先日、「ミト(クラムボン)、DÉ DÉ MOUSE、ぷにぷに電機、Watusi、遠藤ナオキ……クリエイターによるクリエイターのためのイベント、KENDRIX EXPERIENCEを無料開催」という記事で3月20日にKENDRIX EXPERIENCEなるイベントがあることを紹介しました。その記事の中で、主催である日本音楽著作権協会(JASRAC)が運営するKENDRIX(ケンドリックス)について少し触れたのですが、「ブロックチェーンの技術を使って楽曲の存在証明を実現する」とか「クリエイター自身の身元確認(eKYC)を実装する」といった内容で、とっても面白そうだけど、実は私自身もイマイチ、KENDRIXが何なのか消化しきれていなかったのも事実です。
そこで先日JASRACに伺い、KENDRIXがどんなもので、これを利用することでどんなメリットがあるのか、そもそもどういう経緯で誕生したもので、今後どのような発展が期待できるのかなど、いろいろとお話を聞いてくることができました。その話によると、DTMで楽曲を作っている多くの人との親和性が高く、自分の楽曲の権利を守っていくという面において大きく役立ちそうで、しかもすべて無料で利用できるとのこと。そういう意味では多くのDTMerがその存在を知っておくべき仕組みだし、登録して損のないシステムだと感じたので、紹介していきたいと思います。お話を伺ったのはKENDRIXの運営を担当する日本音楽著作権協会 企画部情報総合課の齋藤紫帆さんと、KENDRIX Mediaを担当する資料部の伊藤彩乃さんです。
楽曲の存在証明や身元証明を実現するKENDRIX
--KENDRIXって、説明を見ると何やら難しそうな印象を受けてしまったのですが、これが何なのか、簡単に教えてもらえますか?
齋藤:KENDRIXは、「KENRI(権利)」と「DX(デジタル・トランスフォーメンション)」の2つの言葉を合わせた造語で、クリエイターのためのプラットフォームです。音源ファイルをKENDRIXに登録することで、その音源ファイルに含まれる楽曲を「いつの時点で創作していたのか」ということを証明するための「存在証明」が取得できるものです。また、クリエイター自身の「身元確認」ができるシステムも実装されています。楽曲の存在証明はブロックチェーンの仕組みを活用し、クリエイターの身元証明にはeKYCという技術を用いています。
--KENDRIXのプロジェクトはどのような経緯でスタートしたのですか?
齋藤:音楽業界は大きく変化しています。特にストリーミング市場が急速に拡大していますし、音楽クリエイターの裾野も拡大しています。そうした中、2020年度、2021年度にクリエイター約60名へヒアリングを行いました。その結果、この大きな変化にともない新たな課題が出てきていることが分かりました。大きく分けると3つあります。まずは、自分の作った楽曲が無断で利用されたり、ほかの人の作品としてなりすまし公開されるなどのトラブルを経験した人が1/3程度もいたのです。一方で、JASRACと信託契約をするには印鑑証明や戸籍謄本などを提出してもらっていたこともあり、複雑でハードルが高いと感じられていました。また、著作権と著作隣接権を混同している方も多く、本来もらえるはずの著作権の対価を受け取れていないのに、適正な対価を全て受け取れていると誤解して損をしてしまっている人がかなりいる、ということも分かりました。それらを解決するために、KENDRIXプロジェクトを開始しました。
--その3つの課題に対して、KENDRIXプロジェクトで、どのように解決していくのですか?
齋藤:楽曲の無断利用やなりすまし公開に対しては、ブロックチェーンによる存在証明を提供しています。また、KENDRIXからJASRACと信託契約を締結できるようにしました。従来の印鑑証明や戸籍謄本などを必要とせず、誰でも分かりやすく簡単なUI/UXでお手続きを進められるようにeKYCを採用しています。すべてWebサービスとして提供していて、2022年6月28日にβ版を公開、2022年10月31日から正式リリースしています。
伊藤:著作権と著作隣接権の混同などに対しては、まずは著作権のことにこだわらずクリエイターにとって有益な情報を広範に、お届けしていこうというコンセプトで、KENDRIX Mediaというオウンドメディアを2022年3月31日に開設し、いろいろな情報を発信しています。
楽曲をアップロードするとそれを証明するURLが得られる
--実際、ブロックチェーンを使った存在証明というのはどのようにして使うものなのですか?
齋藤:まずKENDRIXにログインして、作品ごとの器のようなものを作った上で、その中に音源ファイルを登録します。KENDRIXでは、この器を「楽曲情報」、音源ファイルを「バージョン」と呼んでいます。登録できる音源ファイルの形式はWAV、MP3、FLACに対応しています。これらのファイルのいずれかをアップロードすると音源のHASH値、タイムスタンプ、ユーザーのIDがブロックチェーンに登録されます。何かトラブルがあった際には、ブロックチェ―ンに登録された情報をご提供することで、創作の事実に関する先行性を主張するための有効な材料になると考えています。また、KENDRIXに登録した楽曲のタイトルや著作者情報、ブロックチェーンへの登録日時などを記載したページの公開用URLを発行できます。WebサイトやSNSなどにファイルをアップロードして作品を公開する際に、公開用URLも添えていただけると、タイトルや著作者情報とともに、KENDRIXに登録していることも伝えられます。たとえばYouTubeの概要欄にこのURLを記載するといった活用方法を推奨しており、こうすることで盗作被害などへの抑止力になるのではないかと考えています。
eKYCを利用することで匿名で活動する人も安心して身元確認が行える
--身元確認というのはどのようにするものですか?
齋藤:クリエイターの場合、自分の本名などを明かしたくないという人も少なくないと思います。KENDRIXもペンネームとメールアドレスの登録だけでアカウントを開設して利用できますが、JASRACと信託契約を締結するなど、どうしても本人確認が必要となる場面があると思います。その場合は、KENDRIXに本名や住所をご登録いただいた上で、スマホで、運転免許証やマイナンバーカード、顔写真を撮影することで身元確認が完了します。さらに匿名性の高い活動スタイルであってもちゃんと身元確認できて、対価還元はしっかり受け取りながら、安心して楽曲を発表できるサービスにしていければと考えています。
--このKENDRIX、無料で使えるとのことでしたが、これはJASRACと信託契約を結んでいるJASRACメンバーを対象にしたサービスということなのですか?
齋藤:KENDRIXは、JASRACメンバーに限らず、どなたでも無料で利用可能です。ただし、アカウントの種類は、ベーシック、ビジネス、ビジネス+という3種類があります。アカウントを作っていただくと、まずベーシックとなりますが、eKYCを実施して身元確認が完了するとビジネスになり、さらにJASRACと信託契約を締結していただくとビジネス+となります。もともとJASRACと信託契約を締結している方は、KENDRIXでアカウントを作っていただいたあと、ビジネス+にアップグレードできます。ビジネス+ですと、KENDRIXに登録した作品情報・著作者情報をもとにして作品届を作成し、オンラインで提出することができます。
ベーシック | ビジネス (本人認証した方) |
ビジネス+ (信託契約した方) |
|
KENDRIX上に登録した楽曲をBlockchainに保存 | 〇 | 〇 | 〇 |
楽曲の存在証明ページを発行 | 〇 | 〇 | 〇 |
JASRACに作品を提出する(作品登録) | - | - | 〇 |
作品登録した楽曲の著作権をJASRACが管理 | - | - | 〇 |
作品登録した楽曲の著作権使用料を受け取る | - | - | 〇 |
音源元データダウンロード ※MP3は無制限でダウンロード可能です |
アップロードから 14日間 |
アップロードから 60日間 |
アップロードから 180日間 |
音楽解析 | 4件/月 | 10件/月 | 16件/月 |
KENDRIXサービス利用料 | 無料 | 無料 | 無料 |
ベーシック、ビジネス、ビジネス+のサービス内容の違い
--将来的にKENDRIXの利用が有料になっていく可能性はあるのでしょうか?
齋藤:JASRACは非営利団体で、有料化する予定はありません。あくまで無料でご利用いただけるサービスでありながら、今後はJASRAC以外のサービスとの連携を強化していく予定です。ちょうど3月5日から追加した新機能は、多くのDTMerの方にお試しいただきたいですね。
--その新機能とはどういうものなんですか?
齋藤:ACRCloudというサービスと連携した音楽解析機能が使えるようになっています。WAV、FLAC、MP3でアップロードした曲に対し、メロディー解析、フィンガープリント解析を行い、似ている曲をチェックできる、という機能です。フィンガープリントによって、まったく同じ音源を使った曲を探し出すというだけでなく、カバー曲の解析にも対応したものとなっていますので、メロディーや雰囲気が似ている曲が検出されることもあります。意図せず、既存曲とそっくりのメロディーになっていないか、公開前にチェックできるだけでなく、検出された曲のアレンジなどを参考にしていただく、といった使い方もできるのではと思っています。まだα版という位置づけなので、みなさんに評価してもらいつつ、改善を進めていきたいと思っています。
著作権について啓蒙するWebメディア、KENDRIX Media
--ところで、先ほどあった3つの課題の解決策の中で出てきたKENDRIX Mediaについても教えてください。
伊藤:JASRACとして継続的に著作権に関するコンテンツを発信しているのですが、KENDRIX Mediaでは、特に音楽クリエイターのみなさんに興味を持っていただけそうな情報を、できる限りライトにお届けすることを目指しています。たとえばプロのクリエイターの方へのインタビューは、それだけで活動の刺激やヒントになると思います。ありがたいことに、自ずと著作権やJASRACに関することにも触れていただける場合も多いですが、たとえそのような要素が全くなくても、クリエイターに役立つ内容であればOKという方針で記事作りを行っています。中には著作権やJASRACのことをダイレクトに扱う記事もありますので、ライトな記事をきっかけにそうした記事にもアクセスしていただいて、自然とクリエイターのみなさんが著作権などの情報に触れられる接点を拡げていきたいと考えています。
--やはりKENDRIX Mediaも、誰でも無料で読むことができるWebメディアなんですよね?実際、これまでどんな内容の記事を作ってきたのですか?
伊藤:はい、どなたでも無料でご覧いただくことが可能です。さまざまな切り口でとりあげてきましたが、たとえば「~Watusi、Zeebra、DJ WATARAI、DJ HASEBEが語るHIP HOPと著作権~」と題してダンスミュージックのトップランナーが感じる現在の課題と将来への期待について取り上げたほか、「若手クリエイターが突撃取材!クリエイターリサーチ芸団協CPRAに突撃取材」では、著作隣接権のひとつである実演家の権利を取り扱う芸団協CPRAを訪問し、その運営委員である松武秀樹さんにインタビューしたこともありました。さらには「音楽メディア3万円お買い物!!」という企画では音楽クリエイターに音楽メディアの購入資金3万円を提供し実際に購入した音楽メディアを紹介してもらう形で、第1回は神前暁さん、第2回にはぷにぷに電機さんにご登場いただいたり、ほかにも音楽業界のトレンドや音楽クリエイターが気になるテーマをピックアップして、JASRACが保有するデータを基に独自の検証・分析を行う企画など、さまざまな記事を作ってきました。
KENDRIX Mediaでは、これまで数多くの著作権に関するコンテンツを発信してきた
--KENDRIXとKENDRIX Mediaに加えて、今月3月20日にはKENDRIX EXPERIENCEというイベントを開催するというわけですね。
伊藤:その通りです。KENDRIXのYouTubeチャンネルやKENDRIX Mediaと連動した企画をご覧いただいて、創作活動のヒントや知識を得ていただくだけでなく、KENDRIXをきっかけにクリエイター同士が繋がることもできるイベントを開催したいと思い企画しました。おかげさまで多くの方々から参加のご応募をいただきました。既に会場での参加申込みは締め切っていますが、イベントの様子をリアルタイムに見ることができるよう、当日はYouTube Liveを使って生配信も行うので、参加申込みされなかった方や、遠方にお住まいの方は、ぜひ当日の生配信をご視聴いただきたいです。2月29日には、KENDRIX EXPERIENCEでライブを披露していただく、ぷにぷに電機さんのインタビュー動画も公開しています。3月20日のライブへの期待も高まる内容となっていますのでこちらもぜひご覧いただきたいです
--ありがとうございました。
【関連情報】
KENDRIXサイト
KENDRIX Media