DAW上で360 WalkMix Creatorというプラグインをインサートすると、ヘッドホンで聴いているのに、前後左右そして上下も含め、自分を取り囲むすべて方向から音が聴こえる360 Reality Audio(サンロクマル・リアリティオーディオ)作品を制作できることは、これまでDTMステーションでも紹介してきました。このソニーが開発した技術を使った作品が、続々と発表されている中、声優の羽多野渉さんのアーティスト活動10周年を記念する3rdアルバム「TORUS」の表題曲、TORUSの360 Reality Audio版がAvexより配信リリースされました。
今回のアルバムは、調和・循環・連続性のあるエネルギーという意味を持つTORUSをテーマに作成されており、楽曲のTORUSは作編曲をザ・ジェッジジョンソンの藤戸じゅにあさん、作詞を松井洋平さんが担当。プロデューサーとして、ラブライブ!、おそ松さん、賭ケグルイ、転生したらスライムだった件……などのサウンドを手掛ける佐藤純之介さんが参加しています。今回リリースされるTORUSの360 Reality Audio版について、羽多野渉さんと佐藤純之介さんにインタビューしてみたので紹介していきましょう。
声優の羽多野渉さん(左)とプロデューサーの佐藤純之介さん(右)
--まずは、TORUSを作った羽多野さんの想いについてお聞かせください。
羽多野:音楽活動10周年ということで、4年ぶりのフルアルバムを作ろうということでスタートしました。最初のアルバムは「W」というタイトルでして、それは自己紹介的な作品でした。2ndアルバムの「Futuristic」は、この世界の未来や自分の未来についてなど、未来をテーマにした作品となっています。「W」は10年前の作品なので、今からすると過去であり、「Futuristic」は未来だったので、それらを繋ぐ今の自分を表現したのが「TORUS」です。TORUSには、調和・循環・連続性のあるエネルギーという意味があり、トーラス構造はドーナッツ型で可愛かったので、このタイトルを付けました。このTORUSの円と、音楽や声優の仕事の縁をかけて、アルバムを制作いたしました。
過去と未来をつなぐ今の自分を表現したのが「TORUS」だと語る波多野さん
--先に2mix作品がリリースされていたTORUSですが、360 Reality Audioで聴いてみてどうでしたか?
羽多野:これ、すごいですよね。スピーカーで聴いたときもビックリしたのですが、ヘッドホンでも右から左、左から右というレベルではなく、もっと空間的に回っていて、楽しかったです。ヘッドホンで聴くからこそ、普段見つけられない音を発見できて、感動がありました。自分のあの曲が360 Reality Audioになったら、どうなるんだろうとか想像してしまいますね。自分が宇宙に居るようで、浮遊感があり、没入感がすごいです。ハイレゾを初めて聴いたときに感動しましたが、それ以上の革新的なことだなと思いました。
完成したばかりの360 Reality Audioミックス版「TORUS」をまずはスピーカーで試聴する波多野さん
--ちなみに羽多野さんはオーディオ好きと伺ったのですが、音楽との出会いはいつからなのでしょうか?
羽多野:父親が自宅にスピーカーを10種類ぐらい並べてて、2,3歳のころに踊っている映像が残っていたんですよ。記憶にないのですが、小さいころから家の中に音楽は溢れていたようです。そういったキッカケもあり、学生時代には弟とテレビゲームをスピーカーで鳴らしていました。またテレビ番組やCMも、アンプからスピーカーに繋いで観ていたのですが、そこでこだわって作られていることを発見したときに、オーディオの魅力にとりつかれました。20代30代のころは、自分で稼いだお金で、いろいろなスピーカーやアンプを買ったりもしましたね。最近は家に猫が居るので、防音室を自宅に導入して、音楽生活を楽しんでいます。
--ヘッドホン、イヤホンも結構お好きなんだとか…
羽多野:最初にハイレゾを聴いたのは、佐藤さんがまだランティスにいらっしゃるころで、ラブライブのハイレゾ版を聴かせていただいて驚いたんです。それがキッカケになってイヤホン沼にハマってしまい…(苦笑)。家電量販店などに行ってはいろいろ試したり、店員さんと話しをしては、新しいのを買って…と。
--そんなオーディオ好き、イヤホン好きな羽多野さんから見て、360 Reality Audioはどうですか?
羽多野:「TORUS」に込めた宇宙感が360 Reality Audioにピッタリで、次元を飛び越えてますよね。エンターテイメントとしての音楽の可能性をグワーッと広げる技術だなと感じました。今は手軽に音楽を聴く時代ですが、僕らの学生時代は音楽をじっくり聴いていました。そんな、一日の終わり、寝る前にじっくり音楽に浸れ、音楽と一体になれる技術だと思います。
ヘッドホンなのに立体的に聴こえる360 Reality Audioミックス版を真剣にチェック
--一方、佐藤純之介さんに伺いたいのですが、プロデューサーとしてTORUSを作る際にこだわったところについて教えてください。
佐藤:そもそも、私は声優さんとお仕事するにあたって、ナチュラルな声質を大切にしているんです。通常であれば、EQやコンプを使って、聴き取りやすい声に加工するのが当たり前ですが、私の場合は本人と直接話して聴こえてくる声を再現するようにしています。そのため、加工した声に比べると抜けがよくなかったりするのですが、それでもなるべく生の声とマイクを通した声の差を無くすようにしています。なのでTORUSでも、羽多野さんの声が自然になるようにマイキングをしたり、空気感を含めたりしています。
プロデューサーであり、360 Reality Audio版のミックスも担当した佐藤純之介さん
--360 Reality Audio作品としてはどうですか?
佐藤:たとえば、キックが天井から鳴っていると違和感を感じるので、まずは現実で鳴っているように音を配置しました。ベーシックなリズムは、違和感なく聴こえるようにしておいて、ギターを動かすといった相対関係で立体感や驚ける場所を作りました。また歌声に囲まれるように、声9つのオブジェクトに分けて、メインは真ん中に配置しつつも、ハーモニーはうしろや上に配置したり、さまざまな仕掛けをしているので、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。2mixのほうは、私はあくまでもプロデューサーとしてのみで、エンジニアは別の人にお願いし、360 Reality Audioのほうは私が直接手掛けています。それぞれ込めた思いが違うので、ぜひ2mixと360 Reality Audioの聴き比べもして、その違いを感じ取っていただきたいですね。
--声を9つのオブジェクトに分けたとのことですが、全部でオブジェクト数はいくつぐらいでしたか?
佐藤:ステムにして39オブジェクトにまとめました。このうち9オブジェクトがボイスです。シンセをまとめたり、ギターをリードとバッキングでそれぞれまとめたりしています。またメインが鳴った後のディレイを分けて、成分だけをうしろで鳴らしたり、リバーブ成分を上に飛ばしたりしました。シンセのディレイは、原音が鳴った後にうしろを追うように掛けることで、流れ星をイメージしたサウンドを鳴らしています。ところどころ音響的にビックリする効果を付けていますが、ただの飛び道具としてでなく、MVを観てみるとその意味が分かると思います。
--360 WalkMix Creatorを使って、どのように仕上げていったのでしょうか?
佐藤:Mac Book Proにヘッドホンアンプを繋いで、カスタムイヤホンで仕上げています。自分のMacで360 WalkMix Creatorを使い、最後にスタジオでチェックしたという流れです。最後スピーカーが何台もある環境でチェックした際、結果調整せず、そのままOKになりました。ヘッドホンだけで作れるのは、クリエーターにとって、かなり嬉しいですよね。
--最後にTORUSの聴きどころを教えてください。
佐藤:全部が新しい体験だと思うので、すべてが聴きどころです!
羽多野:TORUSは、スルメ曲でして、何回聴いてもあきない作品に仕上がりました。主人公が居て物語のあるものというよりは、古文書のように不変のメッセージになっています。音の海を漂いながら自分だけのお気に入りの音を見つけてほしいです。CDでは見つけられなかった、可愛い音に出会えるはずです。