プロ作曲家養成講座として数多くの実績を上げてきている「山口ゼミ」。DTMステーションでも以前「プロの現場でのDAW活用のワザをバラしてくれる山口ゼミに潜入してみた」という記事や「売れっ子作曲家5人が語る、“自分がコツをつかんだ瞬間”」といった記事で取り上げたことがありました。その山口ゼミで、先日非常に珍しい試みともいえる講座が開かれ、そこに参加することができました。それはソニー・ミュージックレコーズのプロデューサーである灰野一平さんをゲスト講師に迎え、ソニー・ミュージックレコーズ所属のガールズボーカル&ダンスグループ「J☆Dee’Z」の本番コンペを行ってしまう、というもの。
具体的には、一部の関係者にのみ配布されている楽曲コンペ資料と同じものが、山口ゼミ参加メンバーに事前に配布され、各メンバーがそれに向けて制作し、山口ゼミ経由でエントリーしていたのです。普通、コンペ内容やその結果についてはあまりオープンにされないし、不採用だった作品がなぜダメだったかフィードバックされることなどまずありません。しかし、ここでは1つ1つの作品の評価を灰野さん自らの口で解説し、メジャーレーベルがどんな考えで審判しているのかがオープンにされたのです。どんな内容だったか紹介してみましょう。
山口ゼミについてご存じない方もいると思うので、簡単に紹介しておくと、これは音楽プロデューサーであり、かつ音楽業界に関連する書籍を多数執筆、業界で圧倒的な人脈を持つエンターテック・エバンジェリスト、山口哲一(やまぐちのりかず)さんが主催する、プロ作曲家養成講座。「業界標準、完全プロ仕様」をテーマに、著名な作曲家、アレンジャー、エンジニアなどを講師に招いて実践的で少数精鋭のセミナーを実施するというものです。
2013年1月からスタートし、これまでの受講生は400人を超えるところまできたのだとか。ユニークなのは山口ゼミの上級コースとして、山口ゼミextendedというものがあり、さらにその山口ゼミextended修了生からプロとしてのポテンシャルがあると認められた人だけが入れるCWF(Co-Writing Farm)という集団があること。すでにCWFメンバーは121人になり、ここから数々のメジャーレーベル作品が生み出されているのです。
山口ゼミ、山口ゼミexteneded、CO-WRITING FARMの関係
今回、参加したのは、その山口ゼミextendedの講座で、「A&Rの発想を知る!」というテーマで行われたもの。A&RとはArtists and Repertoireの略で、アーティストと楽曲の管理をする役割の人を意味する言葉。灰野さんは、まさにソニー・ミュージックを代表するA&R担当であり、これまで制作ディレクター・A&Rとして椎名純平、中島美嘉、RYTHEM、RSP、遊助、久保田利伸、Little Glee Monster、J☆Dee’Z、欅坂46、土屋太鳳……など数多くのアーティストに関わってきた人なのです。
今回の山口ゼミの特別講師、ソニー・ミュージックの灰野一平さん
その灰野さんの今回の講座自体は90分の授業でしたが、実際にはその3週間前からスタートしていました。冒頭でも触れたとおり、3週間前にJ☆Dee’Zのコンペシートが参加者に配布されており、それに基づいて曲作りが行われていたのです。これまでも山口ゼミでは疑似コンペは行われていたそうですが、本物のコンペとなったのは今回が初とのこと。まあ普通コンペ情報は、実績のある作家事務所などにしかオープンにならないので、異例ともいえる授業だと思います。
もっとも、ここでコンペに参加したのは山口ゼミExtenededの受講生だけでなく、その卒業生であるCWFメンバー。見方を変えれば、CWFが大手作家事務所的な役割を果たしているといえるのかもしれません。もちろん、CWFは従来の作家事務所とはまったく考え方の異なる集団ではあるのですが……。
実はこの講座の3週間前に、J☆Dee’Zのコンペシートが受講生およびCWFメンバーに配布されていた
このJ☆Dee’Zのコンペでは、山口ゼミExteneded受講生およびCWFにおいて何人かのメンバーがチームでコーライト(共作)する形で楽曲を作成。計12作品集まった中、山口ゼミとしての合格ラインを上回った9作品を事前に灰野さんに渡していたそうです。
今回のコンペに限らず、過去に集まった作品をPCに入れて持ち歩いているという灰野さん
そしてこの日は「デモテープ公開添削タイム~J☆Dee’Zアルバムリード曲コンペ」と題して、全9曲すべてに対して灰野さんから詳細なコメントがありました。「普段からさまざまな応募作品を聴いていますが、それぞれ5段階評価で記録するとともに、簡単なメモ書きをしてiTunesで管理しているんです。そのコンペにはマッチしなくても、少し手を加えればほかのアーティストにハマる……なんてこともありますからね」と灰野さん。
iTunes画面を見せてもらうと、ここには点数も付けられる形で数多くの曲が管理されていた
というわけで、デモテープ公開添削がスタート。ここではまず、その応募作品をワンコーラス分再生。その後、灰野さんのコメントしていくという流れで1作品ずつ見ていったのですが、いくつか紹介していきましょう。
♪「ArashiNoNaka_270_303」
と灰野さん。私自身は、この曲を聴いてビックリ。物凄くレベルの高いものであり、このままヒットチャートに流れていてもまったく違和感がないなと感じるものでした。仮歌として入っているボーカルも、プロが歌う本気の作品。そんなものが5段階評価で3なのか…とちょっとショックを受けてしまったほどでした。引き続き、コメントを紹介していきます。
♪「まっすぐ」
つまり、この曲は灰野さんが5段階評価で5をつけるとともに、「キープ」という状態で預かった形になったわけですね。ちなみにコンペにおいてA&Rが「キープ」と言わなかった楽曲、つまり不採用の作品は別のコンペを含め、ほかで使うことが可能になっています。
デモ曲を再生しては、灰野さんからの手厳しい評価が…
♪「Honey Coming(ハニカミ)」
♪「恋愛確率」
そんな感じで、曲を流しては、灰野さんから厳しいコメントが続くのですが、どの曲もすごいクオリティーのものばかりなんですよ。とはいえ、言葉でクオリティーが高いといっても、実際どうなのかピンと来ないですよね。そこで、今回の9作品の中で、個人的にも非常によかった、と思った「1cm」という楽曲を、DTMステーション記事内で公開できないか、山口さんに聞いてみました。その結果、制作者から公開してOKが出たということで、送ってもらったのがこちらです。ぜひ聴いてみてください。
どうですか?この「1cm」という曲、CWFメンバーである小谷哲典(@barboramusic)さん、長沢知亜紀(@nagasawa_ch1ak1)さん、加藤良太(@Ryota0808)さんのコーライト作品です。今回のエントリー曲、みんなこれくらいなレベルなんですよ。私個人的には10段階評価の9か10でいいじゃないかと思っちゃいましたが、これについて灰野さんがどうコメントするのか……。
♪「1cm」
そう、ソニー・ミュージックのA&Rは、このように審判しているんですよ。厳しいけれど、ものすごく的確にすべての曲をチェックしていることも驚きでした。実は、今の「1cm」という曲を、ここで公開させていただきましたが、実は作家がこのような形で作品を露出するのはリスクがあること、ここに難しい業界ルールもあるんです。そう、一度でも公開した楽曲は、別のコンペに応募できなくなってしまんです。その上で、小谷さんたちに協力いただいたのです。もしDTMステーションをご覧になっているアーティストの方、A&Rの方でぜひこの曲を使いたい!という方いらっしゃったら、彼らのTwitter宛に連絡するか、私までご一報ください。こんな作品が消えてしまうのは、あまりにもったいない話ですからね。
講義の中ではA&Rである灰野さんにさまざまな質問もぶつけていった
ちなみに灰野さんによればJ☆Dee’Zのコンペだと普段100曲程度、乃木坂46や欅坂46だと300~400曲集まるのだとか……。それを1つ1つ聴いて評価するというのは大変な仕事だな…と思った次第です。
「以上9曲聴いてもらいましたが、ディレクターは普段こんな観点で進めています。まあ普段はこんなに言語化して解説することもないとは思いますが……。もちろん灰野さんのような音楽的なディレクターばかりじゃないからね。またA&Rの習性みたいなのはあって、タイアップ先を見つけたい、ヒット曲を出したい、っていうことはどのA&Rもやっているので、その基準でのお話だったと思います」と山口さん。
今回のテーマは「A&Rの発想を知る!」というもので、実践のコンペを絡めたものでしたが、山口ゼミでは毎回さまざまなテーマでの講座が開催されています。次は2019年1月19日からスタートする2019年冬期生募集中とのこと。興味のある方は一度情報をチェックしてみてはいかがでしょうか?