普通、DAWで音楽作品を作るというと、ソフトウェア音源を使ってMIDIシーケンスを打ち込んだり、オーディオトラックに楽器の演奏やボーカルをレコーディングして、音を重ねていく……という手法になりますよね。でも、それとはまったく異なる手法で音楽を組み立てていくこともできるんです。
MV88というShureのiOSデバイス用マイクを使って録った街の音。その街の音だけを切ったり、貼ったりするだけで作品を作る手法を見せてくれたのは、DTMステーションで何度も登場していただいているマリモレコーズの社長で作曲家の江夏正晃さん。とっても面白い方法であり、「これなら楽器がまったくできない人でも、MIDIがまったく分からない人でも曲が作れるかも!」なんて思わせてくれる楽しい方法なんです。先日、江夏さんにはニコニコ生放送のDTMステーションPlus!にもゲストで登場していただき、その手法について解説いただいたのですが、そのとき使った江夏さん制作のCubaseのプロジェクトファイルを丸ごといただくことができました。さらに、そのデータを丸ごとダウンロード可能な形で公開していい、という許可もいただいたので、どんな曲作りをしているのか紹介してみたいと思います。
ShureのiOSデバイス用マイク、MV88で録った音で音楽を組み立てていく
まずは、以下のビデオをご覧になってみてください。できればヘッドホンで音を聴きながら見てみると面白いですよ。
これ、江夏さんがカナダのバンクーバーに行った際、MV88を使って街の中のノイズというか、さまざまな音を録っているシーンからスタートし、ビデオ後半ではその音だけで組み立てた曲がBGMになっているという構成。いわゆるメロディーの演奏とはちょっと違うけれど、リズムがすごくカッコいいし、スチームクロックの音がメロディックになるとともに、英語の声がいい雰囲気で溶け合ってるんですよね。
このビデオを見て、「街の音で音楽を組み立てた」と言われたら、多くの人は「なるほど、録った素材をサンプラーに入れて演奏してるわけね」なんて思うのではないでしょうか?私も最初そう思ったのですが、「録った音を切って、貼っただけで、まったく加工してません」と江夏さん。ピッチシフトもタイムストレッチも何もなければ、音を作り出すようなエフェクトもまったく使ってないんだとか……(一部のトラックでEQやコンプが使われています)。「ええ?それでこれだけの曲ができちゃうの??」というのが正直な感想でした。
江夏さんが制作したCubaseのプロジェクトの画面
では、もう少し具体的に見ていきましょう。この画面は先ほどのビデオの曲のCubase Pro 8.5のプロジェクト画面。この記事の一番最後にダウンロード先のリンクを置いているので、Cubaseユーザーの方はぜひダウンロードして開いてみるといいと思いますが、パっと見からして、すごくシンプルですよね。
キックのイベントを開いてみると、MV88で録った波形が並べられている
ここで1番上のキックのトラックをもう少し詳しく見てみましょう。ここには1小節ごとに同じイベントが置かれているようなので、このイベントを開いてみると、「新規録音23」という波形がペタペタと無造作に貼られています。ここだけをソロで聴いてみると、結構Lowが効いた、いい感じのキックになっています。
このキックはポストをいろいろ叩いた音の中から1つをトリミングしたもの
「これ、ポストを叩いた音なんですよ。マイクの近接効果を利用し、近づけて録ると低い、いい音で入ってくるんです。だから、たとえばゴミ箱の中にマイクを突っ込んで叩く音を録るといいキックの音になるんですよ。ここではポストを繰り返し叩きながら、マイクを近づけたり、離したりいろいろ試して録音したファイルから、一番いいなと思った音をトリミングして、ただ貼り付けているだけです」(江夏さん)。
ミキサー画面で見ても、ほとんど何の処理もしていないシンプルな構成
なるほど、いっぱい叩いて録った音の中から1つだけを切り出すとともに、フェード処理だけは行ったということなんですね。ちなみに、江夏さんのCubaseデータでは、結構長く録音した素材をそのまま貼り付けた後にトリミングしていたため、データサイズが大きくなってしまっていたので、掲載したデータではダウンロードしやすくするために、Cubaseの機能を用いて、不要な部分はカットしたデータにしています。
録音した素材をDAWに読み込ませて構成していく江夏さんまた、ハイハットの音は、フェンスを叩いた音とのこと。ここでもキックとまったく同じようにいろいろ試しながら叩いた音の中から1つを短く切り出した上で、並べているんですね。でもキックにしても、ハイハットにしても画面をよく見てみると、拍の頭にピッタリと合ってるわけではないですよね。ここについても江夏さんに聞いてみると意外な答えが返ってきました。
フェンスを叩いた音で作ったハイハットのパターン
「ジャストに置くとノリが悪くなって、カッコよくないので、僕はクォンタイズもスナップもほとんど使わないんですよ。そもそも音を切り出す際も、あまり狙いすぎるよりも、適当に見つけてきて、遊び感覚でトラックに置いて並べるだけなんです。実際に聴いた上で多少調整しながら1小節分のパターンを作ったら、それを並べていけばOK。簡単だし、偶然の発見もあって、とっても楽しいですよ」と江夏さん。
江夏さんには、先日のニコニコ生放送、DTMステーションPlus!にも出演いただき、解説してもらいました
先日のニコニコ生放送では、実際にスタジオにあったゴミ箱を叩いた音を録して、並べてグルーブを作るところを実演してもらいましたが、ホントに簡単にリズムを作り出しちゃうので、ビックリでした。まさにマイクの位置を変えるだけで、同じゴミ箱を叩いているだけなのに、ずいぶん違った音になるので、それをハイハットに見立てたり、スネアに見立てたり、キックにしたり……と1回の録音だけでリズムパートが一通り揃ってしまうんですよね。
ShureのMV88はMSマイクというタイプのやや特殊なマイク構造になっている
このMV88については、以前にDTMステーションの記事「カプコンのゲームサウンドデザイン現場に潜入。ShureのiOSデバイス用マイクが大活躍!?」でも取り上げたほか、AV Watchの記事「iPhoneで広がりのある録音。ShureのLightning接続マイクMV88を試す」という記事でも細かく検証しましたが、これはMSマイクと呼ばれるタイプのもので、設定によって指向性を変えることができたり、中にDSPが搭載されているので、コンプやリミッターをかけたり、EQをいじることもできるようになっています。
指向性などを自由に調整できるアプリ、ShurePlus MOTIV
その辺を設定するにはShurePlus MOTIVというアプリを使って行う形になっているのですが、録った結果はWAVファイルで保存されるので、iTunes経由でPCへ転送するか、PCがMacならAirDropを使って転送することできるので、とっても簡単です。
ただし、iOSの仕様というものもあって、MV88で録れるのは最高で24bit/48kHzまで。一方で、江夏さんのCubaseのプロジェクトは32bit-Float/96kHzになっていますが、これはどうしてなのでしょうか?
「Cubaseのプロジェクトに読み込む際に、自動でアップサンプリングをかけています。もちろん、それで音がよくなるわけではないですよ。ただCubaseでミックスしたり、EQやエフェクト処理をかけるとことでの音質劣化を最小限に抑えるために、このようにしているんです」と江夏さんは説明してくれました。最近数多くのハイレゾ作品を手掛けている江夏さんのこだわりですよね。
このように、本当に街の音を録った音を切って、貼るだけで曲ができてしまうというのは面白いですよね。英語のサウンドが溢れている海外だからこそ、こんな雰囲気の曲にできたという点もあったのかもしれません。基本的にエフェクトも使っていないと言っていた江夏さんではありましたが、このプロジェクトで1つだけ特殊なエフェクトが使われています。
iZotope Stutter Editが入っていないと、最初にこのような警告が出るが、OKをクリックして無視してOK
それはマスターバスにインサーションで入れられいるiZotopeのStutter Editというもの。これはトラックをリアルタイムで切り刻んで再構築するスタッター効果を簡単に作り出すことができるプラグイン。使っているところは2~6小節、9小節、19小節の3か所だけなんですが、一気に躍動感が出てくるんですよね。
音を切り刻んでリアルタイムに再構築してくれる強力なプラグイン、Stutter Edit
このStutter Editが入っていないと、Cubaseのプロジェクトファイルを読み込んだ際、最初に警告が出ますが、そのまま無視しても大丈夫です。また、iZotopeサイトから体験版をダウンロードすることができ、10日間は無料で使うことができるので、試してみると面白いですよ。その際は、このプロジェクトファイルでOFFにしてあるマスタートラックのStutter EditのプラグインをONすることで、効果を確認することができます。
ぜひ、みなさんも、街の音、身近な音だけで曲を組み立てることにチャレンジしてみてはいかがでしょうか?
【製品情報】
MV88特設ページ
MV88ムービーコレクション – 様々なシチュエーションでMV88を使用した動画コンテンツ集
【価格チェック】
◎Rock oN ⇒ MV88
◎Amazon ⇒ MV88
◎サウンドハウス ⇒ MV88
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【プロジェクトファイル・ダウンロード】
Cubaseプロジェクトファイル
iZotope Stutter Edit体験版ダウンロード