オーディオ修復ソフトというと、iZotope RXがその代名詞ともいえるくらい著名ですが、それに真っ向勝負を挑むソフトがやってきました。北欧の国、ノルウェイのオスロにあるAcon Digital社が開発するAcoustica(アコースティカ)の最新バージョン、Acoustica 7.3というのが、それ。上位版のAcoustica Premium Edition(税込み22,300円)と標準版のAcoustica Standard Edition(税込み6,700円)の2種類があり、いずれもWindows、Macで動作し、Macの場合、macOS BigSurをサポートしているのはもちろん、M1プロセッサもネイティブでサポートしているソフトです。
RXの対抗馬というだけに、ノイズ除去などのオーディオ修復機能をさまざま備えていると同時に、波形編集機能やスペクトル編集機能を装備するオーディオエディタとしても強力なソフトであり、SOUND FORGEやWaveLab、SpectraLayersなどの競合でもあるソフトとなっています。また、Mastering Suiteというマスタリング用プラグインを5つセットを搭載していたり、2chにミックスされたオーディオデータをディープラーニングを利用してボーカル、ピアノ、ベース、ドラム、その他に分解する機能を装備するなど、これでもかというほどの機能てんこ盛りソフトとなっています。実際どんなものか試してみたので、紹介してみましょう。
beatcloudを通じて国内販売がスタートした、Acoustica Premium Edition 7.3
Acousticaは波形編集ソフトであり、マルチトラックレコーディングソフトであり、オーディオ修復ソフトであり、マスタリングソフトであり、そしてプラグインとしても使える、本当に多彩な機能を持ったソフトです。
MIDI機能はないもののマルチトラックレコーディングも可能
オーディオのマルチトラックレコーディングができるので、このソフト一つで多重録音して音楽制作していくことも可能なため、DAWに限りなく近いソフトではありますが、MIDI機能は持っていないので、多機能オーディオ編集ソフトと捉えるのがよさそうです。英語のビデオではありますが、以下にAcoustica 7.3を紹介するビデオがあるので、ご覧いただくと、だいたいの雰囲気はわかると思います。
このビデオにもある通り、Acousticaの最大の目玉はiZotopeのRXなどに近いオーディオ修復機能を持っているところです。たとえばエアコンのファンのような音が入っていたり、テープの“サーー”というヒスノイズが入っているなど、環境音的なノイズが入っている場合、ノイズ部分だけを選択の上、Analayze Noiseというメニューを選び、ノイズ解析させると、ノイズを見つけ出してくれ、それを取り除くことが可能です。
ノイズ部分を選択して、Analayze Noiseを実行すると、ノイズ成分を解析してくれる
どのくらいノイズを減らすのがいいか、自分で設定できるのですが、そうした調整が難しいというのであれば、Automatic Denoiseを選べば、自動でいい具合に整えてくれます。
全自動でノイズを取り除くことができるDeNoise 2
結構、激しいノイズがあるところで、しゃべっている声をハッキリ聴こえるようにするExtract Dialogueという機能も強力です。これも自動で簡単に処理することができますが、必要に応じて、ノイズ除去具合を調整することができるほか、プリセットも用意されているので、これを試してみるのも手です。
人のしゃべり部分をハッキリさせてくれるExtract Dialog機能
さらに、“ブーン”という電源などからくるハムノイズを除去するためのDeHum、“ブチッ”、“バツン”といった衝撃音や“プチプチ”というレコードのノイズなどを取り除くためのDeClick、さらには完全なレベルオーバーでやっちゃったクリップノイズを取り除くDeClip……と、ノイズリダクション機能が効果的で使いやすくとにかく充実しています。
クリップした部分を修復してくれるDeClip 2
いわゆるノイズ除去とはちょっと違い、まさにオーディオ修復機能として結構使えるのがVitalizeという機能。これは高域を削りすぎたとか、思い切りオーディオ圧縮をかけた結果、高域を失ってしまったというような場合に使うと、消えた高域をうまく復元してくれるというもの。いろいろな場面で活躍してくれそうです。
圧縮オーディオで欠落してしまった高域を復元してくれるVitalize
これらは、Acoustica 7の一機能として搭載されているのですが、実は、このノイズ除去機能は、Restoration Suiteというプラグイン集としても入っており、Acoustica Premium Editionをインストールすると、CubaseやStudio One、Ability、Ableton LiveをはじめとするDAWでも利用できるようになるというのも、大きな魅力の一つですね。
Cubase上でVST3プラグインとして機能させたDeNoise 2
ちなみに開発元のAcon Digitalサイトでは、Restoration Suiteというプラグイン集単独でも販売していますが、ちょっと割高。実はAcoustica Premium Editionにはマスタリング機能のためのプラグイン集、Mastering Suiteもセットで入っていて、この2つのプラグイン集を買うと、余裕でAccoustica Premium Editionの価格を上回ってしまうので、国内ではあえて扱っていないようですね。
マスタリング用のEQであるEquailze 2をCubaseのプラグインとして使った画面
そのマスタリング機能についても、少し見てみましょう。一般にマスタリングというとEQとコンプ/リミッター、マキシマイザーで音を整えていくわけですが、Acosticaにはそうした機能が、しっかりと整っているのです。
Acoustica 7.3上で起動させたEquailze 2
具体的には、5バンドのパラメトリックEQであるEqualize、コンプ/マキシマイザー的に利用するDynamics、周波数帯域ごとに音を調整するMultiband Dynamics、最終的な音がクリップしないように見守るLimit、そして24bitや32bitで作りこんだ曲を16bitのCDに収める際に利用するDitherのセット。これらも、各DAWで利用できる一方、Acoustica内であれば、プラグインとしてではなく、編集機能の一部として統合的に使えるようになっているのです。
んな感じで、Acoustica上で編集もできるし、DAW上のプラグインとしても各機能が使えるようになっているわけですが、Acoustica Premium Editionの場合、プラグインとしてではなく、本体で使うことの大きな意義は、スペクトル編集ができること。これもiZotope RXやSteinberg WaveLab、SpectraLayersなどでできる機能ではあるのですが、オーディオを波形ではなくスペクトルで見ることにより、たとえばクラシックコンサートでの演奏の録音データの中から、客席から聴こえる咳払いや、くしゃみの音を見つけ出して、そこを取り除く……といったことが可能になります。
モード設定の切り替えによりスペクトル編集も可能
もっとも、こうした音の修復は、どのソフトを使っても基本的には手作業となり、時間を要するものではありますが、Acoustica Premium Editionでは、そうしたこともしっかりできるようになっているんですね。
そしても、もう一つAcoustica 7.3になったタイミングで追加された大きな機能が、2chミックスされたCDなどを、ボーカル、ピアノ、ベース、ドラム、その他に分解するRemix機能。試しにDTMステーションのレーベルであるDTMステーションCreativeからリリースした小寺可南子さん歌唱の「Appricieation 100」のCDからリッピングしたデータを読み込ませて試してみたのが以下のビデオです。
どうですか?きれいに、ボーカルを消したり、ドラムだけを抜き出したりできますよね。iZotope RX 8にもMusic Rebalanceという機能がありますが、それとかなり近い機能。これもディープラーニングを利用して実現しているとのことですが、ステムに分解することができたり、ボーカルだけをより強めに出すとか、ベースを控えめにする……といった調整ができてしまうので、さまざまな使い方ができそうです。もちろん、耳コピ用に活用するのも手だと思います。
ステムに分解したうえで、それぞれの音量バランスを調整することができる
と、ここまで、上位版のAcoustica Premium Editionと標準版のStandard Editionを細かく区分けせずに紹介してきましたが、やはりオーディオ修復機能にも、マスタリング機能にも、違いがあるし、スペクトル編集機能においてはPremium Editionのみの機能となっています。
そのため、個人的には、上位版のAcoustica Premium Editionがお勧め。iZotopeのRX Standardと比較しても半額以下の価格ですからね。とはいえ、できる限り安く抑えたいという方はStandard Editonという手もあります。細かな違いは、以下の表(詳細はクリックしてください)にあるので、検討してみてください。
Ascoustica Premium Edition / Standard Edition 比較表
Acousticaはあまりにも多彩な機能を持ったソフトだから、ここで紹介できたのは、そのほんの一部機能にすぎません。その意味でもiZotope RXよりもずっとカバー範囲が広いソフトなわけですが、RX 8 Advancedが持っているようなAIでフルオートでノイズ除去をする機能などが整っているわけではありません。やはり13万円以上するRX 8 Advancedだからこそできる面も多いので、何をしたいのか切り分け考える必要はあると思います。
実際、どの程度のことができるのかは、一度試してみるのも手。国内販売サイトであるbeatcloudの製品ページから30日間フル機能が利用できるトライアル版がダウンロードできるようになっているので、まずはそこから試してみてはいかがでしょうか?
30日の期間限定で、Premiu EdtionでもStandard Edtionでもフル機能使うことができる
とりあえず無料でAcoustica Premium EditionでもStandard Editionでも使うことができる
実は、Premium EditionもStandard Editionも、インストーラーは同じなので、このトライアル版をインストールし、起動すると、トライアル時には、どちらを立ち上げるかを毎回聞いてくるのです。そのため、自分のしたいことが、どちらのEditionで使えるのかを簡単に比較することができるのです。
そして、どちらを買うかが決まったら、beatcloudからライセンスを購入し、この起動時の画面の名前とライセンスキーを入力すれば製品版に変身するという仕掛け。その点でも、無用な体験版を入れるわけではないので、扱いやすいところです。
ちなみに、前述のプラグインについては、Editionに関係なく、すべてのプラグインが各DAWから見えて、使えるようになります。その際、毎回DEMO MODEという画面が最初にでるので、「Run Demo」というボタンを押して起動する必要があること、どのプラグインがPremium Editionに含まれているもので、どれがStandard Editionにもあるものなのかは、先ほどの表で確認するしかないのですが、プラグインもフル機能30日使えるので、実際の音はこれで確認できるはずです。
なお、価格的にいうと、本国サイトで購入してもbeatcloudで購入しても、ほぼ同額。ただし、beatcloudで購入した場合のみ、135ページにおよぶ、かなりしっかりした日本語のPDFマニュアルが入手可能。もちろん、日本でのサポートも受けることができるので、日本のユーザーであれば、本国サイトで購入するメリットはなさそうですね。
以上、ノルウェイから来たAcousticaというソフトについて紹介してみましたが、WindowsユーザーでもMacユーザーでも無料で一通り使うことができるので、まずはここから試してみてはいかがでしょうか?
【関連情報】
Acoustica Premium Edition製品情報
Acoustica Standard Edition製品情報
【価格チェック&購入】
◎beatcloud ⇒ Acoustica Premium Edition
◎beatcloud ⇒ Acoustica Standard Edition