TR-808やTB-303などの開発者で元Roland社長の菊本忠男さんが開発した新兵器X Modal Musicは世界に革命を起こすか!?

ヤオヤの愛称で知られるRolandのリズムマシンTR-808や、現在サウンドで必須のベースマシンTB-303をはじめ、Rolandの数多くの電子楽器の開発に携わり、まさに技術一筋で生きてこられた、元Roland代表取締役である菊本忠男さん。Rolandを卒業された後も、多方面の技術開発を行っており、御年84歳となる現在もバリバリの現役エンジニア。以前は「TR-808の開発者、元Roland社長の菊本忠男さんらアナログマフィアがVST/AUに対応した21世紀版の808、RC-808を無料リリース」といった記事で、菊本さんの活動を取り上げたこともありましたが、その菊本さんがライフワークとして手掛けているのが「サイレント・ストリート・ミュージック」(Silent Street Music:SSM)という世界です。騒音問題などから邪魔者にされるストリート・ミュージシャンを救い、新たな音楽の世界を作ろうという菊本さんの構想です。

その菊本さんの目指すSSMは、東京・渋谷でも賛同され、ここ1、2年SSMを用いたライブイベントが何度も行われています。そうした中、11月には、いわゆるストリート・ミュージックとは違う方向性のものですが、「サイレント阿波踊り」なるものが行われたのです。ここには菊本さんが開発するとともに、自作した新兵器「X Modal Music」(クロスモーダルミュージック)のシステムが数十台が持ち込まれ、実戦投入されたのです。今後世界に大きな革命をもたらす可能性もあるこのX Modal Musicのシステムとは何なのか、紹介してみましょう。

TR-808やTB-303の開発者である菊本忠男さんが、また革命的デバイスを開発!?

サイレント・ストリート・ミュージックとは

ヨーロッパなどではストリート・ミュージック=路上ライブは、ごく当たり前の文化として見かける一方、日本では警察による取り締まりも厳しくなってきており、社会から邪険にされている、というのが実際のところだと思います。道路を使用するには管轄の警察署長の許可が必要であったり、道路に人が集まると交通に悪影響を及ぼすということから道交法違反となったりします。また音がうるさいと通報されたり、自治体によっては条例などで規制されているところもあり、ストリート・ミュージシャンにとっては、なかなか生きづらい国でもあります。

現在も勢力的にさまざまな機器やソフトウェアの開発を行っている菊本さん

そうしたストリート・ミュージシャンたちがもっと自由に演奏できるように……とサイレント・ストリート・ミュージック(SSM)というコンセプトを掲げて応援し、支援しているのが、TR-808やTB-303の開発者である菊本忠男さん。道交法違反を解決できるかどうかはともかく、外に音を出さずに聴衆がヘッドホン・イヤホンで音楽を聴くというスタイルを推奨しようとRoland在籍時代から活動されてきたのです。

当初行ってきたシステムはいたってシンプル。PAは用いず、ギターアンプやベースアンプなども使わないで、すべての演奏はラインでミキサーへ。ドラムも生ドラムではなくエレクトリックドラムを使ってミキサーへ送るわけです。そのミックスした音をFMラジオの周波数帯を用いたワイヤレスシステムで飛ばすのです。これにより見に来た人は、自分のFMラジオで受信するとともに、ヘッドホン・イヤホンで聴くことができる、というわけなのです。以下のビデオは以前SSMの実験を捉えたものなので、これを見ると分かりやすいと思います。

このスタイルであれば、すぐ隣に別のバンドがいたとしても、音がぶつかり合うことはありません。そしてそれぞれのワイヤレスで飛ばす周波数を違うものにしておけば、同時に演奏していてもOKで、集まった聴衆は聴きたいバンドの周波数に合われば、その音だけを聴くことができるし、周波数を変更すれば別のバンドの演奏を聴くこともできる、というわけです。

もちろん誰もがFMラジオを持ち歩いているわけではないので、これまで菊本さんを中心としたSSM推進事務局では、浜松駅周辺や東京・渋谷などでSSMによるイベントを実施するとともに、その場でFMラジオとヘッドホンのセットの貸し出しを行っていたのです。

SSMのイベントでは来場者にFMレシーバーとヘッドホンのセットの貸し出しを行っている

こうしたSSMについては以前AV Watchの連載記事「音の出ない路上ライブ!? 電子楽器のレジェンドが手掛けるSilent Street Musicを体験」や「静かにアガレ!? イヤフォンで聴く渋谷サイレントライブに行ってみた」で取り上げたこともありました。

Bluetoothの新規格、LE AudioのAuracastが世界を変える

そのSSMの活動とちょうど呼応するかのように登場してきたのがBluetoothの新規格であるLE Audioの機能のひとつであるAuracast(オーラキャスト)です。AuracastはBluetoothを使って放送するかのように、複数の人に音を届けることが可能というもので、チャンネルを切り替えることで同時に複数の放送が可能となったシステムなのです。

まだ正式にAuracast対応と謳っているヘッドホン、イヤホンは少ないもののJBL、クリエイティブ・メディアなど複数のメーカーが対応製品の発売を開始しているほか、オーディオテクニカ、ソニーなどLE Audio対応のイヤホン、ヘッドホンであればそのまま使えたり、今後のアップデートで対応する可能性があるなど、どんどん広がってきているのです。

BluetoothのLE Audioの機能であるAuracastに対応したヘッドホン

このAuracastであれば、FMワイヤレスのようなノイズもなく、非常に高品位な音でリスニングできるのが特徴。チャンネル切り替えも簡単なので、まさにSSMのためのシステムといっても過言ではありません。このAuracast対応のヘッドホン・イヤホンが普及すれば、誰でも自前のヘッドホン・イヤホンでSSMを楽しむことができるようになり、SSMが大きく広まっていく可能も出てくるわけなのです。

東芝情報システムがAuracastを使った実験も行っていた

実際、渋谷で行われたSSMのイベントにはAuracastの実験ということで、東芝情報システムも参加するなど、着実に動き始めているのです。もちろん、これは国内に限ったことではないので、海外でも同様の動きが出てきている可能性もありそうです。

ワイヤレスで重低音を実現する装置の開発

そうしたAuracastとはまったく別次元で、菊本さんはSSMをより面白いものにしようという研究開発、実験をされています。それはワイヤレスのヘッドホン・イヤホンを使いながらも重低音を味わえるようにする装置の開発です。

もちろんヘッドホンやイヤホンのキャッチコピーを見ると、「重低音が響く」といったことが書かれていますが、たとえばクラブで聴くサウンドとは明らかに違いますよね。もしヘッドホンで大音量を出したとしても、やはり体にズシンと響くような重低音は感じることはできません。

2年前菊本さんが試作していたヘッドホン/イヤホン用のサブウーファーシステム

そこで菊本さんが研究を続けていたのが、ヘッドホン・イヤホン用のサブウーファーともいえるシステムです。何をするのかというと、重低音だけが響くスピーカーを耳ではなく、首の下というか胸の上のあたりに装着するのです。今から2年前に菊本さんに試作品を見せていただいたときは、100円ショップで売っている安いスピーカーのコーン部分を取り去り、ここにピンポン玉の半球を装着したものになっていました。それを首の下に固定するという、ある意味ローテクではあるけれど、不思議なシステムになっていました。

100均のスピーカーにピンポン玉を取り付けて重低音を響かせていた

実際試してみると、重低音がまさに体を震わせる形であり、首の下がいい感じで全身に響くのです。まあ試作品とはいえ、見た目の問題として、これでいいのか……という疑問は感じたところですが、もう一つ決定的な欠点があったのです。それがバッテリーの問題。ピンポン玉で体を震わせるぐらいのパワーを出すと、当然電力消費量も莫大になり、結構な容量のバッテリーでも短時間しか持たなかったのです。

感覚の相互作用を増強するX Modal Musicの世界

そこで改めて菊本さんがチャレンジしたのは、体を震わせる重低音をスピーカーで担うのではなく、携帯電話などで用いられている振動素子を利用するというもの。菊本さんによると50Hz以下の音になると人間はあまり音程を感じないので、音程部分はヘッドホン・イヤホン側に任せつつ、パワフルな重低音を感じさせる部を振動獅子に担わせよう、というのです。

今回試作されたX Modal Musicのシステム。銀色のデバイスが振動素子となっている

そのためには50Hz以下の音が来たときに、それを検知する回路を取り付け、それで振動素子が震えるようにするシステムを開発したのです。確かに、試してみると振動自体は単調なものなのに、ヘッドホンで聴くと重低音のように感じられるのです。基本的にはキックなどに反応するので4つウチのビートのように振動素子が震える感じで、ちょっと不思議な感覚でもありました。

振動するとともにLEDも同期して光るようになっている

さらにクラブやライブハウスなどでは、光の演出というのも大きな要素であるということで、振動素子が震えるタイミングと同期してLEDライトが光るシステムとしているのです。まさに音x震動x光ということで、菊本さんはこれをX Modal Music(クロスモーダルミュージック)と呼んでいるのです。

そしてそのX Modal Musicを実現するシステムを浜松のご自宅で菊本さんと奥様のお二人による手作りで数十個完成させ、渋谷に持ち込んで実験的なライブを実現させたのです。

SSM x X Modal Musicで行われたサイレント阿波踊り

それが11月に行われた、サイレント阿波踊りでした。実はこのサイレント阿波踊りは昨年4月にも行っており、こちらについてもAV Watchで「最新Bluetoothのブロードキャスト機能を体験! LE Audioでサイレント阿波踊り」という記事にしていました。

今回のサイレント阿波踊りでは、X Modal Musicのシステムを使ってさらにグレードアップさせたのです。もっともX Modal Musicのシステムを装着したのは、そこに集まった一般のお客さんというわけではなく、阿波踊りの踊り手の方々。

和樂連の踊り手のみなさんはX Modal Musicのシステムを装着していた

前回も、今回もここで踊っているのは東京高円寺阿波踊り連協会所属の和樂連のみなさんです。その様子をビデオで少し撮影してみたのがこちら。

お分かりいただけますか?最初のほうは、その時の外で聴こえているままの音。途中からヘッドホンで聴いた音をミックスさせたものです。実はここで電波で飛ばされている音は2種類あり、1つ目のチャンネルは普通の阿波踊りの音楽で、もう1つがこのビデオにも入れた別チャンネル。それぞれが同期して鳴っているいる形であり、その音源はRolandのSP-404MKIIから鳴っている形です。

SP-404MKIIから阿波踊りの音楽を鳴らし、FMトランスミッターで送信していた

踊り手のみなさんの編笠の上に3つのLEDがビートに合わせて点灯しているのです。もっともiPhoneのカメラだとハレーションが起きてうまくとらえられていなかったようで、ビデオだとやや妙にも見えますが…。ちなみに、このヒップホップ調の曲は、和樂連の方々がAIを駆使して作ったのだとか……。これはこれで、どう作ったのか記事にしても面白そうですよね。

実はこの日は土砂降り。本来雨天中止のはずではあったのですが、会場となった渋谷区立北谷公園の屋根のある部分でなんとか実施。来場客は傘を差しながらヘッドホンをして見ていた形です。まあ来場者も同じX Modal Musicのシステムを装着して……というのがベストな形ではありますが、今回は実験段階ということで和樂連の方々のみとなったわけです。

和樂連のみなさんと中央に菊本さん

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら…」というわけで、その後、ヘッドホンを装着した来場者も加わってみんなで踊るイベントとなっていたのです。

こうしたSSM、X Modal Musicのシステムが今後広がっていくと非常に面白いと思うし、個人的にはサブウーファーのシステムだけでもさらに精度を上げて市販化されたりすると世界が大きく変わるのでは……と夢想しています。ハイレゾオーディオよりもはるかにインパクトのある新パーソナルオーディオのシステムとして普及する可能性もあるのでは…と思うところです。

【関連情報】
SSM-XMODALサイト
和樂連サイト