その昔、DTMの代名詞的存在だったRolandのミュージ郎。これは、以前「DTMのルーツ、1988年に登場したミュージくんの衝撃」という記事でも紹介したミュージくんの上位版として1989年に発売された製品。まさに「これさえあれば、すぐにパソコンを使って音楽制作がはじめられる」というハードとソフトを組み合わせたセット商品であり、当時としては革命的ともいえる高品位なサウンドを作り出せる製品だったのです。
ときは、まさにバブル経済真っ只中。定価158,000円(税別)という高価な製品ながら飛ぶように売れていったんですよね。当時、まだ社会人1年目だった私も、普通に買った記憶があるので、その価格を考えると、やっぱりデフレが進んだんだな……としみじみと感じてしまいます。今回は、そのミュージ郎とはどんな製品だったのか、振り返ってみたいと思います。
PC-9801用のDTMシステムとして1989年に発売されたミュージ郎
前年の1988年に発売されたミュージくんはMT-32というMIDI音源モジュールを採用していたのに対し、ミュージ郎はCM-64という当時としてはまだ珍しいPCM音源を搭載した製品として打ち出されたセット製品だったのです。
具体的な中身としては
・MPU-PC98II(MIDIインターフェイス)
・付属ソフト(MIDIシーケンサ)
の3点セット。
当時のパソコンNECのPC-9801用として発売された製品であり、その拡張スロットにMPU-PC98IIを挿し、それによって装備されるMIDI端子を使ってCM-64をコントロールするという構成のものでした。
当時、ミュージ郎に飛びついた私も、やはりPCM音源というのは、まさに憧れの音源。いまでこそPCM音源は、何にでも使われている、もっともチープな音源となっていますが、当時は、非常にリアルな音が出る、デジタル音源の本命として、注目の的だったんですよね。
ただし、このCM-64はちょっと歪(いびつ)な構造であったのも確かです。そうミュージくんで採用されたLA音源のモジュール、MT-32との互換性を完全に保ちつつ、PCM機能を追加した音源となっていたのです。もう少し詳しくいうと、MT-32はMIDIの1~9chに普通の楽器音を鳴らすLA音源が採用されていて、10chがドラムとなっており、11~16chが未使用であったために、ここにPCM音源を割り当てたわけです。
もちろん1番目の音色はアコースティックピアノ。MT-32のアコースティックピアノも、それなりにいい音ではありましたが、それと比較して、かなりリアルなピアノ音になっていたので感激した覚えがあります。そのほか10chのドラム音源のところにSE音源も追加されました。
DTMにおけるMIDIのチャンネル割り振りにおいて、一般的にドラムが10chに固定されているのは、このMT-32からCM-64の流れで互換性を維持したためだったと認識しています。それまであったMIDI対応のドラムマシンであるRolandのTR-707やYAMAHAのRX5やRX7などは、とくに10ch固定でなかったと思いますから……(記憶違いがあるかもしれません。何か10ch=ドラムの由来についての情報があれば、下の掲示板やTwitter、Facebookなどを使って教えていただけると嬉しいです)。
※追記
作曲家でありライターでもある高山博さんから、MT-32より以前MKS-7でもドラムが10chであったという情報をいただきました。やっぱりRolandが作った慣習ということなんですかね…。高山さんからは「僕の知ってる限りだと、ドラム音源の入っているマルチティンバーMIDI音源はMKS-7が最初なんで、そっからの流れのような気がしています。ドラム単体音源だと、初期は電源投入直後はMIDIオムニでしたし(笑)。ただ、MKS-7のドラムパートをなぜ10chにしたのかが謎ですね。そこにCV時代の何かがあるのか…」というコメントもいただいています。
※追記 2020.9.8
元ローランドの開発の方からご連絡をいただき、以下のような情報をいただきました。追記として記載しておきます。
MKS-7のドラムが10だったのは、TR-909/707を踏襲しているからです。TR-909は送信11ch、受信10ch(オムニオン)の固定。TR-707は、どこでも設定できるけど、工場出荷時が10chとなっていました。MKS-7のドラムは、クラッシュとライドとハイハットがTR-909、残りがTR-707というハイブリッド。ハイハットは、アナログでエンベロープ制御してオープン/クローズを出してます。
なお、CM-64で拡張されたPCM音源部分のみを切り出した音源としてCM-32Pという音源モジュールもCM-64と同時に発売されています。また、その後しばらくしてから、MT-32にSE音源だけを追加したCM-32Lというものも登場し、これは実質的なミュージくんの後継となるミュージ郎Jr.に採用されていきました。
この音色配列は、その後他社もミュージ郎シリーズとの互換性を考えて真似したりもしたのですが、やはり抜本的に見直したほうがいいということになり、その後GS音源、XG音源、またGM音源といったものが生まれてきたわけですが、これについては、また別の機会に詳しく紹介しようと思っています。
さて、一方のMIDIシーケンサのほうは、ミュージくん付属ソフトを拡張した五線譜入力方式のものであり、やはり「付属ソフト」というだけで名前もありませんでした。当時のPC-9801はMS-DOSというコマンドを使って操作するパソコンであったため、まだマウスが一般的ではない時代でしたが、マウスを使ってメニュー操作し、音符をポツポツ入力していくという手段も斬新だったんですよね。
ちなみに、この付属ソフトはその後、さらに進化してBallade(バラード)という名前でダイナウェアという会社から発売されることになります。すでにダイナウェアは解散してなくなってしまいましたが、そこでアルバイトとしてBalladeの開発に携わっていたのが、いま多くの人が使う国産プラグインソフトシンセ「Synth1」の開発者、Daichiさんであった話は以前のインタビュー記事「Synth1開発者のDaichiさんにインタビュー、iPad版も来春登場だ!」にも書いたとおりです(Mac版は出ましたが、まだiPad版は出てないですねw)。
また、このミュージ郎と同時に発売・発表された周辺機器もいくつかありました。いずれもMIDIで接続するコントローラの類で
・CF-10(DIGITAL FADER)
・CN-20(MUSIC ENTRY PAD)
・CA-30(INTELLIGENT ARRANGER)
のそれぞれです。
これらについては、あまりヒットしていた記憶はありませんが、CF-10はいまでいうコントロールサーフェイスで、各チャンネルの音量とパンをコントロールするもの、CN-20は鍵盤状に並んだキーを押すことで音符を入力し、データ作成を効率よくするというステップ入力用の簡易MIDIキーボード、そしてCA-30はコードを入力するとバッキングをアレンジしてフルオートで演奏してくれるアルペジエーターでした。
このミュージ郎はその後、バンドル音源がGS音源に切り替わり、SC-55mkIIやSC-88Pro、キーボード付音源のSK-50を採用した、数々のモデルが発売になり、大ヒットシリーズになったのです。私の手元にも、当時の資料がいっぱいあるので、また機会を見て、ミュージ郎シリーズの変遷などを紹介してみようと思っています。
※初出時、CM-300をCM-64の上位モデルと書いてしまいましたが、GS音源でした。失礼しました。
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