Arturiaが開発した夢のシンセサイザ、AstroLabはDTMとステージキーボードが交錯する究極の世界を実現

すでにご存じの方も多いと思いますが、今年4月にフランスのArturia(アートリア)が同社初となるステージキーボード、AstroLab(アストロ・ラボ)を発表し、大きな話題になりました。税込実売価格が279,840円とかなりいいお値段ではありますが、初期ロットは即完売。その後、なかなかモノが日本に入ってきていませんでしたが、先日ようやく潤沢に入ってきたようで、私も実物を試すことができました。ステージキーボードと聞いて、ふ~ん…と受け流していた方も少なくないと思いますが、これはある種、革命的ともいえる究極のシンセサイザなんです。

というのも、これはProphet5にもDX7にもJupiter-8にもMinimoogにも……と数多くのビンテージシンセに変身して使えるスタンドアロンのシンセサイザであり、シンセサイザエンジンとしてはバーチャルアナログ、サンプリング、ウェーブテーブル、FM、グラニュラー、物理モデリング……など10種類に対応した過去にないモンスターシンセでもあるのです。それでいて、これをWindowsやMacと接続すると、完璧に連携してDAW上で動くソフトシンセであるAnalog Labとシームレスにやり取りが可能になっているのです。ソフトシンセを外に持ち出して演奏したいけど、機材がいっぱいになって扱いにくい、レイテンシーが大きい、マシントラブルが心配……といった理由で敬遠していた人も少なくないと思いますが、AstroLabはソフトシンセと同じものをハードシンセとして実現してしまった、まさに夢のシンセサイザなのです。何がどうすごいのか、少しずつひも解いていきましょう。

Prophet5、DX7、MS-20、Jupiter-8、Minimoog…さまざまなシンセに変身できる夢のキーボード、AstroLab

61鍵のハードシンセでステージキーボード

まずはあまりコアなところから攻めるより、AstroLabの概要的な部分から見ていきましょう。AstroLabはアフタータッチ対応61鍵セミウェイテッド鍵盤搭載のハードウェアシンセサイザでありステージキーボードです。ホワイトボディーのシンセサイザであり、左右のサイド部分が木目調になっているのもカッコいいところ。オプション扱いですが、この木目とマッチする専用スタンドも用意されています。

そして中央には、これまでのシンセサイザでは見たことのない、ちょっと不思議なナビゲーション・ホイールがあるのもワンポイント。

木目調の専用のスタンドも用意されているAstroLab

そう、このナビゲーション・ホイールの真ん中には高精細なディスプレイが埋め込まれていて、ホイールを操作することで、音色を切り替えることができます。この際このディスプレイに音色名やそのイメージ画像が表示されので、すごく分かりやすいところ。また、このナビゲーション・ホイールの操作でメニュー表示して、より細かな設定ができるなど、非常に使いやすくなっています。

高解像度な液晶ディスプレイが入っているナビゲーション・ホイール

そして、冒頭にも示した通り、数多くのシンセサイザエンジンが搭載されており、1,300以上のプリセットサウンドが搭載されています。実際どんな音なのか、Arturiaが作ったAstroLabの概要紹介ビデオがあるので、こちらをご覧ください。

かなり魅力的なサウンドであり、パワフルなシンセサイザであることがなんとなく見えてきたでしょうか?では、ここからグイグイ中には入っていきます。

15年前にOriginで実現させようとしたものが、いまようやく理想の形で完成

Arturiaのステージキーボードと聞いて、「ああ、USBキーボードでしょ」、なんて思う方も少なくないと思います。確かにAstroLabはUSB Type-Cの端子があり、WindowsやMacと接続して使うことも可能なのですが、一番のポイントは、これがスタンドアロンで動作するシンセサイザである、という点です。

USB Type-CやType-Aの端子は装備しているけれど、スタンドアロンでも動作するAstroLab

そう、ArturiaはKeyLab MKIIやKeyLab Essential、KeyStep 37……など、USB-MIDIキーボードをいろいろ出す一方、PolyBruteやMiniFreakをはじめ、さまざまなハードウェアシンセサイザも出しており、そうしたハードウェアシンセサイザの一つとして今回AstroLabがリリースされたのです。

パソコン不要でこれ単独で動く強力なデジタルシンセサイザである

ただBruteシリーズやFreakシリーズなどとは抜本的に異なることがあります。それはAstroLabが完全なデジタルシンセサイザであり、プリセットを切り替えていくことで、さまざまなシンセサイザに変身するこれまでにない柔軟性を持つシンセサイザである、という点です。

15年前に誕生したOriginの特別カラーモデル(通常版はホワイト)

実はArturiaは15年前にAstroLabと非常に近いコンセプトのデジタルシンセサイザ、Origin(オリジン)というものを開発・発売しています。これは当時としては最速のDSPであるAnalog DevicesのTigerSHARCというプロセッサを2基搭載したシンセサイザで、MinimoogやCS-80,Jupiter-8などを動かせるというものでした。当時、Arturiaの社長であるFrederic Brunさんと氏家克典さんにインタビューした記事「仏Arturiaのハードシンセ、Origin~ 自由なパッチングなどの特徴をBrun社長が語る ~」を書いたこともありるので、参考資料としてご覧になると面白いと思います。

パソコンなしで動作し、Arturiaの各種ソフトシンセが使えるという意味では15年前のOriginも同様だった

そのOrigin、非常に画期的なシンセサイザではありましたが、やはりちょっと時代の先を行き過ぎていたこともあり、コンセプトやよかったけれど、パワー不足で実用面では今一つ。結果的に続かずに終わってしまっていました。

それがまったく新たな形で実現され、超強力になって生まれたのがこのAstroLabなんです。

Prophet5にもなるし、DX7、Minimoog、MS-20、Jupiter-8にも変身する

まだピンと来ていない方もいそうなので、もう少し説明していきましょう。確かに世の中にはさまざまなデジタルシンセサイザが存在しています。このAstroLabもそうしたデジタルシンセサイザの一つではあるのですが、これまでのデジタルとは抜本的に異なる点があります。それは、AstroLabがさまざまなシンセサイザに化けるシンセサイザである、という点。

Prophet-5の音色はサンプリングではなく、Prophet-5自体をエミュレーションしている

それはよくあるProphet5の音とよく似た音色が入ったシンセとか、DX7の音色をサンプリングしたものが入ったシンセではなく、Prophet5自体をバーチャルアナログとして再現させたり、DX7と同様のFM音源を正確にシミュレーションしてサウンドを出しているんです。

DX7もまさにDX7そのものをFM音源としてシミュレーションしている

「なんだ、それならソフトシンセと一緒じゃないか!」と思う人もいるでしょう。その通りなんです。AstroLabの中身は実質的にはコンピュータであり、さまざまなシンセサイザをファームウェアで実現させているんです。

ただし、WindowsやmacOS、LinuxなどのOSが走る汎用的なコンピュータというわけではなく、まさにシンセサイザを実現させることに特化したコンピュータであり、だからこそレイテンシーなどまったくなく使えるシンセサイザになっているのです。もっとも厳密にいえばデジタルシンセなのでレンテンシーがゼロではありませんが、コンピュータでソフトシンセを鳴らすのと比較した際のレイテンシーと比較すれば無視できるレベルのきわめて小さなレイテンシーなんです。

1台で10種類のシンセシスを実現する画期的ハードシンセ

では、もう少し具体的にシンセシスという点で見ていきましょう。このAstroLabは1台のハードウェアながら、10種類のシンセサイザエンジンを実現できるようになっています。具体的にいうと

Virtual Analog
Samples
Wavetable
FM
Granular
Physical modelling
Vector Synthesis
Harmonic
Phase distortion
Vocoder

の10種類。ここでは、それぞれのシンセサイザエンジンの内容についての解説、紹介は省きますが、たとえばARP 2600やMS-20として動かす際にはVirtual Analogのエンジンが、DX7として動かす際にはFMのエンジン、Prophet-VSとして動かす際にはVector Synthesis……といった具合に変身するシンセサイザの機種に合わせてそれにマッチしたシンセサイザエンジンが動くわけです。

10種類のシンセサイザエンジンを搭載

これもコンピュータ上で動くソフトシンセと考えれば当たり前のことではあるけれど、ハードウェアのシンセとしてみるとここまで多くのシンセサイザエンジンを搭載したものはこれまでありませんでした。一般的にはサンプリングならサンプリングのみ、FMならFMのみと1つのエンジンのみであり、最近のデジタルシンセサイザでもせいぜい2つ、3つというのが大半なので、やはり次元の違う画期的なハードシンセであると言って間違いないと思います。

操作性も抜群。アーティスト音色がとっても楽しい

前述の通り、AstroLabの操作は中央にあるナビゲーション・ホイールを中心に利用して行うことで、ほぼマニュアル不要で自由自在に使っていくことができます。1,300ほどのプリセットが用意されていて、Bass、Keys、Pad、Piano……と楽器のタイプごとに選んでいくこともできるし、ARP 2600、B-3、Clavinet、CMI、CS-80、DX7……などシンセごとに選択していくことも可能です。

Artistsというプリセット音色選択メニューがあるのがユニークなところ

しかし、とっても楽しいのがArtistsという選び方。これを見てみるとたとえばA-haトリビュート、Beatlesトリビュート、Depeche modeトリビュート、David Bowieトリビュート、Duran Duranトリビュート……などなどたくさんのアーティストの名前が並んでいるのです。そして、たとえばA-haを選択するとTake On Analog Bass、Take On Arp、Take On Choir……といった音色が登場してくるんです。弾いてみると、まさにTake on meのサウンドソックリなもの。

数多くのアーティストの著名楽曲を再現するプリセットが用意されている

またMichael Jacksonトリビュートの中からBeat it Grooveというのを選んでみると、まさにBeat Itのサウンドになっているのですが、低音パートを弾くとリズムが流れ出し、高音パートを弾くとリフのベースサウンドが鳴るので、簡単にあのサウンドが一人で演奏できてしまうんですね。

国内でのAstroLabの発表会などでも氏家克典さんが、こうしたアーティスト音色を演奏しながら紹介していましたが、氏家さんのYouTube動画でも、そんなデモをされているので、見てみると楽しいと思います。

もちろん、こうして選ぶAstroLabのプリセット音色は、そのままの状態で使うだけでなくノブを使って調整することで、いい感じに音を変化させられるのも面白いところ。

音色をいい感じに調整することができるマクロノブ

たとえばINSTRUMENTというところに4つのノブがあり、それぞれBrightness、Timbre、Time、Movementと書かれており、これらを調整すると各音色ごとにパラメータが割り振られていて、いい感じにサウンドが変化してくれます。またEFFECTSも4つのノブがあり、FX A、FX B、Delay、Reverbとあり、それぞれのかかり具合を調整できるとともに、その下にあるスイッチでON/OFFの設定もできるようになっています。

4系統のエフェクトが搭載されており、ON/OFFやかかり具合の調整ができる

Analog Labを介してパソコンとAstroLab間をシームレスに連携

このようにAstroLabは本体だけで十分操作できるのですが、面白いのはここから。リアにUSB Type-Cの端子があり、これをWindowsやMacと接続することで、AstroLabの世界が大きく広がるとともに、その威力が格段に向上するのです。

実は、AstroLabをArtriaサイトでユーザー登録すると、Analog Labという通常199ドル(約30,000円)のArturiaのソフトが入手できるようになっています。これがコンピュータとAstroLabをつなぐゲートウェイ。実際起動して、USB接続してみると、画面上部に「Link to AstroLab」という表示が現れるのです。

AstroLabにもバンドルされているプラグイン、Analog Lab

これをクリックしてみると、最初はAstroLabのファームウェアのアップデートを促され、ここからAstroLab自身をパワーアップしていくことができました。

Analog Lab経由で、AstroLabのファームウェアあぷでーとも可能

その上で改めてリンクしてみると、Analog LabとAstroLabが完全にシームレスな形でつながるのです。つまり、Analog Lab側で音色を選んだり、パラメータを動かすと、それがそのままAstroLabにも反映されます。そして、AstroLabを弾くとAstroLabで音が鳴るのと同時に、Analog Lab側でもまったく同じ音が鳴るんです。もちろんMIDIとして接続されているので、DAWをコントロールしていくことも可能です。

Analog Lab起動中にAstroLabとUSB接続すると「Link to AstroLab」というボタンが現れ、接続すると連動するようになる

やはりコンピュータ側のほうが、音色選びだったりパラメータ調整はしやすいので、USB接続した状態であれば、まさにソフトシンセと同じようにAstroLabを使うことが可能になります。そして、いい感じのパラメータ設定ができたら、それをユーザー音色として登録していくことも可能であり、それがそのままAstroLabにも反映されるので、とっても便利に使うことができるのです。

V-Collection XやPiments 5があれば、さらに中身まで突っ込んだ連携が可能

が、こうした操作は、プリセットのやりとりに留まらないのがAstroLabの最大の魅力。前述の通り、シンセサイザエンジンは10種類装備していて、MS-20やProphet-5、Fairlight CM、CS-80、CZ-101……といったシンセサイザを実現しています。

でも、たとえばMS-20の全パラメータをAstroLab単体でいじろうと思ってもできません。またAnalog Labを介しても、これらすべてのパラメータをいじることはできず、あくまでもマクロとして用意されている4つのパラメータやエフェクト設定ができるだけです。

利用するシンセサイザからプリセットを選ぶこともできる

ところが、コンピュータにAnalog Labに加えて、Arturiaの各ソフトシンセをインストールすると、AstroLabで各パラメータが利用できるようになるのです。たとえばMS-20をインストールした上で、「Open KORG MS-20」という表示をクリックすると、MS-20が画面上に展開され、これですべてのパラメータが調整できるようになるのです。

「Open KORG MS-20」をクリックすると…

もちろんゼロから音色を作って、それをユーザープリセットとして保存しておけば、その後AstroLab単体で使っても、この音色を利用できるといった具合です。ちなみに、Analog Labの画面の鍵盤の上にあるマクロノブは前述のとおり、AstroLabのノブと連動しているわけですが、これはMS-20などの各シンセサイザにおける複数のパラメータを一つにまとめたもの。各ソフトシンセがインストールされていれば、そのマクロノブの設定をエディットすることもできます。

MS-20のプラグインが入っていれば、Analog Lab上にMS-20の全パラメーターが展開される

Arturiaでは、ビンテージシンセを復刻させたソフトシンセの全部入りパック、V-Collection Xというものがあるので、これをインストールすれば、OK。これによって、AstroLabの機能を余すことなく使うことができるようになるのです。

ただし、V-Collection XのシンセサイザすべてがAstroLabで使えるわけではなく、たとえば、TB-303音源であるAcid VはAstroLabには搭載されていません。これに関しては今後、AstroLabのファームウェアアップデートで対応を増やしていくようです。

Pigments 5にも対応しているので、Pigments 5がインストールされていれば、Analog Lab上でエディットすることも可能

またV-Collection Xに入っていない音源としてPigments 5のエンジンもAstroLabに入っています。そのため、コンピュータ側にPigments 5をインストールすると、Analog Lab内で起動させて、AstroLabをコントロールすることが可能になるのです。

iOS/AndroidアプリのAstroLab Connectでより便利に

そして最後に紹介したいのが、iPhoneやAndroidで動作するアプリ、AstroLab Connectです。これは無料配布されているアプリであり、Wi-Fi(2.4GHzのみで5GHzには非対応)を経由してAstroLabと接続できるというもの。

このAstroLab Connectを使うことで、よりスピーディーにプリセットの選択ができるようになり、ナビゲーション・ホイールと併用することで、より使いやすくなります。Wi-Fi接続なので、USB接続なども不要でライブなどで外に持ち出す際に、非常に便利に使えそうです。

Wi-Fiを経由でスマホから音色を呼び出すなどの操作が可能にするAstroLab Connect

ちなみにAstroLabにはUSB Type-Cの端子のほかにUSB Type-Aの端子があり、ここにiPhoneやAndroidを接続すると充電できてしまうというのも便利なところ。本来ここにはUSBメモリなどを接続してPlaylistのImportなどを行うためのものですが、ここを充電に使うというワザもあるわけです。

さらに、このUSB Type-Aの端子にはKeyLab EssentialのようなArturiaのUSB-MIDIキーボードはもちろん、KORGのMicroKeyなどのUSB-MIDIキーボードを接続することも可能。こうすることで、ダブルキーボードの体制で利用することもできるので、ステージ上などでは便利に使うことができそうです。

USB Type-C端子に別のキーボードを接続すれば、両方で弾くことが可能になる

以上、ArturiaのAstroLabについて見てみましたがいかがだったでしょうか?これまでにない画期的なシンセサイザであることは間違いないし、今後もさらに発展していくユニークなシンセサイザでもあります。ソフトシンセの柔軟さを備えた超強力なハードウェアのシンセサイザとして歴史に名を残す機材になるのでは…と思っています。

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