1983年登場のDX7で世界を一世風靡したYAMAHAのFM音源。その後、ICチップ化されたFM音源はPC-8801mkIISR(OPN:YM2203)、X68000(OPM:YM2151)、PC-9801-86(OPNA:YM2608)、さらにはMSXやFM-TOWNS、SoundBlaster……と往年のパソコン名機、周辺機器に搭載され、初期のDTM文化を育んできました。そのため、40代以上の方だと、FM音源をDTM原体験として持っている方も少なくないのではないでしょうか?
そのYAMAHAのFM音源チップが、8月5日、6日に行われるMaker Faire Tokyo 2017で、自作ユーザー向けに数量限定(5日に20個、6日に25個)で先行発売されるとともに、その後スイッチサイエンスなどを通して発売されることになりました(先行発売価格は税込み3,000円、通常価格は3,240円)。正確にはYMF825というチップに水晶発振器などを組み合わせた小さな基板「YMF825Board」という製品で、Arudinoなどと組み合わせて簡単に工作ができるようにしたものです。開発に関わった方々にお話しをうかがったので、これがどんなものなのか紹介してみましょう。
YMF825Boardを開発した長谷部雅彦さん(左)、宇田道信さん(中)、浦純也さん(右)
「われわれのチームでは、主にMAKE市場向けに、eVocaloidのデバイスNSX-1を搭載したeVY1シールド、心がこもった対話を実現するHEARTalk“! UU-001という製品をリリースしてきましたが、第3弾として当社のFM音源を搭載したYMF825Boardを発売することにしました」と話すのは、ヤマハ株式会社 新規事業開発部 HEARTalkグループの浦純也さん。
浦さんには、先日の記事「心がこもった対話を実現するYAMAHAの新技術、HEARTalk基板が自作マニア向けに発売だ!」でもインタビューさせていただいたばかりですが、このチームに先日、兼務の形で長谷部雅彦さんが加わって製品化したものです。
YMF825Boardはとっても小さな基板にYMF825と水晶などを載せたもの
「普段は電子楽器の事業部でキーボードなどの開発をしているのですが、このMAKEの世界が大好きなので、社内公募の情報を見て、希望して参加したんですよ」という長谷部さん。ご自身もMaker Faireの常連出展者で、奇楽堂というグループとして、さまざまな楽器作品を出してきています。実は2年前の記事「個人メイカー開発の楽器が大手メーカーの楽器を超える日!?」においても取材させていただいたことがありました。そして基板設計、実装は、お馴染みウダーの開発者である宇田道信さん、というチームなのです。
社内公募に募集して、兼務でこのプロジェクトに参加しているという長谷部さん
でも「YMF825って何だ?」という方も少なくないと思うので、まずはこのチップのバックグラウンドについて簡単に説明しておきましょう。これは通称SD-1とも呼ばれるYAMAHAのFM音源チップで、主に中国市場の家電向けに作られている小さなICです。そのため、モノ自体は2011年からあったのですが、国内向け、しかも一般ユーザー向けの発売は今回が初となったのです。
YMF825のピン配置
「YMF825自体、日本国内でも使用されていますが、メインは中国の家電製品になります。このチップ内部に900mW対応のスピーカアンプが内蔵されており、スピーカーを接続するだけで鳴らすことができ、別チップになりますが、音圧が高いということで着メロの世界でも好まれていたのです」と浦さん。
YMF825Boardの基板に直接スピーカーを接続して鳴らすことができる
FM音源のスペック的にいうと4オペレータ、16音ポリという構成。そう聞くと「なんだ、やっぱりDX7みたいな6オペじゃないのか…」という人もいそうですが、中身をチェックしてみるとDX7と比較にならないほどの高スペックです。というのもDX7など昔のDXシリーズやOPN、OPMの時代のFM音源は、各オペレータから出力されるのはサイン波のみだったため、矩形波やノコギリ波っぽい音を出すだけでも3つ4つのオペレータを組み合わせてていく必要がありましたが、このYMF825=SD-1では、サイン波以外に矩形波、三角波、ノコギリ波など全29種類もの波形を扱うことができるため、音作りの幅広さは比較にならないほど。さらに、ここには3バンドのEQも搭載されているので、ここで最終的な音質設定までできるんですね。
YMF825の各オペレータから出すことができる29種類の波形
「6オペあっても、演算量が増えるばかりで、音作りの多様性という意味ではYMF825のほうが優れていますよ。しかも、DX7など、昔のFM音源ではフィードバックは1つだけでしたが、これはアルゴリズムによっては2つのオペレータでフィードバックさせることができるため、その点でも音作りの幅は広がっていますよ」と長谷部さんは説明してくれました。
YMF825のアルゴリズム。2番と5番ではフィードバックを2つのオペレータでできる
そう聞くとますます興味を持ってしまうわけですが、これを使えば、DX7をも超える最新鋭のFMシンセサイザを作れてしまう、ということなのでしょうか?
電源を接続し、プログラムで制御することで高性能な音源を鳴らすことができる
「音作りの幅でいえば、そうかもしれません。ただ、音を鳴らしながらパラメータを変化させるといったことはできないんです。もちろんピッチホイールやモジュレーションホイールを動かして使うことは可能なのですが、シンセサイザ・プレイという面では物足りなさがあるかもしれません。また、YAMAHAの楽器製品と比較するとピッチの分解能が少し粗いですね」(長谷部さん)。
そこで、実際どんな音がするのか、YMF825BoardをRaspberry Piに接続したデモ演奏を行ってもらったので、ご覧ください。
どうですか?これだけの音が出せれば十分すぎるほどのシンセサイザだと思います。ここで弾いていたのは、RefaceDXですが、音はRefaceからではなく、YMF825Boardから出ていますからね!
ここではRaspberry Piを用いて制御していた
信号の流れとしては、まずRefaceDXのUSB端子からRaspberry Piに接続してMIDI信号を送り、そのMIDI信号を取り出した上で、画面に16進数表示するとともに、そのままYMF825Boardへと送っています。そして、そこから出た音をモニタースピーカーに送って音を出しているのです。またRaspberry Piには3つのサンプル音色データが入っていて、スイッチを押すと、そのデータが転送されて音色が切り替わるようになっているんですね。
基板の裏側にはUdaDenshiの表記もある
「ここでは3.5mmのステレオアウトを通じてアンプに送っていますが、アナログ回路を宇田さんに丁寧に作っていただいたこともあり、S/N的には十分すぎるレベルを実現していると思いますよ」と本職の長谷部さんからのお墨付きとなっています。
Arudinoなら、5V仕様なので、接続もしやすい
「電源周りにコンデンサを置いている程度で、それほど特別なことはしていませんよ。このステレオミニの出力、LとRともに音が出ますが、信号的にはモノラルですね。またこれとは別にスピーカー出力もあるので、これも便利に使えると思います。一方で、基板的には5Vで駆動するため、Arudinoであればそのまま動作させられますが、Raspberry Piは3.3V電源であるため、抵抗を取り外して、ショートパッドをショートさせるなど、少し改造が必要になります。そのほかリセット端子も出しているので、これを使うことでパニック時にリセットをかけることも可能です」と宇田さんが説明してくれました。
基板設計などを担当した宇田さん
「このYMF825Boardは、本当に音源だけとなっているため、プログラムを組まないと音を出すことすらできません。サンプルプログラムや仕様については、githubを通じて、どんどん公開していきますので、ぜひうまく活用していただければと思います」(浦さん)
Maker Faire Tokyo 2017のスイッチサイエンス・ブースで先行発売されるYMF825Boardは即完売となりそうな気もしますが、8月中にはスイッチサイエンスのサイトで発売されるとのことなので、会場で入手できなければ、少し待ってみてもよさそうですね。
心のこもった対話を実現するHEARTalk UU-001(上)とUU-002(下)
なお、先日のHEARTalk UU-001もスイッチサイエンスのサイトに出品されると、30分以内に完売するという瞬殺状態が続いていたようですが、先日量産タイプのUU-002がリリースされたので、今後は入手しやすくなるだろう、とのことです。仕様としてはほぼ変わらないけれど、マイクが従来のコンデンサマイクからシリコンマイクに変わった、とのことです。入手できずに諦めていた方も、再度チェックしてみてもよさそうですよ!
【関連情報】
YMF825Board製品情報
YMF825Board github
YMF825仕様書(英語)