DTMステーションでは、ときどき昔の製品カタログを引っ張り出して、振り返る記事を書いていますが、今回取り上げるのは今からちょうど30年前、1991年に発売されたRolandのMIDI音源モジュール、Sound Canvas SC-55についてです。売れた数という面では、SC-55の後継機種であったSC-55 mkIIのほうが圧倒的ではあったはずですが、やはり初のGS音源として登場したSC-55の意義は大きく、その後のMIDIの世界に大きな影響を与える機材だったと思います。
Rolandが初のDTMセット製品、ミュージ君を発売してから3年。MT-32、CM-64で培ってきた音色配列を突然捨てて、新たな音色配列のフォーマットGSスタンダードなるものを打ち出したことに対し、多くのユーザーが戸惑ったのも事実です。実はこの時点ではGM規格自体が登場する前であり、あくまでもRolandの独自規格だったのです。当時69,000円(税別)で発売されたSC-55とはどんな音源だったのか、改めて振り返ってみたいと思います。
1991年に登場したSound Canvas SC-55(上)とSound Brush SB-55(下)
以前「DTMのルーツ、1988年に登場したミュージくんの衝撃」という記事を書いたことがありましたが、MT-32を音源にしたミュージ君が発売され、その翌年、ミュージ君の上位版としてCM-64を音源にしたミュージ郎が大ヒット製品となったこともあり、世の中は第一次DTMブームとなっていったのです。
この当時、日本国内はNECのパソコン、PC-9801がトップシェアを取っており、まだWindows登場前のMS-DOSの時代。現代のパソコンの処理能力と比較すると1/1000もなかったころなので(MIPS値で比較)、DAWが存在しないどころか、オーディオの入出力すらできないし、もちろんソフトウェア音源などというものは考えもつかない時代のことです。そのため、当時のDTMは外部に音源を接続し、MIDIで鳴らしており、そのMIDI音源としてMT-32やCM-64が流行っていたのです。
まだYAMAHAがHELLO!MUSIC!を発売する前だったため、DTMはほぼRolandが独占していました。趣味でDTMの打ち込みをしたユーザーは、まだインターネットが普及するはるか前の時代だったため、NIFTY-ServeやPC-VAN、また全国各地にある草の根BBSといわれるパソコン通信を使って楽曲データをやりとりしており、MT-32やCM-64のデータで作っていれば、多くの人たちとやりとり可能となっていたのです。もちろん、YAMAHAのFB-01など、まったく異なる音色配列のマルチティンバー音源もあり、そららとどうやりとりするのか……という議題はあったものの、シェアの面では、圧倒的にRolandが強かったのです。
そんな中、1991年3月に突然Rolandが、まったく新たなGSスタンダードという音色配列フォーマットを打ち出すとともに、Sound Canvas SC-55というハーフラックサイズの音源を発売したのです。一応MT-324配列も残ってはいたものの、シンセサイザとしては従来のLA音源を捨てた完全なPCM音源だったため、従来のMT-32/CM-64用の楽曲を再生しても音色が大きく変わってしまったり、だいぶニュアンスが違ったため、ミュージ君/ミュージ郎ユーザーからは反発も多かったように思います。
またSound Canvas SC-55と兄弟機としてSound Brush SB-55という機材も登場し、こちらは59,000円で発売されました。サイズ的にもほぼ同じSB-55には3.5インチのフロッピーディスクドライブが搭載されており、MIDIファイルが入ったフロッピーディスクを入れれば、それを再生することができるようになっていたのです。つまり、SB-55とSC-55とMIDI接続すれば、パソコンなしに演奏できた、というわけなのです。
まだスタンダードMIDIファイル自体が登場して間もなかったこともあり、GSスタンダードとスタンダードMIDIを、2つのスタンダードとして打ち出したんですよね。
GSスタンダードとスタンダードMIDIの2つのスタンダードを打ち出していた
スタンダードMIDIファイルのFormat 0/Formart 1の両方に対応したSB-55ではありましたが、パソコンがどんどん普及していった時代であったこともあり、そこまで大きなニーズは続かず、後継機種は出なかったと記憶しています(GS音源搭載のMIDIプレイヤーとしてSD-35などはありましたが…)。
SC-55についての発表会での資料
さて、そのSC-55をもう少し詳しく見ていきましょう。前述の通り、これはPCM音源でありつつ、TVF、TVAを備えたデジタルシンセサイザという位置づけのもの。GSスタンダード対応を含む187音色、8ドラム・セット、1SFXセットに加え、MT-32配列の128音色、1ドラムセットを内蔵するというものとなっていました。
パート的にはMIDI 16chすべてを使う16パートのマルチティンバーしようで、最大同時発音数は24音。またリバーブとコーラスのデジタルエフェクトを搭載していたことも大きな特徴として打ち出していました。さらに、オレンジ色に黒で表示されるディスプレイを採用し、各パートの音量レベルをグラフィカルに確認できたというのもポイントで、再生時に各パートをミュートできるミュート機能を装備したことから、簡単に任意のパートの演奏のみを聴いたり、マイナスワン演奏などが実現できるようになっていました。
発表会での資料の目次を見るとJD-800やS-750が同時発表となっていた
ちなみにその時の資料を見ると、SC-55やSB-55と同時発表になっていたのが、先日「小室哲哉さんが音色番号53を駆使したRoland JD-800、30周年を記念してプラグインで復活!もちろん全プリセットも完全復元!」という記事でも取り上げたJD-800。また、サンプラーのS-750などもこのときだったようですね。
そのSC-55、今でも手元にあるので電源を入れてみたところ、まったく問題なく動作してくれました。試しにCubase Pro 11にMIDIファイルを読み込んで、SC-55を流してみたところ、当時と同じように動いてくれます。やっぱり昔の機材は、長持ちですよね。
なお、このSC-55はあくまでも単体での発売であり、ミュージ郎シリーズとしてはリリースされていません。GS音源がミュージ郎シリーズとして登場したのはその年の11月で、CM-300という中身はSC-55ながら、ディスプレイやボタンなどがない、のっぺらぼう音源を採用したミュージ郎300が最初。またこのCM-300と同時に、MT-32(CM-32)相当のLA音源も搭載したCM-500が入ったミュージ郎500もリリースされています。
ミュージ郎シリーズとして初めてのGS音源となったミュージ郎300とミュージ郎500
ここに掲載した資料などからもわかる通り、当初RolandはGSスタンダード、と呼んでいました。一方で、MIDI協議会(現在のAMEI)においては、各社共通の音色配列フォーマットを作ろうという話が進んでいたようで、結果的にRoladのGSの基礎となる128音色を取り出してGM=General MIDIとして各社合意し、世界標準へとなっていきました。それに伴い、RolandのGS/GMといった表記にするとともに、GSスタンダードとは言わなくなったようです。GMがどのようにできたかの経緯については、私もリアルタイムには知らないので、今度機会があれば、関わった方などに話を聞いてみたいない…と思っています。
なお、GS音源は、現在Roland CloudでSound Canvas VAというソフトウェアとして復活しており、WindowsやMacで利用することが可能です。この記事を読んでSC-55を懐かしく思う方、昔のMIDIデータが手元に残っている再生してみたい、という方はぜひ試してみてはいかがでしょうか?
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