであればVST2およびVST3、MacであればAUとVST2、VST3のプラグインを読み込めるようになっており、ここで自由にプラグインエフェクトを使っての音作りが可能になっているのです。
非常に軽いソフトなので、DAWを一切使わなくてもこのIO Proでミックス作業、音作り作業を完結させることが可能になっているのです。
数々のプラグインやDAWもバンドル。DOTEC-AUDIOのBasic Editionも
そのIO Pro、DAWユーザーであれば、すでにインストールされているプラグインをそのまま使うことができるわけですが、配信用途などで、初めて導入するので、DAWなどは一切持っていないという方もいるかもしれません。
そんな方でもIO Proを積極的に利用できるように、iCONでは、32Ci用のバンドルソフトを数多く用意してくれています。
まずDAWとしてBitwig StudioとBitwig 16-Trackのそれぞれが入手できるほか、Tracktion DAW Essentialも入手することが可能です。
さらに、Harrison Audio特製プラグインとしてボーカル用プラグインの32C Vocal Intencity Processorとライブパフォーマンス用プロセッシングツールのAVA Liveもダウンロード可能です。32C Vocal Intencity Processorは89.99ドル、AVA Liveは179ドルなので、これだけで4万円以上の価値がある感じですね(2025年1月現在)。ちなみに、これら2つのプラグインは32Ci自体がドングルとして機能するプロテクトがかかっています。
さらに「録音した音声をAIがいい感じに仕上げてくれるiZotope VEAを声優・小岩井ことりさんと一緒に試してみた」という記事でも紹介したことがあったiZotopeのVEA、そしてKiloheartsのエフェクトなども入手可能となっているのですが、ちょっと驚いたのは、このバンドル一覧の中にDOTEC-AUDIOがはいっていること。
以前インタビューなどで、海外でも頑張って展開しているという話は聞いていましたが、しっかりやっているんですね。ちなみにこれをインストールしてみると、普段見かけない特別バージョンとなっていました。具体的にはDeeGate、DeeMax(Basic)、DeePopMax(Basic)、DeeTrim(Basic)、DeeTrimCast(Basic)、DeeWider(Basic)のそれぞれを一括インストールできるようになっているのです。実際使ってみるとBasic Edtionという表示がされるとともに、いくつかの機能が使えなくなっています。とはいえ、デモ版ではないので、これでも十分使うことができ、さらに機能解除したい人は通常版を!ということで、プロモーション的な位置づけになっているんでしょうね。ぜひ、どんどん海外展開してほしいところですね。
以上、Harrison AudioとiCONが共同開発したユニークなオーディオインターフェイス、32Ciについて紹介してみました。ぜひ、70~90年代のサウンドを手に入れたいという人は試してみてはいかがでしょうか?
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