2020年9月8日、独立行政法人国立科学博物館(東京都台東区)が2020年度の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」として16件を発表しました。DTM関連の世界では、すでにRolandのTR-808が未来技術遺産として登録されていましたが、今回、ミュージくん(1988年発売)、MIDI 1.0規格書(1984年リリース)、さらにはドンカマの愛称で知られる国産初のリズムボックス市販機、KORGのドンカマチック(1963年発売)などが殿堂入りとなりました。
中でもミュージくんは、DTM=デスクトップ・ミュージックの原点ともいえるものであり、DTMという言葉自体がミュージくんの登場とともに生まれたもの。そのミュージくんが未来技術遺産になったというのはDTMステーション的には感無量ともいえる出来事。そこで今回のミュージくんの殿堂入りをお祝いさせていただくとともにミュージくんとはどんなものだったのか、私の手元にある当時のカタログを見ながら振り返ってみたいと思います。
今回未来技術遺産に登録された1988年発売の初のDTMパッケージ製品、ミュージくん
国立科学博物館の産業技術史資料情報センターでは、日本国内の科学技術史において「科学技術の発達上重要な成果を示し、次世代に継承していく上で重要な意義を持つもの」や「国民生活、経済、社会、文化の在り方に顕著な影響を与えたもの」に該当する資料を選定し、「重要科学技術史資料」として登録を行っています。
その重要科学技術史資料に今回、ミュージくんが登録されたわけですが、国立科学博物館はその選定理由として、以下のようにコメントを出しています。
ミュージくんとともにDTMという言葉がローランドによって生み出された
作曲という行為は楽器を演奏できることや、音楽知識が必要とされてきたが、デジタル技術の進歩とMIDIという楽曲データ伝送方式の標準化の実現によって、パーソナルコンピュータ(PC)で作曲・演奏できる環境が実現された。本機は今ではPCによる音楽制作用語となったDTM(Desktop Music)を実現するパッケージ商品の市販一号機である。PCで音楽を作るために必要なハード、ソフトが一式セット(PC本体は除く)されたバンドリング・パッケージであり、作曲したくても楽器を演奏できない人たちなど多くのホビー層に、PCの画面上でグラフィカルに作曲や編曲など音楽制作することを普及させた。プロの音楽家からアマチュアまで、現在では常識であるデジタル手法による音楽づくりの世界を広げた製品として重要である。
このミュージくんが発売されたのは、1988年、私が大学4年生のとき。すぐに入手し、本当にいっぱい使った記憶がありますし、実はいまもその時の音源、MT-32が手元にあるので、先ほど電源を入れてみたところ、しっかりと動いてくれました。
改めて紹介すると、これは当時のパソコン、NECのPC-9801用に発売されたDTMをするための機材一式をまとめた製品。すでに発売されていたMIDI音源モジュールのMT-32、同じくすでに発売されていたPC内蔵型のMIDIインターフェイスMPU-PC98、それに音符入力型のMIDIシーケンサ=スターター・ソフトウェアをセットにしたパッケージとなっていました。
ミュージくんはMT-32、MPC-PC98、シーケンサソフトをセットにした製品だった
まだマウスでの操作すら珍しい時代でしたが、このミュージくんのソフトウェアは、ほとんどすべてマウスで操作するという点でもユニークなシステムだったのです。
シーケンサソフトであるスターター・ソフトウェアのミキサー画面
もちろんソフトシンセやエフェクトのプラグインなんてまったくない時代。オーディオをパソコンで扱うなんて、処理能力的に不可能……と言われていた時代でしたが、MIDI信号でMT=32を鳴らすことで、まるでCDを聴いているかのようなサウンドが飛び出してきたことに驚かされました。デモ曲として入っていた1曲目が、MadonnaのPapa Don’t Preachだったのですが、こんなクォリティーのサウンドがだせるのかと、これを聴いたときの感激は今でも忘れられません。
スターター・ソフトウェアの操作画面
もっともすでにFM音源など、パソコンに内蔵される音源はあったのですが、どうしても陳腐なサウンドであり、コンピュータが出せる音なんてしょせんそんなもの……と思われていたのです。そんな中登場した、このミュージくんのMT-32はLA音源というPCMをコアに置いた非常にリアルなサウンドを出すことができ、128シンセサイザー音色+30リズム音色を装備し、それを9パート同時に演奏できるという画期的なシステムだったのです。最大同時発音数は32音、しかも当時はまだ珍しいデジタルリバーブを搭載した音源という点でも、すごい内容でした。
ちなみにコンピュータのシステム的にはMS-DOS上で動くものとなっており、PC-9801の内蔵スロットに入れたMPU-PC98のMIDI OUTをMT-32のMIDI INに接続。それをスターター・ソフトウェアというシーケンサで鳴らしていたのです。
ちなみに、発売当初は日本に消費税が導入される直前であり、定価で99,800円という製品。今から考えても、かなり高価なものだったと思いますが、そんな価格の製品が飛ぶように売れていたのですから、まさにバブル時代だったのかもしれません。
一方、昔のDTMをご存知の方にとっては、ミュージくんよりもミュージ郎のほうが馴染みがあるかもしれません。そのミュージ郎は、ミュージくんが登場した翌年の1989年にミュージくんの兄貴分として登場したもの。MT-32の上位互換となるCM-64という音源を搭載するとともに、シーケンサ機能も強化されて158,000円で発売されたのです。また、そのシーケンサ機能をさらに進化させたものが、その後ダイナウェアというソフトハウスからBalladeという名前で発売されています。
さらに、それ以降、Rolandはミュージ郎Jr.BOARD、ミュージ郎55、ミュージ郎300、ミュージ郎500、ミュージ郎5500……などミュージ郎シリーズとして製品展開していったので、ミュージくんの名前はあまりポピュラーではなかったかもしれません。ただし、初代機でミュージくんの名前が完全になくなったというわけではなく、その後エントリー製品としてミュージくん2、ミュージくん88、Vミュージックん(バーチャルミュージくん)シリーズなんていうものもソフトウェア音源版も登場したりしていました。
ミュージくんについて、簡単に振り返ってみましたが、懐かしく感じられた方も多いのではないでしょうか?今回の未来技術遺産への登録を改めてお祝したいと思います。
ミュージくんなどDTMの黎明期の連載をまとめた電子書籍「DTMの原点」
なお、ミュージくんやミュージ郎など、30年ほど前のDTM話を連載した「DTMの原点」という記事をまとめた電子書籍をインプレスからリリースしています。興味のある方はぜひご覧になってみてください。
※2020.9.13追記
記事公開後、SNSでも大きな話題になった中、ミュージくんの発表がいつだったのか、発売日がいつだったのか…という議論になりました。そこで調べてみたのが当時大学4年生だった私が月刊マイコン(電波新聞社発行)の記事。ミュージくん発売直後に記事を書いた覚えがあったので探してみたところ、6月18日発売の1988年7月号の特集記事が見つかりました。その1ページがこちら。
30年以上も前から同じようなことをしていたわけですが、この記事の冒頭に“3月末頃、電波新聞を読んでいたとき、ふと「DESK TOP MUSIC SYSTEM『ミュージくん』Rolandより発売」という記事を見つけました”とあります。つまり3月末にプレスリリースが行われたと思われますが、この情報だけでは日付を特定できません。そうした中、当時のRolandの担当者であり元役員の方から寄せられた情報がこちら。
当時の新聞の切り抜きですが、この日付が3月29日となっているので、プレスリリースが出されたのは3月28日、またこの文面には4月28日発売と記載されており、役員の方も「ゴールデンウィーク前の発売だった」と話されていたので、この日で間違いないようです。レアな情報が発掘されたので、記録のためにここに記載しておきました。
※2020.09.24追記
2020.09.15に放送した「DTMステーションPlus!」から、第159回「Serato StudioがDTMをお洒落にトラックメイキング♪」のプレトーク部分です。「DTMの原点、Rolandの『ミュージくん』が未来技術遺産に登録。MIDI 1.0規格書や、KORGのドンカマチックも同時に殿堂入り」から再生されます。ぜひご覧ください!
【関連情報】
パソコンでの音楽制作を広く普及させた『ミュージくん』が国立科学博物館の「重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)」に登録(ローランド・プレスリリース)
令和 2 年度 国立科学博物館「重要科学技術史資料(愛称:未来技術遺産)」16 件の登録について(国立科学博物館・プレスリリース)
【関連書籍】
◎Amazon ⇒ DTMの原点 Vol.1
◎Amazon ⇒ DTMの原点 Vol.2
◎Amazon ⇒ DTMの原点 Vol.3
◎Amazon ⇒ DTMの原点 Vol.1~Vol.3合本版