シンセサイザーのメーカーといったら、Roland、KORG、YAMAHAなど、日本の大手メーカーを思い浮かべる人が多いと思います。でも、いま国内はもちろん、海外からも注目を集めているREONという大阪の小さなメーカーがあるのをご存じですか? driftboxシリーズというお弁当箱サイズの小さなシンセサイザーを展開しており、今も大阪で開発、生産に取り組んでいるのです。
DTMステーションやAV Watchの記事などで私も何度か取り上げたことはあったのですが、先日、大阪・梅田の楽器店、Rock oN UmedaでREONの社長、荒川伸さんにお話しを伺うことができました。個人的には同じ歳で、結構似た世界を歩んできたということで話が盛り上がったのですが、「Made in Osakaの楽器を地元楽器店とともに育てていきたい」という荒川さんの発想はとても面白いものでした。その内容をインタビューの形で少し紹介してみたいと思います。
大阪のシンセサイザメーカー、REONの社長、荒川伸さん at Rock oN Umeda
昨年公開されたシンセサイザーのドキュメンタリー映画「ナニワのシンセ界」の中でも主人公的存在だった荒川さん。イベント会場やライブなどで何度かお会いしたことはあったし、ラジオ番組「電磁マシマシ」にゲスト出演されていたのをUSTREAMで見たりしていましたが、じっくりお話しをしたのは初めて。どうして、こんな変わった楽器を作ったのかを伺ってみました。
荒川:長年勤めてきた大手電器メーカーを退社し、REONを創業したのは2007年です。当初は知り合いからお仕事をもらってLEDの応用製品を開発する…といった請負仕事をしていたんですよ。でも、MOOG IIIcを自分で作りたいというのが中学・高校当時からの夢。「上司もいないことだし、作っちゃおう!」と仕事そっちのけで取り組んで、MOOG IIIcモドキのシンセサイザを完成させたんですよ。それを見た人から、「欲しい!」、「荒川さんがシンセ作ってくれたら買う」なんてことを言われてね…。ただMOOG IIIcだと何百万円になっちゃうから、まずは、ということでお弁当箱サイズのものを作ってみたんですよ。
お弁当箱サイズのシンセサイザ、REONのdriftboxシリーズ。左が2VCOのdriftbox S、右が4ボイスのdriftbox J
--それがdriftboxですね。私が最初に見たのは2008年に東京で行われたシンセフェスタだったと思います。MIDI音源というわけでもなく、鍵盤もない妙なシンセだな……というのが当時の印象でした。
荒川:鍵盤があれば一番いいけど、鍵盤自体を手作りでというのは無理。今でこそ3Dプリンターとかで作れるかもしれないけど、プラ版じゃ恰好悪いし、耐久性・操作性などを考えても難しい。調べてみると楽器の特許は鍵盤周りが一番多いようなんですよ。そんなもの下手に作るわけにはいかなし……ということで思い切って鍵盤がないシンセということにしたんですよ。鍵盤ないならEGなんていらないや、って取っちゃったりね…。それをまさにハンドメイドで作り、自分ではんだ付けして梱包して……。これを大阪のImplant4という中古屋さんで販売してみたら、50台、60台があっという間に売れちゃって、ビックリしましたよ。
--いま、ここRock oN Umedaでシリーズが展示され、音も出せる形になっていますが、実機を触れる店舗というのはそんなにないんですよね?確かREONさんのホームページもなければ、直販でのネット販売などもしてこなかったんですよね?
荒川:私の性格がひねくれてるだけなんですけどね(笑)。誰にでも認知されるようにネットで情報発信するというのは難しいし、お金もかかるでしょ。一方で、情報はネットに出た途端に希少性がなくなるじゃないですか。だったら、どこで売っているかもわからないように、秘密裡に販売したほうが、宝物みたいになるんじゃないかなって。その結果、ごく一部の人達ではあるけれど、固定ファンがついてくれて順調に伸びてくることができました。そうした中、Rolandさんから声をかけられ、昨年、driftbox R Limitedという製品を世界各国へ流通させることができたんですよ。数量限定ではあり、すでに終了したのですが、ウチにとっては大きなチャンスでした。これを機会に生産体制なども整えていったのです。
大阪駅から徒歩6、7分のところにあるRock oN Umeda
--RolandがREONブランドのままdriftboxを販売したことが国内外に認知を広めたわけですよね。
荒川:はい。もはや隠して宝物にしている段階ではなくなったということで、もっとしっかりした販売体制を作っていこう……と思ったところにRock oNさんから声をかけてもらったんです。きっかけは江夏正晃さんが紹介してくれたことだったのですが、ちょうど大阪の梅田店ができたタイミングであり、東京・渋谷の本店でもSYNTH HEAVENというコーナーができたところだったので、タイミング的にもドンピシャだったんです。東京も大阪もそうですが、Rock oNでいいなと思ったのは置いてあるPA、モニター機材。これだけの超プロ級スペックの機材が置いてある店は、国内探してもそうそうありませんから。大音量で鳴らせる機材にウチのdriftboxを鳴らしてもらえるというのは、ものすごい意義あると思ってます。小さいアンプでピンチョロ鳴らすのとはまったく違う音が出ますからね。
店舗内に設置されているスタジオは、吸音材も貼られ、まさに業務用のレコーディングスタジオさながらの設計となっている
森本(Rock oN Umeda店長):そうですね。まずは、小さいアンプで音を確かめられるようにしているのですが、興味のあるお客さんには、こちらのスタジオ側で音を確認いただけるようにしています。スタジオ側は吸音材も貼ってあり、プロのレコーディングスタジオに相当する音響環境になっています。もっともdriftboxは本当のアナログ機材なので、低域の量感、ハイのトンガリ具合とかを存分に確かめらえるはずです。こうしたアナログ独特な音が楽曲の中で生きてくるという面も大いにあると思います。ただ一方で、ダイナミックレンジが広すぎる面もあり、これをどうやってパッケージングするかというご提案もさせていただいています。
Rock oN Umedaの店員さん、左から松山幸民さん、中川智裕さん、森本憲志さん
--パッケージングとはどういう意味ですか?
森本:driftboxはエフェクトが一切入っていない生のアナログサウンド。ダイナミックレンジも音の周波数領域も圧倒的に広いから、CDで聴く音と明らかに違うのです。そこで、ここにしっかりしたコンプをかけ、ダイナミックレンジを24bitや16bitで収まる範囲にまとめ、オーディオインターフェイスを通した上でモニターすると、まただいぶ違った雰囲気になるのを実感できます。この際のエフェクトにハードウェアのアウトボードを使うこともあれば、プラグインで音を加工してみることもありますが、どちらが好きかはお客さん次第。その辺の違いも合わせて、ここで試聴できるようにしているのです。ときには実際にPro Toolsを使って録ってみるなんてこともして、お客さんにどんな音なのかを十分納得していただいた上でご購入いただいてますよ。
コンソールに接続し、大音量で鳴らしてみるということもしばしば
荒川:何のエフェクトも入れていないアナログシンセですから、音が暴れまくるんですね。それがアナログシンセの長所でもあり、短所でもある。逆にデジタルシンセは最初からバランスが取れていて、耳障りよく収まるんです。その違いを、こうしたPAがあれば、ハッキリと実感できるのは面白いですね。
スタジオ内にはアウトボード類も充実し、それぞれの音をチェックできるようにしている
--このお店、REONのシンセサイザをはじめ、オーディオインターフェイスなどのDTM系も含めてさまざまな機材があって、楽しそうですが、こんなすごいスタジオがあると、プロしか入れないだよね、一見さんお断り、と思ってしまう面がりますが……。
森本:いえいえ、そんなことはないんです。まったく買うつもりのない方でも、ぜひ多くの方に、シンセの楽しさを知ってもらいたいし、レコーディング機材によっての音の違いなどを味わってもらいたいと思っています。できるだけ入りやすいようにしているつもりなのですが、学生さんなど若い世代の方々はなかなか入りにくいみたいで……。でも、普段聴けないような音をここで体験してくれ、興味を持ってくれた上で、何度も通った上で、いつの日か買ってくれる日がくるといいな……と。ここにコーヒーマシンも置いてあるので、気軽にコーヒーを飲みに遊びに来てくれたらいいんですよ。Proceed Magazineという当社独自編集の雑誌も置いてあり、無料配布していますから、これを取りに来ていただくだけでも大歓迎です。
Rock oN PRO編集の雑誌、Proceed Magazineを店頭にて無料配布中
荒川:最近、シンセサイザを触って音が出せるお店が少なくなってしまいましたが、私が学生のころは、絶対に買えるはずもない値段のProphet-5とかをお店で触って、ヨダレを垂らしてましたよ(笑)。そうした体験が後の自分にとっても大きな影響を与えてくれたのは間違いないので、こうしたお店の役割は重要だと思います。しかも、大阪で作って、大阪で売っているというのがいいですよね。関西人は関東人を意識する面はありますから(笑)。「大阪発」というと、ムーブメントになるんじゃないか、と!
スタジオ内・店内の天井はスイッチの切り替えで、さまざまな色に変化させられるという特徴も……
--実際、荒川さんが、ここに商品を運んでくるとか……?
荒川:さすがにそれはありませんが、ちょくちょく様子を見に来ていますよ。
森本:実際、店頭でのセールストークとして「Made in Osakaなんですよ」というと、喜んでくれるお客さんは多いですね。「東京には置いてないんだよね?」なんて聞かれることもしばしばです。実際には渋谷店と同じものを置いているのですが、せっかく地元のメーカーさんなので、今後は梅田店独自の展開もしていきたいと考えているところです。そのMade in Osakaという面ではほかにもWellFloatという製品を展示しており、かなり評判がいいですよ。これは大阪空港の近く、池田市にあるジークレフ音響という会社で開発・生産されているモニタースピーカーの下に敷くアクセサリー。従来のオーディオボードやインシュレーターとは一線を画す不思議な構造になっているんです。これはFloatという名称からも想像できるように、スピーカーを宙に浮かせるというか吊るすという考えの設計になっており、定位感が安定したり、音の明瞭度が上がるのを実感できます。この技術に特許なども取得されているようですが、実際にお店のスタジオで違いを試聴いただけるようにしています。こうした大阪発の製品をさらに揃えていきたいですね。
--最後に、REONさんの今後の製品予定などがあれば教えてください。
荒川:まだ具体的な発売日程や価格、名前なども決めていないのですが、driftboxシリーズの新製品として、4chのアナログのステップシーケンサを出したいと思って開発中です。最大で96ステップまで組むことができ、CV/GATE端子を通じて、各種アナログシンセサイザと接続できるほか、MIDIの入出力も搭載する予定でいます。これも製品化できたら、東京より先にここで展示、販売できるといいですね。
--ありがとうございました。楽しみにしています。
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