先週12月22日、日本のサンプリング音源メーカー、PREMIER SOUND FACTORYから新たな音源、PIANO Premier “KAWAI Legend“(税込ダウンロード価格:32,780円)がリリースされました。これはKAWAIのフルコンサートグランドの最上位モデル、『Shigeru Kawai EX』(以下、SK-EX)を24bit/96kHzで余すことなくサンプリングした超高音質なピアノ音源。河合楽器製作所全面協力の元、伊豆のスタジオで10日間かけてレコーディングしたという素材を使って仕上げた、というものです。その10日間ずっとSK-EX専属のコンサートチューナー(MPA調律師)が帯同し、一鍵一鍵、毎日何度も調整しながらレコーディングしていったのだとか……。これにより、最高品質な音源に仕上がっているのです。
そのPIANO Premier “KAWAI Legend”はNative InstrumentsのKONTAKT(無料のKONTAKT Playerでも利用可)で動作する音源となっているのですが、実は一つ驚くべき仕掛けが施されています。なんとMIDIのベロシティの限界=127を超える、強い音を出せるVelocity+なる機能が搭載されているのです。といってもMIDI 2.0対応とも違うのです。MIDI 2.0のベロシティは0~65,535段階と高くなるけれど、最大値自体はMIDI 1.0と同じです。それに対し、Velocity+はさらに大きい音を出すことができるのです。このVelocity+は現在、国際特許出願中とのことですが、これがどんなものなのかも含め、PREMIER SOUND FACTORYの代表であり、レコーディングエンジニアのichiroさんに話を聞いてみたので、紹介していきましょう。
PREMIER SOUND FACTORYからShigeru-Kawai EXを再現するPIANO Premier “KAWAI Legend”がリリース
PREMIER SOUND FACTORYは超高音質なサンプリング音源として世界的にも高い人気を誇る日本の音源メーカー。これまでも「Steinwayをサンプリングした鳥肌が立つレベルの96kHz/24bitピアノ音源、PIANO Premier ”at first light”がPREMIER SOUND FACTORYからリリース」、「数あるRhodes Piano音源の中で突出した再現性を誇るPREMIER SOUND FACTORYのMK-1 Collection。Wurlizer音源も間もなく無料で登場」、「ビートルズやツェッペリン、モータウンサウンドなどを忠実に再現!?名盤のドラムサウンドをリアルに出せるDrum Treeとは?」や「お箏のほぼ全奏法をカバーする純国産・高音質音源『箏姫かぐや』誕生」といった記事でも紹介したことがあった、非常にユニークなメーカーです。
そのPREMIER SOUND FACTORYが今回リリースしたのがKAWAIのコンサートグランドの最上位モデル、SK-EXを再現するものです。そういえば、これまでKAWAIのピアノ音源ってあまり聞いたことなかったな…と思いましたが、やはりちょっと珍しい音源のようです。SK-EX自体については、KAWAIの製品ページや、shigerukawai.jpに情報があるので、そちらを参照いただきたのですが、KAWAIのフラグシップであり、世界中の国際コンコールなどで使われているフルコンサートグランドです。ちなみに、国内価格は2,100万円(税抜)とのことです。
そのPIANO Premier “KAWAI Legend”のデモがあるので、こちらのビデオをご覧ください。
YouTubeの音ではありますが、かなり高品位なピアノであることが分かると思います。ちなみに一緒に鳴っているベースはAcoustic Bass Premier G、ドラムはDrum Treeで、いずれもPREMIER SOUND FACTORYの音源ですね。
PIANO Premier “KAWAI Legend”はKONTAKT Playerでも動くKONTAKT音源となっている
今回の製品から少しシステムが変更になり、ダウンロードはNative InstrumentsのNative Accessを使って行う形になっています。
PIANO Premier “KAWAI Legend”のインストールはNative Accessを使って行う
そんなSK-EXを再現するPIANO Premier “KAWAI Legend”ですが、気になるのはベロシティの限界値=127を超える強い音を出せるVelocity+なる機能です。これはアフタータッチ機能を持つ鍵盤を利用した際に利用できるとのことなのですが、確かにアフタータッチ対応の鍵盤で強く弾くとベロシティは127を記録し、さらに思い切り力強く弾くとベロシティ値自体は127と変わらないのに、より強い音が出てくるという不思議な現象が起こります。これがVelocity+という機能のようですが、どうしてそんなことができるのか、何を行っているのかなどを含め、開発者であるichiroさんに話を聞いてみました。
PREMIER SOUND FACTORY ichiroさんインタビュー
--PREMIER SOUND FACTORYについて知らない方も多いと思うので、まずは簡単にこのブランドについて紹介していただけますか?
ichiro:20年以上、サウンド・エンジニアとして数千曲のミキシング、マスタリングを担当させていただいて来て、感じていることがあります。みなさんの楽曲をミキシングしている中で、使っている音源に問題があることが少なくないんです。それが有名なメジャー音源であってもです。ドラムやピアノなど、音が硬かったり、音痩せしていたりして、多くの人がミックスで苦労しています。ミックスで困っている原因の多くは意外にも「音源の修復」に苦労しているのだと気が付きました。
音痩せした音をカッコよく聴かせるのはプロでも難しいですし、変なEQ、コンプを多様することで別の弊害も出てきます。そもそも、音がショボくてEQで何とかしようと頑張るのは、クリエイター本来の仕事ではありません。
楽器本来の音って、それだけ聞いても物凄く素敵ですよね?鳴らすだけで最初から音の美しさに心が洗われる様な音だったら、何も変えたくない、変える必要が無い所に行けると思うのです。だから少なくとも、我々ができるベストを尽くして、世界で一番ちゃんと録音した音源を作りたい。そういう思いでPREMIER SOUND FACTORYを2000年から続けています。そのためオーガニックでピュアな素材をそのまま使う、ということをモットーにしています。
--だからこそ、世界中で高い評価を受けているんですね。今回、KAWAIのSK-EXを元にした音源を出すことになったのはなぜなのですか?
ichiro:これまでは、割とシンプルに自分が欲しい楽器の音源を作っていました。今回の音源はKAWAIさんと話をしている中、SK-EXを音源化してみては?という話になり、具体化していったという経緯がありました。もともとKAWAIさんの電子ピアノに当社のRhodesピアノやオルガン、チェンバロなどの音源が採用されるなど、お付き合いがあったのです。正直なところ、数年前までSK-EXについてあまり知らなかったのですが、実際に生で音を聴いて度肝を抜かれました。芳醇なピアノサウンドで、繊細な弱いタッチでも音のエネルギーに溢れていて、艷やかで美しいんです。人によっては柔らかい音と表現する人もいるし、太いと表現する人もいる。とにかく僕自身が感動して、これを音源化したいと思ったんです。
--SK-EXって、そんなに多くの台数があるわけではないんですよね?
ichiro:SK-EXが一般でも買えるようになったのは去年からみたいですからね。総数は僕は分かりませんが、KAWAIさんが全面協力して下さることになり、エース級の複数候補の中から、世界中を飛び回っていた売れっ子の一台をチョイスしてくださいました。その際、SK-EXを製造している技師御本人にも参加していただいたほか、専属の調律師さんにも入っていただき、10日間大所帯でスタジオに泊まり込むレコーディング合宿をしました。1音1音、チーム全員で細かな調整をしながら録っていきました。
--それだけの協力を得られるというのもスゴい話ですね。88鍵盤、1つずつ録っていくのだと思いますが、ベロシティは何段階くらいで録るのでしょうか?そこは職人的なピアニストが弾くのですか?
ichiro:もちろん88鍵をすべて1つずつ録音しますが、新開発の打鍵ハンマー「打鍵くんPremier II」というマシンを独自開発しました(笑)。企業機密ということで、モザイクを入れています(笑)。それぞれ26段階の強さで正確に均一な強さで録っていきました。もっとも、高音域は26段階あってもほとんど音に変化が無いないため、必要な部分だけ合理化してデータ総量に配慮しています。またペダルを踏まない26段階、踏みっぱなしの26段階を個別に録っているほか、こっちの鍵盤を押しながら、もう一つを押すと共鳴する音(OVER TONES)を録ったり、ノートONのあとにペダルを踏んだときの共鳴音(HARMONIC RESONANCE)など、合計して最大42レイヤー(Pedal On最大18段、Pedal Off最大18段、他6レイヤー)となっています。
打鍵くんPremier IIを使って26段階のベロシティで正確なサンプリングを行っている
--ちなみにマイクは何本くらいで録っているのですか?またどんなマイクを使っているのでしょうか?
ichiro:確かにマイクを選んで音が変化するのは楽しいですけどね。当社は96kHz/24bitのRAWデータをそのまま使っていますので、既に30GBになっています。巨大なピアノも良いですが、ダウンロードやディスク管理も大変ですし、さらにマイクを増やすとデータ量が恐ろしいことになりそうで…。実際には複数ペアのマイクを立てましたが、採用したのは弊社オリジナルのステレオ1ペアのみです。
--さて、ここで伺いたいのがベロシティの件です。MIDIの限界である127を超えるって、どういう意味なんですか?
ichiro:以前からKAWAIさんともベロシティの限界のジレンマについてお話していました。クラシックのピアノ演奏では本当に強く弾く場面があり、その特別な瞬間は、普段から頻繁に到達するMIDI規格の最大値、ベロシティ127とは明らかに異なる音が必要でした。
それを本当に実現できてしまったのが、Velocity+です。本気で強く弾く意思がある時、ノートオンの瞬間にどれくらい鍵盤を押し込んでいるかを実験、検証を繰り返し、それをアフタータッチとの組み合わせで感知することに成功しました。鍵盤が押されてから20msec以内に検出したアフタータッチのピーク情報の判定結果で、再生するサンプルを差し替えるのですが、アタックが完全に立ち上がる前に差し替えが完了しますので、耳で聞いてなんら違和感が無く、自分たちの予想以上に成功しました(笑)
アフタータッチを利用しているだけなので、KAWAI Legend用に作ったデータを、別のピアノ音源で鳴らしても問題なく鳴らせる下位互換性は保っています。私達にとっても、KAWAI Legendはメーカーさんとのコラボならではの最良の音源になったと思っています。僕が感じたSK-EXの凄み、感動を多くの方とシェアしたいと願っています。
PIANO Premier “KAWAI Legend”は国際特許出願中のVelocity+に対応した音源になっている
ーー実際に試してみましたが、とても表現力豊かなピアノ音源で、弾き方によって表情の変わる、すごくリアルな生のピアノという印象を受けました。ぜひ、いろいろな楽曲で使われるようになるといいですね。ありがとうございました。
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