「バンドメンバーに配るための楽譜をきれいに作りたい」、「生徒用にしっかりした譜面を作って配布したい」、「DTMで自分が作曲した作品を、譜面の形で保存したい」……、楽譜を作るというニーズはいろいろとあるようです。DAWにも譜面作成機能を持っているものもありますが、「そんな簡易的なものでなく、記号などがしっかり入れられるとともに、見栄えのする楽譜に仕上げたい」という人もいるでしょう。
では、市販されているきれいな楽譜というのは、どのようにして作られているのでしょうか?数多くの出版社の譜面制作を請け負っているという、大手の楽譜専門の編集プロダクション、株式会社クラフトーンの制作部主任、本山智嗣郎さんに、先日いろいろとお話を伺うことができたので、紹介してみたいと思います。
きれいな楽譜ってどうやって作るのか、プロの本山さんにお話を伺った
--楽譜専門のプロダクションというのは、どんなことをしているところですか?まずクラフトーンという会社の概要を教えてください。
本山:スタートは親会社の東京ハッスルコピーが行っている写譜という仕事です。写譜はたとえばオーケストラのコンサートで各演奏者の譜面台に乗っている楽譜を作るという仕事で、作曲の先生が書いてきた乱雑なスコアから職人が1パートずつ抜き出して、演奏しやすいような譜面に仕上げるというもの。そこから発展して、出版用の楽譜を専門に制作するようになったのが当社です。現在、42名の従業員で30社以上の出版社の楽譜作りを行っています。
株式会社クラフトーンの制作部主任、本山智嗣郎さん
--それはまた大規模ですね!いまはすべてコンピュータを使って譜面を作っているんですよね?
本山:はい、Finale(フィナーレ)というソフトを使って行っていますが、以前はみんな手書きで行っていたんですよ。音符の玉や旗のハンコがあって、これを五線譜に押して書き入れ、手作りの専用の定規を使って線を引いていくという時代が長年続いていました。20~25年くらい前まではそれが主流でした。そんな中、ドイツの会社が作ったScanNoteという楽譜専用のDTPソフトが誕生し、それを大手印刷会社が導入したんです。システム1つ分がクルマ1台買えるくらいの値段だったのですが、そのオペレーションを任されて、一時これで制作を行っていたこともありました。
--20~25年前だと、いまのDAWの前進となるMIDIシーケンサもいろいろと登場していました。Logicなどは譜面を書くソフトということで「Notator Logic」なんて名前でしたし、Cubaseも「Cubase Socre」なんてバージョンを出して、譜面制作をかなり意識したソフトだったと記憶していますが……。
本山:そうですね、ウチでもPerformerやCubaseを試したことはありました。が、正直なところ「お話にもならない」という感じでした。というのも、やはり打ち込み系のソフトだと、玉がきれいでなくてもいいし、旗がつながっていようと、切れていようと大丈夫という考え方で、あくまでも演奏が主体となっているから、私たちが行っている、見せるための譜面とは程遠いんですよ。
現在、本山さんが日々使っているFinaleは、Ver 3.0という本当に初期のころから使ってきた
--DAWで作る譜面って、いまひとつカッコよくないと思ったのは、気のせいではないんですね(笑)。
本山:そんな中、抜本から異なる、まさに譜面用のソフトとして、Finaleというものが登場してきました。確か1994年だったでしょうか…、本当に初期の時代、Finale Ver 3.0のときに導入して使ってみたのです。価格的には先ほどのScanNoteなどとは違い、誰でもが買える値段ながら、業務で使える内容でした。また日本語も最初からサポートしていたので、当初からワープロと同じノリで歌詞を入力することができた。まさに革命的なソフトだったんですよ。ただ、そのころは、まだ「かゆいところに手が届かない」というか、今のバージョンでは当たり前の機能がなく、裏ワザを駆使しながら使っていましたけどね。また、われわれ浄書業者と出版社の間でいろいろと話し合いをし、Finaleできれいな楽譜が出版できるよう、使い方のルールなども決めがら、ノウハウを構築してきました。
--バンドスコアなどもFinaleで作れるんですよね?
本山:もちろんです。当社でもバンドスコアを制作する仕事は非常に多くありますし、それをFinaleで行っています。とくに便利なのはTAB譜が簡単に作れるところですね。五線譜をTAB譜に持って行けば、自動的に数字が出てくるし、五線譜を直せばTAB譜も自動的に修正するなど、扱いやすいですよ。
KORGのMIDIキーボード、nanoKEY2を使ってステップ入力を行っている
--気になるのは、どうやって入力するのかということです。DAWやMIDIシーケンスソフトの場合、リアルタイムレコーディングングでMIDI入力するケースが多いのですが、Finaleではどうするのでしょう?
本山:リアルタイムレコーディングもできるし、すでにMIDIファイルがあれば、それを読み込んで使うこともできます。また、マウスで1つ1つ音符を貼り付けていくこともできるのですが、私たちは通常、MIDI鍵盤を利用したステップ入力をしています。鍵盤で音程を指定し、PCのキーボードのショートカットで音符の長さなどを指定するという方法ですね。
--なぜ、そうした入力方法をとるのですか?
本山:リアルタイムレコーディングなどを使うと早く入力できるようにも思えるのですが、実は手直しがかなり多くなってしまうんです。たとえば8分音符のスタッカートを入力したいとき、リアルタイムレコーディングでは、32分音符と捉えられてしまうかもしれないし、もっと別の音符に捉えられるかもしれません。またMIDIファイルを読み込んで、Finaleで開いてみると、グリッサンドなどは細かい音符がグシャっとつぶれた感じになってしまいます。やはりリアルタイム感のあるところは、譜面用にひとつひとつ修正していく必要があり、これが意外と面倒なんですよね。このように演奏情報と譜面では違いがあるので、ステップ入力によって自分で音符の長さを指定するほうが、ずっと効率がいいんですよ。こうして入力した情報を再生することは可能であり、この場合、スタッカートはスタッカートとして表現されますからね。
--Finaleを使えば、誰でもプロと同じようなきれいな楽譜が作れてしまうのですか?
本山:DAWで作る譜面とはまったく違う、きれいな楽譜を作ることは可能になりますが、一般のユーザーが仕上げたものと、私たちプロのものでは、出来栄えに、やはり違いはでますよ(笑)。そこが私たちのノウハウでもあるのですが、実際、小学校の教科書の譜面などは、0.1mm単位での指定があったりと、できるだけ楽しく楽譜に接することができるようにする工夫を凝らしているんです。とはいえ、きれいな出力ができると、楽譜制作も楽しくなると思いますよ。
--ありがとうございました。
私も興味がありつつも、難しそうでやや敬遠していた楽譜制作。DTMとはちょっと違う世界ではありますが、DAWで作る譜面とFinaleが作る譜面とでは、大きな違いがあるみたいですね。ちなみに、Finaleは実売53,000円前後最上位版のソフトですが、15,000円以下で購入できるFinale PrintMusic、7,000円以下で購入できるFinale SongWriterなどいくつかのバリエーションがあるようです。そのほかにも以前「歌声合成にも使える無料譜面ソフト、Finale NotePad 2012をGETしよう!」という記事でも紹介した無料版も存在しています。機能の違いなどはFinaleの製品サイトにありますが、体験版なども配布されているようなので、楽譜をきれいに作りたいと思っている方は、一度試してみてはいかがでしょうか?
【関連サイト】
Finale製品情報
Finaleファミリー仕様比較
Finale体験版ダウンロード
株式会社クラフトーン