フランスのプラグインメーカー、Xils-Lab(ジルス・ラボ)から非常にユニークなプラグイン、Les Diffusers(レ・ディフューザー)というものがリリースされました。これは、テルミンと並ぶ電子楽器の祖先であるオンド・マルトノのサウンドを作り出すユニークなスピーカーをプラグインで再現したもので、インストゥルメントではなくエフェクトとして誕生したもの。さまざまな楽器の音に対して共鳴させることで、不思議な音の響きを実現させるという、これまでにないタイプのプラグインとなっています。
開発したのはフランス在住の作曲家でテルミン、シンセなどの演奏家である生方ノリタカ(@ubieman)さん。その昔DX7の音色ライブラリを福田裕彦さんとともに作った「生福」で世界的に有名になった方であり、ArturiaのシンセやKV331 AUDIOのシンセなどのプリセット製作者としてご存じの方も多いと思います。プラグイン、シンセの世界では長い経歴を持つ生方さんですが、このLes Diffusersは、その生方さんが初めて企画から関わって開発したプラグインとのこと。価格は89.00€(約15,000円)です。実際どんなものなのか少し試すとともに、オンラインインタビューのかたちでフランスの生方さんに開発の背景や実際の使い方などを伺ったので紹介してみましょう。
オンド・マルトノのユニークなスピーカーを再現するプラグイン、Les Diffusers
まずLes DiffusersはLa Palme(ラ・パルム)という弦の共鳴の原理を用いたプラグインとLe Metallique(ル・メタリック)というゴングの共鳴の原理を用いたプラグインの2つをセットにした製品で、Windows(64bit)はVST2、VST3、AAX、macOS(IntelおよびAppleシリコン)ではVST2、VST3、Audio Unit、AAXのそれぞれの環境で動作する形となっています。
La PalmeおよびLe Metalliqueは、いずれもオンド・マルトノの特殊なスピーカーを再現するものとなっており、プラグインの真ん中にあるアイコンが、そのオンド・マルトノのスピーカーを表すアイコンとなっています。
たとえばLa Palmeの場合、DAW上でクラビネットとかチェロ、ピアノといった音源を立ち上げて、それにインサーションする形で、La Palmeをセットして使うことで、ほかにはない不思議な独特なサウンドを作ることが可能となります。音程によって響く音と、ぜんぜん響かない音があるのも最初不思議に感じるところですが、プリセットを変更したり、パラメータを動かすことで、ここもいろいろと変化していきます。
またLe Metalliqueのほうも、シロフォンやドラムなどにインサーションの形で入れることで、これまたLa Palmeとは違う独特な響きのある不思議なサウンドが出来上がります。
では、ここからは生方さんにお話しを伺っていきます。
フランスのメーカー、Xils-Labとは
--Les Diffusers、生方さんが企画、開発を行ったプラグインである、とのことですが、そのプラグインの具体的な話に入る前に、開発元メーカーである、Xils-Labの会社の成り立ちなどについて少し伺えますか?
生方:この会社はフランス・グルノーブルにある会社で、Xavier Oudin(ザビエル・ウーダン)という人がほぼ一人でやっている小さなメーカーです。彼はもともとArturiaの創業メンバーで、Arturiaが最初に出したStorm、そのあとのCS-80 VやMiniMoog V(現Mini V)なども彼の開発ですね。その後、彼は元Arturiaメンバーが立ち上げたeiosis(イオシス)というプラグインの会社にいったんですが、この会社はエフェクト専門。でも彼はインストゥルメントが作りたかったこともあり、そこを辞めて2009年にXils-Labを立ち上げているんです。
--ということは、生方さんも長い付き合いになる方なんですね。
生方:Xils-3のころからプリセットを作っているいるので、ほとんどの製品でプリセットを作っているし、開発協力もしてきたので、かなり長い付き合いになりますね。私がArturiaに入ったころにはすでにザビエルはArturiaを辞めていたし、在籍当時はXils-Labの仕事をするということはなかったけれど、辞めるや否や、いろいろなプロジェクトに関わるようになりました。ただ、ちょっと変わったヤツでね、私が仕事で関わるようになって10年以上になるけれど、まだ1度も会ったことないし、声も聞いたことないんですよ(笑)。すぐ近所に住んでいるし、誕生日も一緒なんですけどね。すべてメールのやり取り。
Les diffusersのハードウェア版を2019年に発売していた
--では、そのLes Diffusersについてお伺いしていきます。これはどんなキッカケで開発することになったのですか?
生方:私もさまざまなメーカーのさまざまなプラグインに関わってきましたが、自分で企画したプラグイン製品というのは実はこれが初なんですよ。もともと同じLes DiffYUseursという名前のオンド・マルトノをモデリングしたハードウェアを開発し、349€(約58,000円)で販売しているんです。いくつかのデモビデオがありますが、こんな感じのものですね。
--とっても不思議な音の響きですが、これは何なんでしょうか?
生方:金属弦と金属プレートの物理モデリングをしたもので、ディレイのお化けといてもいいかもしれません。ヤマハが昔に開発した物理モデリングシンセサイザのVL-1などに近い考え方のもので、弦やプレートの共鳴をエミュレーションさせています。特定の周波数に反応するというのが特徴で、ゴングのほうはゴングの大きさに比例して共鳴する周波数が変化します。一方弦のほうは長さや張力によって、つまりチューニングすることで共鳴する周波数が決まってくるという仕組みです。
オンド・マルトノの共鳴させる装置を物理モデリング
--これがオンド・マルトノなのですか?実際の仕組みが全然わからず、大昔の電子鍵盤楽器……なのかな、と思ってました。
生方:オンド・マルトノはテルミンと同じ発想で作られた楽器なんです。実際、オンド・マルトノの最初のオシレーターはテルミンと同じヘテロダインのオシレーターを使っています。そして有線で演奏させるのがオンド・マルトノ、無線で演奏させるのがテルミンなんです。その有線部分に鍵盤も使っていたわけですが、このLes Diffusersはその鍵盤などの部分ではなく、そこから出た音を共鳴させる装置のほうモデリングしたものです。そのパイロット版を発売したのが2019年だったのですが、コロナで製造ラインが動かなくなって止まっていたのが、最近ようやく生産を再開して昨年から再スタートさせたところです。ただ、こんなマニアックな機材、そうそう売れるものではありません。また、拡張したいこともいろいろあるけれど、ハードウェアだと限界もあります。
2年前のシンセフェスタで展示されていたオンド・マルトノ
--確かに、マニアックですもんね。ユーザーからも要望とかが来ていたのでしょうか?
生方:そうですね。やっぱりチューニングしたいという声は多かったですね。このハード版のLes Diffusersのチューニングは基本的にはプリセットであり、A=440Hzにチューニングに固定されています。そのためバロックチューニングとかには対応しきれません。まあ近似値で共鳴はするけれど、極端な古典チューニングだと無理が出てきます。そうなるとMaster Tuneといったパラメータのツマミをつけることで実現はできるけれど、回路もデカくなり、筐体も重くなって、価格も上がってしまいます。また弦も7本となっているため、弦の数を増やしたいという思いもあるし、どうせならモジュレーションもかけてみたい……。でも、こんなニッチな機材に機能を追加してもコストばっかりかかって売れるものではありません。ちなみにこのハードウェアはYves Usson(イブ・ユッソン)という近所に住んでる有名なシンセサイザービルダーが回路設計などをしています。MOOG 3Cのクローンを通って有名になった人で、ArturiaのMiniBueteの開発顧問などもやっている人ですね。彼はオンド・マルトノの復元なども頼まれて行っていたこともあり、実機も見たことがある人でもあるんです。私が企画したTheresynの開発もイブなんですが、Theresynの開発がなかなかうまくいかず困り果てているときに、じゃあ、これをつなぎに開発しようかと私のアイディアも入れた形で作ったのがLes Diffusersだったのです。
ハードウェアを大きく機能拡張し、プラグイン化したLes Diffusers
--つまり、このLes Diffusersはオンド・マルトノを現代に進化させたものであり、それをソフトウェア化したのが、今回のプラグインというわけですね。
生方:そうですね。実はオンド・マルトノのサウンドシステムには、ほかにもスプリングリバーブがあるんですが、いまさらスプリングリバーブを作ったってしょうがないので、ゴングと弦の共鳴体=レゾネーターをエフェクトという形でプラグイン化したものです。テルミンもそうですが、オンド・マルトノはアコースティックを持たないので、なんか楽器らしい残響というか響きを与える目的で、このレゾネーターがあったのです。そんなレゾネーターをプラグイン化したものは今までなかったと思うので。でもせっかくプラグイン化するなら、持っているノウハウを利用してもっと面白い形で作ろうと、ハードウェア版のLes Diffusersと比較してもかなりいろいろな機能をもたせていきました。単にゴングを響かせるだけじゃなくてリアルタイムにゴングのサイズを変えるようにもしています。このゴングの大きさのパラメータをモジュレーションホイールに割り当てているので、これで動かせるし、LFOを使ってゴングの大きさを大きくしたり小さくしたり……。
オンド・マルトノの弦タイプの共鳴システム
--ゴングの大きさが変わったら共鳴する周波数が変わるわけですよね?ということは変化させると、一瞬だけ響くということですか?
生方:共鳴って、ちょっと不思議で、一旦共鳴しだすと周波数が変わっても共鳴し続けるんです。ギターのハーモニック奏法がその一例です。ポーンってハーモニックスを鳴らしてからアームを使ったって、ハーモニックスが起こったままじゃないですか。あれと同じなんです。一度鳴っちゃったものは、大きさを変えても鳴る。
--なるほどそういう仕組みなんですね。全然理解できていませんでした。そうやって1回共鳴させたうえでモジュレーションホイールでゴングの大きさを変えると独特な演奏ができるわけですね。
生方:マニアックなエフェクトですよね。だからXils-Labのザビエルからも「これ、かなり変だよ」と言われたけれど、変でいいんです。すごく変なものが欲しいんだ、って言って強引に作らせたんですよね。そうした変なものがいっぱいプリセットに入っていますがら。
ジャンルを問わず、さまざまな使い方が可能
--さて、実際このプラグイン、どのようなジャンルの曲でどのような演奏で、どう使っていけばいいのでしょうか?
生方:ジャンルはとくに選ばないですね。いろいろな使い方ができるのですが、このデモをぜひ聴いてみてください。
デモはオーディをも含め、誰もが知っているドビュッシーとバッハだけに限定しています。というのもLes Diffusersのエフェクトが耳慣れないものなので、知らない音楽でこれをかけても、たぶんどのようにかかっているのか理解できないと思ったからです。
--確かに普通のエフェクトとは違う、不思議な効果ですね。
生方:弦のほう、つまりLa Palmeではチューニングに合わせてなるので、転調した場合に共鳴弦が変わったりします。一定のスケールで演奏されていれば最初から最後まで選ばれた音だけが鳴るんですけど、途中で転調しているような場合には共鳴する音程が変わるわけです。そこが面白いというのと、プラグインなのでオートメーションを使ったり、プログラムチェンジを使ってキーの変化に合わせて共鳴の仕方を切り替えていくこともできるのです。一般のエフェクトと一番違うのは、対応する音にしか反応しない、という点ですね。Les Diffusersをディレイとして捉えた場合、ノートセレクティブ・ディレイ、つまり特定の音程にのみディレイがかかるエフェクトとなるのです。また、単に音に遅れが生じるディレイではなく、共鳴した音そのものが鳴るわけですね。弦であれば共鳴した弦の音が、ゴングであれば共鳴したゴングの音が鳴る。
--なかなか、どう使えばいいのか想像がつきにくいですが…。
生方:自由に使ってもらえれば、これまでにない、面白いことがいろいろ見つかるはずです。そこがクリエイティビティの大切なところでもありますね。私だとしたら、共鳴弦の音にのみにかける、なんて使い方をしますね。そうすることで、特定の弦に対応する残響にだけエフェクトがかかるという変なことが起きるわけです。ほかにも共鳴音に深いコーラスをかけるとかね。それ以外のエフェクトを一切かけないとすると、たとえばシンセのソロでも、ピアノのソロでもいいですが、ある音程が演奏させているときだけ、その音程にエフェクトがかかるという面白いことがおきます。
12本の弦で共鳴させる音程を設定するLa Palme
--La Palmeは12本の弦があるので、共鳴させたい音程を最大12個まで設定できるわけですね。
生方:そのとおりです。それぞれB2とかC3#といった設定もできるし、この場合は自動的に平均律の周波数にセットされます。一方で周波数で直接設定することも可能なので、必要に応じていろいろなチューニングで使えるわけです。ギターやヴァイオリンなどと同じように弦だけだと響かないから、胴があるわけで、その大きさを変えることで響き方も変わってきます。La PalmeもLe Metalliqueもその胴の部分であるBOXというところがあり、DampとDecayという2つパレメータがあります。簡単にいえばDampが箱の素材で、鳴りやすい箱と、鳴りにくい箱があるというイメージ。そしてDecayが残響時間ですね。
--なるほど、これがオンド・マルトノの発展した世界だったんですね。
生方:実は、プリセットの中にハリーパーチの43微分音階というのもあるんですよ。ハリーパーチは1オクターブが43音で構成されているものなので、12弦しかないLa Palmeでは表現しきればせん。そこでプリセットにはHarry Partvh Block 1~4と低い音程から高い音程まで4段階に分けてある。だからLa Palmeを4つ並列に並べて、それぞれを設定することで実現させることができます。日本だと冷水ひとみさんという作曲家がこれを使った音楽をやってますね。
リアルタイムでゴングの大きさを変化させられるLe Metallique
ーー一方でゴング=Le Metalliqueのほうはどうですか?こっちはLa Palmeと比較するとパラメータも少ないですね。
生方:先ほどお話したゴングの大きさを変化させるためにはWheelをオンにすることで、モジュレーションホイールで動かすことが可能になります。ただ、DAWごとにMIDIをアサインするためのルールがあると思うので、それにしたがってMIDI信号をLe MetalliqueやLe Palmeに送信できるようにしてください。もちろん、オートメーションを使うのであればアサインすることなく利用することが可能ですね。
--Le Metalliqueのパラメータを見るとLa PalmeにはないLOW ENDというのがありますが、これは何を意味するのですか?
生方:これは、マイクをどこに置くかというような感じのものですが、周波数カーブを見ると、一番低い音の部分を意味していて、どの辺を強調するかを設定するものです。ゴングをボーンと膨らませなければLOW ENDを上げていくと非常に重々しい音になります。サイズはI、IIとありますが、それがIが小さく、IIが大きいので、そのどちらかを選択する形です。さらにその範囲内においてSIZE FACTORで大きさを調整できるようになっています。
--なんとなく基本的な原理というか考え方はわかりましたが、改めて生方さんのお勧めの使い方などを教えてください。
生方:そうですね、Le Metalliqueは減衰音、たとえばドラムとか木琴とか、打楽器系に使うとすごくいいように思います。金管楽器にもいいですね。一方、Le Palmeは先ほどのデモビデオにもあるようにメロディ楽器向きで、チェロのソロとかにもいいし、シンセソロなんかにはすごくいいと思います。でもピアノにかけてもいいですしね。つまり音程がはっきりした楽器は弦の共鳴を使うLe Palmeを、音程の少ない打楽器系はゴングで共鳴させるLe Metalliqueがお勧めですが、それに捉われず、ぜひいろいろと試してみてください。ジャンルは特に選ばないと思います。まあ、ポップスに合うのか自信はありませんが、ロックだったらプログレ系。ジャズスタンダードには合わないかもしれませんが、ちょっと実験的な音楽には面白いと思います。そしてエレクトロミュージックであれば、可能性は大きく広がると思いますよ。Xils-LabのAudio Tracksのページにもいくつかサンプルがあるので、こちらもチェックしてみてください。
--ありがとうございました。ぜひ、今度、Xils-Labの別のアプリもチェックしてみたいですね。
Les Diffusers購入の手順
Xils-LabのサイトからLes Diffusersを購入するにあたり、英語サイトであることから、アカウント登録やクーポンの適用など、その手順に戸惑う方もいると思います。実際に試してみたので、決済までの流れについてまとめてみました。
まず、Les Diffusersのページの右上にある「Buy Now」というボタンをクリックします。
するとショッピングカートのページが開くので、製品名と数を確認した上で、「CONFIRM MY CART」をクリックします。するとログイン画面が開きます。
購入にあたってはXils-Labのアカウントが必要になりますが、ほとんどの方はアカウントがないと思うので、下の「Creat my account」をクリックします。
ここで名前とメールアドレス、パスワード(これは上下2つ同じものを入力)を入力し、「Submit Form」をクリックします。
ここで再度名前などを入力します。*マークがあるところはすべて入力します。まあ、実際モノが送られてくるわけではないので住所、電話番号などは適当でも問題ないかもしれませんが、あとで何等かのトラブルがあった際などのために、正しい情報を入れておいたほうが無難だとは思います。ちなみにMobile Phones(携帯電話番号)のところは、頭に「+81」をつけ、電話番号の最初の「0」を省略して入力します。また、右上のTitleのところを入力し忘れて、なかなか次のページへ進めず戸惑ったのですが、ここの入力は必須とのこと。1つ目の住所のタイトルとのことなので、自分の名前でも、適当な番号でもいいので入力した上で、「Save」をクリックします。
これで登録は終わったので、右上のカートボタンをクリックしてください。
改めて先ほどと同様のショッピングカート画面が現れますので、また「CONFIRM MY CART」をクリックします。
自分の住所や名前などが2つ表示されるので、そのまま「Continue」をクリックしてください。
これで支払い画面にくるのですが、ここにクーポンコードを持っていれば「DTMStation」などと入力の上「Apply Coupon」をクリックしてください。
するとクーポンコードが適用され、割り引かれた金額に変わるはずです。これを確認の上、クレジットカード決算するか、Paypal決済するかを選ん美、「Yes,I agree with the terms and conditions.」にチェックを入れて、一番下のの「Confirm order」ボタンをクリックします。
するとクレジットカード決済であればPayZenへPaypal決済ならPaypalへのリンクボタンが表示されるので、これをクリックします。
あとはPayZenもPaypalも日本語での決済が可能になるので、各自進めていってください。
決済が完了すると、シリアルコードが得られるはずです。あとは、Xils-Labのページに戻って、上部にあるDownloadメニューからLes Diffusersを選んでWindowsもしくはMac版のインストーラをダウンロードし、インストールを進めてください。DAWからプラグインを起動するとシリアルコードの入力を求められるので、これを入力したらあとは自由に使うことが可能になります。
【関連情報】
Les Diffusers製品情報
Xils-Labサイト
Les Diffusersオーディオデモ
【価格チェック&購入】
◎Xils-Lab ⇒ Les Diffusers