先日、KORGから「Nu:Tekt NTS-1 digital KIT」(以下、NTS-1)という組み立て型の小さなデジタルシンセサイザが10,000円(税抜)で発売されました。見た目はガジェット的な手のひらサイズのシンセなんですが、実はトンでもないパワーを持ったスーパーマシンなんです。電源を入れれば、すぐにKORGのシンセサイザとして機能し、これ単体で演奏でき、フィルターやエンベロープをいじり、エフェクトも掛けられる機材である一方、無限の拡張性を持っており、NTS-1自体がまったく違うシンセに変身してしまうのです。
誤解を恐れずにいえばNTS-1自体がコンピュータであり、世界中で開発されているフリーウェアやシェアウェアのオシレーター、エフェクトを載せることが可能なシステムなのです。その変身させた状態のままNTS-1をポケットに入れて持ち運んで使うことができるのはもちろん、MIDI接続で外部のキーボードから演奏することもできれば、USB接続でPCのDAWから鳴らすことも可能。複数のライブラリを入れておいて、演奏中に切り替えていくといった使い方もできるという画期的機材。実際に試してみたので、どのように使うものなのか紹介してみましょう。
KORGから発売された組み立て式の小型シンセサイザ、NTS-1はスーパーマシンだった
NTS-1の写真などを見て「あ、KORGが新しいmonotronみたいなシンセを出したのかな?」なんて捉えて方も少なくないと思います。確かに並べてみると、大きさも近いし、タッチ式の鍵盤で演奏できたり、フィルターで音色を変えられるなど、ソックリに思える点もいろいろあります。しかし、monotronがシンプルなアナログシンセサイザであるのに対し、NTS-1は最新技術を結集させた高性能なデジタルシンセサイザ。兄弟のように見えてmonotronとNTS-1はまったく方向性が異なるシンセサイザなのです。
アナログシンセのmonotron(左)とデジタルシンセのNTS-1(右)
NTS-1は買ってすぐに使えるものではない、というのもちょっとユニークなところです。「Nu:Tekt NTS-1 digital KIT」というタイトルになっていることからも分かる通り、これはキットであって、完成品ではないんです。パッケージを開けたら、まずコイツを組み立てないことには、どうにも使うことができないのです。
といっても、ハンダ付けなど難しい作業は不要で、説明書通りにネジ止めをしたり、シールを貼り付けるだけで、失敗するような心配もなく、15分もあれば組み立てることが可能です。その組み立て作業自体も楽しめるDIYシンセということなんですね。
実際に組み立ててみました。箱を開けるとマイコンが実装された本体である基板、パネル部分が連なったボード、タッチ式の鍵盤シート、コーナーを支えるアルミ部品、ネジ類、さらにはドライバーまで揃っているので、説明書にしたがってこれを組み立てていきま。最初はボードを折り曲げてトップパネル、ボトムパネル、フロントパネル、リアパネルに割っていくところからスタート。
ちょっと力を入れるため、緊張しましたが、そこが最大の山場であり、あとは楽々。鍵盤は裏側がシール状になっているので、ピッタリの位置に貼るとともに、コネクタにはめ込んで、カチンとロックすればOK。小さなドライバーも入っているので、とくに何も用意する必要なく作業を進められます。もっとも、この小さなネジにフィットするもう少し大きいドライバーがあったほうが作業はしやすいと思います。
シール状になっている鍵盤を貼り付ける
組み立て終わったら、付属のmicro USBのケーブルをACアダプタに接続。これで電源が入り、鍵盤を押せば音が鳴るはずです。そう、NTS-1にはスピーカーが実装されているから、ヘッドホンなどを接続しなくても、すぐに演奏できる気軽さはmonotronと同様。
これで完成。micro USB端子に電源を接続するとシンセサイザとして動き出す
先日、KORGでNTS-1の開発者に話を伺った際(詳細記事は近日中に公開しますので、少しお待ちください)、この組み立てたばかりの状態でどんなことができるのか、少しでも演奏してもらったのでご覧ください。
これ、NTS-1内蔵のスピーカーで鳴らしたものをiPhoneで撮影しただけものなんですが、フィルターの効き具合や、アルペジオ機能、シェイパーのかかり具合、オシレーターによる音の違いなどが分かると思います。これだけの機能・性能を持ったシンセが1万円で買えてしまうのも驚きですが、これはNTS-1でできることのごく一部にすぎません。
ヘッドホン端子から音を出すほうがより高音質。MIDI入力も可能
フロントパネルにあるステレオミニの端子にヘッドホンを接続すれば、よりキレイな音で鳴らすことができるし、ステレオミニをMIDI端子に変換するアダプタを持っていれば、これをMIDIキーボードに接続して演奏することもできます。
シンセサイザの構造としてはこの図のようになっており、オシレータ、フィルタ、EG(エンベロープジェネレータ)、そして3つの独立したLFOで基本的な部分が構成され、オシレーターにはアルペジエーターが使えるようになっており、鍵盤を押すだけフレーズが鳴らせるようになっています。
また後段にはモジュレーション、ディレイ、リバーブの3つのエフェクトが独立した形で搭載されているため幅広い音作りが可能になっています。さらに、強力なのはINPUTと書かれたオーディオ入力を装備していること。つまり、ここに外部からボーカルや楽器音などを突っ込むと、NTS-1をエフェクトとして使うこともできるわけなのです。
と、ここまではあくまで、NTS-1を買ってきた状態のままでできることで、これからが本題。そう冒頭でも触れたとおり、NTS-1はトンでもない拡張機能を装備しており、世界中で開発されている、KORGのMULTIエンジン用のプログラムを読み込むことで、まったく違うシンセサイザに仕立てあげることができるのです。プラグインのイントゥルメントやエフェクトをダウンロードし、DAWに組み込む使う、という感覚のものです。
NTS-1の心臓部であるARMコアのマイコン。ST Microelectronicsのチップ名、STM32F446ZET6という文字が読める
NTS-1の初期状態ではオシレーターとしてノコギリ波、三角波、矩形波、パルス波の4波形とユーザーオシレーターとしてWAVESというものが入っています。しかし、ユーザーオシレータには計16個のスロットがあります。ここにフリーウェアやシェアウェアとしてネット上で流通しているコンテンツを流し込んでやることで、初期状態では絶対不可能なサウンドを鳴らすことが可能になるのです。
KORG minilogue xdにもMULTIエンジンが搭載されている
でもNTS-1は発売されたばかりなのに、「世界中で開発されている、ってどういうこと?」と不思議に思う方も多いと思います。実は、NTS-1の心臓部であるMULTIエンジンは、これまでKORGのprologue、minilogue xdに搭載されていました。DTMステーションでも以前「開発者が明かすフラグシップアナログシンセ、KORG prologueに搭載された超強力音源『Multi Engine』の破壊力」という記事でも紹介したことがありましたが、MULTIエンジンの仕様や、開発キットは公開されており、プログラムが組める人であれば、誰でもオリジナルのオシレータなどを作ることができるようになっていたのです。
KORGのLoque SDKサード・パーティ・カスタム・コンテンツからたどっていくことで数多くのコンテンツを見つけられる
厳密にいうとNTS-1のMULTIエンジンはprologueやminilogue xdのものとは違うそうですが、とりあえずそのまま読み込んでも、ほぼ問題なく使うことができ、実際、それらをNTS-1に読み込んで使ってみたところ、音を出すことができました。たとえばhammondeggsというサイトには、さまざまなコンテンツが、フリーウェアとして公開されているのですが、そのうちの一つ、チップチューンサウンドのオシレーターであるChips 2.0をダウンロードし、NTS-1に転送したものを演奏したのが以下のビデオです。
こんなことが簡単にできてしまうって、スゴイし楽しいですよね。NTS-1というかprologue、minilogue- xdを含めたMULTIエンジン用のコンテンツには、オシレータのほか、モジュレーション、ディレイ、リバーブの3つのエフェクト用のコンテンツがあります。たとえばディレイ用にコンテンツをダウンロードして、組み込めば、オリジナルとはまったく違うエフェクト効果を得られるようになるのです。
では、実際にどのようにそのコンテンツをNTS-1で実現させるのか、その手順を紹介してみましょう。WindowsでもMacでもまったく同じように操作していくことができますが、Windowsの場合、あらかじめKORGサイトから「KORG USB-MIDI Driver Tools」というものをインストールしておいたほうが、確実なので、その準備をしておきます。
付属のUSBケーブルでWindowsもしくはMacと接続するとNTS-1の電源が入り、普通に使えるようになる一方、PC側からはMIDIデバイスとしてNTS-1が認識されます。DAWから見れば、MIDIポートとして見え、ここにノート信号を送れば演奏することができます。
PC側から見るとnutekt digital 1のポートがIN/OUT 2系統ずつあるのが分かる
ここでKORGのNTS-1のサイトからWindows用もしくはMac用のNTS-1 Sound Librarianをダウンロードし、これをインストールします。起動すると16個のスロットが並んだだけのシンプルな画面が現れますが、もしUSB接続がしっかりできていないと、つながっていない旨のアラートが表示されます。
続いて、MULTIエンジン用のコンテンツをダウンロードしてみましょう。NTS-1のサイトにも「logue SDK サード・パーティ・カスタム・コンテンツ」として、各種コンテンツのリンク集が用意されていますが、前述のChips 2.0の場合、hammondeggsにアクセスの上、Chips 2.0を選択してください。いわゆるドネーションウェアという形になっているので、無料でダウンロードして使うことができますが、気に入ったらぜひDonateボタンを押して寄付してあげてくださいね。
hammondeggsmusicからChip 2.0をダウンロード
これはZipファイルなので解凍すると、REDME.mdという解説書ファイル、LICENSE.TXTというライセンス規約が書かれたテキストのほかに
chips2.progunit
という2つのファイルが入っています。mnlgxdunitというのは、minilogue xd用に作られたコンテンツ、progunitというのはprologue用に作られたコンテンツです。どちらでも使うことができますが、ここではmnlgxdunitのほうを一番上のスロットにドラッグ&ドロップします。前述の通り、prologue用、minilogue xd用のコンテンツを使うことができるのですが、完全にNTS-1に最適化されていないため、これらを転送した場合、アラートが表示されます。モノによっては、動作が重くなるなどのトラブルが生じる可能性もありますが、壊れることはないので、とりあえずそのまま「同意」をクリックして使ってみましょう。
その後、右上の「SEND ALL」というボタンをクリックすると、さらに、「ロードしようとしているコンテンツがコルグ、もしくは信頼できるサード・パーティから提供されたものかよく確かめて下さい」……というメッセージが表示されますが、これも「同意」をクリックして、進めます。転送においてもアラートが出るが、そのまま進める
これによってスロットに置かれたコンテンツがNTS-1に転送されて完了です。転送時間はほぼ一瞬という感じですね。この状態で、NTS-1のOSCボタンを押し、TYPEボリュームを回すと、ノコギリ波、三角波、矩形波、パルス波に続く5番目のオシレータとしてchips2が使えるようになるのです。chips2の使い方の詳細は割愛しますが、チップチューン音源として、かなり積極的に活用することができそうですよ。
ほかにも各種あるコンテンツをダウンロードし、NTS-1 Sound Librarianを介して転送すれば、さまざまなオシレータを利用することが可能になります。
なお、すでにお気づきかと思いますが、NTS-1 Sound LibrarianにはUSER OSCILLATORSというタブのほかにUSER MODULATION FXタブ、USER DELAY FXタブ、USER REVERBタブと計4つのタブがあり、それぞれのコンテンツをここに並べて、一括して転送することが可能になっています。オシレーターとモジュレーションが16スロット、ディレイとリバーブは8スロットずつとなっています。
USER DELAY FXのタブにディレイのコンテンツを入れて転送
現在、世の中にあるMULTIエンジン用のコンテンツの多くはオシレータ用ではありますが、モジュレーション用、ディレイ用、ちょっとではありますがリバーブ用もあるので、いろいろダウンロードして試してみると面白いですよ。
転送したコンテンツは、そのままNTS-1の内部に記憶されるため、NTS-1の電源を落としても消えることはありません。再度電源を入れれば、オシレーターでもディレイでも、すぐに使うことができるし、TYPEの選択でスロットを切り替えていくことも可能となっています。
このように簡単に遊べる小さなシンセサイザでありながら、非常に高い拡張性を備えたスーパーマシンであるNTS-1。DAWとの連携させてDTMの幅を広げることも可能なので、ぜひ試してみてはいかがですか?
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