ASMRやAR、VRという言葉が浸透してきていている中、立体的に音が録れるマイクに注目が扱ってきています。立体音響を収録するAmbisonicsマイクやASMRなどで使用されるバイノーラルマイクを、最近各社が手に取りやすい価格帯でリリースしているので、以前よりハードルは下がってきています。それこそYouTubeで検索すれば、さまざまな動画を見つけることができるわけですが、いざ自分で録音で試そうと思っても、まだ情報が少ないのも事実。
そんな中、レコーディング機材ショップとしておなじみのRock oNが、Ambisonicsマイクとバイノーラルマイク合計9機種を比較する実験を行ったので、その様子を取材させてもらいました。そのテストをしたのはDTMステーションEngineeringも担当していただいているレコーディングエンジニアの飛澤正人 (@flash_link )さん。そこでは弾き語りを立体的に収録していたのですが、そのレコーディング結果が現在Rock oNサイト上でも公開されています。実はこの企画、Hear the Real Tone2019として行われていて、過去にはボーカルマイクやプラグイン、オーディオインターフェイスの比較も行っており、今回はその第5弾。これだけ多くのバイノーラルマイクやAmbisonicsマイクが集まることはなかなかないので、飛澤さんのコメントとともに紹介してみたいと思います。
先日Rock oNの企画としてバイノーラルマイクとAmbisonicsマイクの録り比べ実験が行われた
バイノーラルマイクやAmbisonicsマイク、って何?という方も少なくないと思うので、これらについて簡単に説明しておくと、まずバイノーラルマイクというのは、音を立体的に捉えることができるステレオマイクで、ヘッドフォンやイヤフォンで聴くことを前提としたものです。中でもNEUMANN KU100は、いわゆるダミーヘッド型のマイクとして世界的にも広く使われているバイノーラルマイクの代表ともいえるもの。どこかで目にしたことがある方も少なくないでしょう。今回の比較でもKU100の性能は抜きん出ており、人間の頭の形をした筐体の耳の部分で収音するため、非常に立体的に音をとらえていました。ただ価格は100万円程度するので、そう簡単に手を出すことができるものではないですよね。
バイノーラルマイクの代表ともいえるダミーヘッド型マイクのNeumann KU100
またバイノーラルマイクというと、最近はASMRという言葉を想像する方もいるかもしれません。ASMRはAutonomous sensory meridian responseの略で、人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応や感覚という意味を持ちます。ささやき声でのトークだったり、日常のいろいろな音をバイノーラルマイクで録音している動画はたくさんあるので、ヘッドホンやイヤホンで聴いてみると結構面白いですよ。
テトラポットのように4方向を向くマイク素子で構成されるAmbisonicsマイク
バイノーラルマイクが、人間が耳で音を聴くのと同じ構造で音を捉えるのに対しAmbisonicsマイクは音を360度捉えるための、まったく異なる構造のマイクです。Ambisonicsとは立体音響を収録や再現するための音響技術のひとつで、かなり古くからある手法ではあります。録音した音を元にAmbisonicsデコーダーというものを用いれば、頭の動きに合わせて音の方向を変えることができたりするので、最近のVR動画やVRゲームでよく使われるようになっています。
そのため360度の動画撮影ができる機材と組み合わせて使えば、以前「ZOOM H3-VRとRICOH THETA SCを組み合わせ、360度動画に音も追従するミュージックPVを作ってみた!」という記事で紹介したような動画を作ることも可能です。
さて、ここから本題。今回はAmbisonicsマイク5本とバイノーラルマイク4本の合計9本のマイクを音源から距離80cm、高さ110cmの位置に設置。Ambisonicsマイクは、マイクスタンド自体を360度回転させて収録。耳に装着するタイプのバイノーラルマイクは飛澤さん自身が装着し、収録中に飛澤さんが回転するという収録方法で、定位感が分かりやすい音源となっています。実際に収録を行ったのは、以下の9機種です。
・ZOOM H3-VR
・ZYLIA ZYLIA PRO
・RODE NT-SF1
・NEUMANN KU100
・SENNHEISER AMBEO VR MIC
・ROLAND CS-10EM
・SENNHEISER AMBEO SMART HEADSET
・HOOKE AUDIO Hooke Verse
・SR3D BINAURAL MICROPHONES SR3D binaural pro series RCA
収録は飛澤さんのスタジオ「ペンタングルスタジオ」で行われ、Pro Tools HDX環境をベースに、ヘッドアンプにはDigigrid IOXを使用しています。またその収録においてギターを弾いて、歌ってくれたのはシンガーソングライターの美咲さん。
Rock oNのページでは、すべてのマイクのコメントと音源を聴くことができますが、ここではAmbisonicsマイク1機種とバイノーラルマイク2機種をピックアップして紹介していきます。
まずは、DTMステーション/DTMステーションPlus!でも紹介したこのある、ZYLIA ZM-1。以前は「1本のマイクで録音した音を、AIでマルチトラックに分解。特許技術でレコーディングの世界に革命をもたらすZYLIA」という記事で、そのままバンドやセッションを一発録りでレコーディングすると、あとでパートごとのマルチトラックに分解することができる機能を中心に紹介しました。
3rd orderに対応するAmbisonicsマイク、ZYLIA ZM-1
飛澤さんはZYLIA ZM-1について「市場では貴重な3rd order(3次)まで対応できる性能があるため、今回のような1st order(1次)とは異なる条件での収録ではより優れた定位感を再現出来ると思いますが、1st orderの収録であっても後方含めた定位感の再現はしっかり表現できています。サウンド自体はパッと聞きだとやや抜けにくい印象を持つかもしれませんが、中低域は収録できていますので高域をEQで足してあげるとバランスは改善できる印象です」とコメントしています。
いきなり3次とか1次という言葉が登場しても、なかなか理解しにくいところですが、Ambisonicsマイクでは扱うマイク素子の数が増え、より多くの方向からの音を高い指向性で捉えることができるようになるほど、正確に立体を再現可能になります。その再現のためのAmbsonicsの計算が高次だと、よりリアルになるのですが、何次までできるかはAmbisonicsマイクの仕様によって変わってきます。今回取り上げたH3-VRやNT-SF1など4製品は1次であるのに対し、ZYLIA ZM-1のみが3次対応であるため、上記のようなコメントもでてきたわけですね。
iPhoneで録音するSENNHEISER AMBEO SMART HEADSET
次にバイノーラルマイクのSENNHEISER AMBEO SMART HEADSETです。これは端子がLightningになっており、iPhoneでレコーディングをすることを前提としたイヤホン型のマイクになっています。
「今回楽曲との相性が非常によく、ボーカルやアコギの輪郭がしっかり抜けてくれます。低域成分はどうしても足りない印象ですが、後方など含めた空間での定位感はしっかり再現出来ています。同カテゴリの他機種に比べるとノイズも目立たない印象でした。ヘッドセット自体がやや大ぶりなのでつけ心地は少し難を感じますが、Lightning接続1本で気軽に使えるのは魅力ですね」と飛澤さん。
SENNHEISER AMBEO SMART HEADSETはLightningで接続する構造
SENNHEISER AMBEO SMART HEADSETのように、自分の耳に装着するタイプのバイノーラルマイクは、比較的値段も安価ですし、自分の聴いている音をそのまま立体的に録音することが可能です。一見するとただのイヤホンですが、外側に音を拾うマイクが搭載されています。KU100のようなダミーヘッドは、耳たぶや鼻、頭の形状によって、音が反射したり、伝播したりするのを実際の形で実現してるわけですが、これはダミーヘッド部分を自分の頭を使うというものになっています。
人間は左右2つの耳で聴いているのに、前方からの音、上からの音、背後からの音を認識できるのは、直接音や周囲の反射音を耳が捉えると同時に、その際頭の形状や耳たぶの形状によって異なる反射音も捉え、それを脳が認識・判断することによる、と言われています。そのため、異なる頭の形状のダミーヘッドを使うよりも自分の耳に装着したバイノーラルマイクのほうがより再現性が高くなる可能性があります。とはいえ、マイク性能によってその再現度は変わってくるし、別の人の耳に装着したバイノーラルマイクであれば、自分ではないので、再現性が下がる可能性も出てくるほか、装着した人が発するノイズ、たとえばツバを飲み込む音なども入ってしまう可能性もあるので、録る音の素材によっては、難しくなることもあります。
Hooke VerseはBluetoothを使ったワイヤレス接続のマイクになっている
HOOKE AUDIOのHooke Verseも自分の耳に装着して使うマイクで、やはりiPhoneで録音することを前提としたものですが、こちらはLightning接続ではなくBluetooth接続になっているのがユニークなところ。ただ、専用のアプリが必要となり、そのアプリ自体の性能や使い勝手の面でまだまだ発展途上という面もあるようです。
「こちらもAMBEO SMART HEADSET同様定位感は優れていました。ただ同機種比較だと必要なゲインを稼いだ際のノイズは少し気になりますね。しかし装着感ではもっともこれが耳に馴染み、つけやすかったです。ワイヤレスBT接続で8時間も収録できるのは大きな魅力ですね。今回iOS環境の問題もあったかもしれませんが、収録時のアプリの挙動がやや安定しなかった点やWav書き出しの詳細フォーマットなど操作性が改善されるとさらに良いですね」と飛澤さん。
今回のHear the Real Tone2019、第5弾、Ambisonicsマイク & バイノーラルステレオマイク編の総評として飛澤さんは
「価格帯の差もありますが、今回収録に使用したAmbisonicsマイクロフォンとバイノーラルステレオマイクロフォンについて、やや構造的な差が出てしまったことは最初に触れておく必要があります。エレクトレットコンデンサーの口径/仕様上仕方のない部分もありますが、KU-100を除き今回収録したバイノーラルステレオは静かな音源/環境での収録だとややSNの課題が出てしまう傾向がありましたので、今回Ambisonicsマイクで収録したような静かな楽曲とは別の曲で再収録を行っています。しかし、その中でもKU-100だけはノイズが目立つこともなく、全体的にもバランスの良いサウンド、定位感を再現できていたと思います。その他バイノーラル比較ではパッと聞きの抜けの良さ、定位感でAmbeo Smart Headsetも優れていました。Ambisonicsに関してはエレクトレットコンデンサーとはどうしても一段違うレベルになりますが、その中でもRODE NT-SF1が頭一つ出ている印象で、Vocalの美味しい帯域からギターの胴鳴りまで捉えつつ、背面などの定位感もしっかり再現できています。かつ後発だけに抑えた価格も魅力ですね。その他Zyliaに関しても市場では貴重な3rd orderまで対応できる性能があるため、今回のような1st orderとは異なる条件での収録ではより優れた定位感を再現できるはずです」とのこと。
ここで紹介しきれなかったマイクについては、Rock oNのページで、飛澤さんのコメントと収録した音源を聴くことができます。HEAR THE REAL TONE 2019では、他にもボーカルマイクやプラグイン、オーディオインターフェイスを比較したりしているので、見てみるとかなり参考になると思いますよ。
【関連情報】
HEAR THE REAL TONE 2019 Ambisonicsマイク & バイノーラルステレオマイク編(Rock oN)
美咲さん Officialサイト
【価格チェック】
◎Rock oN ⇒ ZOOM H3-VR
◎Rock oN ⇒ ZYLIA ZYLIA PRO
◎Rock oN ⇒ RODE NT-SF1
◎Rock oN ⇒ NEUMANN KU100
◎Rock oN ⇒ SENNHEISER AMBEO VR MIC
◎Rock oN ⇒ ROLAND CS-10EM
◎Rock oN ⇒ SENNHEISER AMBEO SMART HEADSET
◎Rock oN ⇒ HOOKE AUDIO Hooke Verse(黒)、 HOOKE AUDIO Hooke Verse(白)