11月27日、ヤマハからAI歌声合成プラグインのVX-β ver. 3.0が発表され、本日よりvocaloid.comより無料でダウンロードできるようになりました。これは昨年9月に技術試作として発表され、抽選で当選した限られたユーザーだけが今年3月31日まで使うことができた「VX-β」を改めて復活させたというもの。今回はVOCALOID 6 Editorのユーザーであれば誰でも使える形で無料配布されています。機能・性能的には、以前のものをほぼそのまま踏襲した形となっていますが、変更点として今回のVX-β ver. 3.0で使えるボイスバンクはユーザーが利用しているVOCALOID 6(VOCALOID:AI)のボイスバンクがそのまま使用できる形となっています。
一方、すでに発表されている通り、以前のVX-βに搭載されていた6つのボイスバンクが順次VOCALOID6専用のボイスバンクとしてリリースされることが発表されており、来年3月までには6つとも発売される予定です。これまでゲキヤクV、カゼヒキV、ボカロのCiちゃんの3つが発売されてきましたが、本日新たに「花奏(かなで)」も発売となりました。これはVOCALOID6の中の、クリエイター自身の歌唱データをもとに歌い方や歌詞を再現する「VOCALO CHANGER(ボカロチェンジャー)」機能や、日本語・英語・中国語を織り交ぜた流暢な歌唱を可能とするクロスリンガル機能にも対応しているものです。VX-β ver. 3.0や花奏の開発に携わったヤマハ株式会社ミュージックコネクト推進部の VOCALOID β-STUDIO キャプテン 才野慶二郎さん、VX-β プロデューサー 尾川友規さん、ボイスバンク企画ディレクター 竹本拓真さんの3人にお話しを伺うことができたので、VX-βや花奏の詳細について、紹介していきましょう。
新体制のプロジェクトチーム、VOCALOID β-STUDIOでVX-β ver. 3.0をリリース
--才野さんには、昨年の記事「未来を探求するためのヤマハの研究スタジオ、VOCALOID β-STUDIOがスタート。AI歌声合成プラグイン、VX-βとは何なのか!?」でもインタビューさせていただきましたが、改めてみなさんの役割など、簡単にご紹介いただけますか?
才野:昨年、「歌声合成の常識を打破して新しいところに到達しよう」ということで、「VOCALOID βーSTUDIO」というヤマハ社内に閉じず、オープンに行う活動を開始しました。私はそのキャプテンということになります。このプロジェクトは社内公募をしてメンバーを募り、昨年4月に正式に発足したのですが、そのスタート時点から尾川、竹本がいた形です。尾川は従来から歌声合成ソフトを使って音楽制作をしてきた人たちに新しい体験を届けるという役割で、VOCALOID β-STUDIOのプロデューサーとして動いてもらっています。一方、竹本は今までのVOCALOIDユーザーとは少し異なるところを狙って、VTuberのような方々と歌声合成という文化を融合できたら、ということでボイスバンクを作っていくディレクターを担当してもらっています。
--VOCALOIDの開発を続けていた人達だけでなく社内公募でメンバーを集めたというのも面白いですね。
才野:新しいことをするには、開発するメンバーもいろいろな人が集まるといいということで、社内公募をしたのです。ちなみに、昨年のインタビューの時点ではVOCALOID β-STUDIOは研究開発の部署にあり、製品であるVOCALOIDの開発部署とは別のところにありました。しかし、VX-βの取り組みをもっと強力にプッシュして、より多くのユーザーのみなさんに届けていこうということで、プロジェクトまるごと製品開発の部署に移管される形になったのです。その結果、今回VX-β ver. 3.0としてリリースする形になったのです。
未来の歌声合成を模索する実験の場としてのソフト、VXーβ
--改めて確認ですが、このVX-βは次期VOCALOIDのβ版である、というわけではないんですよね?
才野:はい、その通りです。VOCALOID 6は現行製品であり、これからも販売を続けるとともに、アップデートをつづけていきます。VX-βはそれとはまったく別のものとして、実験的に新しいことを模索しているものであり、もちろんVOCALOIDの次期バージョンというわけでもありません。
尾川:VX-βはVXというソフトのβ版という意味でもないんです。これはユーザーのみなさんと新しいことを模索するという意味を込めてβとしているので、たとえば1年後のVX-β、2年後のVX-βはいまのものとはまったく違う、未来の機能を追加したものになっていればいいな、と思っています。そんな場としてのソフトウェアなんです。
--以前のVX-βは抽選ということで、一部の人だけが使える形となっていましたが、4月に入ってからは誰も使えなくなっています。改めて前回のVX-βを振り返るとユーザーからの反響はどうだったのでしょうか?
才野:実際、ユーザーの方々にお会いして、意見や感想を伺ったり、SNSでのみなさんからの意見をずっとチェックして見てきました。そうしたところ、非常にポジティブな意見が多く、これは進めていく価値がありそうだ、という感触を得ました。それとともに、未来に向けて実験的な取り組みをする活動はこれらも続けていきたいと強く感じたのです。ただ、抽選という人数を限定した状態で得られるものは、どうしても限界があります。そこで制限なくいろいろな人に使ってもらう段階に進もう、と今年度に入ってから準備を進めてきたのです。
--抽選に外れたり、応募できなかったりで、使いたいという方も多かったわけですよね?
才野:多くの方に届けるという意味では、今回は正式に海外の方にも使っていただけるようになったのも大きなポイントだと思っています。抽選のときは日本国内に住所がある方に限定していたので、SNSなどを見ていると、海外で使いたいという声が多数あり、VX-βへの期待が高いことを感じていました。
尾川:海外のVOCALOID好きの人たちが集まるDiscordサーバーでVX-βに関する議論が盛んに行われていたほか、我々がマジカルミライに参加した際、海外クリエイターの方がブースに来られて、VX-βに感動してくださっていたりと、期待度の高さを感じていました。そこで、今回はVOCALOID 6 Editorを持っている人であれば、誰でもダウンロードして使えるようにしたのです。
(※)AI Megpoidをはじめとするサードパーティー製を含めたすべてのVOCALOID6用ボイスバンクに、機能限定版のVOCALOID 6 Editor Liteが10月から付属するようになり、今までより手軽にVOCALOIDを始められるようになりました。約1万円あれば初めて使う人でもVOCALOIDを気軽に使えるようになったわけです。このVOCALOID 6 Editor Liteは、トラック数やDAWとの連携で制限がありますが、編集機能や出力音はVOCALOID 6 Editorを同じ、とのこと。ただ、VX-βに関しては残念ながらVOCALOID 6 Editor Liteユーザーは対象外で、VOCALOID 6 Editorを認証して使用しているユーザーのみが利用できるようになっているようです。VOCALOID 6 Editorは、VST/AUインストゥルメントとしても起動できるのでCubaseなどのDAW上でお使いのユーザーも多いと思いますのでこの認証方針には納得するところです。またVX-βで利用できるボイスバンクは、VOCALOID 6 Editorで利用しているVOCALOID:AIのボイスバンクがそのまま利用できる、とのこと。以前のVX-βのときは実験的に数多くのボイスバンクが利用できるようになっていましたが、そこが大きく変わっている点のようですね。
一般的なシンセプラグインと同じ考え方で歌わせることを可能にしたVX-β
--VX-βがどんなソフトなのかご存じない方も多いと思いますが、これはCubase上のプラグインとして使えるAI歌声合成ソフトであり、Cubaseのキーエディタでメロディーを入力するとともに、このキーエディタ上でテキストを入力することで、普通のVSTインストゥルメントのように歌わせることができる、というものでしたよね?
才野:まず最初に申し上げておきたいのが、VX-βはCubase以外の多くのDAWの上でも動作します。そんな中、VX-βの最大の特徴の一つが、Cubaseで使ったときに最高の連携性を発揮するというというところです。これまで歌声合成ソフトはVOCALOIDに限らず他社の歌声合成ソフトにおいても、専用のエディタでメロディーや歌詞を入力する形になっていました。でも、普通のシンセの世界から見ると、非常に独特であり、こうした状況を突破したいと考えで作ったのがVX-βでした。そこでCubaseのキーエディタで音符と歌詞を入力すれば、歌わせることができるようにしたのです。また歌わせながらPowerノブを回すことで、音量だけでなく、強弱表現に関するあらゆるものがワンノブで変わるようにしているのもユニークなところで、リアルタイムに歌わせながら調整できるというのも、これまでの歌声合成ソフトにはなかった点です。ほかにもいろいろなパラメータがありますが、これらはほぼすべて、今回のVX-β ver. 3.0に引き継いでいます。
Cubaseのキーエディタで音符および歌詞を入力して歌わせる--ほかに機能面において、以前のVX-βと違うところはありますか?
尾川:以前のバージョンではスタイルを切り替えられるボタンがあったのですが、これがver. 3.0ではなくなっています。これはVOCALOID 6のボイスバンクを読めるようにしたことによる影響なんです。もともとVOCALOID 6のボイスバンクはスタイルを切り替えて使うという作りになっていなかったので、今回は互換性を保つために、ひとまずスタイルを削除した格好ですね。
--実際このVX-β ver. 3.0を一足早く試してみましたが、もうこのまま発売してもいいのでは……とも思ったのですが、その点はどうですか?
才野:現時点においては製品レベルまでの作り込みをしていないところがあり、すぐにこれを商品化しようという考えではありません。たとえばCubaseと連携をして動作するとはいえ、Cubaseの中での歌詞の入力方法などユーザービリティーの面で、課題は多くあります。というよりはむしろVX-βというのはわれわれの研究の「実験場」という位置づけの方が正しく、このある意味未完、成な状態でみなさんに価値を問いかけているという位置づけになります。ですので、そうした状況においてみなさんがどういうところに興味を持ってくれるのか、どこに音楽制作における本質的な良い面があるのかなどを見つめ、将来の製品開発につなげていきたいと思っています。
--実際に新しいVX-β ver. 3.0を使ってみての感想や意見などあった場合、連絡フォームなどがあったりするのですか?
才野:みなさんからの直接のフィードバックをいただくための窓口については、現在準備中です。またSNSも常にウォッチしながら、みなさんの思いを観測しています。
VTuberの歌声を元に、VX-βから誕生した新たなボイスバンク、花奏
ーーさてここで話題をVX-βから、今回発売された新しいボイスバンク、花奏(かなで)に変えてお伺いしたいと思います。今回この花奏がリリースされることになった経緯をお聞かせください。
竹本:昨年、VOCALOID β-STUDIOの活動を行っている中、さまざまな方に協力をいただいていたのですが、その中の一人がVTuberである花奏かのん(@_kanade_kanon)さんという方でした。その花奏かのんさんの歌声をVX-βのボイスバンクとして収録していたしていたのですが、それを今回正式にVOCALOID 6のボイスバンクとして発売した、という形です。7月にVX-βで人気だった6つのボイスバンクを製品化することを発表していましたが、今回の花奏は、ゲキヤクV、カゼヒキV、ボカロのCiちゃんに続く、第4弾として発売したものです。こちらが、そのVOCALOID 6としてのデモソングです。
--VTuberの花奏かのんさんは、どんな方なんですか?
竹本:花奏かのんさんは、ベーシストであり、またご自身で作詞・作曲して楽曲を発表しているクリエイターでもあるんです。VOCALOIDの花奏を使う人もクリエイターであり、ボイスバンクの中の人もクリエイターということで、お互いに高めあう相乗効果が出せたらという思いで製品化したのです。花奏かのんさんご自身も一人でやっているとどうしてもジャンルや傾向などは偏ってしまいます。もちろん、それがいいところでもあるのですが、ボイスバンクとして多くの人が使う形になると、これまでとはまったく違う感じの曲が生まれる可能性も出てくると思います。そうした楽曲を本人が聴いて、自分の声でこんなジャンルの楽曲がマッチするのか、と意外な気づきがあるかもしれません。ある意味自分の限界を超えることができるかもしれません。
--確かに中の人もクリエイターであるなら、面白いことも起こりそうですね。
竹本:花奏かのんさんのファンの方が、花奏を使って、花奏かのんさんに歌ってもらいたい曲をプレゼントする、なんてのも面白いと思います。一方で、花奏かのんさんご自身は、「自分のことに関係なく、花奏を自由に使って、いろいろな歌を歌わせてほしい」と話しており、いろいろな作品が誕生することを期待されていますね。ちなみに、先ほどの公式デモソングを作ったのはshikisai(@sshikisai)さんという方に依頼して作ってもらった曲で、花奏かのんさんの誕生日であった11月11日に公開したものです。その公開とともに、VOCALOID 6のボイスバンクとして花奏を11月27日にリリースすることを発表していました。
--どうしてshikisaiさんに楽曲の制作を依頼したのですか?
竹本:実はshikisaiさんが今年3月に公開した「花溺れ」という楽曲にVX-βの花奏かのんβを採用していただいており、これがプロジェクトセカイのゲーム連動の若手育成プロジェクト プロセカアカデミーという取り組みでユーザー投票1位を獲得し、実際にプロセカへの収録が決定している作品なんです。
これによってVOCALOID β-STUDIOのボイスバンクが世の中でしっかり活用されることが明らかになったわけです。そうした感謝の意味も込めて「ぜひ、花奏のデモソングを作ってください」とお願いし「ニューワタシ革命」ができた、というわけなのです。ぜひ、この花奏、VOCALOID 6のボイスバンクとして、またVX-βのボイスバンクとしても多くの方に使っていただければと思っています。
ーーみなさん、本日はお忙しい中、ありがとございました。
12月7日、8日、渋谷でVOCALOIDイベントを開催
来る12月7日、8日、渋谷の大規模複合施設「Shibuya Sakura Stage」内に先日オープンした『Yamaha Sound Crossing Shibuya』において、VOCALOIDのイベントが開催されます。ここではVX-βやVOCALOID 6を自由に使えるほか、今回インタビューに登場いただいた尾川友規さん、12月8日(日)にはボカロPの駄菓子O型さんが登壇するトークセッションなどが予定されています。参加は無料ですが、予約制となるので、参加希望の方は以下からエントリーしてみてください。
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VX-β ver. 3.0情報
VOCALOID6花奏 スターターパック
VOCALOID6花奏 ボイスバンク
ボーカロイド公式サイト