先日「大きく進化した国産譜面ソフト、カワイのスコアメーカーをちょっとだけ試してみた」という記事でも紹介したカワイのスコアメーカー。最初のバージョンが誕生してから今年で21年目という老舗ソフトですが、FinaleやSibeliusなど海外の楽譜ソフトとはだいぶ違う路線のソフトへと進化してきたようです。
先日、このスコアメーカーの一般ユーザー向けの新製品発表会に行ってみたところ、別室でこれまであまり表に出ていなかったさまざまな情報を聞くことができました。驚いたのはその楽譜認識技術において、Finaleが出力したPDFなら、ほぼ100%の認識率を実現できているということです。この楽譜ソフトの世界で、海外メーカーのソフトと何が違うのか、カワイの持つ技術力とはどんなものなのかなど、株式会社河合楽器製作所 電子楽器事業部コンピュータミュージック室 室長の岡雅章さんに話を伺ったので紹介してみましょう。
世界に類を見ない非常に高度な譜面認識エンジンを搭載したカワイのスコアメーカー
--スコアメーカーって、かなり長い歴史を持ってますよね。
岡:そうですね、最初のバージョンが登場したのは1995年。Windows 95が出る直前のWindows 3.1の時代です。当時は、音楽帳という主に学校向けの、楽譜を作成するためのソフトも出していて、そちらはすごく売れていましたね。ちょうど小学校、中学校のコンピュータ化が進み出した時代で、楽譜の読み方、書き方を学習するためのツールとして使われていたのです。
--その後Windows 95が出てから、世の中的にも急速にパソコンが普及していった時代ですもんね。
岡:ちょうどその時期に、社内の研究所で楽譜認識技術の実用化のメドが付き、これをスコアメーカーとして商品化したのです。今から見れば、まだまだ原始的なものではありましたが、それでもスコアメーカーとして基礎がこの辺で固まっていったのです。それから約10年間、地道に機能向上させながらバージョンアップを図っていきました。それがスコアメーカーの第1世代です。
第1世代最後となったスコアメーカー5
--ということは、その後、第2世代へと進化していくわけですね。
岡:はい、2006年に設計を1から見直して作り直した第2世代となるスコアメーカーFXをリリースしています。ここではノーテーション=楽譜作成機能を完全リニューアルするとともに、それまでに研究所で積み上げてきた認識エンジンの最新版を搭載。さらにソフトウェア音源もそこで初めて搭載しています。それまでは、DTM用の外部音源がいろいろとあった時代で、当社でも「サウンドパレット」という製品を出していましたが、世の中的にもソフトウェア音源が一般的な時代に入ってきたこともあり、オリジナルの音源を組み込んだのです。
--ところで何でFXという名前に突然変わったのですか?
岡:第2世代になったことを示すために名前を変えたかったのです。第1世代がバージョン5まで進んだので、6番目のバージョンということで、A・B・C・D・E・Fと6番目のアルファベットということでFとし、新しいeXperienceということでXをつけてFXですね。その後、FX2、FX3……FX6と順当に進化させてきて、一巡したところでFXをとって「スコアメーカー7」が一つの転機となり、第2.5世代という感じの位置づけになりました。
スコアメーカーFXになった際、現状と同じ3つのグレードに分化した
--スコアメーカー7で何が変わったのでしょうか?
岡:外見上、特別大きな進化があったわけではないのですが、第2世代の最初のころから気が付いていたあることを改めて前面に押し出そうということになりました。それは、スコアメーカーは単なる楽譜作成ソフトではないということなんです。そこで改めてスコアメーカーのユーザーの利用状況やサポートセンターへの問い合わせ内容を見てみたところ、Finaleなどとは大きな違いが見えてきたんです。
スコアメーカーFXで搭載されたソフトウェア音源はさらに進化し、現在のスコアメーカーにも搭載されている
--ユーザーの利用の仕方が違うということですか?
岡:はい、たとえば購入前の質問として最も多かったのは「持っている楽譜を移調できるのですか?」というもの。もちろん、それはスコアメーカーにとっては簡単なことですが、要するに楽譜を使う人がスコアメーカーを使っているんですね。一方のFinaleやSibeliusなどは楽譜を作る人が使うソフト。考えてみれば、楽譜を作る人よりも楽譜を使う人のほうが圧倒的に多い。だったら、楽譜を使う人にフォーカスを当てようとなったわけなのです。
そして昨年はスコアメーカー20周年モデルということでスコアメーカー10をリリース。さらに今回UIも大きく変えた第3世代として、バージョン名を廃した上で、Platinum、Standard、Elementsという3つのグレードの製品を発売したのです。
--だいぶ洗練されたデザインになりましたよね。
岡:楽譜を使う人といえば、歌をやっている人、楽器をやっている人が多いと思いますが、当社のユーザーを見るととりわけ多いのが合唱ユーザーです。というのも楽器なら楽譜を演奏すれば音が出ますが、歌の場合、どんなメロディーの歌なのか自分で声を出さなくてはならないから、ガイドが必要なんですね。そのため音取りのツールとしてスコアメーカーがかなり普及しているようなのです。そうしたユーザーにとって、どうすればより使いやすくなるのかという点を徹底的に追求するとともに、やはりバージョンアップユーザーが非常に多いので、これまでのユーザーさんにとっても使い慣れた操作方法がそのまま利用できるということで今回の形にしました。
--実際の利用シーンとしては、やはり市販の楽譜をスキャンして……という使い方になるのでしょうか?
岡:そうですね、ただし全員が全員、スコアメーカーでスキャンしてということではなく、メンバーの一人がスコアメーカーでデータ化した上で、そのファイル形式であるSDXファイルを配布して利用するというケースも多いようですね。ちょうど、PDFを読むツールとしてAdobe Readerがあるように、SDXを表示し、演奏し、印刷するためのスコアプレイヤーというソフトを無償配布しているのでそれをダウンロードして利用していただければいいのです。
先日、東京都渋谷にあるトート音楽院で行われたユーザー向けの新製品発表会の様子
--今回の新バージョンの開発において、最も力を入れたことはどんなことですか?
岡:楽譜作成ソフトとして、練習に使うソフトとしての使い安さを徹底的に追求するのと同時に、楽譜認識ソフトのありかたそのものをイノベーションしていく、という考え方で臨みました。従来は楽譜を取り込んで認識するモードと、それを修正するモードとが完全に切り離されていて、認識結果の修正が大変ということがよくありました。今回は取り込んだ画像上で直接認識結果の修正を行える仕組みを強化したので、ここでしっかり認識結果の確認をすることで、後はレイアウトを整えたり、移調やパート譜にしたり、演奏表現を付けたりに専念できるような持って行ったのです。
取り込んだ画像上で直接認識結果の修正を行える仕組みが強化されている
--先日もスコアメーカー Platinumを試してみたところ、非常に高い認識率であることには驚かされましたが、その一方でスキャンにコツもあるようにも思いました。
岡:やはり使う楽譜の種類や、品質、取り込み方、設定によって結果が大きく変わってくることも事実です。市販の楽譜を取り込む場合、できるだけフラットベット型のスキャナを使うとともに、丁寧にスキャンすることで認識率は上がります。一方、最近はPDFで楽譜が配布されるケースも多いですが、Finaleから直接出力されたPDFであれば、音符や基本的な記号はほぼ100%認識できます。
--ええ?100%って、そんなところまで来ているんですか?
岡:はい、いろいろと研究開発を進めてきた結果、そこまで実現できるようになりました。楽譜作成ソフトから直接PDF出力したものであれば、条件によりますが100%に近いレベルにあります。この技術は、実は「PDFミュージシャン」というiPadアプリで先に実現していたんです。
--PDFではなくスキャナから取り込んだものはどうなんでしょう?
岡:スキャナから取り込んだものとなると、やはり楽譜の品質差も大きく、認識率という意味ではバラつきも出てきます。また、認識エンジンという意味でも1つのものですべてに対応するのは難しいため、高品質な楽譜を取り込むエンジンと、低品質なものを取り込むエンジンの2つを搭載しており、楽譜によって使い分けることができるようになっています。
PDFファイルの読み込みにおいて、Finaleが出力したPDFならほぼ100%の認識が可能
--楽譜ソフト間でのデータのやりとりのためにMusic XMLというのがありますよね。Music XMLへの対応はどうなっているのでしょうか?
岡:Music XMLのエクスポートには対応していますが、読み込みについては非対応としています。というのもMusic XML自体規格がかなりあいまいで、メーカーごとにローカルルールがあるというのが実情です。それならばPDFを読み込むほうが遥かに実用的であり、そちらを選択したわけです。
--手書きの楽譜の認識というのはどうなのでしょうか?
岡:ニーズはあるのですが、現状は印刷された楽譜をターゲットとしており、手書き楽譜には対応していません。ただ今後はAIなどの手法も取り入れつつ、さらに進化させていきたいと思っており、そのための土台作りをはじめたところです。
--楽譜を利用することに舵を切ったスコアメーカーではありますが、もちろん楽譜を書くためのノーテーション機能も重要な位置づけだと思います。そうした中、FinaleやSibeliusなどは意識しているのでしょうか?
岡:第2世代のころは、かなり意識しており、それぞれができることを調べて足りない機能のキャッチアップは行っていました。現在ももちろん意識はしていますが、競合として意識するのではなく、世の中のトレンドや、最低限必要な機能などを見る上でのチェックとなっています。たとえば、今回の新機能でも、PCのキーボードを使った入力に、FinaleやSibeliusと同様の方式を追加しています。
画面に音符を書き込んでいくと、自動認識して楽譜化してくれるiOSアプリ、タッチノーテーション
--海外ソフトとこれだけ明確な違いがあり、かつ楽譜認識技術においては世界最先端を行っているのですから、世界的に広がってもいいように思います。とくに楽譜は世界共通のものですから、ローカライズもしやすいと思うのですが……。
岡:第2世代の時代には海外展開も真剣に検討しました。ただ、スコアメーカーをやっているのは当社の中でも小さな部門なので、マンパワー的に難しく断念したという経緯があります。やはりPCのソフトウェアの場合、単に出せばいいというのではなく、営業にもサポートにも人を要するので……。ただ、最近はスコアメーカーで培ってきた技術を用いたiOSアプリも出しています。これについては、販売もサポートもワールドワイドでしやすいということから積極的に取り組み始めたところです。たとえばタッチノーテーションという手書きで楽譜を作成していけるアプリは海外でもヒットしていますし、スコアメーカーとは直接関係ないもののメトロノームアプリなども海外で売れており、徐々に下地を作っているところです。ぜひ、これからの展開にもご期待ください。
--今日はありがとうございました。
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