先日「無料版のPro Tools|Firstの配布が開始。お披露目イベントも7/10に開催」という記事でも紹介したAVID Creative Summit 2015が行われ、私も取材に行ってきました。このイベントでは、Pro Tools|Firstのデモが行われたほか、3つあったセミナー会場で、さまざまな講座が行われ、多くの人が集まっていました。
その各種講座の中でも、個人的に面白かったのはゲームミュージックの作曲家でサウンドプロデューサーの中條謙自(なかじょうけんじ)さんによる「サウンドプロデューサーがこっそり教えるゲームオーディオの世界で活躍するヒケツ」というもの。分かっているようで、さっぱり分かっていなかったゲームミュージック制作の世界について、いろいろと話を伺うことができたので、紹介してみたいと思います。
大盛況だった、Avid Creative Summit 2015で中條謙自さんのセミナーを聞いてみた
7月10日に行われたAVID Creative Summit 2015では、今後順次無料配布されていくDAW、Pro Tools|Firstのデモが行われたほかにも、Pro Tools|ControlというiPadアプリも初お披露目。これはその名の通り、iPadを使ってPro Toolsをコントロールするためのアプリ。
先日もStudio One 3 Professional用のiPadコントロールアプリ、PreSonus Studio One Remoteというものが無料でリリースされましたが、Pro Tools|Controlも考え方は同様。Wi-Fi接続により、PCの前にいなくてもレコーディング操作やミックス操作ができるというもの。こちらも近日中に、App Storeで無料で公開されるとのことですよ。
iPadでPro ToolsがコントロールできるPro Tools|Controlがお披露目された
さて、今年で3回目となったAVID Creative Summit 2015で行われたセミナーは以下の表の通り、全8コマ。
私、個人的には、まず目玉のPro Tools|FirstとPro Tools|Controlを見た後、それに続く、中條さんのセミナーに参加。その後B studioに移って、RMEの新製品、Babyface Proの実物を存分に見学した後、飛澤正人さんによるミキシングメソッド講座を受けるなど、すごく充実した1日となました。
RMEのMax Holtmann氏が来日し、Babyface Proについて詳細を語った
全部レポートしていると、膨大な量になってしまいそうなので、ここではDTMステーションであまり触れていなかった、ゲームミュージック制作にフォーカスを当てた中條さんの話をまとめてみたいと思います。
中條さんは、以前はコーエーテクモゲームスの社員としてゲームミュージックの制作に携わっていて、「真・三國無双」シリーズなどの作編曲、さらにはサウンドディレクター、サウンドデザイナーとして「戦国無双」シリーズや「討鬼伝」など様々な作品を手掛けてきた方。現在は独立して、ご自身の会社、ATTIC INC. でサウンドプロデューサーとして活躍されています。
その中條さんによると「ゲームオーディオの職種はコンポーザー・アレンジャー、サウンドデザイナーから、ボイスレコーディングディレクター……といろいろありますが、携わっているのは基本的にみんなゲーム会社に勤めるサラリーマンですから、全部をこなします」とのこと。確かに著名ゲームミュージック作曲家の方々は独立されているものの、そうした方々もみんな、元ゲームメーカーの社員ですもんね。
また興味深かったのが予算関連の話。「スマホのゲームなど小規模なものだと100万円程度から、大規模になると数億円クラス。それでもこの金額は、ゲーム全体の総予算の10%あればすごくいいほうで、普通は5%もないくらい」なんだとか。でもそれに伴う制作作業は膨大なようです。
ところで、そのゲームミュージック、実際に聴いていてとっても不思議なのは、ゲームの進行に伴って音楽がどんどん変化していくこと。そして、場面の状況に応じて曲の流れが変わるため、プレイするたびに曲の進行って変わるんですよね。これ、どうなっているんでしょうか?
インタラクティブなゲームミュージックの展開にはHorizontalとVerticalという2種類の手法が存在する
「ゲームはインタラクティブであり、戦いの展開などによって進行も曲の時間もプレイするたびに変化するんです。そうしたインタラクティブミュージックは、Horizontal(水平)という方法と、Vertical(垂直)という方法の大きく2種類があります。図のようにHorizontalの場合、ゲームのシナリオに応じて、Aメロ、Bメロ、サビ……など展開し、分岐があると、進む方向によって登場するパーツが異なったりもします。一方、よりインタラクティブ性を持たせやすいのがVerticalです。常にリズムとベースが流れていて、ある展開に入るとストリングスがフェードインで入り、次の展開に入るとストリングスがフェードアウトしてパッドがフェードインするなど、自然に曲の流れを転換していくことができるんです」
中條さん、そう説明しながら、Pro Toolsを使って、Verticalの手法で、インタラクティブに音楽が変わっていく例を示してくれました。基本的にバックに「リズムとベース」がずっと、鳴っていてそこにストリングスがフェードインしてくると、ゲーム展開しているような雰囲気になってきます。ここでストリングスからパッドへとクロスフェードしてくると、違った状況へと変わっていきます。さらに、ストリングスに戻すとともにメロディーが乗ってくると、まさにクライマックスにやってくるという感じ。そのストリングスやパッドはループさせたフレーズになっているから、長時間流し続けることも可能だそうで、これによってゲームの流れ次第で毎回異なる音楽の進行になるわけなんですね。
ボイス、効果音、音楽、ビデオはそれぞれオーディオ・ミドルウェアを介してゲーム内で発音されるようになっている
もちろん、ゲームのサウンド作りは音楽だけではありません。ボイス=セリフ、効果音、そしてムービーといろいろあるわけで、それぞれ分業しながら、場合によっては一人で作っていく必要があるわけです。そして、作ったオーディオデータはオーディオ・ミドルウェアと呼ばれるエンジンを通じてゲームの中で発音される形になっています。
主要なゲーム・オーディオ・ミドルウェアとしてはCRI ADX2、Wwiseがある
このオーディオ・ミドルウェアについては、別の機会でじっくりと紹介してみたいと思っていますが、著名なところではCRI・ミドルウェア(日本)のCRI ADX2、Audiokinetic社(カナダ)のWwiseといったものがあります。中條さんは主に、CRI ADX2を使っているそうですが、これを利用することで、ゲームにおけるインタラクティブな発音を可能にしているのです。
さて、ここで興味深かったのは、セリフ部分における音の均一化という話です。声優さんにしゃべってもらって録音していくボイスのファイル数は多いものでは8万程度にもなるということですが、ゲームの展開がどうなるかはプレイヤー次第であるため、ボイスの順番がどうなるか、そのタイミングも予想がつきません。
何千、何万ともいう数のボイスは、複数の声優さんによる、さまざまなセリフであり、声のトーンも違えば、音量も違い、本当にバラバラ。共通なのはNeumannのU87を使って録っていることくらいで、場所もスタジオも、マイクプリやコンプなどの機材も異なるので、同じ人の声だって、結構雰囲気に違いがでてしまうんだとか。そのため、これらをそのまま使ってしまうと、非常に不自然だし、聴こえる声と聴こえない出てきてしまい、うまくつなぐことができないのだそうです。
「コンプを使って、音圧を揃えれば、いいのでは?」とも思ったのですが、バックに流れる音楽や効果音と重なったときに埋もれて聴こえなくなってしまう声もあるから、ここをいかいキレイに整えるのかが重要なポイントなんだそうです。
サチュレーションさせて、アナログ的な音にすることで、それぞれの音同士が馴染みやすくする
それを上手に整え、クッキリと聴こえるようにするためのテクニックを具体的に披露してくれました。中條さんはPro Toolsを用いて、ボイスデータを管理しており、このすべてのボイスデータに対して、まずMcDSPのプラグイン、Analog Channel AC101をかけるとのこと。これはアナログ・ヘッドアンプシミュレータで、ハイエンドアナログテープマシン、アナログテープ、アナログチャンネルアンプなどを通したような音にすることができるのだとか。「STUDERを通したような感じで、ちょっと潰れてくれることにより、デジタルのみのミックスでは、なかなか混ざらない音が、うまく馴染んでくれるようになります」と中條さん。
F202を使って、低域と高域はバッサリカット。ただ8kHz近辺を持ち上げて、高域の物足りなさを補う
「さらに、同じMcDSPのFilterBank F202というハイパス&ローパス・フィルターを通します。ここで80Hz以下および10kHz以上をすべてバッサリと切り捨ててしまうのです。これによって均一化を行うのですが、10kHz以上を切ることによる高域の物足りなさを補うワザとして8kHzあたりを持ち上げてバランスをとっているのです」とのこと。
その後、WavesのRenaissance Compressorで普通にコンプ処理をした後に、同じくWavesのMV2を使って、小さな音を持ち上げることにより、すべてのボイス・ファイルが揃って、どんな順番に、どう組み合わせても違和感なく、かつBGMや効果音と重なっても聞き取りやすい声になるそうですよ。
最後に、Pro Tools上で処理した結果を1つ1つのファイルとして書き出す必要があるのですが、書き出し作業はすべてショートカットキーでの操作で行うことができるため、これをQuicKeysというソフトを用いてキーマクロを組んでおけば、あとは夜中などにバッチ処理を行うことで、効率よく行うことができるそうです。
普通の音楽制作の話とはだいぶ違って新鮮でしたが、いかがだったでしょうか?直接的、間接的に役立つ話もいっぱいあったように感じました。
なお、AVID Creative Summit 2015の会場では各社の展示ブースもあり、それぞれ賑わっていました。AVIDのほかBabyface Proを展示していたシンタックスジャパンとエムアイセブンジャパン、ユニークなオーディオ処理プラグインなどを展示していたサンフォニックス、効果音&BGM 音源素材の管理検索システムを展示していたタックシステム。
またKOMPLETES Sなどでデモを行っていたNative Instruments、FocusriteのRedNetシリーズなどを展示していたハイリゾリューション、 Audio EaseのAltiverbやSpeakerphoneなどを展示していたフォーミュラ・オーディオ、そしてUADのApollo、 Rupert Neve Designsのマイクプリアンプ、Rosendahlのマスタークロックなどの展示を行っていたフックアップ。
Audio Ease製品などを展示していたフォーミュラ・オーディオのブース
さらにはNAB2015で発表の新製品を中心に、4K対応ラインナップを展示していたブラックマジックデザイン、RETRO InstrumentsやRoyer Labsの製品を展示していた宮地商会、そしてApogeeのオーディオインターフェイスやWavesのプラグインなどを紹介していたメディア・インテグレーションなど、各ブースともセミナーの合間には多くの人が訪れて賑わっていました。
【関連サイト】
Avid Creative Summit 2015 PHOTO REPORT!!
<メインステージ PART 1 : 4K収録ムービーも公開!!>