コード進行などの音楽理論の学習は不要!? AI時代の職業作曲家スタイル 逆張りのサバイバル戦略

完成度の高い作曲AIが誕生してきたり、人間と区別がつかない歌を生成するAI歌声合成が簡単に使えるようになったり、数年前にはありえなかったことが次々と現実のものとなって登場してきている昨今。実務レベルで使えるAIが、音楽の分野にも登場してきましたが、そんなAI時代の職業作曲家はどうあるべきか、音楽プロデューサーの山口哲一(@yamabug やまぐちのりかず)さんに話を伺ってみました。山口さんは、「業界標準、完全プロ仕様」をテーマに、著名な作曲家、現役第一線のA&Rなどを講師に招いて実践的で少数精鋭のセミナーを実施している山口ゼミのオーガナイザー。山口ゼミは昨年10周年を迎え、NexTone Award2019 Gold賞受賞者やレコード大賞受賞者を輩出するなど、数多くの実績を上げているので、ご存知の方も多いと思います。ちなみに現在山口ゼミでは、第44期生の募集がスタートしており、5月11日には説明会が実施されます。

また最近では山口ゼミ卒業後コンスタントにコンペに参加できるクオリティのデモが出せる人が所属できるCo-Writing Farmのメンバーや、プロの作曲家たちとAI音楽研究会を発足するなど、勢力的にAIを用いた活動もされています。そんな山口さんが考える、この先の職業作曲家の在り方=「職業作曲家3.0」について、6月12日には「AI時代の職業作曲家スタイル 逆張りのサバイバル戦略」という書籍も発売されます。山口ゼミでコーライティングを普及させ、次にAIと、常に時代の最先端を行く山口さんのお話がとても興味深い内容ばかりだったので、紹介していきましょう。

山口ゼミは、プロの作曲家になるための最短ルート

作曲、アレンジ、ミックス…すべて現代の職業作曲家に必要な要素

--AIツールの普及で、これからの音楽スタイルが変わりそうな気がしますが、山口さんはどう考えていらっしゃいますか?
山口:新しい本のテーマは、「これからの作曲家に必要なのはビジネスリテラシーとAI活用だよ」というものです。まず職業作曲家のスタイルが変わったことからお話しましょう。もう3年前ぐらいから僕はプロの音楽家、クリエイターのスタイルが変わるよと予言していて、「職業作曲家3.0型へのアップデート」という言い方をしてきました。10年くらい前までの職業作曲家は、コンペに楽曲を出して、レコード会社の下請け的なスタンスで、作家事務所経由でコンペを受け身にこなしていたんですよね。それが今は、コーライティングという動きが始まったことによって、主導権がクリエイターに移っていき、今はA&Rは曲を選んだり、ミックスを確認したりというジャッジはするけれど、それだけで、時には、最後のミックスまでクリエイターに任せるという時代になっています。昔と違ってコンペに出す楽曲のクオリティは、フルコーラス作る必要はないけど、このままリリースできるぐらいのクオリティでないと、コンペが通らなくなりました。この現状を「職業作曲家2.0」と呼んでいます。山口ゼミ修了生によるプロ作曲家コミュニティCo-Writing Farmが日本におけるコーライティングムーブメントの震源地なので、僕たちが2.0型の時代を引き寄せたという感覚は持っています。

--たしかにAIの前にDAWやプラグインなどDTMの世界が進歩したことにより、個人レベルで楽曲を作り上げることが可能ですよね。
山口:そう、つまり原盤を作れるスキルを持っていないと、職業作曲家になれない時代なわけです。さらに著作権のこと、原盤権のこと、デジタル配信、マーケティング…など、最低限の知識も必要というのが、職業作曲家3.0の姿。アーティストもセルフマネージメントが増えていく時代なので、対等なパートナーであるのが、これからの職業作曲家だと思います。自分自身もアーティスト活動するのがもっとふつうになっていくでしょうね。と同時にAIとの付き合い方を考えていかなくてはいけないのです。そんなことについてまとめた本を6月12日に「AI時代の職業作曲家スタイル 逆張りのサバイバル戦略」というタイトルでリットーミュージックから出版するので、興味のある方はぜひお読みいただければと思います。


「AI時代の職業作曲家スタイル 逆張りのサバイバル戦略」(表紙制作中)

コンペで勝つことが、現在の最適解

--では、これから職業作曲家を目指す人はどうしていったらいいのでしょうか?
山口:2024年現在今までと同様にコンペに勝っていくのが入口になりますね。コンペに勝つデモをつくることは重要です。それには、2つの理由があって、まずコーライトでコンペに勝とうとするとスキルアップができるんですよね。コンペという的に対してデモをつくっていく経験そのものがクリエイターとして成長する方法なんです。特に自分よりレベルの高いクリエイターとコーライトしていくのがポイントですね。もう1つは、キャリアがないと海外のクリエイターは相手にしてくれないということ。プロの定義として、メジャーで最低3、4曲は必要じゃないですか。これをクリアしていないと、チャンスを掴むのが難しい。だから、まずは山口ゼミに入って、コーライトでコンペに勝てるようになることが、ほとんどの人にとって、ベストウェイだと本気で思っています。少なくとも、あと5年位は、コンペで勝つことが有力な選択肢ですね。僕は、新人作曲家の登竜門として機能しているコンペが「あるうちに使っておこう」と話しています。まずスタートラインに立つためにも、コンペで勝ってプロになるのが重要ですよ。

AIとの付き合い方も同時進行で考える必要がある

--一方で、そのAIとはどう付き合っていけばいいのでしょうか?
山口:まず、創造のあらゆる分野で言えることですが、AIについて考える時の頭の整理として、「クリエイティブ」と「スキル」に分けると理解しやすいと思っています。AIにクリエイティブなことはできません。人間にしかできないことをクリエイティビティと呼ぶと、改めて定義する。けれども、スキルはAIの方が圧倒的に得意です。スキルにおいて人間がAIに勝つということ自体がナンセンスな時代に入ってきています。そして、今起きていることは、これまでクリエイティブだと思っていたことが、実はスキルだったとAIが教えてくれたということなんです。だからスキル仕事しかしていないクリエイターは、それでは仕事がなくなるよね、という解釈です。スキルはAIに任せて、人間にしかできないことに集中したら、もっといい作品が作れるし、もっと面白いことができる。人類の進化のきっかけになる時代の幕開けだな、というのが僕の主張です。

--たしかに、その通りかもしれません。ほかの業種においても同様だと思いますが、スキルにばかりこだわっていると、仕事を失いかねません。
山口:たとえば、昨年ハリウッドで脚本家協会がストライキを行いました。AI利用の禁止と映像の2次使用料分配率を上げろ、という主張でした。後者については妥協したのですが、前者については全面的に敗北しているようです。この事件の僕の解釈は、脚本を書くという、クリエイティブだとみんなが思っていた作業のうち、8割位はスキルだった。AIが普及すると、2流以下のシナリオライターは、いらなくなる。でも、誰がシナリオを作るかというと、映画監督や映画プロデューサーがAIを使うことでシナリオを書けるようになるのです。だから、スキルだけ提供していた人は仕事がなくなる、こういうことだと思います。僕は、この時代を喜べる人は本当の意味でのクリエイターだと思うんですよ。

山口ゼミを主宰する山口哲一さん

音楽理論は学ぶ必要はない。それよりも、たくさん楽曲を聴いて、たくさん感動することが大切

--そのAIがもたらす影響について音楽にフォーカスするとどうですか?
山口:それこそ、具体的なAIツールの使い方については、音楽プロデューサーの浅田祐介さんたちと紐解いていたりもしますよ。音楽に限っていうと、この先、音楽制作を段階に分けて作曲します、アレンジします、ミックスします…みたいな考え方は根本的に変わると思っています。AIって学習データから学んで逆算して選択肢を提示してくれるじゃないですか。だから、コード進行とか音楽理論を学んで、その延長線上でAIを使ってという考え方でなくなると思います。けれども、最初どういった曲を作るか方針を決める、そして最後この曲に決定する、というのは人間にしかできません。それ以外の部分は、AIが選択肢を見せてくれて、人間が選ぶ時代が来始めていると思います。そして人間にしかできないことのもう1つは、ユーザーと共有できる物語をつくること。ストーリーテリング力が重要になります。そして、自分にブランドをつけることが大事です。アートの世界で芸術家が作っているストーリーに近いですね。

--これからさらに逆算的に音楽を作るAIが出てくると音楽は学ぶ必要はない、ということですか?
山口:音楽理論を学ぶことの優先順位はかなり低くなると思います。無駄とは言わないけれど、AIがある時代にはコストパフォーマンスが著しく悪い。そこで、重要になってくるのは、音楽を聴くことになってきます。音楽を山のように聴いてたくさん感動体験をしておくことがー番大切です。そのうえで、自分が感動した音楽について、情報整理しておく。タグ付け的な感覚で、すぐ引き出せるようにしておくことが大事な作業になります。適切な課題設定、AIの世界ではプロンプトといいますが、そのプロンプト設定を適切にできること、そして自分の感動体験に基づいて、AIが提示する選択肢からジャッジする。音楽をたくさん聴いて、たくさん感動することが、音楽家の条件になってきますね。

--そうなると、今後、音楽理論を教える学校は不要になってしまう、ということですか?
山口:演奏家はアスリート的な訓練が必要なので、別の話ですね。ただ、クリエイター、つまり作詞・作曲し、編曲し、ミックスしていくという音楽制作をする人は別ですね。音楽理論はコスパが悪い学び方なので、その労力をたくさん音楽を聴くことに充てたほうが、良い音楽を作れるようになるんです。これって、音楽にとって良いことな気がしませんか?

5月11日(土)13時〜オンライン開催で山口ゼミの説明会が行われる

--山口ゼミとしては、今後は、そうしたAI時代に即した形で展開していくのでしょうか?
山口:Co-Writing Farmのメンバーも多数参加して、AIを積極的に実践研究する会ARS(AI Resonate Soceity)を浅田祐介さんと二人で作りました。先日は、YAMAHAに協力してもらって、ボーカロイドの次世代技術、歌声生成AIを活用しているVX-βでの「作家ソン」というイベントを行いました。YouTubeに動画が上がっているので興味がある方は見てみてください。こういう活動も積極的にやっていきます。ただ、先ほどもお話したとおり、現時点においてプロの音楽家となるための近道はコーライトしながらコンペに勝っていくことだと思います。100%がクリエイティブなことだけではないかもしれません。しかし、時代はどんどん進化してきているので、AI時代にマッチした形でクリエイティブな部分をもっと強化してプロとして生きていけるようにするのがここでのやり方です。5月11日にそうしたテーマでオンライン説明会も行う予定ですので、ぜひ参加していただき、どんどん質問もぶつけてもらえればと思います。

--ありがとうございました。

【関連サイト】
山口ゼミ説明会
山口ゼミ44期受講生募集
山口ゼミ オフィシャルページ
Co-Writing Farm オフィシャルページ
『AI時代の職業作曲家スタイル 逆張りのサバイバル戦略』書籍情報(リットーミュージック)

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