DTMにおいて、今も重要な意味を持つMIDI。そのMIDIの規格の管理を行うと同時に、MIDI検定試験制度の運営を行っているのが、一般社団法人音楽電子事業協会、通称AMEIです。このAMEIはヤマハ、ローランド、コルグ、カワイ、ティアック、カシオ、ズーム……といった楽器メーカーからインターネット、クリプトン・フューチャー・メディアなどDTM系のソフト会社までが揃う業界団体であり、ここでMIDIの新規格が議論されたり、次世代のMIDI企画に関する調査や研究も業界横断的に行われているのです。
そうした中、MIDI発祥のキッカケや、黎明期のMIDIについて調査研究を行っている研究者や学生がいて、AMEIの事務所に頻繁に訪れて調べものをしている……という話を先日AMEIの事務局から聞きました。彼らが何に関心を示しているのか、私もちょっと興味があったので、少し話を伺ってみました。
AMEIに何度も訪れてMIDIに関する調査研究を行っている3人の学生、研究者
昨年9月、AMEIに最初にアプローチしたのは東京大学の大学院、学際情報学府の修士2年生、篠田ミルさん。
MIDI端子は現在のオーディオインターフェイスやシンセサイザなどにも搭載されている
「AKIRAや攻殻機動隊など、日本のカルチャーの作品が海外で表彰されていることに興味を持ち、音楽系は……というとルーツにYMOがありました。そこでYMOについて調べているうちに、MIDIという規格にたどり着いたのです。そしてMIDI規格の策定に日本のメーカー4社とアメリカのメーカー2社が関わっていることを知り、ちょっと不思議に思ったのです。なぜMOOGのようなシンセサイザメーカーが入っていないのに、日本のピアノ系の会社が関わっているんだろう……と」
東京大学の修士2年生で、yahyelのメンバーでもある篠田ミルさん
そうした疑問をきっかけに、MIDIが生まれた背景について興味を持つようになり、研究を始めたのだとか。ただ、こうしたMIDI誕生の背景に関する先行研究もなく、資料も少ないために調査がなかなか進まず、AMEIにたどり着いたそうです。
ちなみに篠田さんは、大学院生でありつつ、yahyel(ヤイエル)というバンドのメンバーとしても活躍しているとのこと。yahyelはMETAFIVEのオープニングアクトに抜擢されたり、Apple Musicの「今週のNEW ARTIST」にも選出されるなど、注目されているバンドなんですよね。
首都大学東京の助教、日高良祐さん
その一方で、「日本社会における音楽ファイルフォーマットの需要の歴史」というテーマで博士課程の論文を書いていたのが、現在は首都大学東京で助教をしている日高良祐さん。「MP3などのオーディオフォーマットより前にスタンダードMIDIファイルというフォーマットが存在していて、あまり公開された仕様でもないのに、ある意味ユーザーがハックしてMIDIを活用し、流通させていたことに興味を持ったのです」と日高さん。比較的近いテーマでの研究をしていたことから篠田さんと知り合い、AMEIで一緒に調査することになったのです。
この篠田さん、日高さんの調査に、合流したのが、東京藝術大学の音楽学部・音楽環境創造課の4年生岡千穂さん。藝大の中でも、この学科はちょっと珍しいところで、演奏家や作曲家などを目指すところではなく、社会学・文化研究などを行っているところ、とのこと。
「私個人的にはテクノが好きで、クラブに通うようになり、数年前から小さな箱で働くようにもなったのです。そのオーナーの趣向もあり、ここには電子音楽に詳しい人やコルグやローランドなど、シンセメーカーの設計者や開発者なども集まるんです。そして『機材飲み会』が行われた際に話を聞いてカルチャーショックを受けたんです。これまでコンテンツのみしか見てこなかったけど、『楽器を作る』というところから音楽を作っている人たちがいるんだ、って」と話す岡さん。そのことを日高さんに相談したところ、ちょうどAMEIで調査をしているので、手伝ってみないかと誘われて、参加したそうです。
確かにオーディオや映像が簡単にネットで共有できる現在、20代の人たちから見ると、原始的な仕組みであるMIDIはちょっと遠い存在として見えるのかもしれません。またスタンダードMIDIファイルをパソコン通信を介してやりとりしていた20~30年前の状況が不思議に見えるのでしょう。そしてNIFTY-ServeもPC-VANも草の根BBSも残っていない現在において、当時の状況を調べるのは、人から話を聞くしかないのかもしれませんね。
90年代にMIDIデータをやりとりする場としてパソコン通信が広く使われた
「AMEIで調査することによって、成し遂げたいことは大きく2つあるんです。一つはもちろん自分の研究を進めることです。その一方で、MIDIの社会的意味を見出すとともに、社会的意義を世界に向けて日本から発信していきたいと考えています。MIDIは誰も意識しない中で広く普及している透明なテクノロジー。しかも30年以上もそのまま使われている技術というのは、ほかにありませんから、すごいことだと思います。でも、世界的に見て、MIDIの社会的意義を説いている書籍や資料といったものはほとんど存在していないんです。AMEIの協力を得つつ、MIDIを生み出した日本から発信していく。そんなアカデミックな役割を果たしていきたいですね」と日高さんは語ります。
「MIDIの規格を見ていくことで、社会と文化の関係を明らかにしていければ…と思って取り組んでいます。著作権制度や社会のシステムとどうつながっているのか、MIDI規格自体が、社会のさまざまな人たちと関わっているわけですが、そこには妥協があったり、闘争がある中で、技術が作られ、より合理的なものへと進化しています。たとえば、通信カラオケなど、ここでは社会が技術を作るのではなく、技術が社会を作っているという面があり、その中枢にMIDI規格があると思います。こうしたことをうまく表現できるといいですね」と篠田さん。
一方で岡さんは
「私はまだMIDIというものの存在を知ったばかりだし、学生として初歩の段階。知識も少ないので、先輩方の研究のお手伝いをしながら、ノウハウを身に着けられたらと思っています。細かなところからでも、キッカケを掴んでいきたいですね」と話します。
NECが製造し、リットーミュージックが販売した、CD-MIDIのプレイヤー、MiDiworld CDR M10
また、3人が昔の資料を掘り起こしている中で、今は存在しない、懐かしいモノも出てくるようです。
「たとえば、先日CD-MIDIという規格があったのを見つけました。これはオーディオが入っているのと同時にMIDIデータも埋め込まれた形で販売されていたり、専用のハードウェアプレイヤーも存在していたようなのですが、CDにMIDIを入れて売ろうという野望はどのように、生まれ、実際どのような成果をもたらしたのか知りたいですね」と篠田さん。
私も完全に記憶から抜けていましたが、確かにそんなものがありましたよね。
GS/GM誕生以前にローランドが出したDTMセットの初代製品、MT-32を中心としたミュージくん
もちろん、ローランドのマルチティンバー音源MT-32からCM-64へという流れの後でGSが生まれると同時に、MIDIのRP(Recommended Practice、推奨実施例)としてGM=General MIDIが生まれたこと。さらには、GSに対抗する形でヤマハからXGが登場し、ミュージ郎 vs Hello!Music!という戦争が行われたことも、今となっては懐かしい話です。
ローランドのGS音源に対抗する形で登場したヤマハのXG音源、MU80
学生や研究者の3人それぞれの目的や目指していることには、少しずつ違いはありそうですが、誕生して30年以上が経過するMIDIについて興味を持ち、そこを掘り下げているという点では共通です。そして3人ともが、この調査をする中で「MIDI検定というものの存在を初めて知りました」と語っていましたが、その意味では、まだまだMIDI検定というものの存在が世の中広くには知られていないのかもしませんね。。
「通信カラオケや着メロはもちろん、電子楽器、電子音の世界で広く浸透しているのに、一般に知れ渡っているとはいいがたいMIDI。でも、MIDI検定のような公的なものを通じて情報共有されているのはちょっと意外で面白く感じました。MIDI検定は20年近く実施されていると伺いましたが、これがMIDIの発展にどう寄与するのかというのも気になるところです」と岡さん。
長年DTMの世界でMIDIを当たり前のように見てきた私からすると、彼らとのミーティングはなかなか新鮮に感じられましたし、しっかりしたドキュメントを継承できていなかったことは反省すべき点だな、とも感じた次第です。その一方で、彼らがMIDIの社会的な意義を学術的に研究するとともに、世界へ、そして次世代へと発信してくれると、また新しい拡がりができそうで、期待したくなります。私としても、できる範囲で協力していければ、と思っているところです。
【関連情報】
一般社団法人音楽電子事業協会サイト
MIDI検定公式サイト