主にポストプロダクション向けのDAWとして進化してきたSteinbergのNuendo(ヌエンド)。Pro Toolsに対抗する形で着実に実績を伸ばしてきており、映像業界でも広く使われてきている一方、Wwiseとの連携機能を装備することから、ゲーム業界においては、かなり大きなシェアをとっているようです。そのNuendoがNuendo 8からバージョンを1つ飛ばしてNuendo 10となり、4月25日から発売が開始されます。
今回バージョンが1つ飛んだのは、Cubaseと足並みを揃えるのが目的のようで、Cubase Pro 10の上位互換という位置づけになっています。またこれまで実売価格が税抜き19万円だったのが、今回のNuendo 10ではほぼ半額の10万円となり、一般ユーザーでも手の届くところまで下がってきました。Cubase Pro 10が57,000円なので、その差は43,000円。この43,000円でどんな差があるのか、DTMユーザーにとってもNuendo 10を買う意味があるのかなど、新機能を中心にチェックしてみたいと思います。
Nuendoの新バージョン、Nuendo 10がリリースされた
もともとNuendoはCubaseとは別のラインナップのポスプロ用途の業務用DAWとして進化してきたもので、ユーザーインターフェイスこそCubaseと似ていたものの、あくまでも別のソフトという位置づけでした。それがNuendo 4の時代にNEK=Nuendo Expansion Kitというオプションが誕生し、それをインストールすれば、MIDI関連を中心に、Cubaseと同等の機能が使えるようになったのです。さらにNuendo 8になり、NEKを標準で内包するようになり、Cubaseの上位版DAWという位置づけになったのです。
見た目にもCubaseとそっくりなユーザーインターフェイスで、機能もCubase Pro 10上位互換
もちろん、NEKが不要という点ではNuendo 10も同じであり、Cubase Pro 10の上位版であることを分かりやすくするために、Nuendo 10とバージョン番号が揃ったというわけなのです。そういう意味ではCubase 10での新機能がNuendo 10にも新機能として実装されているので、まずはその点について軽くチェックしてみましょう。
Nuendoはポスプロを中心とした業務用として登場したDAWで、YamahaのNuageとの連携ができるようになっている
ボーカルエディットにおいて大きな威力を発揮するVariAudio 3が搭載され、より高いクオリティーで、より効率のいいワークフローで編集作業が可能となっています。VariAudioはMelodyneのSteinberg版ともいえるもので、それがNuendo本体の機能として利用することができるわけです。
またMixConsoleのスナップショットが撮れるようになったのも、大きな進化ポイントです。これによって、代替ミックスを作成して、瞬時に結果比較を行ったり、ノートの追加、EQ設定だけの呼び出し、さらには個々のトラック設定のみを呼び出して使うといったことも可能になっています。
もちろんプラグイン関連もCubase Pro 10と同じものはすべて収録されています。具体的にはドラム・リズム音源であるGroove Agent SE 5、また非対称ディストーションのDistroyerを搭載。またコンボリューションリバーブであるREVerenceを従来版から再設計・拡張を行い、20種類のビンテージアナログ/デジタルリバーブのIRを新たに追加しています。
Groove Agent SE 5などCubase Pro 10と同じプラグインはすべて搭載されている
一方「カッコいいラップを簡単に作れるプラグイン、VocAlignを実践してみた!」という記事で紹介したSynchro Arts社のVocAlignのような機能であるオーディオアライメントパネルを搭載したのも今回のバージョンアップの大きなポイントです。これによって、複数トラックのタイミングをキレイに合わせるといったことが簡単に行うことができるようになっています。
複数トラックのボーカルのタイミングを揃えるオーディオアライメントパネル
そのほかにもチャンネルストリップが、より音楽的に使いやすいものになったり、VRサウンド関連では3次Ambisonicsに対応するとともに、AmbiDecoderを利用することで、Ambisonicsミックスをバイノーラルサウンドとしてヘッドホンやステレオスピーカーで再生できるなど、Cubase Pro 10の新機能はすべて備わっているのです。ちなみに、Ambisonics関連はNuendo 8.2でCubase Pro 10より先に実装されていたようですね。
Ambisonicsをバイノーラルサウンドに変換するAmbiDecoder
では、Cubase Pro 10にはなくてNuendo 10にある機能としては、どんなものがあるのでしょうか?目立つものを箇条書きで挙げてみると
・ゲーム系ミドルウェアのWwiseとの連携機能を搭載
・最大22.2chまであつかえ、高機能なサラウンドパンナーを装備している
・ダイレクトオフラインプロセシングが音響効果のプロ向けに多機能である
・ADR(Automated Dialog Recording)というアフレコ専用機能を搭載している
・Advanced Crossfade Editorを搭載しクロスフェードが詳細にできる
・Nuendo SyncStationに対応し、外部同期ができる
・マーカートラックが32トラック作成できる
・ビデオトラック数が2つある
・テキストやカウントのビデオオーバーレイが可能
といったものがありますが、ここでは新機能に絞ってみていきましょう。
一つ目に挙げられるのがフィールドレコーダーインポート機能です。ビデオカメラと同時録音でマルチトラックのフィールドレコーダーで録るといったケースも多いと思いますが、レコーダー数が多くなればファイル数も膨大になり、これを整理するだけでも膨大な手間がかかります。そうしたファイルを一括してNuendoで読み込み、自動的に整理するとともに、タイムコードや属性、メタデータから簡単にデータを見つけ出せるようになったのはCubaseにはない便利な機能です。
Dolby Atmosとの親和性が高まったのも大きなポイントです。Dolby Atmosのマスターファイル形式であるADMファイルをインポートできるようになり、結果としてDolby AtmosをNuendoで再生することが可能になったのです。
ADMインポートを行うとこんな画面になり、実質的にDolby Atomsの再生が可能になる
一方、オブジェクトトラックはパンオートメーションを使用して、VST MultiPannerに割り当てられるようになっています。
さらにビデオカットディテクション機能が追加されたのも大きなポイントです。これはビデオトラックに読み込まれたビデオで、シーンが変わるところを自動で検出してマーカーを自動で挿入できるというもの。感度=スレッショルドを設定することで、画面の変わり具合でマーカーを入れ方を調整することができます。また映像の変化が激しい場合やあまり無い場合でも、カットポイントとして認識する度合いを調整してマーカーを入れる、といったことも可能になっています。
またちょっとユニークな機能としてドップラープラグインというものが搭載されました。これは名前のとおり、ドップラー効果を再現するためのもので、音が近づいてきて、遠ざかっていく際にピッチが変わっていく様を再現するプラグインです。音の動きや距離の知覚を素早く簡単にシミュレーションするものです。開始位置、リスナー位置、および終了位置を設定することで、ドップラー効果をレンダリングしていくことができるようになっています。
ドップラー効果をシミュレーションするドップラープラグインラー
VoiceDesignerというユニークなボイス変換プラグインが搭載されたのもNuendo 10の面白いところです。これは入力された人の声をさまざまな声にリアルタイムに変換するというもので、映画やゲーム、その他映像制作において強力な武器となってくれます。プリセットだけでも膨大なものがありますが、ロボットボイスや怪獣ボイスなどなど、いろいろなキャラクタに変化させることが可能です。
Nuendo 10はDear Realityによって開発された没入型3Dオーディオ制作ツール、dearVR Spatial Connectをサポートしています。dearVR Spatial Connectを仕様すると、サウンドデザイナー、ミュージシャン、サウンドエンジニアはVR環境からダイレクトに臨場感あふれる3Dオーディオコンテンツを作成およびミックスすることができるようになります。ジェスチャー制御のワークフローにより、DAWとVRの制作環境間を行き来することなく、制作していくことができるのが大きなポイントとなっています。
さらにダイレクトオフラインプロセシングに関してはNuendo 8の時点でCubaseよりも高機能なものが搭載されているのも注目すべきポイントです。これはMixConsoleからダイレクトオフラインプロセシングウィンドウの処理リストおよびお気に入りパネルにInsertプラグインをドラッグ&ドロップできるようになったというもの。これにより、Insertセルのプラグインを素早く簡単に、適用できるようになっています。
そのNuendo 10、まだ発売されたばかりではあるのですが、すでにNuendo 10.1およびNuendo 10.2のアップデート内容が発表されています。簡単に紹介すると、まず10.1ではキューシート書き出しとARAへの対応が予定されています。ARAについてはCubase 10のアップデートでも予定されていますが、これが実現するとMelodyneやAuto-Tuneなどと、より有機的な連携が可能になります。
一方、10.2ではビデオファイル、またオーディオとビデオが含まれるプロジェクトのセクションのエキスポート機能が実装される予定です。実はこのビデオレンダリング、Nuendo 8で搭載されるはずだった機能ですが、いろいろと難しい面があったのでしょうか……。発売された現在のNuendo 10でもまだ実装できておらず、10.2での搭載となるため、もう少し時間がかかるようですね。
以上、Nuendo 10について、ざっと紹介してみましたが、いかがだったでしょうか? やはりCubaseにはない、さまざまな機能が搭載されていることが分かりますよね。とくにサラウンドや立体音響を制作する機能は断然充実しているので、そうした音作りをするのであれば、断然Nuendo 10に切り替えるべきでしょう。またビデオとの連携という意味でも大きな威力を発揮してくれます。もっともNuendo自身がビデオ編集ソフトというわけではないので、ビデオ編集ソフトは別途必要となりそうですが、制作した音楽作品を、最終的にビデオ化し、YouTubeなどで発表する……といった場合にも、強力な味方になってくれそうですよ。業務用DAWとはいえ、基本的な使い方はCubaseと同様であり、Cubaseユーザーなら、まったく違和感なく使えますからね。
Nuendo 10はパッケージで販売されるほか、ダウンロード版もある
ただし、NuendoはCubaseとは別ラインナップという位置づけであるため、Cubase 10シリーズからのアップグレードパスは用意されていないようです。したがって、CubaseユーザーもNuendoを使うためには、新たに購入する必要があります。ちなみに、今年3月13日からキャンペーンとしてNuendo 8が10万円で販売されていたのですが、その3月13日以降にNuendo 8をアクティベートした方は、グレースピリオドということで、Nuendo 10への無償アップグレードが可能になっています。
※2019.5.5追記
Cubase Proシリーズからのクロスグレードが用意されました。価格は43,200円なので、Cubase Pro 10とNuendo 10の差額とほぼ同等で、リーズナブルです。
【関連情報】
Nuendo 10製品情報
【価格チェック】
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