多くの人が夢見ている「音楽を仕事にしていく」という生き方。でも、それを実現できているのは、ごく一部の人であり、ものすごく才能のある人か、非常にラッキーな人である、そんな風に多くの人が考えていると思います。実際、プロミュージシャンと言われる人でも、アルバイトでなんとか生活している人が多いのも現実ですしね。
そうした中、やっぱり気になるのがボカロPの存在。もちろんボカロPといったって、ピンからキリまでいるし、プロミュージシャンが名前を隠してボカロPを名乗って作品発表するケースなんかもありますから……。でも、ホントの素人がVOCALOID作品を作って、ニコ動で一発ヒット作を産めば、プロとして生きていけるのか、というのは気になるところですよね。そんなことを実現させ、プロダクションや大手レーベルに所属せず、一人のフリー作曲家として生きているmonaca:factory(10日P)さんに、話を伺ってみました。
ボカロPとしてスタートした後、フリーの作曲家として活動しているmonaca:factory(10日P)さん
--monacaさんが曲を作るようになったのはいつ頃なんですか?
monaca:2008年2月に、初めて初音ミクで作った曲をニコニコ動画に投稿したのが最初に作った曲です。小学校のころに親に言われてピアノを習ったり、高校では吹奏楽部にいたので、音楽には馴染みがあったのは事実です。また中学校のころから、作曲できたらカッコいいな、という思いはありましたが、初めて行動しようと思ったのは初音ミクがキッカケだったんですよ。初音ミクなどを購入し、作曲の勉強をし出したのが投稿の10日前。だから10日Pって名づけられたんですよね。10日前といっても作曲そのものにかけたのは3日程度。ほかにも動画作りとか、覚えて実行しなくてはならないことがいっぱいありますからね。
--実際、曲を投稿してみてどうでしたか?
monaca:どんどん再生回数が増え、コメントがついていくのは驚いたし、感激でしたね。曲を作るというのは、こんなに楽しいことなのかと思いました。当時、IT会社への就職が決まり、もうすぐ大学を卒業という時期でした。もちろん、そのまま4月には入社し、プログラマとして仕事をしつつも、夜や休日に音楽を作る生活をしていました。そんな中、200枚の手焼きのCDを持参して、初めて同人即売会に出たところ、完売したんですよ。もちろん、同人即売会だから、これで儲かるというほどの額ではありませんでしたが、音楽でお金をいただく喜びは何事にも代え難く、音楽だけで生活してみたいと思うようになりました。当然、会社員でいたほうが、安定した生活はできるのだろうとは思いましたが、やっぱり音楽で生きていきたいという思いがどんどん強くなっていったんですよね。また何の根拠もないけれど、なんかできる気がしたんですよ(笑)。
90万再生となった「ロゼッタ」
--普通なら会社員を続けながら趣味として、音楽活動をするところですよね?
monaca:いろいろな人に相談もしたのですが、やっぱり音楽に集中したいな、って。100万円貯めたら辞めようと決心して、親にも話をしないまま、結局会社員は1年3か月で終了させました。今、考えると当時まだ10万再生行く曲もなかったので、ちょっと無謀だったかな……とは思いますが、CDの通販などもしながら、しばらくは細々と暮らしていきました。でも、生活に困窮するようなことはなかったし、会社に頼れない分、自分でいろいろと社会勉強をして、情報を身につけることもできましたね。転機となったのは2010年9月に投稿したロゼッタという曲。プチヒットというレベルではあるのですが、投稿後すぐに10万再生を超えた(現在は90万再生)ことで、VOCALOID界隈で知られるようになり、さらに2011年4月に投稿したマーメイドも60万再生となったことで、いろいろなところから呼ばれるようになったんです。
この「マーメイド」も60万再生に
--でも、再生回数が何十万あったって、それでお金が入ってくるわけではないですよね?
monaca:今ならYouTuberとか、再生件数によって多少はお金が入る仕組みがあるし、ニコ動も同様のシステムが導入されましたが、当時はなかったです。でも多少、名前が知られるようになったことで、ほかのアーティストに楽曲提供する、なんて話がポツポツ入るようになったんです。また、ニコ動での曲が、カラオケに採用されることになったんですが、そうした楽曲をJASRACに信託することで印税が入る仕組みが確立できたのも、大きな出来事でした。今では普通に行われるようになった、ニコ動の曲のJASRAC信託。当時は初めてのことであり、最前線で交渉事なども行ったんですよ。
--とはいえ、それだけで生活できる収入になるとはなかなか思えませんが……。
monaca:そうですね。別に企業に飛び込み営業を、なんてことをしたことはないのですが、知人の紹介や、VOCALOIDのイベントなどを通じて知り合った会社から声がかかるようになり、あるとき、『北斗の拳』のスマホゲームのBGM用に10曲くらい作って欲しいという依頼が来たりしたんですよ。BGMなんて作ったこと一度もなかったんですが、「BGM?はい、もちろん、作れます。全然行けますよ!」なんて少しハッタリを入れながら、仕事をこなしていきました。納期予定通りに仕事を終わらせたら、結構喜んでもらえ、また同じ会社からリピートがあったり、そこからの紹介で別の仕事が来たり…と徐々に広がっていきました。
作曲が仕事として成り立つのか、いろいろとお話を伺ったmonaca:factoryさん
--作曲の仕事というと、コンペに応募して……という話をよく聞きますが、monacaさんはコンペへの参加というのは?
monaca:あまりキッカケがなかったこともあって、コンペに参加したことはないんですよ。ゲームのBGMの仕事だったり、ドラマCDの制作の仕事をもらったり、来た仕事は一つも断らず、何でもやっていったこともあり、結構忙しくはなったんですよね。さすがに最近、まったく知らない人からのあまりにも酷い仕事だったりすると、請けないこともありますけれど…。ものすごく大変だったのは、ドラマCDの楽曲を2週間で74トラック納品しろ、と言われたときですね。中学校のころ大好きだったアニメの音響監督さんで、その人と繋がるんだと思って頑張りましたが、さすがに心が折れかけましたよ(苦笑)。納品したら、その監督さんから「これ、新記録だよ!」って褒めてもらって、今でも繋がっているんですが、当初、できるはずがないって思ってたんでしょうね(笑)。一番印象に残っている仕事は、やはりVOCALOID関連なんですが、ギャラ子のコンピアルバムに参加させてもらったこと。ボクの作った曲をギャラ子の声の元である柴咲コウさんが気に入ってくれて、ファンクラブイベントで歌ってくれたんですよ!その日は、関係者席から、ふむふむ、なんて感じで見ていたわけですが、内心緊張しながら、すごくドキドキしました。いま振り返ってもすごい体験だったな、と。
3DCG作品「PRODITOR」のBGMはmonacaさんの最新の作品
--お話を伺っていると、確かにVOCALOID曲のヒットがひとつのキッカケにはなっているけれど、やってきた仕事を確実に、実直にこなしてきたから今に繋がってきているんでしょうね。
monaca:ただのボカロPだろ、ただの素人だよね、って見られるケースも多いのは事実。そうしたバイアスをかけて見る人は、今後もいるし、それは仕方ないと思っています。それよりは、少しずつ増えていったクライアント企業の仕事をしっかりこなしていくのが重要だろうと思っています。実際、企業とは本名でやりとりしていますし、今のクライアントで私がボカロPだってことを知らずにお付き合いしている人もたくさんいますから。最近では、曲を作るだけでなく、新しい仕事として作曲のための書籍を書いたりもしているんですよ。
monaca:factoryさんが執筆し、3月に発売された「作りながら覚える3日で作曲入門」
--この「作りながら覚える3日で作曲入門」という本ですね。またずいぶん違う仕事のようにも思えますが、これはどういう経緯で書かれたんでしょうか?
monaca:作曲の本っていろいろあるけれど、初心者にとって分かりやすい本ってないな…と思っていました。ボクの場合、初投稿の10日前に、菩薩Pの「初心者のための作曲講座」という動画を見て学んだのが、スタートだったんですが、そうした自分の経験も踏まえ、もっと多くの人に分かりやすい説明ができるはず、と思い、なんか使命感のようなものに駆られて総力を挙げてそのブログを書いたんですよ。かなりの反響があったのですが、そこで書ききれなかったことを加え、もっと分かりやすくしてまとめたのが今回の本なんです。さらっと読めて、すごく役立つと思うのですが、慣れていない仕事だったこともあり、1年がかりとなりました。今年3月に発売してから、結構好評で、Amazonのおかげさまで、3刷りまでいったんですよ。
--それはすごいですね。でも、作曲の本を書いて、多くの作曲家が生まれたら、仕事上の敵が増えるばかりじゃないですか?
monaca:確かに競合する可能性はゼロではないけれど、きっとそんなにブツかることはないだろうな、って。それよりも、仲間が増えるという意識が強いし、もし「あの本読みました!」って言ってくれたら嬉しいですよね。これまで一般的に作曲といえば、楽器を練習して即興でメロディーを作ったり、 音楽理論やコード理論を覚えてから、 実際に取りかかってみる……、というのが王道だったと思います。でも、初心者にとっては、まず理論を理解するのが大変ですし、 理解できてもその知識を使ってどうやって曲を作ればいいのか、と挫折してしまうケースが多いと思うんです。そこでこの本では、理論は飛ばして、まずお手本を真似しながらフリーソフトに打ち込むのを覚え、簡単な説明を読みながら、3日間でまず1曲作ってしまうことを実践します。その上で、少し理屈を解説するという流れになっているので、本当に初めての人でも取り組めるようにしているんです。また、曲作りのために、いきなり投資をするのも大変だろうと思ったこと、さらには難しいインストール作業でくじけてしまうことがないように、と、誰でも無料ですぐに起動できるソフトとしてDominoを教材として使っています。Macユーザーの場合は、GarageBandを使う形にしています。
「作りながら覚える3日で作曲入門」 はWindowsではDomino、MacではGarageBandを使うことを前提に構成されている
--monacaさん自身、Dominoを使っているんですか?
monaca:はじめた当初はDominoを愛用してました。簡単に使えるし、とにかくタダですしね。いまはCubaseを使ってますが、ある程度作曲に慣れてきたら、好みのDAWに移行すればいいのではないでしょうか?最初から難しいDAWを触って、そこで挫けてしまったら意味ないですから……。そういう点でも、誰でもすぐに使えて、そっくり真似するところから始められるという点で、役に立つと思いますよ。
--この本を読めば、誰でもプロの音楽家になれますか?monacaさんが成功したのは、たまたま時期的にVOCALOIDブームに乗れたから、という可能性はないですか?
monaca:プロとして生きていけるかは、その人次第なのでなんともいえませんが、今でもチャンスはいくらでもあるだろうと思っています。確かにボクがはじめたのは、ちょうど初音ミクが出てすぐの時期であり、その後VOCALOIDがすごく大ヒットしたタイミングだったので、ラッキーであったことは否めませんが、いまでも多くの人たちがニコニコ動画を見ていて、新しいボカロPも次々と誕生して、大ヒットを飛ばしています。一方で、YouTuberが活躍する時代で、nanaが大ブームになるなど、今だからこそできることもたくさんあると思います。フィールドはどこであれ、そこで出会った人とのご縁を大切にしていくことで、自分が必要とされる仕事も増えていくのではないでしょうか?ぜひ、多くの人がこの世界で活躍できるようになるといいな、と思っています。
--ありがとうございました。
【関連情報】
monaca:factoryさんのWebサイト
「作りながら覚える3日で作曲入門」 紹介ページ(ヤマハミュージックメディア)
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