すでにご存じの方もいると思いますが、3月26日、AKAI ProfessionalがMPC Stemsなるアドオンソフトを1,725円(税込みダウンロード価格)でリリースし、世界中に衝撃が走っています。これはMPCでサンプリング素材を取り込んだ際にサウンドをステムに分解してくれるというシステムで、具体的にはドラム、ベース、ボーカル、その他の4つにキレイに分離してくれるというもの。たとえばある楽曲のキックだけを切り出したいとか、ボーカルのこの一部を切り出したいといったことが簡単にできてしまうというシステムなのです。
AKAI自身もMPC Stemsについて「歴史的MPCイノベーション」と表現していますが、まさに35年以上のMPCの歴史の中で、これまで到達できなかった夢のような制作環境を実現できる画期的なツールだと位置付けているのです。このMPC StemsはMPC Live、MPC Live 2、MPC One、MPC One +、MPC X、MPC XSE、MPC Key 37、MPC Key 61、MPC Studio Mk 2をコントロールするソフトウェアであるMPC 2 Desktop Software (バージョン2.14以降)を拡張するアドオンソフトウェアで、WindowsでもMac動作させることが可能となっています。AKAIはあまり前面には出していませんが、AIを用いるzplaneのエンジンを採用しており、かなり高精度なStems分解を実現しています。実際どんなものなのか試してみたのでレポートしてみましょう。
AKAI ProfessionalからMPCを拡張するMPC Stemsが誕生
長いMPCの歴史の中で起きたAIによる革命
いまさら説明するまでもありませんが、AKAI ProfessionalのMPCは1987年に誕生したMPC 60を原点とするもので、その後の音楽制作の世界に莫大な影響をおよぼしたシステムです。サンプリングした素材を4×4の16のパッドに割り振って演奏したりシーケンスを組むこの手法は、この業界におけるデファクトスタンダードとなっており、いまやAKAI製品に留まらず、ビートメイキングの世界においては常識となっています。
1987誕生のMPCは現在も進化中。今回のMPC Stemsの誕生は長いMPCの歴史の中でもかなり大きなトピックスといえそう
その長いMPCの歴史の中で、革命ともいうべきことが起きた、というのが今回のMPC Stemsのリリースです。著作権や原盤権の話はいったん脇に置いておいて話を進めますが、これまでMPCは、音楽を再構築してまったく新しい作品を創作していくツールとして活躍してきました。もちろんCDなどデジタル素材から音質劣化なく取り込んだ上で、それを切り刻んで素材に利用することもできれば、レコードやテープなどのアナログ素材から取り込んで利用することも可能で、その素材が作品作りにおける大きなアイテムにもなってきたわけです。
でも、ただ切り刻んだり、EQなどのエフェクトを利用してもできないことがありました。それは多くの人が望んでいたことではあるけれど、不可能とされてきたこと。そう、2ミックスされたサウンドから、特定の楽器の音だけを抜き出す、ということです。「この曲のキックが使いたいけれど、ベースや他の音が乗ってしまっているので、それらも乗ったことを承知の上、切り出すしかない」、と扱ってきたわけです。
MPC Stemsの登場で、サンプリングの可能性が劇的に広がった
しかしMPC Stemsの登場により、これまでの常識が覆り、2ミックスされたサウンドから、キックだけを抜き出すとかスネアだけを抜き出す、またベースだけを抜き出したり、コーラスパートだけを抜き出す……といったことが可能になったのです。
MPC Stemsを用いた基本的なワークフロー
では、そのMPC Stems実際どんなもので、どのように使うのか、以下にそれを紹介するビデオがあるので、ご覧ください。10分のビデオではありますが、最初の2~3分を見るだけでもその威力がすぐに感じられると思います。
このビデオでは、MPC Live 2が使われており、すべてMPC Live 2上で操作をしているのが分かると思います。同様のことは、MPC Live 2に限らず、初代のMPC LiveをはじめMPC One、MPC One +、MPC X、MPC XSE、MPC Key 37、MPC Key 61でも同じように使うことができます。
※MPC Studio Mk 2にはタッチスクリーンが搭載されていないため、MPC 2 Software上で操作を行う必要があります。
ここにおいてはそれぞれのMPCをコントローラモードで動かして、その中枢をMPC 2 Softwareで担っている形で、ステム分解自体はWindowsやMacのCPUを用いて行っています。
MPCを司るソフトウェア、MPC 2 Software
ワークフローとしては、このビデオにもある通り、あらかじめSample Editに2ミックスされた楽曲を取り込んでおきます。その上で、ステム分解した部分を選んだ上でFUNCTIONSから「CREATE STEMS」を選ぶと、VOCALS、BASS、DRUMS、OTHERという4つのアイコンが表示されます。
ボーカル、ベース、ドラム、その他に分解することが可能
もしボーカルが不要であればVOCALを、ベースが不要であればBASSをクリックして消灯させることで抽出しないこともできますが通常は4つともオンの状態で「Do it」をクリックすると、ステム分解してレイヤーに分けてくれます。
これによって、ドラムだけを取り出したり、ベースだけを取り出したりすることができるし、逆にドラムだけを消すとかボーカルだけを消すといった使い方も可能です。
そして必要に応じてチョップしたり、リージョンによるスライスした上で、パッドに割り振っていくことで、2ミックスから素材を自由自在に取り出すことが可能になる、というわけなのです。
1,725円で購入し、MPC 2 Softwareに組み込む
では、このMPC Stemsを有効にするにはどうしたらいいのか、実際に購入してMPC 2 Softwareに組み込んでみたので、簡単にその手順を紹介してみましょう。
MPC StemsはMPC 2 Softwareの2.14.0以上に対応
まずWindowsまたはMacにMPC 2 Softwareがインストールされていることが前提となりますが、そのMPC 2 Softwareを最新版である2.14以上にUPDATEしておく必要があります。これは新たにインストールすることでも行えますが、MPC 2 Softwareを起動の上、Helpメニューにある「Check For Updates」を選択することでも確認したり、アップデートすることが可能になっています。
AKAI ProfessionalのMPC Stemsサイト
一方、以下のAKAI ProfessionalのMPC Stemsのページにアクセスし
ここから「BUY NOW $9.99」をクリックして、購入ページへと進みます。ここで日本語表記となり4月4日現在は1,725円という金額が表示されます。この革命的機能から考えれば激安ではあるけれど、「$9.99が1,725円って、為替レートどうなってるんだ!?」と思ったら、ここに消費税が乗っているからこの金額なんですね。クレジットカード、PayPal、または電信送金が選択できますが通常はクレジットカードを、もしPayPalアカウントがあればこれを選ぶのがよさそうです。
その次のページで、名前や住所などを入力する形になりますが、重要なのがメールの記載。必ずAKAI Professionalのアカウントで登録しているメールアドレスを入力して購入するようにしてください。これを間違えると、あとでアクティベートできない可能性があるので注意してください。無事購入できたら、シリアルコードが入手できるはずです。
続いて、MPC 2 SoftwareのEditメニューのPreferenceを開きます。ログインしていない場合は、ログインを行ってください。
※2024.4.8追記
Macの場合はMPC 2 Softwareの「MPC」→「Settings…」で「Preferences」ウインドウが開き、左のタブから「Activations」を選んでください。
購入したシリアルコードをMPC 2 Softwareに入力してアクティベートする
その上で、Activationsメニューを見ると一番上に「MPC Stem Separation」というものがあるのが確認できるはずです。ここで一番下の「Enter serial of product to register」に先ほど入手したリアルコードを入力。これで認証されるはずなので、MPC Stem Separationをアクティベートしダウンロードすると、インストール完了です。
ジャンルに関係なく、高い精度で分解可能
その上で、Sample Editを開くと、FUNCTIONSの中に「CREAT STEMS」というボタンが追加されていることが確認できるはずです。この準備ができれば、あとは先ほどのビデオと同様、MPC Live 2でも先日「スタンドアロンで動く37鍵キーボード版のMPC、AKAI MPC KEY 37が誕生。DAWとも連携可能でオーディオIFとしても動作する」という記事で紹介したMPC KEY 37でも、このMPC Stemsの機能が使えるようになります。
現状においてはMPC Stemsを使うにはコントローラモードにして、MPC 2 Softwareを使う必要がありますが、将来的にはスタンドアロンモードでも動作するようになってくれると嬉しいところ。現時点において、ステム分解をハードウェアで行う機器は見たことはありませんが、AIを使って音源分離を行ってノイズ除去する機能を持つスマホなどは出てきているので、技術的には可能になっているのでは…と思うところ。ぜひ期待したいところですね。
実際、自分でもいろいろな楽曲を読み込んで試してみましたが、かなりキレイにステム分解してくれます。楽曲のジャンルに関わらず、うまく分解してくれるし、「ドラムの一部がその他のところに残ってしまう…」というようなこともなく、分解精度は極めて高いという印象でした。
アナログのレコードから取り込んだ素材でもしっかりステム分解可能
またWAVやAIFF、MP3などのデジタルデータを分解できるのはもちろん、外部接続したレコードやテープから取り込んだ音に対してもしっかり分解して、必要な素材を取り出せるし、その分解の際にレコードから入るプチプチノイズなども除去できるので、そういう意味でも大きな威力を発揮してくれます。
zplaneの最新のステム分解エンジンを採用
DTMステーションの読者のみなさんであれば、こうしたAIを用いたステム分解自体は、このMPC Stemsが初というわけではないことはご存じだと思います。SpectraLayersやiZotope RX、ACID Proなどにも搭載されているし、ソニーも独自のステム分解エンジンを開発しています。
それらを利用することで、素材を取り出す…ということは可能ではありましたが、今回MPC 2 Softwareの機能として組み込まれたことで、その使い勝手や応用範囲が大きく広がったことは間違いないと思います。
そうしたステム分解エンジンとして、AKAIが今回採用したのはzplaneが開発したエンジンです。ご存じの通り、zplaneはオーディオのタイムストレッチエンジンとして超優秀なelastique(エラスティック)を開発した企業としても知られていますが、音源分離技術という意味では、PEELという製品をリリースしています。詳細は分かりませんが、今回搭載されたのもPEELのエンジン部分をさらにブラッシュアップしたものなのでは…と想像するところ。
MPC StemsのAI分解エンジンにはzplaneの技術が使われている
現在、このAI音源分離の世界では、より多くの楽器に分解する…という競争が行われているので、MPC Stemsにおいても今後さらに性能強化されることを期待したいところですが、まずはドラム、ベース、ボーカル、その他の4つに分解できることが画期的であり、革命的なできごとであることは間違いありません。価格も非常に安いアップデートなので、MPCユーザーは即、MPC Stemsを入手することをお勧めします。
【関連情報】
MPC Stems製品情報
【AKAI Pro Japan公式動画】
How to install and Activate MPC STEMS 日本語字幕付き
MPC STEMS: A NEW ERA IN SAMPLING 日本語字幕付き
MPC Stems transferring from MPC Software to Standalone 日本語字幕付き
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