先日発売されたAntelope Audioの新ラインナップ、Zen Tour Synergy Coreはデスクトップに置く18in/26outのUSB&Thunderbolt3オーディオインターフェイスでありながら、内部にFPGAを2基とDSPを4基搭載したことで、ほぼゼロレイテンシーで多彩なエフェクト処理ができる、まさに業務用レコーディングスタジオともいえるスーパーシステムです。
モニター出力130dB DNRを実現するZen Tour Synergy Coreにはプロ御用達のビンテージのアウトボードのコンプやEQ、マイクプリ、ギターアンプシミュレータなど計36種類のエフェクトが標準で搭載されているほか、世界最速・ほぼゼロレイテンシーでピッチ処理可能なAuto-Tuneがオプションで用意されているなど、まさに独自の世界を突き進んでいる機材です。税別24万円と、かなりいい値段ではあるけれど、その値段を遥かに超える価値を持つこの機材を試してみたので、どんなものなのか紹介してみましょう。
FPGAとDSPを組み合わせたSynegy Coreを搭載するAntelopeのZen Tour Synergy Core
高精度なクロックで広く知られるヨーロッパのメーカー、Antelope Audioは、ほかのオーディオインターフェイスメーカーなどとはまったく異なる独自の世界を突き進む、非常にユニークな思想の会社です。
Zen Tour Synergy Coreのトップパネル
先日リリースされたZen Tour Synergy Coreは、2016年に発売されたZen Tour(以前、「Antelopeの超高機能USB/TBオーディオIF、Zen Tourを触ってみた」という記事で紹介しています)の後継にあたるシステムで、見た目もよく似たデスクトップに設置する機材ですが、中の設計は完全に変わり、比較にならないほど高機能・高性能に生まれ変わっています。
Zen Tour Synergy Coreのリアパネル
最大のポイントはAntelope独自のプラットフォーム、Synergy Coreというものを中枢に置いていること。Synergy CoreはFPGAチップとDSPチップを1つに統合した非常にユニークな技術で、FPGAのDSPのいいとこどりをしたアーキテクチャです。
Synegy CoreはFPGAとDSPを組み合わせてお互いのデメリットをカバーしつつ最大限のパワーを発揮するエンジン
※2020.7.20追記上記の図はOrion Studioの説明であり、Zen Tour SCに搭載されているARM DSPは4つです。
「そもそもFPGAもDSPもよくわからない…」という方も多いと思いますが、以前「いまさら聞けない、DSPって何!?」という記事も書いているので、そちらも参考にしてみてください。誤解を恐れずにザックリと言ってしまうとFPGAはファームウェアの書き換えで自由自在に回路を組み替えることができるICで、DSPはプログラムによって高速にエフェクト処理などを行える小さなコンピュータ。従来、AntelopeはFPGAを中心にシステム設計をしていました。ただFPGA単体では構造上再現が困難、または不可能なエフェクトの実装のために、FPGA+DSPというハイブリットプラットフォームを開発したようです。
Zen Tour Synergy Coreには標準で36種類のエフェクトが装備されている
その結果、PCのCPUパワーを必要とせずに、Zen Tour Synergy Core本体内で処理できる、ディレイなど時間変化を司るエフェクトが数多く追加されました。そのSynergy Coreでリアルタイム処理できるエフェクトが標準で36種類の付属してくるのですが、具体的な内容はAnelopeのページをご覧ください(https://en.antelopeaudio.com/products/zen-tour-synergy-core-real-time-fx/)。
ニアゼロレイテンシーでリアルタイムに動作するAuto-Tune Synagry
一方、オプションの扱いではあるのですが、Synergy Coreの目玉として誕生したのがAntares Audioと共同開発したAuto-Tune Synagryです。これ、見た目はまさにAuto-Tuneそのものですが、そのピッチ処理をニア・ゼロレイテンシーでできるというものであり、数あるAuto-Tune製品の中で最速処理を実現しているのが大きな特徴です。機能としては自動キーおよびスケール検出により、Retune Speed、Flex-Tune、および Humanize パラメータを完全に調整可能。またClassicモードにすることで、Auto-tune 5と基本的に同じものにすることが可能となっています。とにかくリアルタイムでゼロレイテンシーの処理ができるのが重要なポイント。レイテンシーのないAuto-Tuneを手に入れるためにZen Tour Synergy Coreを導入する、というユーザーも結構いるようです。
LA-2Aを再現するOPTO-2A
さらに、このFPGAとDSPを組み合わせたSynergy Coreに向けてOpto-2A、Comp-4K-Busというエフェクトも開発されています。見ればわかる通りOpto-2Aは光学式コンプレッサのLA-2Aを再現するもの、Comp-4K-BusはSSL 4000 Gコンソールに搭載されたバスコンプを再現するもの。いずれもオプション扱いとはなっていますが、やはりほぼゼロレイテンシーで処理できるという意味でも魅力的なエフェクトだと思います。
SSL 4000 Gに搭載されているバスコンプを再現するComp-4K Bus
なお、このSynergy CoreというアーキテクチャはこのZen Tour Synergy Coreで初めて登場したわけではなく、これまでも3つの製品がリリースされていました。このZen Tour Synergy Coreは4つ目の製品に相当するのですが、各製品に入っているFPGAおよびDSPの数は以下のとおり。
FPGA | DSP | |
Discrete 4 Synergy Core | 1 | 2 |
Discrete 8 Synergy Core | 1 | 2 |
Zen Tour Synergy Core | 2 | 4 |
Orion Studio Synergy Core | 2 | 6 |
FPGAやDSPの数によって、処理できる能力が変わってくるのですが、先ほどのAuto-Tuneをニア・ゼロレイテンシーで動かすことが主目的で、そこまで多くのエフェクト処理を必要としないのであれば、一番エントリー機にあたるDiscrete 4でもいいかもしれません。
一方で、Antelopeというとクロックを思い浮かべる人も多いと思いますが、このZen Tour Synergy CoreもAntelope 64-bit DDSクロッキング & ジッターマネジメントアルゴリズムというものが搭載されたAntelopeのならではの最高品質サウンドが得られる点は間違いありません。
Zen Tour Synergy Coreのシステムセッティング画面
ところで、このZen Tour Synergy Coreを使ってみて、最初に戸惑うのは、そのあまりにも自由度が高すぎるルーティングについて。ドライバ・ユーティリティをMacやWindowsにインストールし、USBまたはThunderbolt3で接続。Antelope LauncherからZen Tour Synergy Coreのコントロールパネルを開くと、まずカラフルなルーティング画面が登場してきます。初めてAntelope製品を使った人だと面食らうと思います。
すべてルーティング設定することによって、信号の流れが決まる仕組み
上がFROM、下がTOとなっているのですが、下から上へとパッチングして信号接続をする仕組みになっているのです。そしてそのパッチングをしないと何もできないのです。もっともプリセットのパッチングが用意されているので、とりあえず音を出すことはできると思いますが、ここを理解しないとどうにも次のステップへ進めません。一般的なオーディオインターフェイスであれば、こんなことをしなくても、1chに入った信号はDAWの1chのポートに、2chに入ったものは2chに入ってくるのが当然ですが、Antelope製品の場合、すべてが自由なんですね。
マトリックス画面で信号の流れをチェックできる
ルーティングのマトリックスの画面も用意されているので、これを使ったほうが分かりやすい人もいるかもしれませんが、Zen Tour Synergy Coreに限らず、DiscreteやOrionも含め、これらAntelope製品を普通のオーディオインターフェイスと同様に考えないほうがよさそうです。
分かりやすく表現すれば、業務用のレコーディングスタジオのシステムそのもの。スタジオではコンソールやアウトボードのエフェクトを含め、まず最初にパッチングしていき、信号の流れを設定していくわけですが、それと同じ仕組みですね。
すべてM(ミュートというかパッチを外した状態)にしてからルーティングするとわかりやすい
たとえば1chのプリアンプに入ってきたギターをAFX INにルーティングすると、ギターがエフェクトラックに入ってきます。ここで、ギターアンプシミュレータなどをかけると、その音はAFX OUTから出てくるので、AFX OUTをミキサーの1chにルーティングすることでミキサーにエフェクトのかかった音が立ち上がってきます。さらに、同じギターの元のプリアンプからの音をミキサーの2chにもルーティングしておくと、ミキサー上で、ドライ音とウェット音を調整することが可能となるわけです。
32chのミキサーが4つ用意されている
この内部ミキサーは32chあるのですが、それが4つ独立して存在しているので、どのようにルーティングするかはまさに自由自在。こうしてミックスした結果をMIX1 L/RからHP1へルーティングするとヘッドホンから出てくるし、COMP RECへルーティングするとDAWへ入れることができ、エフェクトがかかって、ドライ・ウェットのバランスをとった状態でレコーディングできる……といった具合。
その辺をしっかり管理しないと使うことはできませんが、レコーディングスタジオを分かっている人であれば、ものすごくわかりやすく、高性能なシステムであることが理解できると思います。
複数のエフェクトを組み合わせたプリセットも数多く用意されている
多くのオーディオインターフェイスだとサンプリングレートが上がると、使えるエフェクトチャンネル数が減っていったりしますが、Zen Tour Synergy Coreは44.1kHzでも192kHzでもまったく同じように使うことができ、エフェクトの数が減ったりもしません。どのサンプリングレートにおいてもシステムの理論上は最大256のエフェクトを同時に動かすことができるというパワフルさもほかにはない特徴だと思います。
数多くのビンテージエフェクトをFPGAおよびDSP処理で利用できるということで、よくUniversal AudioのUAD2システムと比較されることがありますが、このルーティングからも想像できるとおり、まったく考え方の異なるシステムになっています。ApolloなどUAD2のシステムではDSPパワーをDAWの中のエフェクト処理に使っているのに対し、AntelopeのZen Tour Synergy Coreなどの場合は、DAWとは別にあるスタジオシステムになっていて、その中にエフェクトなどもあるのです。
DAWのプラグインにSynegy CoreのエフェクトwルーティングさせることができるAFX2DAW
そのスタジオシステムとパッチングしてMacやWindows上のDAWと接続してやりとりするシステムであるため、普通のオーディオインターフェイスとは大きく違うのです。とはいえ、DAW内でFPGAとDSPで動作するSynergy Coreのエフェクトを使いたいというケースもあると思います。その場合、MacでThunderbolt3接続した場合に限定されてますが、別売のAFX2DAWというツールを使うことで、プラグインの形で利用することが可能になります。ただし、これはあくまでもプラグインのようなふりをしてZen Tour Synergy Core内部のエフェクトにルーティングしているので、CPUベースで動くプラグインやUAD2などとは挙動が異なるのも理解しておくべき点でしょう。
標準の36種類のエフェクト以外にもさまざまなものがある
わかりやすい例としては、エフェクトを通じてバウンスするという場合でも高速処理するオフラインバウンスは不可能で、必ずリアルタイム時間をかけた処理が必要となります。ここをデメリットと捉えるかどうかは人それぞれですが、DAWからスタジオのシステムにつなぎこんでいると考えれば当然のことでもありますよね。
ここまでのことからも想像できるとおり、Zen Tour Synergy CoreはMacやWindowsと接続して使うことは可能ですが、USBやThunderbolt3での接続を切り離しても、スタジオシステムとしてそのまま動作するというのもほかのオーディオインターフェイスとは大きく異なる点。パッチングやエフェクトの設定を自由に行うためにPCで動作するZen Tour Synergy Coreのコントロールパネルが存在する、と捉えてもいいのかもしれません。
以上、Zen Tour Synergy Coreとはどんな機材なのか、その基本的な概念を含め簡単に紹介してみましたが、お分かりいただけたでしょうか?ここで紹介したのは、あくまでもZen Tour Synergy Coreの触りの部分だけ。自由度が高いシステムであるだけに、本当にさまざまな使い方ができそうです。
もちろんそのクォリティーは業務用のスタジオレベルであり、それがゼロレイテンシーで動作するという点もほかとの大きな違いです。DTM用途のオーディオインターフェイスと考えると高価ではありますが、レコーディングスタジオのシステム、クォリティーが、この価格で手に入ると考えると、激安な機材であるといえるかもしれません。
モデリングマイク、Bitwig Studio 3、FX Packがもらえるキャンペーン実施中
Antelope Audioでは6月1日から、Zen Tour Synergy CoreほかSynegy Coreを搭載したオーディオインターフェイスを購入すると、The All-in-One Production Suiteがもらえるというキャンペーンをスタートしました。
The All-in-One Production SuiteとはEdge Solo、Bitwig Studio 3の2つセット。簡単に紹介すると、最大の目玉はEdge Soloというモデリング用のコンデンサマイクがもらえるという点。Edge Soloはシングルカプセルでラージダイアフラムを持つコンデンサマイクで単体の実売価格が68,000円程度のもの。それ自体、いいマイクではあるのですが、単なるマイクではなく、Antelopeのマイクモデリング技術により、さまざまな著名クラシックマイクにエミュレーションすることが可能なのです。上位機種である、EdgeやEdge goについては以前も記事で紹介しているので参考にしてみてください。
2つ目のBitwig Studio 3はこれまでもDTMステーションで何度も取り上げてきたDAW。エントリー版のBitwig Studio 8-Trackではなく、最上位版であるBitwig Studio 3がもらえてしまうのも太っ腹なところです。
そして3つ目のFX Packは、標準で付属する36種類のFXではなく、オプションとなっているFXの詰め合わせ。ここには、ニューヨーク生まれのコンプレッサー、フィンランドデザインのペダル、その他多くのソフトウェアモデルのFXが含まれています。
※2020.7.20訂正 上記はキャンペーンにかかわらずZen Tour Synegy Coreに含まれています。お詫びして訂正いたします。
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Zen Tour Synergy Core製品情報
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