先日、技術系出版社であるコロナ社からメディアテクノロジーシリーズの8番目の書籍として、「サウンドデザイン」という本が出版されました。これは「サウンドデザイン」というキーワードのもと、さまざまな音のデザインに関連するトピックについてゲームや映画、建築、音響、エンターテインメントなど各専門分野の研究者が解説している書籍。松村誠一郎 編著/ 金箱淳一・城 一裕・浜野峻行・古川 聖・丸井淳史・伊藤彰教 著と記載されており、全体のとりまとめを元セガ・エンタープライゼスのサウンドデザイナーで、現在は東京工科大学の教授である松村誠一郎先生が行っている本です。
そんな書籍が出版された案内をコロナ社からもらい、何かマニアックだけど面白そう……と思っていたところ、コロナ社から松村先生とお話してみてはいかがでしょう?という連絡をいただいたのです。実はこのメディアテクノロジーシリーズ、ちょうど1年前にシリーズ2番目の書籍「音楽情報処理」が出版されたタイミングで購入して読んだところ、すごく面白かった記憶があるので気になっていたのです。サウンドデザインということにも興味があったので、ぜひ松村先生にお会いしたい、とお返事をし、先日、東京工科大学に行ってきたのです。「サウンドデザイン」って分かるようで、なかなか捉えにくい用語のようにも思うので、そうした点について、お話を伺ってみました。
「サウンドデザイン」とは?多分野の音の可能性に触れる新書
実際、松村先生のインタビューに入る前に、まず「サウンドデザイン」の目次をご覧いただくと、なんとなくどんな内容なのかは分かると思います。
「サウンドデザイン」目次
第1章 ビデオゲームにおける効果音のサウンドデザイン
1.1 ゲームサウンドとしての効果音制作
1.1.1 ゲームサウンドデザインの仕事
1.1.2 ゲームの効果音制作のワークフロー
1.2 ゲームの音源形式の変遷
1.2.1 初期のコンピュータ音楽と最初のゲーム音
1.2.2 音響合成とサンプリング技術の登場
1.2.3 民生機のシンセサイザー
1.2.4 ゲームサウンドの音源方式と効果音
1.3 デジタル・オーディオの基礎知識
1.3.1 音響合成
1.3.2 PCM音源
1.3.3 サンプリングレート
1.3.4 量子化ビット数
1.3.5 非圧縮音源と圧縮音源
1.4 PCM音源の効果音
1.4.1 波形編集アプリケーション
1.4.2 効果音の鳴らし方
1.4.3 エンジンサウンドの効果音
1.5 音響合成で作る効果音
1.5.1 物理モデル音源と信号モデル音源
1.5.2 音響合成による効果音の必要性
1.5.3 生物の鳴き声の音響合成
1.6 まとめ
第2章 音から視覚・触覚メディアへの変換:《共遊楽器》プロジェクト
2.1 音の基本要素と音楽表現のためのインタフェース
2.2 福祉工学と感覚代行
2.3 ユニバーサルデザインと共遊玩具
2.4 彼女たちが捉えた「音」
2.5 「共遊楽器」の具体例と評価
2.5.1 『Mountain Guitar』
2.5.2 打楽器の音に触れる:『Vibracion Cajon』
2.5.3 打楽器の音を見る:『ratatap』
2.5.4 拍手の音を見る:『Clap Light』
2.5.5 楽器を身近な存在に:『楽器を纏まとう』
2.5.6 楽器の音に触れる:『KIKIVIBE』
2.5.7 触感による音の世界の探索:『Touch the sound picnic』
2.6 まとめ
第3章 音のメディア考古学
3.1 理論
3.1.1 メディア考古学
3.1.2 サウンド・スタディーズ
3.1.3 サウンド・アート
3.1.4 音のメディア考古学
3.2 実践
3.2.1 《First Sounds》(2007~)
3.2.2 『Rain Dance』(1998)
3.2.3 『Firebirds』(2004)
3.2.4 『Flexible Audio Speaker』(2012~)
3.3 具体例
3.3.1 《車輪の再発明》
コラム:城一裕,情報と物質とそのあいだ
3.3.2 《Life in the groove》
3.4 まとめ
第4章 建築と音楽の異分野共創
4.1 創発的デザインの方法論
4.1.1 《建築音楽プロジェクト》とは
4.1.2 関連する事例
4.1.3 プロジェクトに関連する音楽デザインの方法論
コラム:建築のアルゴリズミックデザイン
4.1.4 《建築音楽プロジェクト》のサウンドデザイン
4.2 建築音楽の作品ができるまで
4.2.1 創作プロセスの全体像
4.2.2 各創作プロセスの詳細
コラム:ウェブベースの創作環境
4.2.3 作品例
4.2.4 「仕組みのデザイン」による音楽表現の拡張
4.3 異分野共創における研究とアートのかたち
4.3.1 アートを起点とする異分野共創プロジェクトのマネージメント
4.3.2 分野間コミュニケーションのかたち
4.3.3 結節点としてのメディアアーキテクトのあたらしい役割
4.3.4 構成論的アプローチ,研究,アート
4.4 まとめ
第5章 サウンドデザイナーのための聴能形成
5.1 聴能形成の概要と歴史,さまざまな内容と方法
5.1.1 聴能形成とその目的
5.1.2 さまざまな聴能形成
コラム:母音を使った中心周波数の記憶方法
5.1.3 その他の方法
5.2 聴能形成の実施例
5.2.1 レベル差の訓練
5.2.2 周波数特性の訓練
5.2.3 聴能形成の効果
5.3 訓練のための音源選択
5.3.1 音源選択の重要性
5.3.2 主観的難易度
5.3.3 客観的難易度と主観的難易度との関係
5.3.4 客観的難易度とスペクトルのばらつきの関係
5.3.5 結論と展望
5.4 まとめ
第6章 エンターテインメント分野におけるサウンドデザイン
6.1 「サウンドデザイン」は「音のデザイン」?
6.2 Sound Design(er)成立史
6.2.1 「音の配置」を司るsound designer
6.2.2 「特殊効果音」制作者としてのsound designer
6.2.3 国内産業界の歴史と現状
6.2.4 サウンドデザインというコンテンツ制作活動の定義に向けて
6.3 サウンドデザインを実現するテクノロジー
6.3.1 音の配置に関わるテクノロジー
6.3.2 藝術音楽とテクノロジーの融合分野
コラム:電子楽器のプリセット音を作ってきたサウンドデザイナー
6.4 テクノロジーを効果的に活用するための「音の機能」の把握
6.4.1 クリティカルリスニング:作品全体の音に気を配る方法
6.4.2 作品文節化に役立つ重要キーワード
6.4.3 インタラクティブ・メディアへの応用
コラム:筆者が利用するクリティカルリスニングの対象作品の例
6.5 音の位置・聴取者の位置
6.5.1 自由な空間演出への要望と固定された受音点のはざまで
6.5.2 映像コンテンツにおける声:物語世界のどこで聞いている音なのか
コラム:「narrative」は「物語」ではない?
6.5.3 オーディオドラマのサウンドデザインに向けて
6.6 サウンドデザインとしての音楽
6.6.1 フィルムスコアリング―音楽が「演じる」ための作曲技法―
6.6.2 ゲーム特有の音楽に関する概念整理
6.6.3 動的変化・生成音楽に応用が期待される作曲・編曲技法研究
6.7 まとめ
引用・参考文献
索引
コロナ社のサイトには立ち読みのPDF(立ち読みはこちら)があり、これを見ると本の雰囲気は分かると思います。確かに大学の先生が書いている本だけに教科書ではあるのですが、結構スラスラ読める内容でありつつ、「へ~、そんなことがあるのか!」という音に関する知らないネタもいっぱい。この手の技術書だと、数式が出てきて、そこでお手上げになってしまうケースも多いのですが、この本には数式が1つも登場しないのも大きな特徴となっています。それだけに、理系出身、文系出身関係なく、誰でも読める音に関する書籍となっています。
では、ここからは本書の編者であり、第1章の著者でもある松村先生にインタビューしていきます。
工学系の学生だけでなく、文系の学生にもサウンドデザインの概念を伝えたい
--「サウンドデザイン」の書籍の話に入る前に、先生のプロフィールについて簡単に教えていただけますか?
松村:大学は慶應のSFCで、岩竹徹先生の元でコンピュータ音楽をやっていました。NeXTコンピュータがあって、これで動くCommon Lisp MusicやMusicKitというシステムを使っていましたね。卒業後、94年にセガ・エンタープライゼスにアーケードゲームのサウンドデザイナーとして入社しました。多くのゲームメーカーだと効果音と音楽はチームが分かれていますが、当時セガのサウンドセクションでは1プロジェクトにつき基本的にサウンド・デザイナーが1人で両方を担当し、スピーカーのディレクションなども全部やるため、かなり鍛えられました。ちょうど入社したころPCM音源がアーケードゲームに載ってきたタイミングだったため、私はFMとかPSGはほぼ使うことなく、ADPCMからのスタートでした。仕事をしていく中、メディアアーティストの岩井俊雄さんの展覧会を見たのもあり、メディアアートのサウンドの世界に興味を持つようになり、会社員のまま東京大学大学院の修士課程に入学。ただ、学業と仕事の両立が厳しくなってしまい、2001年7月に退職して大学院に絞る形にしました。その後、博士課程に進みデンハーグ王立音楽院に留学した後、帰国して博士課程を修了。東京芸術大学の芸術情報センター助教を経て、2010年4月、東京工科大学のデザイン学部が新設するタイミングでスターティングメンバーとしてこちらに来た形です。そんな経歴なので、サウンドとはずっと関わってきたけれど、音大出身者とは経歴がだいぶ異なるのです。それでもセガに入社後、すぐに現場に入る形でかなり苦労はしましたが、いろいろ得たものはありました。音の仕事、サウンドデザインの仕事をしていて専門的なトレーニングを受けていない人も少なくないと思います。そうした中、今回の「サウンドデザイン」の書籍のお話をいただいて、これはいろいろな人に役立つ本ができるかもしれない、とお引き受けしたんです。
--コロナ社というと、バリバリの技術書の出版社ですよね。
松村:はい。コロナ社側からも工学系の学生を対象に……というお話ではあったのですが、どちらかというと文系や芸術系の学生にも、このサウンドデザインの概念みたいなものが分かってもらいたいと思い、できるだけ多くの人に読んでもらえるような内容にし、数式は一切出てこない、という読み物に仕立てていきました。実は当初コロナ社からは編集委員として「サウンドデザイン」と「音楽情報処理」の2つの話をいただいて、両方の企画に携わっていたのですが、「音楽情報処理」のほうは産総研の後藤真孝先生が編者/著者として中心に進めていただけることになり私は「サウンドデザイン」のほうに集中して、編集委員/編者/著者としてゼロから作っていくことになりました。先ほどお話をしたような経歴であるため、サウンドについてはかなり多岐にわたる専門を持つ方々が知人におりました。彼らに「サウンドデザイン」というテーマで書いてほしいとお声がけした結果、みなさん快諾いただき、この本ができたのです。
各章で異なる専門家が解説!多様な視点から見る音のデザイン
--読んでみると、各章ごとに著者が違うということもあって、それぞれでかなり内容も違いますね。
松村:おっしゃる通り、言葉はサウンドデザインとなっているけれど、それぞれで向いている方向が違います。みなさんからは「方向性はどうしたらいいか?」と聞かれましたが、それぞれみなさんの専門でやってらっしゃることを「こんな分野があるぞ、こんな面白い世界なんだぞ」と宣伝するような形で書いてください、とお願いしました。その結果、各章でサウンドデザインという言葉の定義も微妙にちがってくるし、定義のあり方もそれぞれ説明されていて、こんなサウンドデザインの世界もあるのか、と発見できるのではないか、と思います。私は第1章を書かせていただいたのですが、ビデオゲームでの話を中心にサウンドデザインを紹介しつつ、本学の芸術系の学生たちが読んでも分かるように、用語の解説なども含めて書いています。
--個人的にも第1章が一番すらすらと読むことができました。一方、第2章はメディアアートの話で、知らない世界のことが多く、勉強になりました。文字だけで読んでいても、どういう作品なのかがピンとこなかったのですが、QRコードが載っていて具体例をビデオで見ることができるというのはすごく分かりやすくよかったですね。
松村:第2章「音から視覚・触覚メディアへの変換:《共遊楽器》プロジェクト」では、インタラクションを伴った楽器、視覚x聴覚x触覚+身体動作のマルチモーダルな鑑賞体験を目指した「共遊楽器」のコンセプトとそれを実践した複数の作品例を紹介しています。ここでサウンドデザインを軸とした「体感」について論じているのですが、そのQRコードを載せてビデオで紹介するというのは、金箱先生からのアイディアなんです。文字だけだと分かりにくかったとしても、一度このビデオを見てから読み返してもらうと理解が深まると思います。
--第3章の「音のメディア考古学」もまたマニアックな内容になってますよね。
松村:はい、この章はかなり独自色の強いものでサウンドのメディア考古学につ
--第4章の「建築と音楽の異分野共創」は、音の世界にそんなアプローチもあるのか、と新鮮に感じました。
松村:第4章は濱野先生と古川先生ですね。情報を非言語音で伝達する手法を意味するソニフィケーション(Sonification)という言葉はよく耳にするようになりましたが、建築と音楽という異分野同士の組み合わせにおいてデータを音楽で表現するミュージフィケーション(Musification)まで含めて、建築音楽プロジェクトを実際に行っている事例がほとんどなかったので、これは面白いと思ったんです。プログラムが楽譜を生み出す自動アルゴリズム作曲のシステムも包括した「建築音楽プロジェクト」におけるサウンドデザインについて論じているのです。しかもソフトウェア開発を濱野先生ご自身が行っているので、説得力もあると思います。
感覚的な音の世界を数値・尺度で表現するための聴能形成
--この「サウンドデザイン」の本の中で個人的に一番興味を持ったのが第5章の「サウンドデザイナーのための聴能形成」です。そんな教育というか学習があることをまったく知らなかったので、機会があれば、ぜひ受講してみたいと思いました。
松村:第5章はデシベルや周波数をはじめ、さまざまな音を表す定量的な数値・尺度を音のイメージを共有するための共通言語とみなし、それを理解する能力を訓練を通じて身に着ける「聴能形成」について紹介しています。このメソッドを昔からカリキュラムに取り入れていたのは九州芸術工科大学(現九州大学)で芸工大卒業生はみんなこれを受けてきているんです。私がセガにいたときも、同期に一人芸工大出身者がいまして、彼の音の聴き方がちょっと違っていてすごいな、と。何でそんなことができるようになったのかを聞いたら「聴能形成というのがあってね…」という話を聞いて、すごく記憶に残っていたので、ぜひこの話は盛り込みたいと思っていたのです。ちょうど丸井先生が、聴能形成に関する研究論文を何本か出されていたので、これはサウンドデザイナーの下準備という意味でも必要だろうと、お願いしたのです。
--こうした聴能形成、やはり若い時にやらないと身につかないのでしょうか?また個人でそうした学習プログラムを受ける方法はあるのですか?
松村:九州芸工大が代表的な教育機関だったのですが、企業でもそれを発展させたトレーニングプログラムを実施しているようです。なので、必ずしも絶対音感のように小さいときに身につけなくてはならないわけではないと思います。個人向けのトレーニングは常時行われているわけではありませんが、ときどき実施されているようなのでチェックされてみるといいと思います。
--最後の第6章「エンターテインメント分野におけるサウンドデザイン」、この本の中でも一番ボリュームが大きいですよね。
松村:実はこれでもかなり圧縮されたんですよ。当初はこの1.5倍くらいありました。ここは伊藤先生にお願いしていますが、伊藤先生の知識量がすごくて、「エッセンスだけお願いします」といってだいぶ減らしてもらったんです。私がビデオゲームの部分を担当したので、もっとエンターテインメントを広くということで、映画、アニメ、ゲームの分野におけるサウンドデザイナーの定義、サウンドデザインを実現するテクノロジーとツール、芸術音楽とテクノロジーの融合、映像内における音の聴取の位置、インタラクティブコンテンツのサウンドデザインなど、商業面での広い範囲でサウンドデザインを論じてもらっています。たとえば、映像の中で効果音を聴かせるときに、誰の視点で聴かせるのか……といったこともいろいろ書かれています。
--第6章、面白い話がいっぱいでしたが、本当はもっといろいろなネタがあったんですね。バランスの問題はあるのかもしれませんが、ちょっともったいないような……。
松村:とくにゲームの部分などはかなり切って頂いた感じではあります。もっとも、その切った部分がまったくなくなってしまう、というわけではないんです。このコロナ社のメディアテクノロジーシリーズとして今後、「メディアコンテンツのための音響制作」というものが出版される予定で、ここに吸収されていく形になると思います。
未来のサウンドデザイナーへ:幅広い進路の可能性を示唆
--メディアテクノロジーシリーズ、音楽や音に携わる人にとって、勉強になる書籍がいっぱいですね。この「サウンドデザイン」、どんな人たちに読んでもらいたいですか?
松村:まずは、今後サウンドの世界で働いてみたいと考えている大学生に読んでもらいたいですね。理工系の学生はもちろん、文系、芸術系の学生もです。卒業研究のテーマ決めのヒントにもなると良いな、と思います。さらに大学受験を考えている高校生にとっても、今後の進路を考える上できっと役立つと思います。自分は音楽のトレーニングを受けたことがないから、ちょっとサウンドの世界に進むのは難しいだろう……とあきらめてしまうのではなく、サウンドデザインという方法があるよ、ということが伝えられたらいいなと思っています。
--社会人にとっても、さらには現在、音楽、サウンドの世界に携わっている人にとっても、おそらく知らない話、ためになる話がいっぱいあるので、すごく面白いと感じました。
松村:あまり社会人に読んでもらうということは想定していなかったのですが、みなさんサウンドというと音楽だろうっていう風に思い込んでいる人が多い思います。でも実は音楽以外にもサウンドの世界は大きく広がっていて、サウンドをデザインするという仕事に従事している人もいっぱいいるんです。そういうことを知っていただければ嬉しいですし、日常の中で音楽以外の音のあり方みたいなことにも関心を持っていただけるとありがたいですね。
--本日はお忙しい中、ありがとうございました。
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