10月12日、カシオがギターストラップに装着し、それを引っ張って伸ばすことでエフェクターをコントロールできるというユニークなエフェクトコントローラー、DIMENSION TRIPPER(ディメンショントリッパー)なるものを発表し、クラウドファンディングサイト・GREEN FUNDINGを通じた支援の募集を開始しました。価格は35,200円で、早期申し込みで10~17%の割引。無事にクラウドファンディングが成立すれば2024年夏の配送が予定されている、という機材です。
「カシオが、ギター用エフェクトコントローラー?」、「カシオがクラウドファンディング?」と驚く方、不思議に感じる方も少なくないと思います。もっともカシオは80年代にデジタルギター・DG-10や、ギターシンセ・PG380などを手掛けてきたメーカーだけに、ギター用製品の30年以上ぶりの再登場に歓喜する人も少なくないのではないでしょうか?ただし、今回発表されたDIMENSION TRIPPERは、クラウドファンディングであることからも想像できるとおり、カシオトーンのCT-S1000Vをはじめとする通常の製品とは少し位置づけが異なるようです。このDIMENSION TRIPPERはどんなもので、どんなことができるのか、どのようにして生まれ、なぜクラウドファンディングなのかなど、開発者に話を聞くことができたので、紹介してみましょう。
ストラップでエフェクトを操作するユニークなコントローラ
実際のインタビューに入る前に、まずは以下の動画をご覧になってみてください。
お分かりいただけますか?ギターストラップの端に、引っ張って伸びる機材が取り付けられていますが、ここを引っ張ったり戻したりすることで、音が変化しているのが分かると思います。ここでは、その先にピッチシフターが取り付けられているから、引っ張って伸ばすことで、音程が上がっていき、戻すと元に音程に戻るようになっています。一方で、これをピッチシフターではなく、フィルターに繋いで演奏したのがこちらの動画です。
このピッチシフターやフィルターは一般のエフェクトを使っているので、今回の製品であるDIMENSION TRIPPERが出す音、というわけではありません。このDIMENSION TRIPPERは一般的なエフェクトにエクスプレッションの信号を送るための機材で、そのコントロールをペダルではなく、ストラップ部分を引っ張ることで実現する、という機材。
どうやって、そのエクスプレッションの信号を出すかというと、このストラップに取り付ける引っ張る機材からBluetoothで本体に信号を送り、その本体が2系統のエクスプレッション信号を出す、という仕組みになっているのです。これによって、ペダル操作だけでなく、ストラップ操作でエフェクトを変化させることができる、という新しい奏法が可能になり、ギタリストの演奏パフォーマンス性を大きく向上させることができる、という機材なんです。
DIMENSION TRIPPERの接続例
そのDIMENSION TRIPPERを開発したカシオ計算機の藤井令央さん、小林亮平さんのお二人にお話しを伺ってみました。
カシオのエンジニアの教育プログラムの中で誕生
--今回のDIMENSION TRIPPER、製品のカテゴリーやアイディアについても、またクラウドファンディングでリリースする、という点も、カシオ製品としては異例づくめだなと驚きました。この製品を出すことになった背景をお伺いできますか?
藤井:このDIMENSION TRIPPERは、カシオの電子ピアノや電子キーボードなど電子楽器の事業部の新製品として出したものではないんです。実は2020年から社内でエンジニアの教育プログラムとして新しいアイディアの製品を自ら企画・開発して、商品化していこうというものができ、その第1弾としてリリースするものなんです。昔はシリーズで製品を作ればどんどん売れる時代でしたが、今はマーケットインのモノづくりが必須となりました。エンジニア自身が顧客価値を提案できないと立ち行かなくなる、ということでエンジニアもマーケティングの勉強をしながら、技術開発をしていこう、ということで、この教育プログラムがスタートしたのです。そこで年に2回、社内で製品アイディアを募集し、その中からよさそうなものをピックアップし、商品化を検討するようになったのです。
--なるほど、そうしたアイディアとしてDIMENSION TRIPPERを提案したということですね。これは藤井さんのアイディアなんですか?
藤井:はい、2020年末の最初のアイディア募集の際に応募した結果、選考に残った格好です。当時、社内横断的に10チームくらいがアイディアを応募した中、4チームが残ったのですが、その1つが私だったのです。
DIMENSION TRIPPERの発案者であり、回路設計を担当する藤井令央さん
--その時点で、だいたい製品のイメージは出来上がっていたのですか?
藤井:アイディアとしてはある程度頭にはありました。が、さまざまな面で手探りでした。ここに置いてあるのが、その開発の進化ですが、最初は子供のお弁当の箸入れでしたから(笑)。そこから、だんだん左側のものへと進化していったわけですが、とくに最初のころは予算も時間なく、大変でしたね。当初は普通の仕事をしながら、ある意味、課外活動的に作っていたんです。
--藤井さんは、どんなお仕事をされてきたのですか?
藤井:私は2015年入社なので、今年で9年目になりますが、ずっと回路畑を歩んできました。デジカメの回路設計を行ったり、直近では電子楽器のキーボードの開発も行っていました。現行製品でいうと、たとえばCasiotone CT-S1などを担当していました。
学生時代からギター好きだったことで、思いついた製品
--そんな藤井さんが、どうしてDIMENSION TRIPPERを提案し、開発することになったのですか?
藤井:中学・高校のころからギターを始め、大学でもギターをやっていたので、ギター関連の製品を手掛けてみたいな…という思いはありました。ただ、当社は楽器といっても鍵盤が中心となっていて、ギター関連というのは現実的ではなかったなか、試しに応募してみたところ、うまく通ったのです。
最初のプロトタイプ。当初は有線ではあったが、引っ張るとEXP信号が出る機構はこの時点でできていた
--一方、小林さんはどのようにして、このプロジェクトに加わったのですか?
小林:私も藤井と同じ2015年入社の同期であることもあり、藤井の動きは見ていたのですが、開発が進んでいく中、このプロトタイプを見て面白そうだと共感し、メカ設計が必要になってきた時点で参加した形です。
--小林さんは、もともとメカ設計のお仕事だったんですか?
小林:そうですね。入社以来、ずっとメカ設計を担当しています。藤井と同様、最初はデジカメの開発をしていて、その後キーボードの開発、その中のスピーカーの開発などを行ってきました。私も高校時代はギターを弾いていましたが、大学ではバイオリンを弾いたり、さらにはベースを弾いたりと、いろいろな楽器にチャレンジしていましたが、やはりギターは好きで、今回のプロジェクトはとても面白く感じました。
同期の回路担当・メカ担当がタッグを組んで開発
--藤井さん、小林さんの二人で開発を進めていったわけですね。
藤井:私と小林のほか、ソフト開発のエンジニアにも参加してもらい、主に3人で進めていきました。この教育プログラムとしてプロジェクトを進めていく中、何回か社内でのプレゼンを行い、徐々に振り落とされていき、最後まで残ったのがウチのチーム一つとなったんです。
小林:当初は、通常業務の合間に作業をしていたのですが、いまはこのプロジェクトに専念する形となり、二人で進めてきました。最初のころのモデルはストラップを引っ張ると、その力を検知してエクスプレッション信号を出す形でしたが、力を検知するだけだと演奏する上で、分かりにくいという声もあり、引っ張って伸ばすようにするなど改良を加えていき、現在の形へとなっていきました。
--DIMENSION TRIPPER、少し触らせてもらいましたが、すごく反応がいいですよね?
藤井:ストラップの引っ張りに瞬時に反応する低レイテンシーを実現させています。また人によって、力の入れ具合に差があると思うのでユーザーの好みに合わせて加重や有効ストローク長を調整できるようにしたのも大きな特徴だと思っています。
--ストラップに取り付けるトランスミッター側、電源はどうなっているんですか?
小林:本体裏側に電池ボックスがあり、単4電池2本で駆動するようになっています。この電源を使って引っ張り度合いを検知するとともに、それをBluetoothでレシーバーへと飛ばす形になっています。
トランスミッター側の裏には単4電池x2を入れるボックスが装備されている
--レシーバー側、見た目はエフェクター風ですが、これ自体がエフェクトというわけではないんですよね?
藤井:はい、これ自体は音を出したり変化させるものではなく、2つのエクスプレッション信号が出力できるようになっているものです。トランスミッター側は1つですが、同時に2系統のEXP出力が可能で、それぞれで独立に設定可能になっています。
Bluetoothで飛ばし、2系統のエフェクトをコントロール
--設定というのはどういうものなんですか?
小林:レシーバー側のパネルを見てもらうと分かる通り、2系統それぞれにノブが1つスイッチが4つあり、これを別々に設定できるのです。このノブでエクスプレッションペダル動作時のEXP信号の最小値の調整を行います。またTRSスイッチは、3種類のTRS配置設定スイッチとなているので、各エフェクターに合わせた接続が可能になります。またストラップを引っ張る動きを、ペダルのように滑らかに動かすのか、スイッチにしてしまうのか、といった設定ができます。さらにMNT-LCHはモーメンタリ/ラッチのどちらのふるまいをさせるかの設定、そしてNOR-INVスイッチではEXP信号の特性を反転させることが可能になっています。
--かなりマニアックに設定できるんですね。フットスイッチが2つありますが、これはどう使うものなんですか?
藤井:SCROLLとHOLDという2つのスイッチがありますが、SCROLLは単押し時にスクロールモードとなり、EXP信号の出力先を変えられるようになっています。また長押し時はペアリングモードになり、トランスミッター側とレシーバー側でのペアリングができるようになっています。一方、HOLDスイッチはEXP信号の出力値を保持する形です。
--このレシーバー側の電源はどうするのですか?
小林:レシーバー側は見た目も大きさもコンパクトエフェクタ-サイズとなっていることもあり、一般的なエフェクターと同様、9VのDCを入れる形ですね。
クラファンを通じてマーケットリサーチも
--今回、クラウドファンディングを通じた支援という形での販売となったわけですが、その点について少し教えていただけますか?
藤井:DIMENSION TRIPPERは、まだ事業化が決まったわけではなく、現時点ではまだ教育プログラムの一環という位置づけです。
小林:ある意味、勉強における試験みたいな位置づけですね。この反響、売れ行きなども今後本当に事業化していくのか…といった判断がされていくことになるんだと思います。
ーー価格は目標はどうなっているのですか?
藤井:税込み・送料込みの単価が35,200円ですが、早割得点として、15%割、10%割、7%割となっています。目標は7,450,000円に設定しているので、なんとかそこまで持っていきたいと思っています。
--実際の評判はいかがですか?
小林:多くのギタリストの方に見ていただいており、ネット上でも話題にしていただいているので、滑り出しは好調です。
藤井:実はカシオの名前は出さずに7月の行われた『横浜ミュージックスタイル』というギター/エフェクト関連の展示会にも出展したこともあります。多くの方に立ち寄っていただき、100人以上の方に触ってもらったりもしました。その結果、9割程度の方から面白いという反応をいただけたので、大きな自信につながりました。
--このクラウドファンディングが成功したら、事業化されて、一般の商品として販売する予定なのですか?
藤井:もちろん自分としてはそうしたいですが、実際市販できるかについては、また社内で検討してくことになると思います。一方、クラウドファンディングが未達に終わった場合は、すべて返金となり、プロジェクト失敗となってしまうので、ぜひ達成できるよう、頑張っていきたいですね。
いつかはカシオのギター事業部を……
--無事成功し、事業化までたどり着いたら、どうしていきたいですか?
藤井:個人的には鍵盤とは別にギター事業部を作って、ギター周り、エフェクト周りの製品が作れるようになるのが夢ですね。もちろん、BOSSやZOOMをはじめ、各社エフェクトなどに取り組んでいて、各メーカーごとの音があると思います。だから、カシオの音というのを作っていけたらいいな、と思っています。
小林:カシオの強みはデジタル処理技術なので、カシオならではのものを作っていきたいですね。オーセンティックを攻めるより、今回のDIMENSION TRIPPERのように新しいジャンルの製品を出したり、今までにないデジタルエフェクトを作れたらいいな、と考えています。
--まずは、今回のクラウドファンディングの成功を祈りつつ、いつかギター関連の製品がいろいろ登場してくることを期待しています。ありがとうございました。
新感覚のエフェクトコントローラー『DIMENSION TRIPPER』
支援金額:35,200円(税込、送料込)/1セット ※早割特典あり
成立条件:745万円 ※不成立の場合は全額返金
送付時期:クラウドファンディング成立後から約半年を予定
募集期間:2023年10月12日~11月末予定 ※上限台数に達した時点で募集終了
募集サイト:『DIMENSION TRIPPER』プロジェクト(https://greenfunding.jp/lab/projects/7737)
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