先日「iOS楽器アプリの原点iELECTRIBEが全く新たなiPhone版リズムマシンに!」という記事で取り上げた、KORG iELECTRIBE for iPhone。国内外で大ヒットアプリとなっているようで、日本のApp Storeのミュージックカテゴリでも有料アプリの1位となっていました。90年代後半に出た実機を使ったことのある人や、ドラムマシン好きな人のマニア心をグッと掴む一方、ドラムマシンなんて触ったこともない、という初心者でも楽しく遊べる手軽さが大ヒットになっていり大きい理由なんだと思います。
その人気アプリ、KORG iELECTRIBE for iPhoneを開発したのが、株式会社コルグの高橋和康さんと岡本達也さん。先日、コルグに伺った際、お二人にお話を聞くことができたので、どんなコンセプトで開発したのか、面白い使い方はないのかなど、インタビューしてきました。
KORG iELECTRIBE for iPhoneの開発者である高橋和康さん(左)と岡本達也さん(右)
--先日、高橋さんには、KORG iM1 for iPad開発者インタビューにおいても、お話を伺いましたが、このKORG iELECTRIBE for iPhoneでは、高橋さん、岡本さんは、どんな役割分担なのですか?
高橋:私が開発チームリーダーで、役割としては実装を含めたUIとデザインを担当しました。また岡本がサウンド担当であり、ファクトリープリセットを作るほか、音周り全般をサポートしている形ですね。
--iELECTRIBE for iPadから5年が経過しましたが、今回のアプリはどんな経緯で作ることになったのでしょうか?
高橋:iPhoneはユーザー数も多いので、以前からiPhoneで動かせたら……とずっと思ってはいました。ただ、画面が小さいため、ここでiELECTRIBEを動かすのはUI的に現実的でなかったのが実情です。ただ、1年前にiPhone 6が発表されたのを見て、これだけ大きな画面なら、なんとか操作性を失わずに作れるのではないか…と思うようになったのです。もちろんiPhone 6 Plusであれば、さらに使いやすいだろうな、と。
左が5年前にリリースされたiELECTRIBE for iPad、右が新しく登場したKORG iELECTRIBE for iPhone
--iPhone 5の時代だって、CPUの処理性能的には十分動かせるレベルではあったんですよね?
高橋:そうですね。ただ、ELECTRIBEは基本的に1画面にしたいという思いもあったため、従来は厳しいと考えていましたので、iPhone 6が登場してからの開発となりました。ただ、iPhone 6のサイズをもってしても、使いやすさを損なわずにボタンやツマミを配置するのは非常に難しく、開発には苦戦しましたね。最終的には、一応iPhone 5やiPhone 5s、また縦横比の違いから上下にスペースはできてしまいますがiPhone 4sでも動作するように設計しています。
各機種で表示させたiELECTRIBE for iPhone。iPhone 6(上)、iPad Air2(左下)、iPhone 6plus(右下)
--私はiPhone 6 Plusで使いましたが、まったく違和感なく、気持ちよく使えました。表示されるボタン数を減らすため、SHIFTキーでボタンの機能が入れ替わるなど、うまくできてますよね。ところで、今回は画面のデザインが初代ELECTRIBEであるELECTRIBE・R(ER-1)風になってますが、ここには何かこだわりがあるのですか?
高橋:実は、私が初めて本格的に触った電子楽器が、ER-1だったんです。当時、まだ大学生だったのですが、これでエレクトロニカやドラム’n’ベースとかを、家にこもって一人で作って遊んでいたので、個人的にはとても思い入れのあるマシンなんですよ。だからこそ、次にiELECTRIBEを作るなら、ER-1のデザインにしたいと思っていたし、そのデザインも徹底的にこだわって再現しようと思っていました。
最初の楽器がER-1だったので、強い思い入れがあるという高橋さん
--岡本さんはELECTRIBEを使った経験は?
岡本:私もELECTRIBEは学生時代から触れていました。ER-1は友人の家で触ったことはありましたが、自分で買ったのはELECTRIBE MX(EM-X)でした。高校の学園祭でEM-Xを使ってライブをやったりしましたよ。といっても演奏は自分ひとりで、友人のダンサーが踊るという……(笑)。まだ入社2年目ですが、入社して最初にelectribe samplerのサウンドに関わり、2つ目がこれ。とっても楽しいですね。
岡本さんの入社2つ目のプロジェクトがKORG iELECTRIBE for iPhoneの開発だった
--岡本さんのサウンド担当というのは、どんなことをするのですか?実際、iELECTRIBEとしてのサウンドエンジン部分の開発もしているのですか?
岡本:サウンドエンジン自体は、iELECTRIBE for iPadで完成していたので、それを使っています。これはER-1をそのままエミュレーションできます。また、今回収録されているER-1のプリセット192個は、ER-1の実機から吸い出したパラメータそのものなんですよ。だから、このプリセットは1999年の実機を作った当時のスタッフが制作したものというわけです。一方で、新しいiELECTRIBEには新規に64個のプリセットが追加されていますが、そのうちの半分をRichard Devineさん(https://soundcloud.com/richarddevine)が、残り半分を私が担当しています。各プリセットのインフォメーション部分を見て頂くと、どちらが担当したプリセットなのか確認できますよ。
高橋:DSP自体を完全な形で移植していますので、同じ音が出ますね。ただ、実機にはないエフェクトを搭載しているので、その意味では大きく拡張されており、エフェクトを利用することで実機には出せないサウンドを出すことが可能になっています。
--ほかに音作りという面でER-1実機と違う点はあるのですか?
岡本:ER-1の実機ではオシレーターの波形はサイン波と三角波のみでしたが、矩形波やノコギリ波も扱えるようになっています。またPCMパートも、実機では各パート1つのみだったのが、4つから選べるようになりました。そこにピッチモジュレーションがかけられるのも面白いところなんですよ。たとえばライドの音に、6つあるピッチモジュレーションの中からノイズを選んでかけてみると、ブラシっぽい音になります。もともと”カーン”という音が、”シャワシャワ”した音になります。実機だとPCMをそのまま鳴らすだけだったけれど、こういった使い方ができるようになったのも大きな特徴だと思います。
高橋:ER-1mkIIではできたけど、ER-1実機にはできなかった機能としてクロスモジュレーションがあります。
このER-1の実機のエンジン部分がiOSに完全な形で移植されている
--クロスモジュレーションでパンチの効いた音って、あまりよく理解できないのですが、もう少し詳しく教えてもらえますか?
岡本:ピッチを揺らすという意味ではパート毎のモジュレーションと同じなのですが、クロスモジュレーションだと揺らしている時間を調整できます。Synth 1に対してSynth 2が揺らす役になるわけですが、2のディケイを極端に短くして同時に鳴らすと、2の短い音が鳴ってる瞬間だけ1にモジュレーションがかかるので、頭だけ高く金属的な響きを作ることができるんです。これによってアナログっぽくない硬い音を作ることができます。
クロスモジュレーションを利用してパンチの効いたサウンドを作りこむ
--ほかに面白い使い方ってありますか?
岡本:そうですね。EFFECT SWITCHを使うことで、エフェクトを全体にかけるのではなく、任意のパートにかけることができ、ずっとかけ続けるのではなく、ステップを選んでエフェクトをかけられるのも面白いところです。たとえば5ステップと9ステップにのみスネアにリバーブをかけると、このステップタイムが終わったところでリバーブが切れるため、ゲートリバーブ的な効果を得ることができるんですよ。
エフェクトをかけるパートやステップを任意に決めていくことができる
--いま発売されている新型の実機electribeを含め、一般的にシンセサイザの音作りってフィルターを使うので、それに慣れている人が多いと思いますが、このiELECTRIBEはフィルターではなく、モジュレーションで音を作るというのはユニークですよね。
岡本:フィルターはエフェクトの一種としてのみ搭載されています。なのでピッチモジュレーションのみで音作りをするわけですが、キックの音ひとつ作り込むにもなかなか奥が深く、楽しいんですよ。また、LOW BOOSTというツマミがありますが、これを一番絞るとシャキシャキと高音が立った音になるのに対し、右に回していくと高音が下がっていく代わりに低音が上がってきます。これを120前後まで上げると、音が歪みはじめ、キツイ音になってきます。これでうるさければ、DECAYを短くすると嫌な歪みのない、キックに仕上がってきます。こういった細かい音作りは、実機では実際にツマミを触りながら直感的に操作していたわけですが、iELECTRIBEではツマミをフリックすることができるので、より細かく作り込むことができますよ。
実機、ER-1にはない機能を数多く備えたKORG iELECTRIBE for iPhone
--ツマミをフリック!?
高橋:はい、ツマミの上をフリックすると値を1つずつ動かすことができます。あまり知られてないんですが、これはiELECTRIBE for iPadのときから使えた方法でして、他のコルグのアプリにも搭載されています。これを使うことで、シンセパートのピッチノブを1つずつ動かすことができます。1つで半音ですから、これをモーションREC機能で使うことで、ある程度意図したシーケンスパターンを作ることもできるわけです。
初回起動時限定だが、チューリアルが表示され、試しながら使い方を覚えることができる
--そんなことができたんですね!まったく知りませんでした。
高橋:そのほか、体験型のチュートリアルを入れたのもiELECTRIBE for iPhoneで実現させたひとつの試みです。初回起動時のみではありますが、実際の操作方法を使いながら理解できるようにしています。より間口を広げ、はじめて楽器アプリを使った人でも、楽しく、分かりやすいものにしたいと工夫しているところです。
--知らない機能、知らない使い方がいっぱいで、ちょっと驚きました。こうしたTIPSがどこかにまとまっていたりしないのですか?
高橋:KORG appのTwitter(@korg_iapps)で、各アプリのTIPSを頻繁に投稿していますので、ぜひ、そちらをご覧いただければと思います。
--どうもありがとうございました。
※インタビューを行った直後の9月16日に、AppleからiOS9がリリースされましたが、一部のDTM系アプリで不具合も出ていたようで、コルグからも「iOS9対応状況に関するお知らせ」としてのアナウンスが出されました。ただ、すでにKORG iELECTRIBE for iPhoneをはじめ、KORG Gadget for iPad、KORG Module for iPad、iM1 for iPadは修正版がリリースされているので、iOS9でも問題なく使えるようですよ。
【ダウンロード購入】
KORG iELECTRIBE for iPhone(2015年9月30日まで半額の1,200円)