先日Jonathan Wyner(ジョナサン・ワイナー)さんによる、約5時間にもおよぶマスタリングセミナーJonathan’s Mastering Bootcampがキング関口台スタジオにて行われました。Jonathanさんは、エアロスミス、シカゴ、デヴィッド・ボウイ、ピンク・フロイド、ニルヴァーナなどを手掛け、「マスタリング界の至宝」として知られるアメリカ音楽業界屈指のマスタリングエンジニア。そのトッププロが、普段どういった作業をしていて、なにを考えて手を加えているか、0から解説するという贅沢すぎるセミナーが行われたのです。
当日は日々プロによる業務が行われている、関口台スタジオのミキシングルームを使用していたため、定員数がありましたが、行けなかった人のためにも12月下旬から約2週間の予定でアーカイブ配信が行われます。収録版の販売価格は9,800円(税込)、2024年1月4日23:59までの販売となっています。世界トップのマスタリングエンジニアが、普段どういった業務を行っているのか、詳細に知ることができるので、自分でマスタリングまで行う方であれば、必見の内容ばかり。ネットやYouTubeでは出会えない、一生使える技術となっているため、1万円のマスタリングプラグインを買うよりも、ためになるといっても過言ではありません。当日、実際にJonathan’s Mastering Bootcampに行ってきたので、そのときの様子とともに、どんな内容だったのか、その概要を紹介していきましょう。
※2024.4.24追記
昨年、期間限定での配信となったこのセミナーが4月24日~5月7の期間限定で再販売されています。詳細はMedia Integrationオンラインストアをご覧ください。
マスタリング界の至宝Jonathan Wyner
Jonathanさんは、アメリカの音楽業界屈指のマスタリングエンジニア。1983年から活動を開始し、これまでエアロスミス、シカゴ、デヴィッド・ボウイ、ゴッドスマック、ジェームズ・タイラー、ピンク・フロイド、マイルス・デイヴィス、ニルヴァーナ、セロニアス・モンク、ロンドンシンフォニー…などの作品に携わっています。1991年には自身のスタジオ「M-Works」を設立し、これまでに関わった作品数は5000を超え、iZotope社ではエジュケーションディレクターとして教育部門を指揮。Ozoneの開発にも深く関わり、またバークリー音楽大学でエンジニア科教授として次世代の育成にも力を注いでいます。
さて、そんなJonathanさんのJonathan’s Mastering Bootcamp配信版ですが、その内容は以下の通りとなっています。
Jonathan’s Mastering Bootcampセミナー内容
マスタリングにおける基本的な心構えと目指すべき方向性、また、現代のマスタリングを取り巻く環境について、ジョナサン・ワイナーの見解が語られます。
1:クリエイティブな作業の前に~事務的・技術的な確認事項と実践
マスタリング・エンジニアの仕事は”音”に関することだけではありません。完成ファイルの形式、サンプルレート、ビット深度、最終的なデリバリーの方法など、実際に”音”の作業に入る前に確認しておくべき事柄と、その際に気を付けるべきポイントは多岐にわたります。
ここでは、サンプルレート・コンバージョンとディザリング、エイリアスノイズの確認、作業に取り掛かる順番、マスタリングにおける”ノーマライズ”の意味などが、彼のコンセプトや実際に使用しているアプリケーションとともに語られます。
さらに、音楽的な作業が終わった後の曲間調整や書き出しの手順など、マスタリングにおけるテクニカルな側面についてのワークフローをご紹介します。
2:Practical Example 1~Contemporary Afro Jazz
ここから、実際のトラックを使用した彼のマスタリングの実践例を見ることができます。最初に紹介されるプロジェクトは、グラミー賞にノミネートされた作品で、3曲共に一人のエンジニアによってレコーディング/ミキシングがおこなわれた楽曲のマスタリング。
各トラックのクオリティが一貫しており一聴して大きな問題が感じられないプロジェクトを、どのようにしてさらに輝かせるのか。
ここではパラレル・コンプレッションをはじめとした、彼の手法を学ぶことができます。
Inserted Talk
ミックスとマスタリングをひとりで担うことの難しさ、マスタリングをどこで終えるべきか、的確な判断を下すための、音に対する基準を内在化することの重要性について、実際に体験した事例をまじえて説明。
Practical Example 2~Rock
次は各曲をミックスしたエンジニアが異なる3曲入りEPのプロジェクト。曲ごとのトーンやレベルの違いが目立ちます。
レベルを揃える時に注意すべき帯域、EQやサチュレーションを使用した楽曲の”リ・バランス”など、マスタリングでの”ヘルプ”が必要な事例において、実際にどのような処理を施していくのかを実践します。
Practical Example 3~Film Score
参加者から提供された楽曲のマスタリング。元のミックスが持つコンテンポラリーなオーケストラ・サウンドを損なわず、いかにして生のオーケストラに匹敵する聴取体験を与えるかに注意を払ったマスタリングの中身を解説します。
Practical Example 4~Shamisen Metal
参加者から提供していただいた楽曲2。ハイパス・フィルターによって失われてしまったロックらしいエネルギーを取り戻すため、彼には珍しく、ボーカルをターゲットとしたミックスに介入するマスタリング処理を実践します。
Closing Talk~すべてのマスタリングエンジニアのみなさまへ
ミキシング・エンジニアとの関わり方、ステムミックスへの考え方、そしてマスタリングというものが終わりのない修練の道であり、楽しくインスパイアに溢れた仕事であることをご紹介します。
また、配信に関する情報をまとめると以下の通りです。
販売期間:12月26日23:59まで
アーカイブ配信予定日:12月下旬
アーカイブ配信配信期間予定:約2週間
購入サイト:Media Integrationオンラインショップ
2024年1月4日23:59までに購入すると、Vimeo Proでの期間限定配信URLが送られてくるので、そのURLからページに飛び約2週間の間は何回でもアーカイブ配信を視聴することができます。あくまで配信なので、期間が過ぎたら視聴できなくなる点にはご注意ください。また、当日は5時間のセミナーとなっていましたが、通訳が入っていたほか休憩を含めた時間だったので、配信版は2時間強の内容となっています。
キング関口台スタジオで行われたJonathan’s Mastering Bootcamp
さて、現地で行われたJonathan’s Mastering Bootcampは、キング関口台スタジオでの開催でした。普段はなかなか入ることのできない、まさにプロが日々音楽を作っている場所なので、そういった意味でも特別感がありましたね。Studio 2のミキシングルームに午後1時ごろに集合。参加した人は、マスタリングエンジニアが1名、そのほかは、1から楽曲を作っている人がいたり、ミキシングエンジニアがいたり、とマスタリング以外の制作を行なっている人が多かったですね。最前線で活躍するプロも、個人クリエイターも、一緒になってJonathanさんのセミナーを真剣に受講していました。
Jonathanさんは、持ち込みのWindows PCにマスタリングソフトSequoiaを立ち上げ、そこでOzoneを利用。またこれも持ち込みのGRACE design m900が接続されており、そこからJonathanさんが持ち込んだスタジオモニター、Focal Trio 6 STにオーディオを出力し、参加者はモニタリングを行いました。実際Jonathanは、日々の業務でiZotope製品を使用しているので、セミナーでもOzoneを利用していましたが、あくまで今回のJonathan’s Mastering Bootcampは、マスタリングセミナー。iZotopeのセミナーではなく、マスタリング自体に焦点を当てているので、持っていなくても問題はない内容となっていましたよ。
データを受け取るところから、納品まで。世界のトッププロがすべてを解説
内容の概要としては、Jonathanさんの普段のマスタリングのワークフローをもとに、最初データが届いたところから納品までの解説。そして、それらの技術的な側面の詳細を説明。また、各セクションで具体例を出しつつ、素材に対してそれぞれ理由を解説しながら、処理を行なっていく。といった、世界トップレベルの技法を、余すことなく詰め込まれた内容となっていました。スタイルやジャンルごとに、それぞれどういったアプローチをするを含め、氏が手がけた複数の楽曲(一つはグラミー賞ノミネート作品)に加え、日本のエンジニアが提出した楽曲をもとに処理を行うといった贅沢すぎるセミナーでした。
ネットで検索しても見つからない、ある意味企業秘密的なことまで、細かく明かしていたのですが、その理由として「世界全体の流れとして、音楽を簡単に作れるようになったからこそ、その完成品のクオリティに関して、非常に残念に思っています。完成度が低いとジャッジすることは楽ですが、そういったことはせず、私は特に若い人たちに持っているすべての技術をシェアしたいと考えています。新しい音楽、美しい音楽、興味深い音楽など、制作される環境について、使命感を感じているのです」とのこと。
現在さまざまな配信方法によって音楽が聴かれていることに対するマスタリング的アプローチ、アナログ・デジタルにおけるサチュレーションの問題、Dolby Atmosや360 Reality Audioを含めた立体音響、Googleの新しいコーデックの発表について、モニタリングするスタジオ環境について、サンプリングレートの揃え方、ビットレートへの理解、用意するデータ、曲順の重要性…など、セミナーの冒頭1時間時点で、ものすごい情報量。しかも、これらをかなり理解しやすい内容に落とし込んで、紹介してくださったので、音楽作品を1度でも作ったことがある方であれば、学ぶことはたくさん。もちろんもっと分かりやすいところで、EQやコンプ、マキシマイザ、音圧についてなども詳細に解説しているので、マスタリングについての理解が多少ふわふわしているのであれば、きっとここで答えが見つかるはず。
自分で調べるにはハードルが高い専門的な分野まで詳細に解説していた
かなり専門的だけど、あえてピックアップするとしたら、エイリアスノイズについて。エイリアスノイズとは、簡単にいうと音声の信号のサンプリングにおいて、しばしば発生するエラー。音質の劣化や、音の歪みとして現れることがありますが、知っていれば防げるもの。たとえば、96kHzから44.1kHzに変換した場合、変換に使ったアプリケーションによるエイリアスノイズの違いは、INFINITE WAVE(https://src-infinitewave-ca.translate.goog/?_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=jp&_x_tr_hl=en)で確認できるそう。
特に最近のDAWにアップデートしていない場合は、サンプリングレートの変換しただけでも、結構なエイリアスノイズが発生してしまうので注意が必要。最近のものは優秀ですが、たとえばCubase9.5以前、Ableton Live 9.03以前など、5年前からアップデートをしていない場合エイリアスノイズの影響を受けてしまっている可能性があります。実際にINFINITE WAVEから簡単に確認できるので、自分のDAWを一度検索してみてはいかがでしょうか?
まあミックス時に問題になるかどうかは、別の判断となるとのことですが、サンプリングレートの変換時に起きるので、マスタリングにおいてはなるべく問題が発生しないものを使用したいところ。ちなみにJonathanさんは、RXのResampleモジュールが優秀なので、これを使ってサンプルレートコンバージョンの処理を行っているとのことでした。Resampleモジュールには、Filter steepness、Cutoff shift、Pre-ringingといったパラメータがあるのですが、これらがどう動作するか解説しつつ、実際に普段使用している値などもセミナーでは紹介していましたよ。
以上、なかなかマニアックなところをピックアップしてしまいましたね。もちろん前回行われた「最短でマスタリングを上達したい方必見、マスタリング界の至宝Jonathan WynerのMastering Expertコース」という記事で紹介したような、初心者の方でも明日から実践できるテクニックといったものも多数詰め込まれていましたよ。ちなみに前回は90分の開催だったので、しっかりと伝えきれない部分があったと感じ、今回は完全に解説するために5時間のセミナーを実施できないかと、Jonathanさんからアプローチがあったそう。一生使える考え方、手法がJonathan’s Mastering Bootcampでは披露されているので、見逃さない手はありませんね。また、現地では受講者は、気になる点を質問したり、自分の楽曲を聴いてもらったりと、より個人にフォーカスしたアドバイスもあったので、もし次回開催される際は、現地に足を運んでみてはいかがでしょうか?
Jonathan’s Mastering Bootcamp配信ビデオ詳細情報
1:基本的なワークフローについて
セミナー概要について
テクノロジーの可能性
現代マスタリングが直面する課題
ファイルを受け取ったときにまず確認すべきこと
サンプルレートの設定について
アンチエイリアシング・フィルターの品質について
レベルの確認と設定について
アルバムの曲順について
複数曲の場合、どの曲から始めるか
各トラック試聴とラウドネス調整
各トラックの間隔設定について
メタデータの設定について
レンダリングについて
QC(クオリティチェック)について
2:プロジェクト事例”Global Jazz Institute”
クライアントへの理解について
プロジェクト の概要について
レベルチェックについて
リミッターと設定について
EQとダイナミクスの関係について
EQでのアプローチ実例
ステレオイメージについて
コンプレッションについて
具体的な設定と実例
完成マスター試聴
質問対応『Ozone 11 Upward Compressについて』
質問対応『EQによる楽器間バランス変更の実例について』
マルチバンドコンプレッサーについて
質問対応『マスタリングについて』
質問対応『全ての工程を一人で作業しているケースの課題』
質問対応『判断基準について』
質問対応『リファレンスについて』
質問対応『アナログとデジタルの3つの違いについて』
3:プロジェクト事例”エンジニアの異なる3曲EP”について
プロジェクト概要について
レベルマッチの実例
EPへの分析とアプローチ実例
アプローチへの解説
Ozone Low end Focus実例
2曲目の分析とアプローチ実例
曲間の繋ぎ処理実例
EPの完成と総括
質問対応『1曲だけのマスタリングの場合アプローチは変わるか』
質問対応『エイリアシングと歪みについて』
4:国内エンジニア提供楽曲マスタリング実例A
プロジェクトの試聴
プロジェクトの分析
アプローチの実例1
解説と分析1
アプローチの実例2
解説と分析2
5:国内エンジニア提供楽曲マスタリング実例B
プロジェクトの試聴と分析
マスタリング後のプロジェクト解説と試聴
解説と分析
6:Closing Talk
質問対応『ミキシングがマスタリングに与える影響について』
質問対応『ステムについて』
Jonathan Wynerからセミナーを視聴頂いた皆様に伝えたいこと
【関連情報】
Jonathan’s Mastering Bootcamp
Jonathan’s Mastering Bootcamp期間限定配信版