DJ機器の最大手メーカーであるAlphaTheta(アルファシータ:旧Pioneer DJ)がTORAIZ(トーライズ)ブランドにおいて、音楽制作ギア、Chordcat(コードキャット)を発表するとともに、Makuakeでのクラウドファンディングを11月11日から開始し、大きな脚光を浴びています。公開から10分で目標金額の300%を超え、11月20日現在2940%というちょっと桁違いの達成率を実現し、ますます注目を集めているのです。
これは単3電池x6本でも駆動する持ち歩き可能なコンパクトなマシン。最大の特徴はChord Cruiser(コードクルーザー)というコードレコメンド機能を搭載していることで、音楽理論の知識や演奏スキルがなくても、自分のイメージにあったコード進行を簡単に作り出し、サクサクと楽曲制作ができてしまう、というもの。ドラムマシン機能を含む8トラックのシーケンサーを装備し、145種類の音色と16種類のドラムキットを備えるとともに、USBやMIDI端子を装備し、PCと連携させる機能も装備した超強力な機材なのです。さらに驚くのがその値段。正式な発売前のマーケティングリサーチという位置づけもあって、一般販売時の価格は未定とのことですが、Makuakeでの価格設定は、税込み29,700円(送料無料)となっています。この値段を考えるとクラウドファンディングでの購入が殺到しているのも当然といえば当然。実際の機材を少し触ってみたので、どんなマシンなのかを紹介するとともに、AlphaThetaの担当者に話を伺ったので、どんな意図で開発したのかなど、インタビューしてみました。
コンパクトながら高性能を誇るChordcatの特徴とスペック
11月2日、3日に行われた東京楽器博 2024で初お披露目となったChordcat。現地に来られた方は、見かけた、実際に触ってみた、という方もいらっしゃると思います。また、11月11日にMakuakeでのクラウドファンディングがスタートすると、SNS上でもさまな人が話題にしていたので、気になっていたという方も多いと思いますし、すでに購入した、という方も少なくないと思います。
このChordcatは、サイズ的には247mmx111mmx33mmで400g(電池含まず)というお弁当箱サイズのコンパクトなマシン。単3電池x6本でもUSB Type-C端子からの電源供給でも動かすことができ、入出力端子はそのUSB Type-Cのほか、マスター出力であるフォンジャックのステレオ出力、3.5mmのヘッドホン出力、そしてMIDIのINとOUT(THRU)を備えたもの。
音源内蔵でコードやリズムでシーケンストラックを使いながら楽曲を作っていくガジェットという意味では、昔のヤマハのQYシリーズなんかに通じるものはありそう。手元にあるQY70と並べてみても、比較的近いサイズではあります。
最近のデバイスでいうならば先日「直感的に音楽制作をするためのコンパクトなオールインワン・ガジェット、Ableton Moveのパワー」という記事で紹介したAbleton Moveともジャンル的には近いけれど、向いている方向はかなり違いそうです。
楽曲制作の悩みを解消するChord Cruiser機能とは?
まずはChordcatの最大の特徴であるChord Cruiser機能について紹介しているビデオがあるので、ちょっとご覧になってみてください。
なんとなく雰囲気は分かったでしょうか?まずはプリセットとしてエモいコード進行などがいろいろ用意されています。デフォルトはマイナーのダイアトニックコードとなっていますが、7thやマイナー7th、さらにはHouse、Pops、DnB、80’s Synth Pop、Future Bass、R&B、Rock、Future Pop、Oldschool Rave……。ただ、このプリセットはあくまでも、曲作りのとっかかりにすぎません。このChord Cruiser機能を使うことによって、そのプリセットのコード進行にとらわれず、直感的にいい感じのコード進行にしていくことができるです。
まあ、DAWでも現在のコードに合う次のコードをお勧めする五度圏機能といったものがあるけれど、ChordcatのChord Cruiserはもっと直感的で、難しいことは何も考えなくても簡単に使うことができるんです。お勧めされたものを適当にいろいろ鳴らしてみて、フィーリングに合うものがあったら、それを選べばOK。コードを順番に鳴らしながら、お勧めされるものをどんどん設定していけば、自分だけのコード進行を組み立てていくことができるんです。
このChordcatに搭載されているコードはなんと1万種類。「え?コードってそんなにいっぱいないでしょ!」と思った方も多いと思いますが、たとえば同じCmaj7だとしても、ボイシング、つまり音の構成を変えたものを違うコードと数えると、それくらいのバリエーションになるんです。そして、このChord Cruiserを使うことで約11万通りものコードのつながりに出会うことができるのだとか……。
8つのトラックでドラムもベースもメロディーも
そのように作ったコードを並べていくことで曲を作っていくことができるのです。もちろん、Chordcatで作れるのはコードだけではありません。全部で8つのトラックがあり、それぞれでドラムを打ち込んだり、ベースを入力したり、メロディーを作っていくことも可能。
ただし、これはMIDIで曲を作っていくツールなので、ボーカルをレコーディングするとか自分で弾いたギターをレコーディングする……といったオーディオ機能はありません。またサンプリング機能も搭載していないから、マイクも内蔵されていないし、オーディオ入力端子も装備していないのです。そういう意味では、最近のこの手の機材としては、ちょっと珍しいタイプ、といえるのかもしれません。
Chordcatは、楽曲制作の全部を行うツールではなく、コード進行を効率よく、そしていい感じに作っていくことがメインで、それを充実させるためにドラム入力やベース入力、メロディー入力もできる、と考えるのがよさそうですね。
DIN MIDI、USB-MIDIで外部との連携も可能
とはいえ、やっぱりボーカルを入れたい、自分で弾いたギターも重ねていきたい……と思うこともあるでしょう。そんなときはスマホのレコーダーアプリだったり、WindowsやMac上で動くDAWと組み合わせて使えばいいだけの話です。そうしたアプリやDAWとの連携方法は何種類かあります。
もっともシンプルなのが、レコーダーアプリやDAWと同期させる、という方法。Chordcatには外部からのMIDI Clockに同期することもできるし、反対にMIDI Clockを出力して外部機器を同期させることも可能です。またその入力および出力のMIDIにおいて5ピンDINのMIDI入出力を利用することもできるし、USB Type-CのUSB MIDIを使うこともできます。どれを使うかはMenuボタンを押して、OLEDディスプレイを見ながら設定していけばOKです。
こうした同期のほかにも、Chordcatで作ったトラックをMIDI出力して、それをそのままDAWにMIDIレコーディングしてしまうというのも手。こうすることで、コード進行だけはChordcatで作るけど、それ以降はすべてDAW側にお任せということもできるわけです。MIDIのリアルタイムレコーディングになるわけですから、コードのトラックだけでなく、ベースのトラックやドラムのトラックなどをDAWへと渡すことも可能です。
このようにMIDIとしてDAWに渡すと、Chordcat内の145種類の音色、16種類のドラムキットに縛られることなく、さまざまな音源が利用できるというのも大きなメリットとなります。
なお、AlphaThetaによると、こうしたMIDIのリアルタイムレコーディングでデータを受け渡すだけでなく、現在開発中のアプリ、Chordcat Managerを使うことで、Chordcat内に保存されているプロジェクトファイルをWindowsやMacにバックアップしたり、そうしたデータをパターン単位でSMFに変換してDAWに取り込むこともできるようになる、とのこと。逆にコンピュータ上にあるSMFをChordcatに送るといったことも可能になるとのことなので、DAWでの音楽制作の手法を大きく変える画期的ツールになりそうでもあります。
Chordcatにはほかにも、アルペジエーター機能やディレイ機能、ダッカー機能という3種類のエフェクト機能が搭載されており、ランニングダイレクション機能というユニークな機能が搭載されているのも面白いところ。とくにエフェクト機能は通常のオーディオエフェクトではなくMIDIエフェクトであるため、一般的なディレイなどとはだいぶ違った効果になるのも制作にバリエーションをつけるという意味において、大きく役立ちそうです。
Chordcat開発者インタビュー、世界最大のDJ機器メーカーが音楽制作ギアを開発する理由
では、そのChordcatの開発者であるAlphaTheta株式会社の新規事業開発部 新規開発2課の課長である古谷昭博さんに開発の経緯や、製品の狙いなどについていろいろ伺ってみたので、その内容を紹介していきましょう。
--先日の楽器博でAlphaThetaが、Chordcatを発表していたのを見て驚きました。まず、Chordcatを開発した経緯を少し教えていただけますか?
古谷:当社はDJ機器を中心とした製品展開をしているメーカーですが、私自身は、ずっと以前からDJが扱う素材である楽曲そのものから価値提案をしたい、という思いを持っていました。それで電子楽器、音楽制作というジャンルの製品をいくつか手掛けてきたのです。それがChordcatでも使っているTORAIZというブランドです。
--あ、以前Pioneer DJとDave Smithの共同開発のような形で出していたアナログシンセですね。
古谷:その通りです。そのアナログシンセの前、TORAIZブランドとして最初に出したのは2016年のTORAIZ SP-16というスタンドアロン型のサンプルラーで、Dave Smithとの共同開発でリリースしました。その後、2017年にTORAIZ AS-1というアナログのモノフォニックシンセサイザをやはりDave Smithとの共同開発で出しています。アナログ回路部分はDave Smithの開発で、UIや筐体設計などのデザイン部分、またステップシーケンサなどは当社側という役割分担でした。さらに2019年にはTRAIZ SQUIDという16トラックのMIDIシーケンサも当社だけでの開発で出しています。このSQUIDはちょうど海外でモジュラーシンセが盛り上がってきたタイミングで出したもので、599ドル(現在の税込国内価格は82,500円)ということもあり、アメリカやヨーロッパでは話題になりました。国内外に数多くのシンセサイザメーカーがあるなか、かなりの後発ではありましたが、CV/GATE出力機能を持たせたり、DINクロックにも対応したのでビンテージ機器とも同期できるなど、結構な機能を盛り込みました。
--なるほど。今回のChordcatはそのTORAIZ製品の新ラインナップということなんですね。
古谷:はい。ただし、社内的には少し位置づけも変わったので、単純に従来製品の続きというわけではないんです。DJ機器としては市場に受け入れていただいている実績のある当社ですが、電子楽器、音楽制作機器としては、本当に後発であり、小さなブランドです。当然のことながら、DJ製品と同じ考え方で展開しても、なかなか受け入れられるものではありません。そこで、完全な新規事業としてベンチャー的に取り組んでみようということになったのです。
--それでクラウドファンディングだ、と。
古谷:当社製品はこれまで、正式発売が決まるまで情報は一切外に出さないという主義でやっていましたが、今回はクラウドファンディングという形をとっていますし、その前に東京楽器博でゲリラ的にお披露目するということにもトライしました。まずはできるだけ多くの人に知ってもらおう、実際手に取りやすい価格で発表しようということで、製品説明を行ったところ、多くの方に興味を持ってもらうことができました。また価格についてヒアリングをしたところ、「妥当な価格だ」、「安すぎる」という声が9割でしたので、悪くない感触でした。
--これまでのTORAIZ製品とは、だいぶ方向性も違う製品になっているように思いますし、ほかにはない非常にユニークな製品だと感じました。どうやって、こんな製品ができたのでしょうか?
古谷:僕自身、DAWを使っていてハードシンセも使うし、ソフトウェアのプラグインも利用しながら音楽制作をしています。でも、いざ音楽制作をしようというときに、PCに向かってやるぞ!と思っても、まずPCの電源を入れて、起動まで待って、DAWソフトを立ち上げて、プロジェクトを作って、トラックを作って、設定して……といろいろな手続きが必要で、使えるようになったときには、すでに最初の曲のアイディアが消えてしまっていたり、集中力が途絶えていたりします。確かにモバイルデバイスで音楽制作ができるアプリなども出てきていますが演奏というよりは作業に近いな、というイメージもあります。もっと手軽に使えるハンディーな電子楽器が欲しいな……という思いでアイディアをまとめていったのです。
--ハンディーな音楽制作マシンという意味では、他社もいろいろな製品を出しています。
古谷:そうですね。他社が新製品を発表するたびに、焦ったり、悔しく感じたりもしました(苦笑)ただ、ハンディーで音楽制作というだけだと、作業するためのもの、という雰囲気が出てしまいます。何かユニークな点が欲しいなと考えていた中、実際に音楽制作を趣味で行っている人、何人かにお願いして、その制作の様子を見学させてもらったのです。するとリズムとかメロディーはサクサクつくるけれど、コードを作るところで、みんな手が止まりやすいんです。僕自身もコードを聴いてイメージを膨らませたりするけど、ちょっと変更したいと思うと簡単にいかないんですよね。ピアノロールをいじりだすと、だんだん難しくなっちゃう。ここを何かサポートできないか……と考えていったのです。楽しみながら感性でコード進行、ハーモニー作りができたらな、と。そうした中、Chord Cruiserというお勧めのコードを提案するものを思いつき、これを電子楽器にしてみよう、と。
--ChordcatはChord Cruiserが非常にユニークだと感じましたが、まさにそこからスタートしていたんですね。ちなみに、このChordcatというネーミングは?
古谷:Chord Cruiserが中心であり、コードにフォーカスを当てた楽器なので、Chordとつけるとともに、catというのは古くからのスラングで、クールな演奏家を意味しているんです。また、Chord Cruiserの名称は、コード演奏ができる状態においてCruiserボタンを押すとXYパッドが点灯し、まさに広大なコードの海をクルージングするようなイメージで自由にコードの行先を決めていくことができるところから名付けています。フィーリングでどのコードにするかを選べばいいのですが、ディスプレイにはコード名や、構成音が表示されるので、ここで確認することも可能です。お勧めのものが最初の16個で収まりきれない場合には次のページにも表示されることがあるので、ページを切り替えて見てみてください。いいなと思ったコードが見つかったら、そのコードを抑えながらアサインしたい番号を押せばいいだけです。ただ、必ずしもコード進行を番号順に並べる必要はなく、好きな位置にキープとしてパレット的に使っていただいてもOKです。さらにボイシングも変更できるようになっており、同じコードでも違った雰囲気にすることが可能です。
--Chord Cruiser以外にもさまざまな機能が搭載されてますよね?
古谷:8トラックのシーケンサを搭載しており、左側が16ステップのシーケンサ用のボタン、右側がXYパッド、そして手前に演奏可能なタッチ鍵盤という大きく3パートに分かれていています。8つあるトラックのそれぞれに16パターンを作ることが可能です。ハードウェアのグルーヴボックスとしてはかなり長いかなと思いますが、1パターンに8小節まで作ることが可能です。コードに特化しているので4小節だとちょっと足りないと感じる方もいるだろうと思い、8小節・128ステップまで作れるようにしました。
--コード以外のトラックの入力テクニックなどあれば教えてください。
古谷:たとえばベース音色でChordモードにするとルート音だけが発音されるので、同じコードで弾いていくだけで簡単に作っていくことが可能です。またSHIFTを押しながら5番を押せばキーを、6番を押せばスケールを変更できるので、こうした機能を使うことでメロディーなどの入力もしやすくなります。一方、SHIFT+7でRunning Directionという機能を割り当てているのですが、これがちょっとユニークなものになっています。これはステップシーケンサにおいて1~16のボタンの再生順番を変更するもの。縦方向や横方向、逆方向に再生していったり、時計回り、半時計回りに再生していくことが可能で、こうすることによって、思いがけない面白いリズムやフレーズが生まれることがあります。ぜひ、この辺も活用してみてください。
--Chordcatの外部機器との連携についても教えてください。
古谷:ChordcatはDIN MIDIおよびUSB-MIDIで外部機器と連携させることが可能です。でき上った曲をMIDIで流すことができるのはもちろんですが、Chord Cruiserでお勧めのコードやボイシングもMIDIで流すことができるので、DAWと接続してこうしたMIDIデータを受け取ることで、いろいろな活用ができると思います。またでき上ったプロジェクトデータは内部メモリに保存される形で本体内に溜まっていきます。かなりなメモリ容量があるので、すぐにいっぱいになる、ということはありませんが、それでもパンパンになってしまったら、Chordcat Managerというアプリを使うことで、プロジェクトファイルのバックアップをすることを可能にしています。この際、シーケンスデータをパターン単位でSMFに変換することもできるので、これをDAWなどで利用していただくこともできるし、逆にSMFのデータをChordcatのシーケンスデータに変換して、Chordcatへインポートすることも可能なので、すでにできている曲をChordcatで演奏するといったことも可能になります。この辺はぜひユーザーのみなさんのアイディアで活用していただければと思います。
--最後にクラウドファンディングに関して、またその後の一般販売などについて教えてください。
古谷:現在Makuakeでクラウドファンディングを実施中で1台税込み29,700円という価格で販売しております。クラウドファンディングの実施は12月10日までとなります。実際の製品のお届けは3月末までにはできるよう予定しております。クラウドファンディング終了後、一般販売ができればとは思っていますが、そうした点について、クラウドファンディングの状況を見て社内で検討していくことになるので、現時点ではまったく未定となります。もしご興味を持っていただけるようでしたら、ぜひ、このクラウドファンディングでの購入を検討いただければと思います。
--ありがとうございました。
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