YMOや松任谷由実、山下達郎、大貫妙子、佐野元春、葉加瀬太郎、矢野顕子……、数えたらキリがないほど多くの日本のアーティストがレコーディングをし、数多くの名作を生み出した東京・銀座にあるレコーディングスタジオ、音響ハウス。1974年に設立され、まもなく50周年を迎える音響ハウスは、今も日々多くのレコーディングが行われているのですが、その音響ハウスのスタジオの空気感、部屋の鳴り・響き、臨場感を忠実に再現するプラグイン、ONKIO Acousticsが発表され、本日10月20日、タックシステムから発売が開始されました。
これは音響ハウスが「公式記録として後世に伝えていきたい。音楽を愛するすべての方々に少しでも音響ハウスの空気感・臨場感に触れてていただきたい」という思いから製品化したもの。このスタジオの音響再現においては、従来のインパルスレスポンスによるサンプリングリーバブを超えたものを提供したいとのことで、最新のVSVerb技術を用いた世界初の商用ソフトとして開発されたプラグインとなっているのです。Mac/WindowsのAU、VST、AAXの各環境で利用でき(※Windows版のリリースは少し遅れ11月上旬の予定)、音楽を志すDTMユーザーなど、多くの人に使ってもらいたいという考えから、価格も実売で9,800円と手ごろな値段に抑えられているのも、嬉しいところ。実は、その開発過程において、実際のスタジオの測定現場なども立ち会っていました。そして、ついにソフトウェアとして完成したということで、発売前にこのONKIO Acousticsを試すことができたので、これがどんなものなのか紹介してみたいと思います。
数々の名作がレコーディングされた音響ハウスのスタジオの音を再現するプラグイン、ONKIO Acousticsが誕生
音響ハウスは、まさに日本を代表するレコーディングスタジオなわけで、これまでも多くのメディアで取り上げられてきているので、ご存じの方も多いと思います。また、2020年11月に『音響ハウス Melody-Go-Round』という映画が公開され、大きな話題になったので、ご覧になった方も多いのではないでしょうか?以下はその予告編のビデオ。
この予告編を見るだけでも、一度行ってみたい、見てみたい、そこでの音を味わってみたい……と思うのではないでしょうか?そんな思いを手元のDAW環境で実現できてしまうのが、今回のONKIO Acousticsなんです。
音響ハウスには複数のスタジオが入っていますが、このプラグインで再現できるのは中心的に使われている1スタと2スタ。今年、2022年1月22日に中原雅考さんと井出将徳さんの株式会社ソナのチームでスタジオの測定、すなわち音場のサンプリングが行われたのです。このときの話は、改めて詳しく記事にする予定ですが、ごく簡単に説明すると、このプラグインは一般的なIRリバーブ(サンプリングリバーブ)とは違うものなんです。九州大学芸術工学部の尾本章教授が開発したVSVという音場解析手法を音場再現に応用したVSVerbが使われているのです。
VSVの実用化やVSVerbの開発は、中原さんと尾本教授によるオンフューチャー株式会社にて2006年頃から取り組まれてきたもので、その技術はAESや音響学会などでも多く発表されています。
ソナ/オンフューチャーの中原さん(左から2番目)が指揮する形で、音響ハウスの1スタ、2スタの測定が行われた
VSVerbでは、独自の仮想音源サンプリング技術を用いて元音場の反射音の方向情報を解析し、その空間情報をもとにリバーブを復元します。復元したリバーブには、サンプリング時のノイズ、マイクやスピーカーなどの特性は含まれないため、非常にリアルでクリーンな音響ハウスのスタジオの音を再現できるようになっているのです。実際、そのONKIO Acousticsで再現するデモビデオがあるので、ぜひ、こちらもご覧になってみてください。
では、実際にどうやって使うのか? 使い方はとってもわかりやすくなっています。たとえばボーカルを音響ハウスの1スタで録る、とかアコースティックギターの演奏を2スタのブースで録る……といったことを想定した上で、このプラグインを使っていくのですが、まずはボーカルでも、ギターでも、音響ハウスで録った音にしたい素材を、なるべく反響のない状態でトラックに入れておきます。
タックシステムから発売されたプラグイン、ONKIO Acoustics
これにONKIO Acousticsをインサーションの形で入れます。これだけで、まさにスタジオでの音に変わるのですが、左上で、Studio No.1かStudio No.2かを選択します。この際、スタジオをクリックするとStudio No.1のほうは
・Reflectors:Half
・Reflectors:None
という選択肢から選ぶことになります。
まずは左上で、1スタか2スタか、反射板のセッティングをどうした状態かなど基本設定を選ぶ
これは1スタの上部にある反射板に関しての選択です。測定当日も、反射板がすべて取り付けられている状態と、半分にした状態、そして全部外した状態それぞれで、行っており、そのたびに音響ハウスのスタジオスタッフ総出で、取り付け取り外し作業をしていたんです。
実際測定時には、スタッフ総出で反射板の取り付け・取り外しなどが行われた
この反射板のありなしで、音の響きが大きく変わってくるので、どれにするかを選択するわけです。一方、2スタのほうは
・Inside the Booth
・Outside the Booth
の3つから選択する形になっています。Main Floorは2スタのメインフロアを意味するわけですが、この2スタにはメインフロアとは別にブースがあり、そこでの音も再現できるようになっているのです。Inside the Boothを選べば、ブース内で歌ったり演奏したものをブース内にマイクを立てて録音する音、Outside the Boothを選ぶと、ブース内で演奏したものをブースの外=メインフロアにマイクを立てて録音することを意味しています。
このようにシチュエーションを分けて設定できるようになっているんですね。さらに、スタジオを選んだ後、画面右側において、音源の位置とマイクの位置をどのように設定するかを決めることができるようになっています。1スタの場合、
・Source-CENTER
・Souce-RIGHT
の3つの中から選びます。つまり歌ったり演奏する音源が左なのか、センターなのか、右なのかを選ぶ形で、当然マイクはその反対側に位置します。これを選ぶと画面の表示も変わるのでイメージしやすいと思います。
ブースの中に音源、ブースの外にマイクを設置した上で、Mic Angleでマイク角度の調整も可能
必要に応じてマイクの角度を変更してみたり、マイクの位置をXYZ方向に少しずつ動かすといったことも可能になっています。こうした設定を変更すると画面中央にある立体的なグラフも変化していきます。このグラフが、その音場を表しているものなのです。
各種設定を行うと、音響特性がどうなるかがグラフ表示されるようになっている
そして画面一番下にあるのが各種パラメータです。まず最初は特に何も動かさなくてもいいと思います。必要に応じて入力レベル、出力レベルを調整してみるといいでしょう。また、デフォルトではドライとウェットが同じになっていますが、これも状況に応じて調整してみたり、プリディレイ、リバーブタイム、Low、Mid、Highといった値も好みに合わせて調整してもいいと思いますが、音響ハウスのサウンドに忠実にするのであれば、とくに触らなくても良さそうです。
ONKIO Acousticsの一番下の画面で細かな調整を行ていくが、まずはデフォルトの設定で試してみよう
もっとも、音響ハウスでは、実際のスタジオの音に近づけるため、このONKIO Acoustics用にプリセットを作成してくれています。具体的には1スタでのピアノレコーディングやボーカルレコーディングなど5セットと、2スタにでのドラムレコーディングやブースを使ったギターアンプレコーディングなど7セットの計12セット。これらを利用するのがより音響ハウスでのサウンドにするための近道といえそうです。
プリセットも12種類用意されているので、まずはここから選択するのが近道
ところで、このプラグインはトラックにインサーションで掛けるのが基本ではありますが、部屋の響きを再現するプラグインであれば、プロジェクト全体に対し、センド・リターンの形で掛けたい…と思う人も少なくないと思います。そうしたニーズに対応するため、ONKIO AcousticsにはSendモードといものが用意されています。
必要に応じて、センド・リターンで使うリバーブエフェクトにすることもできる
デフォルトではInsertモードになっているのですが、DRY/WETの上にあるボタンを使ってSendモードに切り替えると、センド・リターンの形で使えるようになります。DAW側でFXバスなどを作成の上、ONKIO Acousticsを組み込むとともに、Sendモードにした上で、各トラックからの音をセンドで送ることで、そうした使い方を実現できるわけです。どちらのモードを使うかはユーザーの考え方次第。各トラックごとにインサーションで利用するとともに、全体にうっすらセンド・リターンでで使うとのもありかもしれませんね。
実際に使ってみると、いわゆるリバーブプラグインとは少し違った感じで、すごく心地いいサウンドに仕立てることができるはずです。邦楽であれば、音響ハウスでレコーディングされた楽曲は非常に多いので、このプラグインを使って、そうしたサウンドに近づけてみるのも楽しそうです。自分の好きなアルバムのクレジットなどをチェックしてみて、音響ハウスであることを見つけたら、ぜひその作品の響きに近づけてみる実験をしてみてみるのも面白そうです。
なお、ONKIO Acousticsは誰でもダウンロード可能で、ライセンスを持っていない場合、14日間の試用版として使うことも可能なので、まずは試してみてはいかがでしょうか?
※2022.11.16追記
本日、ONKIO AcousticsのWindows版がリリースされました。Mac版と同様、誰でも無料でダウンロード可能とっており、そのまま14日間の試用版として使うことが可能です。また、すでにMac版用に購入している場合は、同じライセンスで起動させることが可能です(同時使用は1つのみ)
【関連情報】
ONKIO Acoustics製品情報
音響ハウス・サイト