プロの現場でのDAW活用のワザをバラしてくれる山口ゼミに潜入してみた

プロ直伝!職業作曲家への道』、『DAWで曲を作る時にプロが実際に行なっていること』、『新時代ミュージックビジネス最終講義』……とヒット書籍を次々と執筆する一方、プロミュージシャンとプログラマ、デザイナーなどを一同に集め、その場でシステム作品の開発を行う「Musician’s Hackathon」などもオーガナイズする音楽プロデューサーの山口哲一(やまぐちのりかず)さん。私も一昨年末の「Musician’s Hackathon」でお会いしたのが最初で、AV Watchで「音楽ハッカソンから生まれる音楽制作の新たな可能性」といったレポート記事を書いたことがありました。

その山口さん、2013年からプロ作曲家になる方法を説く「山口ゼミ」なるものを展開しており、すでに200人以上が受講するとともに、プロ作曲家としてデビューした人も多数いるのだとか……。「一度、ぜひ山口ゼミを覗いてみてほしい」と言われていたので、先日「DAW秘伝」なるタイトルで、サウンドプロデューサーの浅田祐介さんが講師を務める回を見てきたところ、メチャメチャ面白い内容でした。まさにプロがどうやって曲を作っているかの秘伝をいっぱい公開してくれるモノで、秘密ネタもいっぱい。その秘伝、公開してOKという許可を得られたものをいくつか紹介してみましょう。


山口ゼミの「DAW秘伝」という浅田祐介さんによるセミナーに潜入してみた

山口ゼミでは、毎回いろいろなゲスト講師を呼んで、多方面から講義を行っているのですが、その中で浅田さんはフェローという位置づけで、DAWなどを教えています。浅田さんといえば、Studio Oneユーザーとして、さまざまなメディアに登場すると一方、先日はリットーミュージックから「Studio One 3で学ぶ音楽の作り方」という本も出されていましたが、今回の講義でも使われていたのはStudio One 3でした。もちろん、Studio One 3でないと使えないという話ではないですよ。


山口ゼミを主宰する音楽プロデューサーの山口哲一さん 

今回の授業で題材として扱ったのは2015年9月にリリースされたYun*chiの「Pixie Dust*」というアルバムに収録されている「Future Future」という楽曲。以下のYouTubeのビデオに収録されている4曲目ですね。
以下、浅田さんの講義を抜粋する形で紹介していきましょう。

Studio One 3を使っての曲作りについてさまざまな角度からレクチャーする浅田さん 
 アルバム収録曲を作ってほしいという依頼が来たのですが、そのとき『とにかくFuture Bassを作ってみたいという』思いがあり、先方と打ち合わせの上、さっそく作っていきました。どのトラックから作るかは曲のジャンルにもよりけりですが、Future Bassの場合、何がなくてもリズムパターン。キックの位置が決まればベースはこれとユニゾンなので、キックから作っていきます。


Yun*chiさんのFuture Futureのプロジェクト画面

自分でTR-808やTR-909をサンプリングしたライブラリがあるので、これをサンプラー音源であるSample Oneに取り込んで鳴らしています。キック、スネア、ハンドクラップなど1トラックごと作り、それぞれ個別にEQやコンプをかけて調整しています。C3で鳴らせば、原音通りに鳴らせますが、ピッチを自在に変えられるのも面白いところ。スネアのピッチを変えたフレーズがあるのも、一つのアクセントとなっています。


非常に便利に使えるStudio One標準のサンプラー、Sample Oneに808の音などを張り付けて利用する 

 ちなみにスネアはT-RACKSの76でコンプをかけ、ハイハットはSSLのEQで中域を持ち上げています。またクラップはもともとサンプリングする際にEQをかけてハイ上がりとなっているので、それほどいじってないけど、EventideULTRA REVERBを掛けてます。このULTRA REVERBって音が荒いというか、ダサいんだけど、これがEDM系の後ろがシュワーっとしたのに合うんですよ。


荒い音だけど、いい感じに利用できるULTRA RVERB 

 それから1つちょっと面白いことをしたのは、以前にレコーディングしたYun*chiの声もSample Oneに取り込んでリズム的に利用したこと。まあ、誰の声でもよかったんですが、ほかのアーティストの声を使ったりしたら、権利的に問題が生じるかもしれませんからね。


HIGH、MID、LOのこの三角形のバランスが重要だと話す浅田さん

ところで、曲を作っていくと、低域が足りないとか、もう少し高域を伸ばしたいとか、いろいろと迷うことがあると思います。こんなときに、ぜひ頭に入れておいてもらいたいのがこの三角形です。HIGH、MID、LOがこんなバランスで過不足なく鳴っていると気持ちよく、安定してくるんです。


どんなプラグインをどんな設定で使っているのかなど、みんな真剣に聞いている 

 そしてこのバランスを少し変えることで、いろんな時代のサウンドにすることができます。たとえば2000年代のヒップホップ系ならキックが強いサウンドでLOを少し持ち上げた感じ、90年代っぽいのであればMIDが頂点にくる感じです。あくまでも自分の理屈で申し訳ないんですが、音楽の時代性って、このバランスとリズム構成で決まると思うんです。途中で「なんかリズムが地味だな…」ってシンバルとかハイハットを上げたら、今っぽくなくなっちゃうことがありますが、まさにこのバランスが崩れるからなんですよ。

Reveal SoundのSPIREをStudio One上で使用
全体のバランスで高域が足りないと思ったら、リズムで調整するよりも、たとえばグロッケンとか高域成分のある音で埋めていくのがいいですね。


XferのSERUMも結構使っている 

 この曲で使っているシンセは全部ソフトシンセで、3つだけ。具体的にはSERUMSPIRESynthMasterのそれぞれ。でも、これだけあれば十分すぎることができる。別にこのシンセに限ったことではないけれど、使っていて気を付けるのは、同時に出す音が周波数的にぶつからないようにすること。テトリスみたいに、うまく切り分けていくんです。それでも重なってしまう場合は、EQで削るなどして避けることで、音が埋もれずに前に出てきます。


ボーカルの20kHzあたりを持ち上げるのがポイント

今回は家内制手工業のように、最初から最後まで全部自分で作っているのですが、ボーカルについても少し紹介しておきましょう。今回のボーカルはオーディオテクニカのAT4050で録り、マイクプリにはAVALON DESIGNVT-737spを使い、Urei1176で少し叩いています。その後、Studio OneのProEQでLo-Midをカットし、MAAG EQを使って20kHz付近を6dBほど上げることで、こんなボーカルに仕上がっています。


iZotopeのOzonを使ってトリートメント

 ミックスの最後ではOzonをEQとして使い、最終段にFG-X Mastering PluginをBrickwall Limiterを入れて納品です。これまでの経験上、同じリミッターを2回通すと位相がズレるような感じでフェイズるんですよ。いま、多くのマスタリング現場ではWavesのL3を使っているから、ここでL3を使うのは避けています。ここではFG-Xを使いましたが、ほかもL3以外を使ってみるといいと思いますよ。

というのが、この日の浅田さんの講義の抜粋。ここでは書けない秘密のネタもいっぱいあったんですけどね、これだけ色々とテクニックをバラしてくれるセミナーもあまりないので、なかなか面白かったです。


山口さんの書籍 『DAWで曲を作る時にプロが実際に行なっていること』にもいろいろな情報がある

ちなみに、この日の浅田さんの「DAW秘伝」は、すでに山口ゼミを受講したOB/OGが受けられる山口ゼミExtendedの第3回目の講義なんだとか。ここには11期生のOB/OGが11、12人いたほか、Extendedを卒業した人たちが集うCoWriting Farmというグループの人たちも参加しており、みんな真剣に、そして和気あいあいと授業が展開されていたのが印象的でした。
それにしても、まさにプロの現場での話をタネ明かししてくれる授業というのは、刺激的で面白いですね。

【関連情報】
山口ゼミ~プロ作曲家になる方法