音楽制作において重要なアイテムの一つがリファレンスモニターです。単に「いい音で再生する」だけでなく、誰もが共通の音として認識する、基準となる再生環境を持っておくことは、多くの人に音楽作品を届ける上で必須のことだからです。そのためのリファレンスモニターとはどうあるべきか、できる限り外部環境に影響されずにどこでも誰でも同じ音で聴こえるようにするにはどうすればいいのか……。そんなことを模索していたのがSym・Proceedブランドを掲げるメーカー、メディア・インテグレーション。
同社がカスタムイヤホンで著名なFitEarとタッグを組んで生み出したのが、SP-IEM7というインイヤーモニターです。税込みの販売価格が127,000円、カスタムモデルのなると158,000円と、結構なお値段ではありますが、これがどんな製品なのかチェックするとともに、開発担当者にも話を伺ってみたので紹介してみましょう。
Sym・Proceedのリファレンス・インイヤーモニター、SP-IEM7
どのレコーディングスタジオに行っても、どこの音楽制作現場に行っても、ヘッドホンとしてSONYのMDR-CD900STがあります。また最近少なくなってきたけれど、多くのレコーディングスタジオにはYAMAHAのNS-10Mが設置されています。それはどうしてなのでしょうか?もちろん、音がいいというのはあると思いますが、900STの場合「音がキンキンして耳が痛い」、「低音がまったく聴こえない」、「音がキツくて長時間は無理」なんて声もあるのも事実。
それでも30年も前に誕生した900STが今も使い続けられているのは、「みんなが使っているから」というのが最大の理由ではないでしょうか。つまり誰もが共通の音として認識しているから、「このヘッドホンでこう聴こえるから、大丈夫」というわけですね。
今回の取り上げるのはSym・ProceedとFitEarがタッグを組んで開発したインイヤーモニター、SP-IEM7
NS-10Mも基本的には同様なのですが、スピーカーの場合、部屋の大きさや形状、また周りにどんな機材があって、どのように配置されているかなどによっても音が変わってしまうという難しい問題があります。ヘッドホンの場合は、スピーカーほどではないものの、どのように耳に装着しているか、イヤーパッドの状態がどうなっているかによっても、結構聴こえ方が変わるというのも事実です。
そうした問題があるなか、究極のリファレンスモニターとは何なのか……を探していたのがSym・Proceed(シンプロシード)というメーカーです。このメーカー名、聞いたことがないという人も少なくないと思いますが、会社名は株式会社メディア・インテグレーション。そう、プロミュージシャン・エンジニア御用達の楽器店、Rock oNを運営する会社であり、WAVESやFXpansion、A|A|S、Teenage Engineering、Spectrasonics、Sonnox Oxford、LEWITT……といった海外製品の国内代理店も行っている会社であり、ここの自社ブランドがSym・Proceedなのです。
Rock oNも運営するメディア・インテグレーションが打ち出すブランド、Sym・Proceed
そのSym・Proceedが出した答えは、リファレンスモニターは極限まで外的要因を省くためできるだけ鼓膜に近いところで音を鳴らすこと。つまりインイヤーモニターで、できるだけフラットな音を実現し、多くの音楽制作者に標準の音として認知してもらおうと動き出したのです。そして、そのインイヤーモニターを開発する上でのパートナーとして選んだのが、FitEarだったのです。
FitEarは、株式会社須山歯研のインイヤーモニターのブランドであり、プロミュージシャンがステージで使うために、耳型をとってカスタムメイドするインイヤーモニターとして広く知られているメーカーです。Sym・ProceedがそのFitEarとタッグを組んだというわけですね。
それによって生まれた新製品は通常モデルのSP-IEM7(税込み販売価格128,000円)とカスタムモデルのSP-CIEM7(158,000円)の2種類がありますが、今回通常モデルのほうを少し使わせていただきました。
専用の白いハードケースに入ったSP-IEM7は、パッと見は、だいぶゴツイ感じ。が、装着してみるとすごくよくフィットしてくれるし、見た目のゴツさとは裏腹に、軽く感じる付け心地です。もちろん人によって耳穴の大きさは違うので、誰でもフィットするように、4つのサイズのイヤーチップも用意されています。
ハードケース内にはSP-IEM7本体のほかに、サイズの異なる4種類のイヤーチップやブラシなども収納されている
実際、音を聴いてみると、まったくクセがない印象。すごく高域までキレイに伸びていて解像度が高いと感じるけれど、高域に寄っているわけではなく、バランスよく聴こえます。低域においてもしっかり出ているけれど、音がこもってしまうこともない。なんで、こんなにフラットな音になっているのか、ちょっと不思議に感じるほどでした。
その内部はというと、バランスドアーマチュアドライバ(以下BAドライバ)が4基搭載されたものとなっています。ただユニークなのは、4つのBAドライバだから、4つの帯域に分けて音を出す4wayというわけではなく、2way・2ユニットという変わった構成なんです。つまり1つのドライバの背面にもう1つのドライバがあり、後ろから駆動力をバックアップするタンデム構造になっているというのです。
「1つのユニットになるべく幅広い帯域を担当させ、足りない部分をもう一つのユニットで補うことで、音楽を帯域ごとに分割することなく、再現し、スムーズで自然な音を提供」(SP-IEM7のカタログより)とのことで、いわゆるクロストークをできるだけ避けているようですね。
またSym・ProceedがSP-IEM7の最大の特徴として挙げているのが独自の音響フィルターチューニング。「各ユニットから伸びるサウンドポート(音の通り道)に設置された音響フィルターによるアコースティックチューニングを施しています。各ユニットから出てきた音に対して微調整をすることで、理想とするリファレンスサウンドを実現しています」(カタログより)とあり、ここはRock oNとしての音のこだわりを前面に出してきているようですね。
ほかにも耳穴をしっかりふさぎ、優れた遮音性を実現するための独自設計の「オーバルホーンシステム」、シェルの製造に3Dプリンターを導入し、耳の形を考慮した複雑なデザインを実現していること、シェル自体に経年劣化の少ない材料として、紫外線照射で硬化させる「光重合レジン」を採用していること……などなど、さまざまな工夫が施されているのだとか。
またケーブルには1,250mmのやや太めの白いストレートケーブルが用いられていますが、ケーブルにこだわる人には、FitEarのオプションとして流通しているFitEar cable 007(27,000円)に交換できるよう、ケーブルの取り外しが容易にできる構造になっています。
さらに冒頭でも触れたとおり、究極までに外的要因を取り除くために、各ユーザーの耳型をとって製造するカスタムモデルSP-CIEM7も用意されているのです。
ここで、どのようにして、このSP-IEM7というインイヤーモニターが生まれたのか、開発者のお二人に話を伺ってみました。Sym・Proceed側は製品開発プロデューサーである前田達哉さん、そしてFitEar側は株式会社須山歯研の代表取締役社長である須山慶太さんです。
SP-IEM7開発者インタビュー
メディア・インテグレーションの前田さん(左)とFitEarの須山さん(右)
ーーどういう経緯でSP-IEM7を開発することになったのですか?
前田:私自身、もともとエンジニアからキャリアがスタートしていることもあり、リファレンスとはどうあるべきかを長年ずっと考えてきました。もちろんスピーカーもヘッドホンもいろいろと使ってきましたが、どうやっても外的要因を完全に排除することはできないし、とくにスピーカーにおいては空間の調整に膨大なお金がかかるのが実情です。音が人間の耳に伝わる途中に、環境が介在しないものがいいのは明白でした。そうした中、FitEarの須山さんとお会いすることができたのです。
須山:レコーディングエンジニアの杉山勇司さんに紹介してもらって、前田さんと出会うことができ、すぐに一緒にやろう、と意気投合したんですよ。
ーーFitEarというと、ライブ用のステージモニターという印象が強いですが、どうして音楽制作用を手掛けることになったのですか?
須山:もともとのFitEarのスタートにおいて、実は「いい音」というのは二の次三の次だったんですよ。いかにステージ上での爆音の音圧を防いで、耳に負担のない音でモニターできるか、というところからはじまり、製品展開をしていきました。爆音をうまく遮断することで静かな環境が作れればダイナミックレンジも広く使うことができ、結果的に「いい音」を実現することが可能になったのです。でも、こうして作ってきたものが音楽制作でも使われているという話を耳にすることが多くなってきました。ただ、われわれとして音楽制作の世界をしっかり把握できているわけではありません。実績のあるメディア・インテグレーションさんにジャッジしてもらい、チューニングしてもらえれば、より良いものができるはずだ、と思ったのです。
前田:須山さんとコラボすることで、適正な音圧、好きなボリュームで聴けるモニター環境を実現できると思いました。この技術をSym・Proceedのデザインと融合させることで確実に音楽制作現場で役立つ製品が作れる確信していたので、今回の協業は大きな意義があると感じました。この話を須山さんに持ち掛けたところ、すぐに乗ってくださり、最初に提案してもらったのは6ドライバのモデルでした。ただ、試聴してみると、ややマスタリング寄りの音だったので、できるだけフルレンジのものをお願いしたところ、次にタンデムの2Way方式のものを出てきたのです。音的にも使い勝手の面でも、これが向いているように思えたので、この素材をベースにチューニングしていくことにしたのです。
開発過程のプロトタイプ、何度もチューニングをしながら製品化していった
--Sym・Proceedとしては、どんなチューニングを施したのですか?
前田:主には音響フィルターによるアコースティックチューニングを行っていきました。もちろんメディアインテグレーション、Rock oNとしてのノウハウも入れつつ、お付き合いのある多くのレコーディングエンジニアや作曲家、アレンジャーなどミュージシャンの方々の意見もいただきつつ、チューニングを行っていったのです。
須山:音の調整はすべてメディア・インテグレーションに任せた形でした。われわれは環境が許容するダイナミックレンジにおいて、音楽表現に必要なダイナミックレンジの確保に努めた格好です。
--環境が許容するダイナミックレンジってどういう意味ですか?
須山:ここには3つのポイントがあります。それは「音楽が表現のためにもっているダイナミックレンジ」、「生理的な人間の耳が持っているダイナミックレンジ」、「それをそれを再現するときに、許容される環境がもっているダイナミックレンジ」のそれぞれであり、この3つが揃わなくてはならないのです。つまり人間が聴けないほど大きな音や小さな音では意味がないですし、爆音で周囲に迷惑をかけることもできない、その範囲内で、いかにダイナミックレンジを広くとって、音楽的表現を豊かに聴くことができるようにするか、ということです。これを実現することで、投資対効果を最大化することが可能になります。スピーカーでモニターするのにいい部屋を作るなら最低500万円~といった値段になりますが、インイヤーモニターならそれだけで実現できるし、どこのスタジオにでも持っていくことができ、調整の必要もありません。細かいことをいえば、これにマッチしたヘッドホンアンプがあればベストですよね。
--SP-IEM7にはカスタムモデルのSP-CIEM7がありますが、やはりカスタムのほうがいいのでしょうか?
前田:実は制作は、ライブステージ上などと異なり、外部ノイズなどは少ないので、必ずしも密閉にこだわらなくてもいい面もあります。一方で、音楽制作している人だけが聴くのではなく、プレイヤーがモニターするとか、クライアントがモニターするなど、複数の人がモニターするというケースがたびたびありますが、カスタムの場合、本人にしか聴くことができません。その意味では、複数の人が装着可能な通常モデルのメリットは大きいかな、と思っています。
カスタムモデルは耳型をとってから、それに合うように作っていく
--このSP-IEM7は、究極のリファレンスモニターと言っていいわけですか?また、これさえもっていればいいのでしょうか?
前田:われわれとしては、できる限り誰もが同じ音でモニターできるように、ということで開発してきましたが、これだけが良いというつもりはまったくないのです。いろいろあるモニターの一つとして使っていただきたいと考えています。どこでも、確実に同じ音が出せるという面では、音楽制作において大きな意義があるはずだと考えてはいます。できるならNS-10Mのようなポジションを目指したいですね。
--ありがとうございました。
今回のインタビューを記念し、Sym・Proceed SP-IEM7の台数限定キャンペーンが本日公開されました。これはFitEarブランドの中でも上位グレードのケーブルとなる『FitEar Cable 007』(市場売価¥30,000相当)のリケーブルがSP-IEM7に無償付属となるというものです。
これはRock oN Company全店舗の注文がプレゼント対象となるものですが、10点限定と数が少ないので、気になる方はぜひ早めにチェックしてみてください。なおRock oN渋谷店ではリケーブルと付属ケーブルでの比較試聴が可能となっているそうです。
【関連情報】
SP-IEM7/SP-CIEM7製品情報
Sym・Proceedサイト
FitEarサイト
Sym・Proceed SP-IEM7台数限定キャンペーンについて(Rock oN)