GIGAスクール構想に対応した音楽制作Webアプリ、カトカトーンが全国の小学校~高校に無料で提供開始。音源はKORG Gadgetがベースに

4月9日、音楽の教科書会社である教育芸術社からカトカトーンというWebアプリが公開され、全国の小学校、中学校、高校などを対象に使用が開始されました。これは全国の児童・生徒1人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み、GIGAスクール構想に対応させたもので、Windows、ChromeOS、iPadOSのブラウザを使って、音楽制作を楽しく直感的に行える、というアプリとなっています。学校や教育関係の施設・組織などであれば、すべて無料で利用できるというのもユニークな点であり、DTMを学ぶための強力なツールが全国の学校に整った、といっても過言ではないと思います。

このカトカトーンの開発は教育芸術社のほか、「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」「ムジカ・ピッコリーノ」「シャキーン!」など、Eテレで数々の音楽教育に関わるコンテンツの制作を手掛けてきた制作会社のディレクションズ、そしてソフトウェア設計・音色開発はコルグが担当しています。カトカトーンはブラウザで動作するアプリながら、8トラックで140音色を使ったMIDIの打ち込みができるシステムとなっており、打ち込んだ曲を楽譜書き出しすることも可能という強力なもの。実際鳴らしてみると高音質なサウンドで、実はKORG Gadgetの音源をベースにピアノやトランペット、クラリネット、フルートから尺八、三味線、琴といったものまで140音色が使えるようになっています。一般的なDAWやシーケンサよりも使いやすいのでは…と感じさせるUIも秀逸で、こんなものがあったら、誰もが音楽の授業大好きになりそうです。そんなカトカトーンを開発したプロジェクトメンバーである株式会社教育芸術社の佐藤貴史さん、株式会社ディレクションズの石原淳平さん、そして株式会社コルグの井上和士さんにお話しを伺ってみました。

※2024.4.30追記
小学校、中学校、高校に限らず、教育関係全般を対象にしているとのことです。

ブラウザで動作する音楽制作ツール、カトカトーンがリリースされた

カトカトーン開発の経緯とデジタル教科書

--まずはカトカトーンを開発することになった経緯を簡単にお話いただけますか?
佐藤:2019年に文科省がGIGAスクール構想を打ち出し5年計画で1人1台端末を…ということになったのですが、コロナ禍に入りもっと急ごうということになり2020年度末には大半の自治体で一気にすべての子供たちに1人1台のタブレットが整備されたんです。そこで我々教科書の会社としても何かできないかと模索しつつ、Webサイトで動画を提供したりしていました。そうした中、以前からお付き合いのあったディレクションズさんと話をしたことがキッカケで進んでいったのです。

石原:ウチはEテレの番組制作を主に行っているのですが、実際に映像となって放映されるのは本当に上澄み部分だけなんです。たとえば「スコラ」、「ムジカ・ピッコリーノ」といった番組を制作すると、音楽に対する膨大な知見が蓄積されるのですが、そのままにしておいてはもったいないという思いがあり、そのノウハウだけでも子供たちにシェアしたいと、2019年ごろからGarageBandを利用して、小学生・中学生・高校生向けにワークショップ「渋谷ストリートクラフターズ」を行うといった活動をしていました。しかしコロナ禍に入ってしまい、ワークショップもストップせざるをえなくなりました。一方、別件でコルグさんのLive Extremeという高音質な配信システムを使わせていただいたことをキッカケにコルグさんとお付き合いすることが増え、KORG Gadgetを使わせていただいたところ、これは教育分野においてもすごい可能性があるのでは、と思ったのです。そうした中、もともと10年近くお付き合いのある教育芸術社さんから「アプリを作ろうと思っているんだけど、一緒に作りませんか?」とお誘いをいただいたんです。それはまさにウチも何かしたいと考えていたところだったのと、もしかしたらコルグさんも乗ってくれるのでは…とご紹介したところ、話が進みだしたのです。

株式会社教育芸術社 第二編集部次長 佐藤貴史さん

--このカトカトーン、触ってみるとまさにDAWというかシーケンサのようでありながら、とっても楽しく音楽制作ができるツールになっていますが、これは教科書のひとつなのですか?
佐藤:これは教科書ではなくサブ教材という位置づけです。当社では2012年から「指導者用デジタル教科書」というものを出してきました。もっとも当時は児童生徒1人1台に端末が行きわたっていなかったので、「指導者用デジタル教科書」が先生黒板と並べてモニターに映し出すためのものとして、標準的なものになっていきました。しかし、2019年にGIGAスクール構想とともに法律も変わり、子供たちが紙の教科書ではなく「学習者用デジタル教科書」を使うことも可能になるなど、いろいろと環境も変化してきたのです。

GIGAスクール構想にマッチさせた形で開発されたカトカトーン

--そのデジタル教科書は音が出たり、ビデオが見れたり…というものだったのですか?
佐藤:たしかに「指導者用デジタル教科書」は音や映像が入っていたりするのですが、子供用の「学習者用デジタル教科書」は紙の教科書とイコールでなければならない決まりがあるんです。そこで教科書とは別に主に音楽づくりや創作の学習ができるサブ教材を作り、子どもたちが、より楽しく音楽に触れられるように…といくつかのものを作ってきました。また現在は紙の教科書に二次元コードを入れることが可能になったため、これをスキャンすればプラスアルファのコンテンツを追加できるなど制度もいろいろ変わってきています。そうした中、新たなコンテンツを、ということで、開発に取り組んでいったのがカトカトーンなんです。実は、そのカトカトーンの前にディレクションズさんと一緒に開発したソフトがありました。当時はGIGAスクール構想前だったこともあり、先生が使うことを前提としたWindowsのソフトでした。ところが、GIGAスクール構想が持ち上がったことで状況が変わり、Windowsのみというわけにはいかなくなってしまいました。

さまざまな端末が混在するGIGAスクール構成への対応

--Windowsに限らず、いろいろなものがあるんですよね。ざっとどの程度のシェアになっているのですか?
佐藤:いま正確な数字を把握していませんが、ざっと半分以上がChromebookで、残りがWindowsとiPadという感じです。そうなると選択肢としてはWebアプリしかないというのが実情です。
石原:また教科書に掲載されている楽曲を作成できなくてはならないなど、いくつかの条件が揃ってきたので、一度開発メーカーを探すところからやらせてください、と一旦こちらで引き取ったのです。そうした中、コルグさんに打診してみたところ、教育分野にも興味があるし、挑戦し甲斐のあるテーマなので、ぜひチャレンジしてみたい、という心強いお返事をいただき、2021年10月末に初めて3社でのミーティングを行ったのです。

株式会社ディレクションズ 取締役 石原淳平さん

--コルグとしては、どのように受け止めたのでしょうか?これまでパソコン、スマホ、タブレットはもちろん、ニンテンドーDSやSwitchなど、いろいろなプラットフォームのアプリはありましたが、Webアプリって出されてませんでしたよね?
井上:最初にお話しを伺って、とても面白そうだと感じました。技術的には大きな問題なくできるのでは、という読みもありました。確かにWebアプリの製品リリースはありませんが、弊社のMPS-10というドラム製品のエディタ・アプリケーションなどでの開発実績があったからです。また、背後にある技術的要件においてもチャレンジしてみたいことがありました。以上の意味でネガティブな要素はまったくなく、楽しく取り組ませていただきました。

カトカトーンでは計140種類の音色が入っており、楽器としてもすぐに使うことができる

--そこからどのように開発は進んでいったのですか?
石原:一度コンセプトの整理などをしつつ、企画書を書き直し、ラフデザインに落とし込んでいきました。この時点でほぼ今のカトカトーンの形ができていたんですよ。そして最後にグラフィックデザイナーの金田遼平さんと、ウェブデザイン会社の泰地さんに参加してもらいました。偶然にも、泰地さんの中にテクノミュージシャンの方がいて「ぜひやってみたい」とおっしゃっていただき、トントン拍子で進んでいったのです。やはりそういう方に参加してもらうと愛情も全然違って、いい方向に進んでいきます。驚いたのはコルグさんの開発スピードです。井上さんにちょっと話をするだけで、すべて理解いただいてそれ以上の形のものが、次の日には上がってくる…というような繰り返しでした。
井上:最初は、じゃあシーケンサ部分はどういう風にしようとか、シンセサイザはどれにしよう、楽譜はどうしよう……など要件の我々なりの定義の設定して提案しながら進めていきました。結果として昨年春にはベータバージョンが完成しました。

株式会社コルグ 技術開発部部長 井上和士さん

140音色を40MBに収めWebアプリとして開発

ーーベータ版から正式リリースまで1年かかった、ということですか?
佐藤:そうですね。昨年4月にベータ公開をし、全国の人に使ってもらって、そこでのリアクションを受けた上でブラッシュアップしていこう、ということで、学校関係者を中心に試験的に公開したのです。その結果、全国の学校から申し込みをいただき、最終的には2,500校以上からの申し込みをいただきました。多くのアンケート結果も得られました。「子どもが楽しく触っている」、「音色が充実していて楽しく使える」といったものや、「打ち込んだ結果が楽譜にできるのが非常にいい」といった声もいただきました一方、「これまでWebアプリでは決まったリズムで音を埋めていくだけで音を伸ばせないものが多かったけれど、これはできるので、それだけでも非常にいい」といった声も結構いただきました。またいくつかの改善案などもいただいたので、それらを吸収していった形です。

各音源にそれぞれを表すアイコンがデザインされていて、見ていても楽しい感じだ

--実際に使ってみると、各音源の音は非常にいいし、レイテンシーも非常に小さくて驚きました。Webアプリということはアクセス時に音色も含めて、ダウンロードしているわけですよね?1回ローカルにきちゃえば、その後はブラウザーが開いている限りは使える。ちなみに、どのくらいの容量があるのですか?
井上:一度ダウンロードすればキャッシングしているので、基本的にはブラウザのキャッシュをクリアしない限りは使えます。音色数は140ありますが、容量的には40MB程度ですね。
佐藤:このダウンロードについても、アンケートでいろいろご意見をいただきました。現実でいうと10MBでも厳しい学校も少なくないのですが、徐々に通信環境も改善されてきている兆しもあるので、40MB程度であれば大丈夫だろうということで、この形での公開となりました。

ピアノロールで音符入力する一方、調や拍子なども設定できる

--GIGAスクール構想については、報道などでもよく見かけますが、非常に低スペックなマシンを導入して問題になっているという話も聞きます。そうした中、カトカトーンのサクサク動く感じは本当に驚きです。
佐藤:ダウンロード時間については改善要望はあったものの、その後の動きについて意見はなかったので、どのマシンでも快適に動いているようです。
井上:いろいろ工夫しながら、なるべくストレスなく使えるようにしています。オーディオ部分はWebAssemblyを使っていますが、どうしてもWebだとオーディオスレッドの安定性がUIのパフォーマンスに影響を受けてしまいがちなので、できるかぎりUIを軽くして全体のパフォーマンスの向上を目指しました。

実はミキサーやイコライザがあるだけでなく、ローパスやハイパスさらにはリバーブ、ディレイなどのエフェクトも使える本格的なものだ

譜面での書き出しやMIDIの出力、MP3の出力にも対応

--Webアプリだと気になるのが、作った曲の保存ができるのか、前回作った続きを作ることなどができるのか…といった点ですが、その辺はどうですか?
石原:データの保存はできるようにしてあるので、それを読み込めば続きの作業も可能です。また、MIDIファイルでの書き出しも可能にしているので、ほかのDAWへデータを受け渡すことが可能です。8トラック限定でグリッド感の強いUIにしていますが、教科書に載っている音楽を表現できる最低限の機能は持っています。そのため途中でテンポを変えることも可能になってはいるのですが、一方でベロシティに対しては非対応ですね。そしてPDFで譜面出力できるという点もカトカトーンの大きな特徴になっています。
佐藤:音楽の先生は楽譜やピアノがあるかどうかで、教材に対する気持ちが変わってくるというのも事実です。あまりDAW的なものすぎて、先生に拒否反応が出てしまうのもマズイので、できるだけわかりやすいUIでありつつ、楽譜で書き出せるようにもしました。また出来上がった音楽を書き出せるようMP3の書き出し機能も搭載しています。

作った曲データの保存や読み込みができるのはもちろん、楽譜やMP3、MIDIでの出力も可能となっている

--本当にいろいろな工夫がされているのですね。
佐藤:もう一つカトカトーンで大きいのはアカウント管理をしていない、ということなんです。デジタル教科書の場合、アカウント管理をしているケースが多く、アカウントを子どもたちに伝え、進級したらそれを変えて……というのがあり、現場での管理に非常に手間がかかるのが実情です。そこで、カトカトーンはそれらを一切なくし、URLにアクセスするだけでOKとしました。ただ、その代わりとしてファイルは自分で保存する形になっていて、自動保存などはされない仕組みです。

駅の発車メロディーに採用される事例も誕生

--まだ、正式スタートからは間もないですが、うまく活用はされているようですか?
佐藤:そうですね、昨年のベータ版公開からは1年経過しているので、いろいろな声も上がってきています。ある中学校では地元の鉄道との地域のつながりもあり、駅の発車メロディーを授業で作ろうということになったそうです。その結果、中学3年生がカトカトーンで作った曲が採用され、そのことが新聞記事でも紹介されているなど、いろいろなところで使われているという手ごたえは感じています。こんな例が増えてくれるといいなと思っております。

左から井上さん、佐藤さん、石原さん

--最後に、実際にカトカトーンを使うためにはどうすればいいか教えてください。
佐藤:カトカトーンは学校や教育関係の施設・組織などでのご利用を対象としています。ご利用になりたい場合は、学校、施設、組織ごとに代表者による申し込みをお願いしており、当社サイトのWebページ(https://www.kyogei.co.jp/katokatone/ )から登録いただく形です。

--ありがとうございました。

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