DAWとソフトウェア音源、そしてプラグインエフェクトを組み合わせていくことで、非常にクォリティーの高い音楽制作が可能な時代になりました。自宅にいながらにして、まさにDTM環境で制作できるわけですが、「ボーカル録りだけは、なかなか難しいんだよな…」と思っている人も多いようです。クローゼットや押入れの布団に囲まれた環境にマイクを突っ込んで録ってみたり、リハスタに機材を持ち込んでレコーディングしてみたり……と試行錯誤している方も少なくないですよね?
そんな中「これは便利!」というサービスが東京・神田にある宮地楽器でスタートしました。「RECスタ」というこのサービスは1時間3,500円というお手頃価格で、プロ用のマイク、マイクプリアンプ、オーディオインターフェイスを使ったボーカルレコーディングができてしまうレンタルスタジオ。しかも主要DAWも備えていてくれるから、オケデータだけポケットに入れて、手ぶらで行けばOKという気軽なもの。実際、どんなシステムがあって、どんなことができるのかを見てきました。
東京・神田にできたボーカル専用のレコーディングスタジオ、RECスタ
「ソフトウェア音源の音質が大幅にアップしたことで、楽曲もアレンジもすごくよくできているけど、ボーカルだけ極端にクォリティーが低い、という作品がすごく多いんですよね」と話すのは、RECスタの企画者であり、レコーディングエンジニアでもある、宮地楽器の澤田玲さん。
ボーカルに限ったことではないかもしれませんが、生音をレコーディングするとなったら、マイク選びも重要になってくるし、マイクプリやオーディオインターフェイスにどんな機材を使うのかによっても、音は大きく変わってきます。しかも、ボーカルとなると、結構大きな声になるので、それなりの防音も必要になってきますから、自宅で録るというのはなかなか大変です。
レコーディングエンジニアであり、RECスタの企画担当者でもある澤田玲さん
「マイク録音って、マイクなどの機材の良し悪しよりも、環境のほうが圧倒的に影響が出るんですよ。隣近所に気を使いながら歌っていると、どうしても喉に抑え癖がついちゃう。そこが日本人のボーカル下手な大きな理由になっている気がするんです」と澤田さん。澤田さん自身、もともとメジャーで作曲やアレンジしていたという人物。その後レコーディングエンジニアも兼務するようになったので、数多くの楽曲に携わってきたけれど、日本人のボーカルには環境という大きな問題が潜んでいる、というのです。
「周りを気にしながら声を張っても、いい発声にならないんですよね。極端な言い方をすれば喉が詰まった歌い方というか……。離島や田舎で育ったアーティストさんの声量が凄いのは、それがなかったからだと思うんです。海外だと、歌だけではなくギターやドラムも家の中で全開でやれたりするので変な癖のついてない人が本当に多い。周囲を気にして抑えて歌った声を少しでもいい声にするようにミックスで調整するわけですが、やはり限界はあります。素材が良いに越したことはない。だったら根本のレコーディングの部分を少しでも良くしてあげたい、というのがRECスタの発想なんですよ」(澤田さん)
もっとも大きな声を張り上げて録れるという意味では、リハスタで行ってもいいし、数万円でレコーディングを行ってくれるサービスなんていうのもあります。それらとRECスタは何が違うのでしょうか?
RECスタはリハスタの中に設置したボーカルブースで、その中にPCを含めたレコーディング機材一式が詰まっている
「RECスタは、リハスタの中に作ったボーカル用の1帖程度小さなブース。だから業務用レコーディングスタジオとは違うし、そこを目指しているわけではありません。またレコーディングスタッフがつくわけではなく、あくまでもセルフサービスなんですよ。でも、楽器店が運営しているので、プロ用の機材を置くことができるし、DAWをインストールしたPCも設置していて自由に使えるようにしているので、人に気兼ねなく、何度も録音しなおすことができるのが、大きなメリットです。疑問点や相談したい事があれば店舗の方に質問に来ていただいても構いません」と澤田さん。
実は、このボーカルブースとなっているボックスも宮地楽器が販売する簡易防音室、SONICUBEの特注モデル
エンジニアなど他に操作する人がいると「すみません、そこもう一回やらせてください」なんて謝りながら録るのもかなりストレスにはなります。でも自分で操作するのなら、気が済むまで自由にできますもんね。しかも、価格的にも圧倒的に手頃だから、そこまでシビアに時間を気にしなくてもいいのは嬉しいところです。
RECスタ内に、すでにセッティングされたMacが置かれている
ちなみに、RECスタにはCore i7のiMacがあり、その中にPro Tools、Cubase、Studio One、Ablton Live、Logicのそれぞれが入ってて、これらを自由に使えるとのこと。また、標準装備のオーディオインターフェイスや、マイク、マイクプリは以下の通りの構成です。
コンピュータ | Apple Macintosh iMac |
CPU / Core i7(QuadCore)/3.1GHz | |
OS / 10.10.x | |
SSD / 1000GB | |
メモリ / 16GB | |
DAW | Pro Tools 12 |
Cubase Pro 8.5 | |
Studio One 2 3 | |
Ableton Live 9.6 | |
Logic X | |
オーディオインターフェイス | Apogee Digital Symphony I/O |
マイクロフォン | AKG C414 B |
マイクプリアンプ | AVALON DESIGN VT-737SP ※上の写真ではオプションのManlay Coreが入ってます。 |
その他 | Umbrella Company BTL-900+MDR-CD900ST(BTL-MOD) |
とはいえ、中には「WindowsのDAW環境はないの?」という人もいるかもしれませんよね。まあ、Pro Tools、Cubase、Studio Oneなどは、Windowsのプロジェクトがそのまま読めるので、このiMacでレコーディングするのが簡単だと思います。でも事前にオーディオインターフェイスのドライバを入れてくればば自分のPCを持ち込んで、ここにある機材を使うのでもOKなのだとか。また澤田さんによれば、もし要望が多ければ、Bootcampを使うなど、WindowsのDAW環境も揃えたい、と話していました。
「レコーディングスタジオの大きなメリットは、ディレクターやエンジニアがダメ出しや方向性を示してくれること。それに対しRECスタは基本セルフレコーディングとなるわけですが、スタジオ内には何人で来てくれてもいいので、友達にレコーディングを手伝ってもらうとか、ダメ出しをしてもらうというのもありです。反対にプロデューサーがボーカリストをここに連れてきて、ここで録るというのもありですね」と澤田さんは話します。
オーディオインターフェイスにはAPOGEEのSymphony I/Oが用意されている
常設の機材でもかなり本格的なのですが、さらに、すごいのは、備え付けの機材だけでなく、マイクやマイクプリなどオプションも多数用意されていて、それらをすごい安価に利用できるのもRECスタの魅力です。詳細はRECスタのサイトに記載されていますが、たとえばノイマンのU-87Aiが2,000円(/1h)で借りることができるほか、なんとレコーディング業界定番のソニーのC-800G/9Xもオプションとして用意されていて、これが3,500円(/1h)なんですよね。定価80万円以上の業界御用達機材が、この値段で借りられちゃうというのは、それだけでもかなり魅力ですよね。
プロ御用達のボーカルマイク、 C-800G/9Xも使うことが可能
「ウチはお店なので、貸すという行為は矛盾するところもあるんですけど、RECスタで使ってみて、自分に本当に合うものを見つけたら買ってくれるといいな……という発想なんですよ。それぞれ、かなりの金額ですから、プロだって手軽に買えるわけではないでしょう。だったら、ここで実際に録ってみて、試して納得して買ってもらうのが一番いいですからね」(澤田さん)
バランス仕様のヘッドホンアンプUmbrella Company BTL-900とMDR-CD900ST(BTL-MOD) が用意されているのもRECスタのこだわり
もちろん、単純に録るだけを目的に来てくれて大歓迎ということなので、この価格でも気兼ねなく使えるみたいですね。
「今回、まずはボーカル専用のRECスタから始めましたが、同じコンセプトでドラム用のRECスタ、ギターのリアンプ用RECスタなどを作っていきたいと計画しているところです。また生のアコースティックピアノが録れるRECスタもいつか展開できれば…と画策しているところなんです。まだ実験的な位置づけではありますが、DTMユーザーのみなさんにとってもきっと大きな役に立つはずです」と澤田さんは案内してくれました。
まさに自宅のDTM環境の延長線上で使えるボーカル用スタジオ。場所が東京・神田なので、関東近郊にいる人でないと使うのは難しそうですが、「ボーカルがうまく録れなくて…」と悩んでいる人は、試してみてはいかがでしょうか?
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