多くのDTMユーザーがお世話になっているのでは…と思うフリーのソフトシンセ、Synth1。2002年と非常に早い時期に登場した国産のアナログシミュレーションのシンセですが、廃れるどころか、人気はますます高まっており、2011年にはMac版もフリーソフトとしてリリースされました。さらに2013年春にはiPad版やAudioUnit版もリリースされるとのことで、さらに盛り上がって行きそうな雰囲気です。
そのSynth1の開発者であるDaichiさんに連絡してみたところ、直接お会いして話をすることができました。本名は戸田一郎(TodaIchirou)さんで、名前の真ん中からDaichiってとっていたんですね(笑)。また、Mac版やiOS版への移植をしているのは、戸田さんの友人である辻正典さん。その辻さんにも同席をしてもらいました。が、話を聞くと、このお二人、DTM黎明期からDTM界に大きな影響を与えてきたすごい人たちだったんです。ちょっとマニアックな内容になりましたが、いろいろとインタビューしてみました。
フリーソフトのSynth1。画面は最新版をSSW 10で動かしたもの
--まずお二人の経歴的なことや、出会ったきっかけなどを教えてもらえますか?
戸田:最初に会ったのは私が大学のころ、88年にダイナウェアという会社でいっしょにアルバイトをしていたんです。
お話を伺ったDaichiさんこと戸田さん(左)とMac、iOS版への移植を行っている辻さん(右)
--ええっ!?ダイナウェアって、あのPC-9801用のMIDIシーケンスソフト、BalladeとかPRELUDEの会社ですよね!!
戸田:はい、まさにそのBalladeのメンテナンスやアップグレードなどを担当していました。分かる方には分かると思いますが、Synth1の音色選択画面って、Balladeの画面を思い出しつつ作ったんですよ(笑)。
辻:当時は、私はDTM系ではない別の仕事をしていたから、戸田さんとの仕事上の接点はそれほどありませんでしたが、小さい会社でしからね。みんなアルバイトが開発をしているところだったんですよ。結局、私はその後社員になってダイナウェアには10年近くいましたよ。Ballade3は私が担当しました。
戸田:途中で、ダイナウェアはDTM系の資産を手放して、ローランドに移管してね……。学生アルバイトという立場でしたが、私もそのままローランドに行って開発を続けていました。結果的に世の中に出なかったSuperミュージ郎のシーケンスソフトを作っていました。
--そんな方々だったとは、まったく知りませんでした。それ以降も、ずっとDTMの世界で仕事を?
戸田:私の場合は大学を卒業して、大手コンピュータメーカーに入社。ずっとSEとして仕事をしてきました。つい昨年退職し、これから仲間と新しい仕事をしようと数ヶ月前に大阪から東京に来たところです。音関係ではなく、普通のシステム系の仕事ですよ!
辻:私はダイナウェアの倒産後、フリーのエンジニアとして、仕事をしています。
--さて、本題ですが、Synth1はどんなキッカケで作られたのですか?
戸田:もう10年以上前ですけどね、仕事で忙しくてDTMからも遠ざかっていたのですが、久しぶりにDTMマガジンを買って付録のCD-ROMを使ってみたのです。するとNativeInsturemntsのだったかな、ソフトシンセが入っていたのです。ソフトシンセなんていう存在を知らなかったので、ビックリしました。確かPentium 200MHzくらいのPCで動かしたら、問題なく起動し、アナログシンセっぽい音が出たんですよ。もちろんシンセは大好きだったので、これに触発されたのがキッカケです。
Synth1のモチーフとなったNORD LEAD2 の後継、NORD LEAD2X
--確か、Synth1のホームページには「機能的には、あの赤いシンセ Clavia NORD LEAD2を手本にし…」と書かれていましたよね。
戸田:はい、作ってみようとは思ったけど、まずは見本にするものが欲しいと重い、NORD LEAD2とKORGのMS2000を購入してみたんです。とはいえ、当時ソフトシンセ作りのための情報などはまったくなかったので、本当に手探りでした。「デジタルフィルターの基礎」といった文献を漁りながら、試行錯誤でした。でも、実は大変だったのがGUI、あの画面を作るのに苦労しましたね。
--そういえば当初はSONAR 2で使えるDXiのプラグインでしたよね。当時、AllAboutの記事で取り上げさせてもらい、メールでやり取りしましたよね。
戸田:はい、その節はありがとうございました!CakewalkによるDXiのドキュメントはしっかりできていて、作りやすかったのですが、その後VSTへの移植はSteinbergのドキュメントを見ながらでしたが、こちらはかなり適当な内容で大変でしたね。
--その後も、見た目や音は変わっていないように思いましたが、小さなバージョンアップを繰り返していましたよね。
戸田:はい、細かな調整をいろいろしつつ、CPU処理の最適化も行っていったんです。まず。CPU側がMMX、SSE、SSE2……AVXと並列処理するための仕組みが進化してきました。一般にはSIMD命令と呼んでいて、これに対応させていたのです。
昨年のダイナウェア同窓会がSynth1プロジェクトに加わるキッカケになったという辻さん
--ユーザーからは64bit対応を待ち望む声も出てきていますよ。
戸田:そうですね、そろそろしたいとは思っていますが、まずはMac対応やiOS対応を優先させていきたいと思っています。もっとも、その作業はほとんど辻さんに頼っているところなんですが……。
辻:Synth1の存在は知っていたのですが、それを戸田さんが作ったってぜんぜん知らなかったんです。ダイナウェアの同窓会をときどきやっているのですが、昨年の飲み会で、その話題になって、私の出番が来たと(笑)。個人的にはiOS版のSynth1があったらいいなと思ったのですが、いきなりiOS版を作るのはいろいろとハードルが高かったので、まず第1ステップとしてMacのVST版を作りました。
戸田:ソフトを渡したら2ヶ月くらいでMacのVST版ができあがったんですよ!それで昨年10月に公開しました。
--なるほど、そこでダイナウェア時代のコンビが復活したというわけなんですね。
辻:MacのGarageBandでも動かしたかったので、AudioUnit版も作っており、すでにだいたい完成しているのですが、現在デバッグ中です。その間、できる限りCPUの依存度をなくしているので、それをそのままARMのCPUに持っていっても動作するようになっています。だから、実はもうiPadでも動いているんですよ。
現在α版のiPad用Synth1。見た目はPC版と同じ。拡大表示も可能
--そこまでできているなら、ぜひ早く公開してくださいよ!!
辻:まだ、完成度の面でいろいろと気になることも多いので、もう少し待ってください。まずAudioUnit版は近いうちに公開します。ただ、iOS版については、まだいろいろと課題もあって……。
戸田:現行のiPadのα版では、画面もPCとまったくいっしょ。ただ、Synth1はキーボード画面などがないので、これを起動しただけでは使うことができないんですよ。CoreMIDIに対応しているから、キーボードを接続して初めて使えるという状態であり、これでいいのだろうか……、と。
現在のところ、CoreMIDIでの演奏のみが可能になっている
--なるほど、それだとアプリ単独では使えないですもんね。
戸田:またせっかくiPadで使うのであれば、これで音色をエディットし、その結果をPCでも使えるようにしたい……などいろいろアイディアも出てきているけど、それをどう実現させようか、と。
辻:音色ライブラリをWindows、Mac、iOSで共通化できると広がりも出てくるので、なんとかしたいところです。
--そうなってくると楽しいですね。でも、こうした開発にはいろいろ苦労も多いはず。現状のWindows版もMac版もフリーですが、iOS版はどうされるのですか?多少の値段をつけても欲しいと思うユーザーも多いと思うし、逆に寄付したいという人も多いのでは……。
戸田:その辺は検討もしているのですが、Synth1って無料だったからこそ、多くの人に使っていただけたと思うのです。また、Synth1で儲けたいと思っているわけではなく、できるだけ多くの人にこれの楽しさを知ってもらい、使ってもらいたいと思っているので、iOS版もなんとか無料にできるように、画策しているところです。
辻:フリーだから、のんびり開発できるといういい訳もできるところなんですが、それでもなんとか来春にはリリースしたいと思っておりますので、ぜひご期待ください。
--ありがとうございます。ぜひ、楽しみにしております。お二人への寄付の方法があれば、私も含め寄付したいと考えている方も多いと思います。AudioUnit版やiOS版を公開するタイミングで、寄付を募ってみたらいかがでしょうか?わずかではありますが、協力したいと思っています。引き続き、開発頑張ってください。