Rolandが2017年から展開していたクラウド型ソフト音源サービス、Roland Cloudをご存知でしょうか? サブスクリプションサービスの形で契約することで、Rolandのビンテージ音源のプラグインを中心とした数多くのソフト音源や音色データが利用できるというもので、すでに活用している人も少なくないと思います。ただRoland Cloudは海外が主体で展開していたサービスであったこともあり、国内ではあまり積極的なプロモーションはされていませんでした。
しかし、このたびそのRoland Cloudが大きく進化し、料金体系なども一新。そしてこのタイミングでZENOLOGY(ゼノロジー)というユニークなソフトシンセがその目玉音源としてリリースされました。ZENOLOGYはRolandの現行ハードウェア製品であるJUPITER-X/XmやFANTOM、RD-88などに搭載されているサウンド・エンジン、ZEN-Coreをソフトシンセとして実現するもの。VST、AU、AAXのプラグインとしてCPUベースで動作するものの、ハードウェア製品とまったく同じ性能を持つエンジンとなっています。ここにはFANTOMやJUPITER-X/Xmと同じプリセットを3000音色以上搭載するとともに、JUNO-106 ChorusやSDD-320など高品位なエフェクト90種類も搭載。まさに最新で、超強力な音源であると同時に、各ハードウェアとも音色データのやりとりが可能となっています。そこで、この新しくなったRoland Cloudがどんなものであり、ZENOLOGYとは何モノなのか、そしてZENOLOGYはRolandのハードウェア製品は競合しないのか……などチェックしてみたいと思います。
Roland Cloudが一新し、新たな音源ZENOLOGYがリリース
Roland Cloudは、TB-303やTR-808、D-50やJUNO-106……などなど、数多くのビンテージ音源をRoland自らの手によってソフトウェア的に復刻し、VSTやAU、AAXのプラグインとして利用できるようにするサービス。そのサウンドのクオリティーの高さやバリエーションの多さから、世界中のユーザーに支持されてきたサービスです。
新しくなったRoland Cloudには4つのプランが登場
これまで1か月19.95ドル、12か月で199ドル、24か月だと349ドル、60か月だとさらに割引率が上がって799ドルという、契約期間による違いで料金が異なるというメニューでサービスで展開されていましたが、今回のリニューアルにより4つのプランに切り替わり、プランによって利用できる音源などに違いが出るようになりました。それぞれの内容は以下のようになっています。
・ZENOLOGY Lite
・ハードウェア用に用意されたサウンドパック(EXZ、EX-SNシリーズ)の入手
・ソフトウェア・インストゥルメント、サウンド、パターンのLifetime Keyの購入
・ZENOLOGY(標準版)
・Lifetime Keyの購入
・ZENOLOGYで使えるサウンドパック(EXZ、SDZシリーズ全タイトル)
・ZENOLOGY Pro(秋頃公開、それまではZENOLOGY標準版が使用可能)
・ZENOLOGYで使えるModel Expansionの全モデル(秋頃公開)
・Lifetime Keyの購入
・ZENOLOGYで使えるサウンドパック(EXZ、SDZシリーズ全タイトル)
・ACB/DCBのPlug-inシンセLegendaryシリーズからTR-808とD-50の2タイトル
・Anthology、Tera、Flavr、Drum Studioシリーズの全タイトル
・ZENOLOGY Pro(秋頃公開、それまではZENOLOGY標準版が使用可能)
・ZENOLOGYで使えるModel Expansionの全モデル(秋頃公開)
・Lifetime Keyの購入
・ZENOLOGYで使えるサウンドパック(EXZ、SDZシリーズ全タイトル)
・ACB/DCBのPlug-inシンセLegendaryシリーズの全タイトル
・ACB/DCBのPlug-inシンセSRXシリーズ全タイトルとSound Canvas
・Anthology、Tera、Flavr、Drum Studioシリーズの全タイトル
・サウンド・コレクションPatches & Patternsの入手
・R-MIX
とっても大雑把にいうと、従来のRoland CloudをすべてカバーするのはUltimateであり、そこに今秋公開される予定のZENOLOGY Proも使えるようになります。Proはこれまである約50種類のタイトルのうちのある程度が利用できるとともにZENOLOGY Proが使えるというメニュー。そしてCoreは本日公開されたZENOLOGYを存分に使うためのプランとなっています
ちなみにUltimateの中に、さりげなく「R-MIX」が復活していたのもちょっと驚いたところですが、これについてはまたどこかのタイミングで詳しく紹介できれば…と思っています。
Roland CloudにはTB-303やTR-808、JUIPITER-8などを含め約50種類のプラグイン音源が開発されてきた
なお無料のFreeにおいても一部機能に絞られたZENOLOGY Liteが使えるので、これでZENOLOGYとはどんな雰囲気なものなのか十分に体験できると思いますが、実はRolandアカウントに登録するタイミングで30日間、Ultimateが利用できるので、まずは誰もが全機能を利用することが可能となっています。
とはいえ、ずっと課金されるサブスクリプションというシステム自体が好きじゃない…という人もいるでしょう。そんな人のために、Lifetime Keyの購入というサービスもスタートしています。これは気に入ったソフト音源、サウンド、パターンを購入でき、その後は課金なしにずっと利用できるようにするというもの。特定の音源だけを使いたいというような場合には、割安なサービスといえるかもしれませんね。
さて、ここから改めて今回の目玉であるZENOLOGYについて見ていきましょう。先ほどのメニューにもある通り、ZENONOGYにはZENOLOGY Lite、ZENOLOGY(標準版)、ZENOLOGY Proの3種類がありますが、その主な違いは以下のようになっています。
以前「ローランド、三木純一社長インタビュー~シンセのゲームチェンジャ製品、JUPITER-X/Xmはどのように誕生したのか」という記事で、三木社長をインタビューした際、ZEN-Coreというサウンド・エンジンについて解説がありましたが、まさに現在のRolandのハードウェア音源の中枢ともいえるものです。FANTOM、JUPITER-X/Xm、RD-88、さらにはMC-707、MC-101、AX-Edgeなどにも搭載されており、多彩な表現力を持ったエンジンです。そのZEN-Coreとまったく同じ機能・性能をPC上のソフトウェアで再現するのがZENOLOGYであり、当然各ハードウェア音源とも互換性を持ち、データのやりとりも可能となっているのです。
ZENOLOGYと各ハードウェア音源間で音色データのやりとりも可能
では、FANTOMのすべての音をZENOLOGYでカバーできるのか…というとそうではないのも重要なポイント。FANTOMはZEN-CoreとともにV-PIANOの機能を備えたシンセサイザになっていますが、V-PIANOはZENOLOGYの範疇ではないので、そうしたサウンドはZENOLOGYでは再現できません。同様にRD-88はZEN-Coreに加えてSuperNATURAL PIANOを搭載していますが、SuperNATURAL PIANOはZEN-Coreとはまったく別のエンジンであるため、ZENOLOGYでは再現できない……といった具合で、それぞれハードウェア音源とは違いがあるのです。
ZEN-Coreはアナログ、デジタルを含めRolandの長年の歴史あるサウンドを再現できるサウンドエンジン
とはいえ、ZEN-Coreの部分としてはまったく同じエンジンなので、同じサウンドを出すことができるのです。もっとも、ZENOLOGYで再現できるのはZEN-Coreの1パート分。FANTOMの場合、ZEN-Coreを16パート搭載しているので、そこにも大きな違いはあります。もっともDAW上で、ZENOLOGYを16個立ち上げれば、同等のことが可能になるわけですが、それを実現できるかどうかはPCの処理性能次第となります。ちなみにZEN-Coreは1TONE=4パーシャルで構成されており、1パーシャルに2系統のLFOを装備している構成です。それがZENOLOGYでも同様になっているのです。
ZEN-Core Synthesis Systemを搭載したJUPITER-X
とはいえハードウェア音源には、それを演奏するためのキーボードやノブ、ボタンなど最適化されたコントローラが搭載されているのがポイントで、サウンドエンジンとコントローラーが一体となって楽器を形作っているのです。
FANTOM-6にはサウンドエンジンとしてZEN-CoreとともにV-PIANOも搭載している
もちろんプラグインのソフトウェアでもMIDIコントローラを使えばある程度の操作はできますが、そのレスポンスや解像度という面ではハードウェアにはかないません。さらに最終的にはD/Aを通じて音が出てくるわけですがPCのオーディオインターフェイスを経由して出てくる音と、ハードウェア音源内部のD/Aを通じて出てくる音では違いがあるので、結果的にはまったく同じニュアンス、同じ音というわけにはいかないかもしれません。そのため、ZEN-Coreを使ったハードウェア楽器と、ZENOLOGYが完全に同じであるとは言えない面もあるのですが、エンジンとしてはPC上で完全に同じことをできる意義は非常に大きいと思います。
ZENOLOGYのメインとなるトーン画面はこんなシンプルなUIとなっている
実際、ZENOLOGYを立ち上げてみると、シンプルなUIながら、非常に使いやすい印象です。メインの画面では音色番号を選び、LEVELとCUTOFF、RESO、ATTACK、RELEASE、VIBRATOという5つのパラメータがありユーザーが必要の応じて調整可能です。またMONO、UNISON、LEGATO、PORTAMENTOのスイッチも用意されており、これらは音色によってオン/オフされますが、これらもユーザーが設定できます。
画面下にキーボードパネルを表示させて、マウスで演奏することも可能
またKEYBOARDボタンをオンにすると画面下に鍵盤が現れ、ここをクリックすることで音を鳴らすことも可能です。そして音色リストを開いてみると、ここには莫大な音色が並んでいます。
B AX Collection
C Synth Legend
D Basic SynthXV Collection
E Essential
F Essential Drum
と6つのプリセットバンクに分かれる形で3,600種類以上の音色がはいっていましたが、右側に表示されている楽器のカテゴリーから絞り込むこともできるので、目的の音色にすぐにたどり着けると思います。
音色プリセットを一覧し、検索できるTone / Drum Kit Browser画面
実際、JUNO-106やJUPITER-8などのビンテージ音源のプリセットを選んでみると、まさにというサウンドを鳴らすことができるし、最新のRolandサウンドも膨大に用意されています。こんなものをRolandがソフトシンセとして提供してしまって本当に大丈夫なの??とちょっと心配になるほどではありますが、ユーザーにとっては嬉しい限りです。
TR-808をはじめとするドラムサウンドを選んでみると、メイン画面のUIがドラム用のものに切り替わり、各パッドをクリックすれば音が鳴らせるし、それぞれのボリューム調整も可能となっています。
MFXボタンをクリックするとエフェクトの設定ができるMFXパネルが現れる
さらにMFX EDITというボタンをオンにすると画面下にエフェクトの設定画面が現れます。各プリセットごとにエフェクトは設定されていますが、ここでユーザーが自由にパラメータを調整したり、まったく異なるエフェクトに切り替えて使うことも可能。選べるのはFILTER、PHASER、FLANGER、CHORUS……と1つのエフェクトですが、COMBINATIONというものも用意されていてOverdrive > FlangerとかEP Amp Sim > Chorusのように2つの組み合わせも用意されています。
使えるエフェクトは基本1つだがCOMBINATIONとして2つの組み合わせも用意されている
これまでソフトウェア音源メーカーが、Rolandの音源を似せてソフトウェア化するという例は数多くありましたが、Roland自らがハードウェア音源のエンジンそのものを、完全な形でソフトウェア音源として公開してしまうということに、改めて驚きを感じました。そういう時代に変わってきているということなのかもしれませんね。
Voice Limitの設定でコンピュータにかかる負荷を調整できる
ただ、ハードウェア音源のZEN-Coreは音源に特化した専用のDSPで処理しているだけに、何ら問題なく音を出せるのに対し、CPUで処理するZENOLOGYの場合、プリセットによっては結構なCPUパワーを食うものもあるようでした。この辺についてはMENUにVoice Limitというものが用意されているので、これで負荷調整できるようになっています。が、場合によってはオーディオインターフェイスのバッファサイズを大きめにとるなど、使い方には多少工夫が必要なケースがあるかもしれないとは思いました。
ダウンロードして利用できる拡張音源Wave Expantion EXZシリーズは現在15タイトル
なお、拡張機能として追加Wave Expantion EXZシリーズをダウンロードしてサウンド拡張ができたり、Sound Collection SDZシリーズでジャンルやアーティストに特化した音色も入手可能になっているとのことです。
この秋登場予定のZENOLOGY ProのTone Edito画面(開発中のもので実際にはデザインなど変わる可能性があります)
さて、前述のとおり、Roland CloudでProもしくはUltimateのプランを選択すると、今秋登場予定のZENOLOGY Proというものが使えるようになるとのこと。見てきたとおり、現在リリースされているZENOLOGYはフィルターやエフェクトなどある程度のパラメータをいじることは可能とはいえ、基本的にはプリセットを選んで鳴らす音源となっています。しかし、ZENOLOGY Proは全パラメータをエディットできるようになると同時に、自分で音色をゼロから作っていくことも可能になるなど、より強力なシンセサイザとなるようです。
ZENOLOGY Proではドラムの音色もエディットできるようになる予定(画面は開発中のもの)
またModel Expansionという機能も搭載され、これを利用することでJUNO-106やJUIPITER-8を再現するなど、JUPITER-X/Xmに搭載されているModelBankに相当する機能を実現できるようになるとのことです。
今後公開が予定されているModel ExpansionのJUNO-106画面
このようにして作った音色のユーザーデータをインポート/エクスポートできるのもZENOLOGYの重要なポイント。これはZENOLOGY Proに限らずZENOLOGYでも可能なのですが、これをUSBメモリやSDカードなどを通じて、ハードウェア音源でるJUPITER-X/XmやFANTOM、RD88などとやりとりすることで、データのやりとりができるというのも強力なポイントです。これまでも音色エディットをPCで行うというケースはよくありましたが、このZENOLOGYでは単に音色をエディットするのではなく、そのシンセサイザ音源自体をPC上で再現できるので、意味合いがまったく違うわけです。
以上のとおり、ZEN-CoreとRoland Cloud、ZENOLOGYによって、従来とはまったく次元の異なるハードウェア音源とソフトウェア音源の関係が生まれたように思います。これをどう活用していくのがいいのかは、今後ユーザーも含め、みんなで考えていく必要がありそうですが、DTMというカテゴリーにおいても、大きな節目になる大きな事件といえるかもしれません。
【関連情報】
Roland Cloudサイト