自分で作った楽曲をCDや音楽配信の形でリリースしているけれど、やっぱりレコードを作ってみたい……。そんなことを考えている人も少なくないと思います。気が付くとアメリカやヨーロッパでは、レコード売上がCD売上を上回るようになり、日本でもレコードの存在が日に日に増しています。確かに音楽配信は手軽で便利ではあるけれど、制作者側にとって、なかなか利益になりにくいのは事実。かといってCDもなかなか売れなくなってきており、ライブの物販であったりM3やコミケなどの即売会での訴求力も落ちてきているのが実態ではないでしょうか?そんな中、いまレコードを作ったらいいのでは…と思うようになるのは、自然な流れだと思います。ジャケットも大きくてモノとしての存在感はあるし、レコードだからこそのサウンドに惹かれる、という人もいるでしょう。
でも、どうすればレコードが作れるのか、実際レコード制作工程がどうなっているかを知っている人は少ないと思います。そして個人のDTMユーザーがレコードを作るなんてことができるのか、どのくらいの予算で作ることができるのかも気になるところ。そうした中、Altphonic Studio(アルトフォニックスタジオ)というところが、DAWで制作したデータを元に高品位なレコード制作を行っているという情報を聞き、先日詳しい話を取材してきました。先日、世界で初導入したという、コンピュータ制御による最先端カッティングマシンを使った、レコードのマスタリングサービスを開始したということなので、担当するマスタリングエンジニアである山根アツシ(@altphonic)さんに、基本的なことから、いろいろ伺ってみました。
都内にあるAltphonic Studioでアナログレコードのカッティングが行われている
--山根さんが、最新鋭のカッティングマシンを導入したという話を聞いて、取材に伺いました。レコードのカッティングというと、1960年代とか1970年代の機材を使って…と思っていたのですが、新しいマシンが存在するんですね。
山根:私のところでレコードのカッティングマシンを最初に入れたのは2016年に、ドイツ・ベルリンにいたときです。残念ながらもう販売されていませんが、運よく入手することができました。それはダブカッティングというもので、プレスするためのものではなく、1枚限りのレコードを作るためのものです。それを改造に改造を加えたものを、今もダブカッティング用に使っていているのですが、今回導入したのはラッカー盤というものをカットするためのもので、それを元にして、プレス工場に持っていくことで、レコードを量産することも可能な機材です。こうしたカッティングマシンのスタンダードはノイマンが開発したVMS70、VMS80といった非常に古いマシンで、誰か手放さないと出てこないものです。こうした機材は当時のアナログテープを元にしてレコードをカッティングするもので、1秒先の音を先読みし、それに合わせてエンジニアが判断してカッティングするということができたのです。
--音量が大きかったり、左右の音が大きく違う溝幅や溝の深さなどが変わるから、隣とぶつかったりしないように判断していくわけですよね?
山根:そうですね。実際、ダブカッティングにおいては、私もそうした判断をしながらカッティングしていますが、私がやりたいと考えたのは、数秒先の音を先読みするというだけではなく、コンピュータを使って曲全体を分析した上で、もっと詳細にレコードの溝を管理していくこと。それが可能になれば次世代のレコードづくりが可能だと思ったのです。2016年当時はまだそうしたものはなかったので、やっぱり世界中には同じようなことを考えている人がいるんですね。そうして見つけたのが今回導入したマシンです。もっとも、計画はあったけど、なかなか開発が進みませんでした。この計画に賛同した人達が前金を払う形で開発を援助していったので、ある意味クローズドなクラウドファンディングみたいな形でした。私も膨大な資金をつぎ込んだもののソフト会社が予算不足で倒産してしまったり…と紆余曲折あり、ハラハラしましたが、2年かかってようやく完成し、先日(2022年11月)、世界初導入が私のところになったんです。
Altphonic Studioのエンジニア、山根アツシさん
--実際に使ってみていかがですか?
山根:思っていた通りで、非常に使いやすく、高音質なレコードを制作できます。従来のVMS70、VMS80と違ってコンパクトで、ヘッド部分を冷却する窒素ガスなども不要で、扱いやすいですが、なんといってもコンピュータ解析で危険な部分をしっかりチェックできるのが大きいです。従来であれば、ラッカー盤を切って、試聴してみて、初めて問題が発覚する…ということになりますが、そうした問題がなく制作できるので、効率面もあがり、結果として制作コストを下げることも可能になっています。いま、音楽制作における予算が大きく下がっていて、大手レコードメーカーでもかなり渋くなってきています。そうした中、いい音で、どこまでコストを下げられるかは重要なポイントだと、考えています。
音源を元に、カッティングした際の溝幅がどうなるかなどをソフトウェアでシミュレーションする
--Altphonic Studioでは、どのくらいの金額でどこまでをやってくれるのですか?
山根:先ほどお話した1枚限りのレコードを作るためのダブカッティング・サービスと、プレスするためのマスターをカッティングするプレスマスター・サービスの大きく2種類があり、それぞれの価格は表のようになっています。ここにもあるように、立ち会っていただくことも可能ですし、すべてお任せいただいても大丈夫です。レコードは片面に入れられる時間制限があるので、曲順をCDとは変えるといった場合もあります。この辺はなるべく希望通りに行いますが、入りきらないような場合は相談させていただいております。音質重視で2枚組にする…といったケースもあり、この辺によって多少価格が前後することもあります。
●ダブカッティング・サービス
サイズ | 価格(消費税、送料別) |
7インチ(両面2曲) | 8,000円 |
10インチ(両面4曲) | 12,000円 |
12インチ(両面6曲) | 18,000円 |
上記は、カッティング料金と調整費用が含まれています。また1曲増える毎に2,000円が加算されます。同一音源の追加注文は7インチ6,000円 10インチ7,500円 12インチ10,000円です。 上記には、白ジャケット、インナースリーブ、ジャケット保護袋が付きます。オリジナルジャケットも作成可能です。 例)7インチ 2,000円 12インチ 4,500円 |
●プレスマスター・サービス
サイズ | 価格(消費税、送料別) |
7インチ用マスター作成費 | 40,000円 |
12インチ用マスター作成費 | 80,000円 |
立ち合いスタジオ費/H | 10,000円 |
--もっと飛んでもなく高いのか…と思っていたのですが、そこまででもないんですね。とはいえ、これとは別にプレス費用のかかるわけですよね。このプレスもお任せすることはできるのですか?
山根:はい、プレスはもちろん外部委託する形にはなりますが、ウチですべてをお請けしています。まずはカッティングを行い、ラッカー盤を聴いた上で問題なければプレス工場に送る形となります。国内プレス、海外プレスがありますが、いま国内はかなり込み合っていて3~4か月程度かかる状況です。海外は工場が多い分、輸送時間を考えても納期は短いですね。流れとしてはプレス工場でスタンパーというものを作り、これを元にテストカットが上がってきます。これを聴いて問題がなければ、実際のプレスを行って納品となります。予算感としては500枚で40万円程度で、これがジャケット印刷とプレスの費用です。ただし、海外でのプレスの場合、最近為替変動も大きいので詳細はお問合せいただければと思います。制作費用としては、このプレス代と、先ほどのプレスマスターの金額がかかる形ですね。
--このようなカッティング~プレスは、海外も含め、いろいろな業者もあるようですし、マスターのカッティング料金がもっと安いことを売りにしているところもあります。この辺はどう考えるといいですか?
山根:カッティングは、レコードづくりにおいて非常に重要な役割を担っています。確かに予算を抑えたいということから、海外の業者にファイルを送ると、プレスが上がってくる…というところもあり、価格的には安くなっています。私もそうした案件に携わったことがありますが、上がってきた音を聴くと、はてな?ということが多いんです。なぜかというと、アナログレコーディングのカッティングはデジタルマスターと違って、レベルの変動による影響が大きく、先ほども少しお話したとおり、突っ込みすぎると隣の溝とぶつかって不良となってしまいます。実際、私もカッティングする上で、0.5dB入れるかどうか、1dBの範囲で悩みます。0.5dB入れたいけれど、これを入れると溝幅的に厳しい…、でも1dBさげちゃうと音像が小さくなってしまう…。そういうせめぎ合いでカッティングしているのです。でも、コストを安くしようとしたら、そうした細かな調整をせず、単純に3dBざっくり下げたものが上がってくるのです。もちろん、向こうもビジネスですから、手間暇なんてかけてられない。3dB下げれば溝幅がぶつかるといった事故はないし、安全ですからね。単純にレコード化できることだけを喜びに感じるなら、そうした業者でもいいと思います。でもそれは本当に求めている音なのか、と。
VMS60などと比較すると非常にコンパクトながらコンピュータと連携しながらカッティングできる最新鋭のマシン
--一方で、作り手としては、何か気にしておくべきことはありますか?ミックスやマスタリングの仕方というのはCD用や配信用と変わってくるのでしょうか?
山根:そうですねCDや配信などデジタルでは気にならないものが、レコードにすると歪んでしまうことがあります。低音の位相が広がっていたり、レベルが上がってくると溝幅に影響が出てしまうからなのです。なのでミックスやプリマスタリングまではいいけれど、その状態でレコーディングのカッティングに渡すのがいいですね。マスタリング時で音圧を上げるために使っているマキシマイザーやトータルリミッターなどは外した状態で渡すということです。16bit/44.1kHzではなく、24bit以上のWAVでデータを用意していただければ、と。
--プリマスタリングとマスタリングというのはどう違うのですか?
山根:デジタルではこれを一緒に行ってしまうケースが多いですが、本来は違うものなんです。ミックスは、それぞれ個別で完成していきますが、アルバムにする際、曲によって質感が違うので、これを合わせるのがプリマスタリングです。一方、本来のマスタリングはお弁当箱に合う形に収める作業。CD用のお弁当箱にぎゅうぎゅうに入れるのはいいけれど、それはレコード用のお弁当箱とは違うわけで、別途マスタリングが必要なのです。もちろん、ウチでCD用のマスタリングも行うし、Apple Digital Masterの認定もとっているので配信用のマスタリングも行うなど、幅広く展開しているので、必要に応じてご相談いただければと思います。
--実際に山根さんにお願いしたいという場合は、どのような手順を踏めばいいですか?
山根:Altphonic studioのサイトを通じて、お気軽にご相談ください。できる限り、ご希望に沿う形で対応してまいります。
--ありがとうございました。
バレンタインや誕生日の贈り物にも最適!
スマホで録った声で、世界に1つだけのレコードを
Altphonic studioでは、レコードをプレスする生産を前提としたカッティングや、高音質なダブカッティングのサービスとは別に、もっと気軽に誰もがレコードを作れるユニークなサービスが1月27日より開始されます。
ボイスメッセージを元に世界に1枚だけのレコードを作るサービス、「My Voice Gift Record」
「My Voice Gift Record 」というこのサービスは、スマホで録音したボイスメッセージを7インチのレコードにするというもの。感謝の気持ちや、恋人への言葉、誕生日でのお祝いの言葉、卒業でのメッセージ……などなど自分の気持ちの言葉をレコードにすることができるのです。またそのメッセージにマッチしたBGMも入れた形でレコード化されるため、まさに世界に1つだけのプレゼントを作ることができるというわけです。
レコードのバリエーションとしてハート形、赤色、白色などの盤面から選択可能
もっとも、いまレコードをプレゼントされたって、再生環境がない、という人も多いはず。そんな人にはレコードとともに、レコードプレイヤーもセットでプレゼントすることが可能になっています。そのレコードプレイヤー、小さなトランクケース型であり、スピーカー・アンプも内蔵されているので、これさえあれば、即再生することが可能です。しかもUSBメモリ、microSDカードを挿せば、パソコンなしにレコードをMP3としてダビングすることも可能という優れもの。レコードプレイヤーというと、普通は場所を占有してしまうため、邪魔な存在になりがちですが、このプレイヤーは蓋を閉じてしまえば、上にモノを置いても大丈夫。立てて仕舞うこともできるからかさばることもありません。オレンジと茶色の2種類があり、好きな色を選ぶことが可能です。
コンパクトで高機能なレコードプレイヤーとセットにすることも可能
もちろん普通のレコードもかけることが可能なプレイヤーだし、山根さんによるカスタム製品となっており、一般的な低価格レコードプレイヤーよりも高音質で再生することができるのだとか…。
以下の手順に沿って、申し込むことで約10~14日で完成し配送されます。
②弊社サイトにある楽曲の中からお好きなBGMを選択します。
③お好きなレコードのデザインを選択します。
④申込フォームへメッセージや配送先などを入力します。
⑤録音済みのボイスメッセージが入ったファイルを申込フォームからアップロードします。
その世界で1つだけのレコードと、このレコードプレイヤーのセットで19,780円(税別)。レコードだけなら7,980円とのこと。またプレイヤーだけを11,800円で購入することも可能とのことで、いずれも別途1,500円の送料(沖縄のみ2,000円)が必要となります。2023年3月いっぱいはオープンキャンペーン中で1,000円引きで購入できろうそうなので、この機会に検討してみるのも面白そうですね。
【関連情報】
Altphonic studioサイト
My Voice Gift Record情報
My Voice Gift Recordプレスリリース