レコーディングの音はマイクによって大きく変わり、その質や印象も違ってきます。だからこそ、マイク選びは非常に重要な要素となりますが、録る素材によって得意不得意があったり、色づけとして、このマイクを使いたい……なんてこともある、奥深く難しい世界。大金持ちなら、片っ端から揃えて、場合に応じて使い分けるというのも手ですが、プロのレコーディングで使われるマイクとなると数十万円は当たり前という世界なので、そうそう手を出せないのも事実です。
そこで、非常に気になるのがマイクモデリング、マイクシミュレーションという技術。この技術を使えば、Neumann(ノイマン)のU67とか、ソニーのC-800Gなど、簡単には買えそうもないマイクの音を実現できる可能性があるからです。でも、本当に近い音を実現できるのか、にわかには信じられない、という人も多いはず。先日、Antelope Audioが主催するちょっとユニークなイベント、「ANTELOPE LAB:ON THE EDGE」が東京・銀座にある音響ハウスで開催され、取材してきたので、実際の音も交えながらレポートしてみましょう。
音響ハウスで行われたビンテージマイクとEdge Duoの録り比べ大会
10月27日に行われたこのイベント、定員25名に対して多くの応募があり、抽選で選ばれた人が来ることができたそうです。満席で行われたのは、AntelopeのEdgeというマイクを使ってレコーディングした音をモデリングし、名機といわれるビンテージマイク達とひとつずつ比較していくというとてもユニークな公開実験イベントでした。このEdgeやマイクモデリングについては、以前「Antelopeのビンテージエフェクトの元ネタを特定!? FPGA FX搭載のDiscrete 8と高性能コンデンサマイクのEdgeを試してみた」という記事でも紹介しているので、そちらも参照いただきたのですが、簡単に概要を紹介しましょう。
左から今回使ったEdge Duo、Edge Solo、Edge Quadro
- 以前はEdgeという名前だったAntelopeのコンデンサマイクですが、先日
- Edge Solo
- Edge Duo
- Edge Quadro
- という3ラインナップが新登場し、従来のEdgeはEdge Duoと名称変更になりました。今回は、そのEdge Duoを使った公開実験が行われたのです。このEdge Duoは単体で135,000円程度するマイクだけあって、とくにモデリングなどしなくても、かなりいいマイクなのですが、モデリングすることで、さまざまなマイクに変身させることができるのが特徴です。
会場には新製品であるEdge Quadroも展示されていた
そのモデリングするには2つの方法があります。ひとつは、Discrete 8やDiscrete 4などAntelopeのオーディオインターフェイス内蔵のFPGAを利用してリアルタイムに指定のマイクの音に変換する方法。もうひとつは、まずはEdge Duoの音をそのままレコーディングし、Antelope製のプラグインを利用して変換するという方法です。どちらを使っても結果はまったく同じ音になるそうですが、ここでは後者を用いてEdgeで録った音をさまざまなマイクにモデリングするということが行われました。
マイクモデリングの設定。画面はDiscrete 8のFPGAを使った場合のもの
では、このモデリング結果と何を比較するのか。ここで利用されたのは、プロのレコーディングスタジオとして著名な音響ハウスが秘蔵する数々のコレクション。具体的には以下の7種類のマイクとの比較でした。
メーカー | モデル | モデリング |
Neumann | U47 FET | Berlin 47 FT |
Neumann | M49 | Berlin 49T |
Neumann | U87 | Berlin 87 |
Neumann | U67 | Berlin 67 |
AKG | C12 | Vienna 12 |
AKG | C414 | Vienna 414 |
SONY | C-800G | Tokyo 800T |
これだけのビンテージマイクが揃うというのは、なかなかの圧巻。これだけが勢ぞろいしたのは私も初めて見ましたが、コンディションも非常によいとのことだったので、これで録り比べをおこなっていったのです。
ピアノを録り比べる、アコースティックギターを録り比べる、ドラムをバイオリンを……と比較してみたいものはいろいろありますが、やはりマイクでの違いが出やすいのがボーカルです。そこで、このイベントでは男性ボーカル、女性ボーカルそれぞれを録り比べるという実験となりました。歌ってくれたのはプロのボーカリストであるお二人、渡辺学さんと今野華子さん。
渡辺さん(左)、本国から来日したAntelopeのミラノフさん(中)、今野さん(右)
渡辺さんはテレビアニメ「キャプテン翼J」の主題歌「Fighting!!」の作詞作曲・歌を担当したり、「超者ライディーン」オープニングテーマ「In My Justice~翼の伝説」のボーカルなどとしても知られる方、今野さんはメジャーアーティストバックボーカル、アイドルコーチング、ピアノ弾き語りでのオリジナル音楽活動を行っている方です。
問題は、どのように録り比べるかですが、ちょっとアクロバット的なセッティングが行われました。つまり各マイクをマイクスタンドを用いて下から、横から上から、斜めから……と並べてEdge Duoを含む8つのマイクを2回でレコーディングしていったのです。
Edge Duoを取り囲む形で各ビンテージマイクをセッティング
ちなみに、接続は各マイクからの信号をDiscrete 8に入れて、Discrete 8のマイクプリアンプに入れた音をそのままOrion 32 HDに入れ、これをPro Toolsへとレコーディングしていく流れです。ここではハードウェア、プラグインを問わずダイナミクスを含む、エフェクトは一切使っていないとのことです。
Discrete 8のマイクプリを経由してOrion 32HDをIFとしてProToolsにレコーディング
その後、プラグインを用いて各対象となるマイクへとモデリングする作業を行った後に、聴き比べ大会が行われたのです。
複数マイクから入力された音をProToolsに同時にレコーディングしていった
ここでは、Antelope Audio Japanの小長谷成希さんが司会進行する形での聴き比べが行われていきました。まずは通しで聴いてみたり、途中フレーズごとにオリジナルとモデリングを切り替えるなどしながら、みんなで聴いていったのです。
Antelope Audio Japanテクニカル・サポート・スペシャリストの小長谷さん
参加者からは「同じ箇所をループしながら、切り替えて欲しい」、「オケ無しのボーカルのみの音声で聴き比べたい」、「モデリングさせる前のEdge Duoの生の音を聴きたい」……などなどの声が上がり、その一つ一つに小長谷さんが丁寧に対応していきました。
ここで読者のみなさんも一番気になるのは、その音の違いだと思います。実際に聴き比べができるよう、小長谷さんにお願いしてレコーディングした音の一部を切り出してもらったものをいただいたので、Soundcloudにアップして比較できるようにしてみました。
渡辺さんのボーカル、今野さんのボーカルそれぞれ同じ箇所で聴き比べることができるので、ぜひじっくりと比較してみてください。各マイクによって、音の質感や立ち上がり、切れ、空気感など、結構違いがあって面白いと思いますよ。
マイクの音を聴き比べるとボーカルの歌っている様子が目に浮かぶようだった
では、本題であるビンテージマイクで録った音と、Edge Duoをモデリングした音はソックリなのでしょうか?小長谷さんも解説していましたが、かなり近いものと、まあまあ似てるかな……というものなど、いろいろでした。個人的にはSONYのC-800Gなどは、ソックリだと思いましたが、U67あたりは、やっぱりオリジナルのほうがやわらかく気持ちいい音だな……なんて感じるところがありました。
小長谷さんも「ビンテージマイクは 保存状態やメンテナンス状況でかなり個体差が出ます。ですので今回比べたマイクとエミュレーションでは当然、音は同じにはなりませんが、Antelope Audioのコンポーネンツベースモデリングのおかげで、マイクの特性やニュアンス、キャラクターが反映されています」と語っていましたが、まさにそんな感じ。高域が強く出てるとか、低域が太いなどの音の傾向や振る舞い、空気感など、いい感じでマイクのキャラクターを再現しているのではないか、と思いました。
このイベントに合わせて、Antelopeの本国、ブルガリアから来日していたRadoslav Milanov(ラドスラフ・ミラノフ)さんは「モデリングのシステムで、もっとも重要なのは、最初にいい音で録れていることです。その信念から本国のエンジニアはかなりのこだわりをもってEdgeのマイクを設計しています」と語っていましたが、ここは非常に重要な点だと感じました。以前、某所で別のマイクモデリングの聴き比べテストに参加したことがありましたが、そのときは似た傾向にはなるけど、そもそものマイクがダメなので、オリジナルにはほど遠い…という結果だったことがあります。それに比べると、今回は真に迫っている感じがありましたね。
今回使ったビンテージマイクにも当然個体差があり、同じ型番が必ずしも同じ音にはならない
また、個人的にはEdge Duo単体での音が、下手な高級ビンテージマイクよりもいいんじゃないか……という印象も持ちました。低域から高域まで、すごくしっかり録れているし、ダイナミックレンジも広く、いい音なんですよね。ここから削っていった結果がマイクモデリングした音なのかな……というように思いました。U47 FETやC414などでも、モデリングのほうが高域がしっかり出ている印象があったので、この辺はEQで削ると少し変わってくるのかも、と思いましたが、これらはEdge Duo本体の音域が影響しているのかもしれませんね。
なお、先ほどのSoundcloudのデータの中にはEdge DuoとEdge Rawという2つがあったのにお気づきになった方もいると思います。実はAntelopeのEdge Duoのオリジナティーを発揮させるために敢えてEdge Duoらしさを引き立てるモデリングがあり、これがEdge Duoというものなのです。一方、Edge Rawを録ったままの音なんですよね。この辺は好みの問題だと思いますが、いろいろと音を変えて使い分けられるというのもEdgeの良さなのです。
今回は新製品であるEdge SoloとEdge Quadroは使いませんでしたが、また機会があったら、どんな使い方ができるのか、どんな音なのか試すことができれば、と思っています。
【関連情報】
Antelope Audioウェブサイト
Discrete 8製品情報
Edge製品情報
【価格チェック&購入】
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