TASCAMのポータブルレコーダー、Portacapture X8のファームウェアアップデートが先日発表され、この最新のファームウェアを適用することにより、単体でのレコーディングだけでなく、32bit floatに対応した8in/2outのオーディオインターフェイスとしても使えるようなりました。先日、ZOOMの小型レコーダー、F3が32bit float対応のオーディオインターフェイスとして使えるようになったことを記事で紹介しましたが、TASCAMもそれに続く形となったわけです。
このPortacapture X8は本体搭載のマイクを含め、8トラック録音に対応しているというのが大きな特徴。発売当初からWindowsやMacと接続することで8in/2outのオーディオインターフェイスとして機能したのですが、今回のファームウェアアップデートにより32bit floatでの利用が可能になり、これまでのレコーディングの常識を覆すオーディオインターフェイスへと進化したのです。しかもオーディオインターフェイスとして使えつつ、本体でのマルチトラックレコーディングも可能であるため、強力なバックアップ体制を持った32bit floatレコーディングシステムとなるのです。でも「32bit floatという言葉は聞いたことあるけど、いまいちよくわからない」、「爆音でも絶対音割れしないと聞いたけど、どうも信じられない」……なんていう人も多いのではないでしょうか?そこで、ここでは32bit floatとはどんなものであり、DTMユーザーにとってどんなメリットがあるのか、実際どのようにして使うのか、などPortacapture X8を試しながら紹介してみたいと思います。
32bit float対応で8in/2outのオーディオインターフェイスとして使えるようになったTASCAM Portacapture X8
最大8トラック録音が可能なポータブルレコーダー
32bit floatの話に入る前に、TASCAMのPortacapture X8について簡単に紹介してみましょう。これは、昨年11月に発売されたポータブルレコーダーで、これ単体で最大8トラックのレコーディングが可能という機材です。本体に2つのマイクを搭載しているほか、左右に計4chのコンボジャックがあり、ここにXLR型もしくはTRSフォンのダイナミックマイクやコンデンサマイクを接続して使うことができるようになっています。さらに、EXT INという3.5mmの入力端子があり、ここからライン入力も可能になっています。
Portacapture X8は基本的にはポータブルレコーダーであり、これ単体でレコーディングできる機材
これら入力端子から入ってきた音をmicroSDカードに録音していくことができ、フォーマット的にはWAVの44.1kHz、48kHz、96kHz、192kHzのサンプリングレートに対応。またビット深度は16bit、24bit、32bit floatから選択できるようになっています。またMP3でのレコーディングもできるようになっているというものです。
本体の左右にはTRS/XLR接続ができるマイク入力端子が用意されている
写真を見ると分かる通り、スマートフォンと同程度のサイズながら、左右にコンボジャックを搭載していたり、単3電池x4本で駆動する機材であるだけに、40mmとちょっと分厚くなっています。
iPhone 13 Proと並べてみると大きさの違いが分かる
操作は本体に搭載されたタッチパネルディスプレイで行うため、まさにスマホ感覚で操作することができます。さらに、iPhone/Androidによるリモートコントロールアプリがあり、これらを使ってまったく同じようにコントロールできるというのも面白い点。このスマホとの接続はBluetoothを使っているのですが、こうすることにより本体にタッチすることなく録音操作が可能になるため、触ったことによるノイズが入りこむことを防ぐことができるわけです。
※リモートコントロールアプリを使用するには別途BluetoothアダプターであるAK-BT1が必要となります
USB Type-CでPCと接続することでオーディオインターフェイスとして使える
USB-C接続で8in/2outで32bit float対応のオーディオインターフェイスに
本来そんな持ち歩き可能なレコーダーであるPortacapture X8ですが、USB Type-C端子が搭載されており、これをWindowsやMac、iPadと接続することで、オーディオインターフェイスに変身するというのが大きな特徴になっています。とくにオーディオインターフェイスモードなどがあるわけでなく、接続すればオーディオインターフェイスとして機能するというのも便利なところです。
そのオーディオインターフェイスとしての機能が、今回のファームウェアバージョンアップにより、32bit floatに対応したというのが大きなトピックスになっているのです。
ファームウェアのバージョンが1.30になったことで、オーディオインターフェイスとして32bit floatに対応した
極めて小さい値から莫大な値まで扱える32bit float
さて、ここから32bit floatについて少し紹介していきましょう。DAWのスペックに32bit floatとか64bit floatという用語が出てくるので、見たことがある方は多いと思いますが、これが何かを理解できている人は意外と少ないようです。
これはデジタルオーディオの分解能を表すものであり、16bitがCDと同等のものであり、それより8bit大きい24bitがハイレゾ配信などで使われているものです。分解能が大きいとより細かい音まで表現できるので、16bitより24bitのほうが音がいいといわれるわけですが、ここでテーマとなるのは32bitではなく32bit floatであるということ。似たもののようにも見えますが、その意義は32bitと32bit floatではまったくといっていいほど違うのです。
確かに32bitの場合、24bitよりもさらに8bit大きいため、より高音質になるのですが、32bit floatというのはどういう意味なのでしょうか?このfloatは浮動小数点という意味で、ちょっと数学的な意味になってきます。ここではあまり深追いはしませんが、9年も前にAV Watchの私の連載において「ハイレゾで注目の32bit floatで、オーディオの常識が変わる?」という記事を書いており、ここで丁寧に説明しているので、詳細についてはぜひこちらの記事を参照してみてください。
ごく簡単に説明すると、8bitの場合は256段階の整数が扱え、16bitなら65,536段階の整数、さらに24bitならもっと大きく16,777,216段階の整数が扱えるのに対し、32bit floatでは
0.00000000000000000000000000000000000000000000140239846
~
340,282,347,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
という、トンデモなく小さく細かい数値から、ほぼ無限大といってもいいほど、莫大な数値まで扱えるため、表現力がまったく違ってくるのです。
従来の常識を覆す、絶対クリップしない録音
とはいえ、24bitでも十分すぎる高音質だと思うので、それを莫大に超えることに大きな意味がある、というのではありません。それとはまったく違う点でメリットがあり、オーディオのこれまでの常識を根本から覆す、画期的なことが起こってくるのです。
それは「絶対にクリップしない」ということなんです。普通のレコーディングの場合、第一に気を付けるべきことは、クリップさせない、ということですよね。つまりレベルオーバーしてしまったら、音が壊れてしまうので、録音失敗となり、通常はやり直しとなります。このことは何十年も昔のアナログ時代から現在のデジタルレコーディングの世界でも変わらない常識中の常識です。
最近はiZotope RXのようなソフトを使って、ある程度修復するということもできるようになってきてはいますが、これは最後の手段であり、ある程度ごまかせるにしても、正しい手段ではありません。
それに対し、Portacapture X8を使った32bit floatのレコーディングにおいては、クリップの心配がないのです。実際にCubase Pro 12とPortacapture X8の組み合わせて簡単なテストをしてみたので、お見せしましょう。
まずは24bit/48kHzのプロジェクトにおいて、Portacapture X8搭載のマイクのそばで大きな声を出して録音してみました。この際、オーディオインターフェイス側つまりPortacapture X8の入力ゲインを絞っていれば問題ないですが、これを大きめにしておくと、当然レベルオーバーとなりクリップしてしまいます。
まずは24bit/48kHzの設定において、大きな声を録音すると、完全にレベルオーバーで頭打ちになっている
かなり極端なやり方をしましたが、完全に最大音量、つまり0dBを超えてしまっているわけですが、録音の仕組み上0dBを超えた音は記録できないため、波形は完全に頭打ちとなり、歪んだ音になってしまいます。
レベルオーバーした録音結果をDAW上で-18dB(8割以上音量を下げる設定)にしてみた
試しに、このレコーディングデータのゲインを-18dB(約12.6%の音量にする)と大きく下げてみても、頭打ちによって欠けてしまったデータは復活するはずもないので、歪んだままの状態で小さくなっていることがわかります。
では、同じことを32bit float/48kHzで行ってみたらどうなるのでしょうか?まず録音してみた波形が以下のものです。
同じように32bit float/48kHzのプロジェクトで録音してみたら、やはりレベルオーバーで頭打ちしている
やっぱり先ほどと同様に、波形が頭打ちしてしまっていて、潰れていますよね。試しにこのまま再生してみると、やはり音は割れています。普通に考えれば、完全な録音失敗です。ところが、これは32bit floatなので、魔法がかけられるのです。先ほどと同じように-18dB下げてみたのが以下の波形です。
どうですか?潰れてなくなってしまったはずの波形がキレイに現れてくるのです。もちろん音を聴いてもキレイに録れており、まったく問題ありません。もちろん、ここではRXのようなレストレーションソフトを使っているわけではなく、単に録音された音のゲインを絞っただけの話です。
これが32bit floatの威力なんですね。0dBを超えてもまったく問題ない。まさに失敗しないレコーディングを可能にするのが32bit floatの世界であり、それを実現できるオーディオインターフェイスが、TASCAMのPortacapture X8というわけなのです。
ハイゲイン用とローゲイン用の2つのA/Dコンバーターを切り替えながら使う仕組み
このように小さな音でも、莫大な音でもキレイに録れるのは、Portacapture X8にデュアルADCという仕組みが搭載されているから。つまり、小さい音・繊細な音を捉えられるA/Dコンバーターと、莫大な音を捉えられるA/Dコンバーターの2つを搭載しており、その音の大きさに応じて、スムーズに切り替えることができるようになっているのです。これによって32bit floatの威力を最大限発揮できるというわけなのです。なお、Portacapture X8の詳細についてAV Watchの連載記事「32bit float録音で事故らない!? TASCAMレコーダーPortacapture X8を試す」でも解説しているので、そちらも参照してみてください。
デュアルA/Dコンバーターの切り替えにより、32bit floatの威力を最大限発揮できる
Portacapture X8を32bit floatオーディオインターフェイスとして使う方法
使い方はいたって簡単です。まずWindowsの場合、TASCAMサイトからPortacapture X8用のASIOドライバ、V1.10をダウンロードしてインストールします。その上でドライバの設定において32bit floatのタブで32bit float機能をオンにします。
Windowsの場合、ASIOドライバを入れ、32 bit floatをONに設定する
Macの場合はドライバインストールは不要ですが、Audio MIDI設定においてPortacapture X8をサウンド入出力装置に設定するとともに、入力/出力のフォーマットを32bit浮動小数点にするのです。
一方で、DAW側もプロジェクトを32bit floatに設定する必要があります。これによって、32bit floatでのレコーディングが可能になるのです。
Portacapture X8では、入力設定画面で、SDメディアもしくはUSBオーディオインターフェースに送るレベルのゲイン調整は可能であり、これによって、モニター音量も変わってくるし、Cubaseに入ってくる音量も違ってくるのですが、あまり厳密に考えなくても、いい感じの音量にしておけばOKです。仮にレベルオーバーしても32bit floatなら後で下げることができますから!
扱いやすいよう、Portacapture X8側で入力ゲインの設定が可能になっているが、レベルオーバーしても大丈夫
こうした魔法のようなことはDAW側とオーディオインターフェイス側の双方が32bit floatに対応して初めて可能になることです。最近のDAWのほとんどが32bit floatに対応しているので、下地は整ってきているわけですが、オーディオインターフェイス側が24bitまでだと、先ほどのような魔法は使えません。やはりPortacapture X8のような機材によって、初めて実現できることなのです。
従来のレコーディングの常識では、0dBを超えない範囲で、なるべく大きな音量で録ることによって、よりよい音にすることができたわけですが、0dBを超えたらアウトなので、まさにギリギリのせめぎ合い。そのため、職人技が求められたのに対し、32bit floatの世界なら、クリップする心配はないので、レコーディング現場で細かくレベルチェックする必要もなく、とっても簡単。もし0dBを超えてしまったら、後で音量を下げればいいだけなので、初めての人でも失敗なし。とっても気軽にレコーディングできるようになるのです。
ただし、この32bit float対応のオーディオインターフェイスであるPortacapture X8の使い方で1点注意しておくべきことがあるとしたら、マイクとPortacapture X8の間にマイクプリアンプは入れず、直接マイクからPortcature X8に入れるということ。もし間に入れたマイクプリがクリップしてしまうと、それはいくら32bit float対応のオーディオインターフェイスでも元に戻すことはできないので、そこは気を付けてくださいね。もっとも、これはPortacapture X8に限ったことではなく、他社の32bit float対応オーディオインターフェイスを含め、すべてに共通のことではありますが…。
まだ、32bit floatでのDAWレコーディングの世界は開いたばかりであり、こうした使い方がされていくのはこれから。将来的には32bit floatなのか、64bit floatなのかは分かりませんが、floatでのレコーディングが常識になっていく可能性は高そうです。そうした32bit floatのレコーディングを可能にしてくれるオーディオインターフェイスであるPortacapture X8を、いち早く試してみてはいかがでしょうか?
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