音楽制作においての、最終工程といえるマスタリング。ミックスダウンして作ったデータを16bit/44.1kHzのCDのフォーマットにすると同時に、音圧や音質などの調整、トリートメントを行い、作品として完成させる作業を意味しますが、これはレコーディングや編集、ミックスとは異なる感性やノウハウが求められる作業であり、だからこそ、これを専門とするマイスター、「マスタリングエンジニア」という職人がいるのです。
しかし、そうしたマスタリングエンジニアの職を脅かす?新しいサービスがカナダから登場してきました。そうマイスターであるマスタリングエンジニアの感性、ノウハウを習得したコンピュータの人工知能がマスタリングを行ってしまうというサービスです。MixGenius社がスタートさせた、LANDR(ランダー)という誰でも無料で使えるこのサービスについて紹介してみましょう。
人工知能によるクラウド型マスタリングサービス、LANDR
DTMにおいては、各トラックをレコーディングし、編集作業をするとともに、エフェクトをかけたり、EQやパン、フェーダーワークによるミックス作業をすれば、とりあえず完成となります。でも、最後にマスタリングを施すことによって、さらにブラッシュアップされたサウンドに変身するんですよね。このマスタリングは、ミックスダウンまでの作業とは違ったノウハウが必要となるため、「得意ではない」と思う人も少なくないと思います。また、ミックスした本人ではなく、別の人が行うからこそ、その良さが引き出せるということもあるようです。
では、このマスタリング工程で何をしているのか、というと主にはEQとコンプレッサ、マキシマイザを使っての音質・音圧調整を行うのです。ミキシングとは異なり、それほど派手に音を変化させるものではありませんが、ここで音質・音圧を調整することで、作品として引き立ってくるのです。
とはいえ、マスタリングをプロにお願いするとしたら、かなりの料金がかかってしまうわけですが、とりあえず、そのマスタリングを無料で行ってくれるというのがLANDRなのです。
ブラウザ上に目的のミックスデータをドラッグ&ドロップすると、アップロードされる
操作自体は、いたって簡単です。16bit/44.1kHzのWAVでも、24bit/96kHzのWAVでも、MP3の128kbpsのファイルでも大丈夫。LANDRにブラウザでアクセスした上で、このサイト上にファイルをドラッグ&ドロップで持っていくだけでいいのです。
アップロード後、自動的にマスタリング作業が行われ、数分で終了
ファイルサイズとネット回線の速度にもよりますが、5分もあればアップロードが完了するとともに、数分の処理作業が終わると完成。ブラウザ上で音が再生されると同時に、マスタリング処理前と、マスタリング処理後の比較ができるようになるのです。
完成したファイルが欲しい場合には、メールアドレスを入力してユーザー登録をすれば無料で、MP3-192kbpsのファイルならダウンロードすることが可能になります。WAVで必要な場合は有料となりますが、まずはMP3で音を確認してみてからでいいのではないでしょうか。ちなみに価格は月に4曲までなら月額9ドル、無制限に使いたいなら月額19ドルとなっています。
月額9ドルを支払うとCD品質の16bit/44.1kHzのデータでダウンロード可能になる
ただし、ダウンロードできるのは16bit/44.1kHのWAVファイルのみで、24bit/48kHzや24bit/96kHzのデータをアップロードしても、CDフォーマットに変換されて戻ってくるようですね。
実際に試してみると、確かに各楽器音、ボーカルの雰囲気などが変わります。顕著だったのがドラム。ややこもっていた感じのキックがクッキリとしてきたり、スネアの高域がクリアになり、気持ちいい音になりました。また沈んでいたボーカルもよりクリアになって前に出てきた感じがします。
曲によっても、向き、不向きがあるのか、あまりうまくいかないケースもあるようです。たとえばシンセパッドで全体的に音を埋めようとしていたサウンドにエッジがついて、妙に目立つようになってしまったり、コーラスが大きく聴こえる感じで、かえってリードボーカルが奥に行ってしまったり……。
ただLANDRは、生身の人間ではないので、「スネアを抑えめに」とか「ボーカルをもっと前に」なんて要望は通じず、単にデータを渡すと、処理してくれるだけ。パラメータも何もないのです。だからこそ、簡単で便利ともいえる一方、本気で使おうと思うと、物足りなさも感じるところです。ただし、主にコンプのかけ具合を3段階で調整する選択肢だけは用意されていますが、あまり使えるという印象はありませんでした。
もちろん、アップロードするミックスダウンデータを変えると、結果も変わってきます。LANDRサイトの注意書きを読むと、できるだけEQやコンプ、リミッタをかけるのは避けた上で、できるだけ音量を抑えめにしてほしいとのこと。理想的にはヘッドルーム、つまりさらに音を大きくできる余裕を4~5dB欲しいとのことですが、それをするには、やはり24bitの分解能でアップするのがよさそうですね。
音量を小さ目に抑えて作った24bit/44.1kHzのミックスデータ
その理想のー4dBとしたデータに対して、LANDRで処理をすると、ずいぶん違う波形になっていることも分かります。
ちなみに、このLANDRはイギリスのクイーンメアリー大学、デジタル音楽センターの大学院の学術研究で開発された人工知能を搭載したもの。今後、さらに発展して、会話によってユーザーの要望が聞き入れられるようになったりすると、凄そうですよね。最近よく「匠の技をコンピュータに伝承」なんて話題がありますが、まさにそのマスタリングエンジニア版。まだまだ改良の余地はありそうですが、とりあえず無料ですから試してみる価値はあると思います。
IK Multimediaのインスタントマスタリングツール、T-RackS 3 Deluxe
ちなみに、マスタリングのテクニックをコンピュータに頼りつつも、もう少し自分で何をやっているか確認できるようにするとともに、自分でも調整がしたいのであればIK MultimediaのT-RackS 3などを使うのも良さそうです。これなら、さまざまなプリセットが用意されているので、とりあえずお任せでマスタリングができるし、プリセットの変更だけでなく、さまざまなパラメータを自由に変えられるので、マスタリングテクニックを身に着けるのにも役立ちそうですね。
【関連サイト】
LANDR
T-RackS 3製品情報
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