カシオから歌声合成機能を搭載したキーボード、CT-S1000Vが発売されてから2年が経過しました。世界中のユーザーがさまざまな使い方をしているようで、CT-S1000V Challenge Vol.2においてもユニークな作品が次々とUPされています。カシオ自身は、CT-S1000Vをシンセサイザとは呼んでいないようですが、音を作っていく楽器という面ではシンセサイザと言って間違いないでしょう。
もっともCT-S1000Vは突然生まれたわけではなく、カシオにおけるシンセサイザの長い歴史があるからこそ、誕生したもの。そのルーツを遡ると1984年に発売されたCZ-101というシンセサイザにたどり着きます。PD音源というユニークなシンセサイザ方式を発明したカシオが生み出した、画期的なシンセサイザだったのですが、実際どんなものなのか、その基本的な仕組みについてフォーカスを当ててみたいと思います。
カシオのシンセサイザの原点、1984年発売のCZ-101
CZ-101については、これまでDTMステーションでも「デジタルシンセ戦国時代に生まれたCZ-101。革新的発想で開発されたPD音源とは」、「1984年登場のCZ-101を復刻させたiPadアプリが、ついに発売だ!」といった記事で何度か取り上げてきたことがありました。
PDとはPhase Distortionの略であり、「位相の変化速度を歪ませる」方式のシンセサイザである…ということは解説を読んだり、話を聞いてなんとなくは知っていたのですが、いまいち、どういう仕組みなのかしっくり理解できていなかった……というのが正直なところです。そうした中、先日、収録したYouTube番組「江夏と藤本のオトトーク」の中で、長年シンセサイザ開発に携わってきたカシオのレジェンドエンジニアである岩瀬広さんにゲスト参加いただき、PD音源の仕組みについて実演を交えながら解説していただいた結果、ようやく理解することができました。よく、40年近く前にこんなすごい方式を考えたものだと感心するばかりですが、ぜひ多くの方にも知っていただきたいと思い、改めて記事で紹介していきます。
CZ-101をフィーチャーした「江夏と藤本のオトトーク」
まずは、その岩瀬さんを交えての番組が3回あるので、よかったら、こちらをご覧ください。
個人的には、PD音源を理解する上での永久保存版だな……とも思ったのですが、この番組内でも見てきた通り、CZ-101は1984年発売のミニ鍵盤のデジタルシンセサイザ。現在、デジタルシンセというと、そのほとんどがPCM音源、つまりサンプリングという手法で録音した音を鳴らす方式になっています。しかし、1980年代の中盤は、コンピュータの処理速度も遅いし、メモリが非常に効果で、現在のようなサンプリングは簡単には実現できませんでした。そのため、各社がこぞって、新方式のデジタルシンセを生み出していたのです。
その中でも著名になったのはヤマハのDX7をはじめとするFM音源。FM音源も非常に複雑で、理解するのが難しいシンセサイザであることは確かです。ただ数多くの文献もあるし、多くの人が音作りにトライしてきた、ということもあって、その音作りの方法などは知られてきました。
そのFM音源に真っ向から挑んだのがカシオのPD音源であり、今でもCZ-101のきらびやかで独特なサウンドは世界中の音楽制作で用いられているようですが、PD音源の仕組みの話……となるとあまり情報がないのが実際のところです。
コサイン波を元に波形を作り出すPD音源とは
そんな中、岩瀬さんが解説してくれたわけですが、このCZ-101では
DCW(Digital Controlled Wave)
DCA(Digital Controlled Amplifier)
がそれぞれ2つずつある、というシンセサイザの構成になっています。DCOがオシレーターで、DCWがアナログシンセでいうところのフィルタ、DCAがアンプとなっているのですが、ユーザーはそれぞれをVCO、VCF、VCAと同じような感覚で使える、というのが最大の特徴なのですが、ここには大発明といっても過言ではなユニークな仕組みで実現されていたのです。
まずDCOは鋸歯状波(ノコギリ波)、矩形波、パルス波……など8種類の波形から選択できるようになっているのですが、この8つが非常にユニークな方法でできており、その方法こそがPD音源と呼ばれる所以でもあるのです。
岩瀬さんによると、8つの波形ともすべてコサイン波をベースに作りだしているのだとか。三角関数を覚えている方ならお分かりのとおり、サイン波もコサイン波もまったく同じで、単純に90度ずれているだけの話ですが、なぜサイン波ではなく、コサイン波なのか……というのを示しているのが番組内にも出てきた、こちらの図です。
そう、CZ-101の中にはウェーブテーブルとして8つの波形が入っているというわけではなく、ごく単純な1周期分のコサイン波テーブルがデータとして入っているだけなのです。そのテーブルの読み出し方を変化させるというか位相を変化させることで、鋸歯状波を作り出しているのです。この際、単純にサイン波から鋸歯状波を作り出すより、コサイン波から作り出したほうが作りやすかった……ということなんですね。さらに読み出し方を工夫することで、鋸歯状波に限らず、パルス波を作り出していたという、すごい工夫があったわけです。
フィルタのような感覚で音作りができるDCWの役割
では、DCWとは何なのか?説明ではアナログシンセサイザで言うところのフィルタのようなもの、ということではあったのですが、仕組みを見ると、フィルタではまったくないんですね。ここが最初よく理解できなかったのですが、岩瀬さんが持ってきてくれた、REAKTORを使ったCZ-101エミュレーターでよくわかりました。
DCOで出てきた波形をここで加工しているのではないんです。SHAPEというパラメータを動かすことで、読み出し方=位相を変化させるんです。これによって、まるでフィルタを使ったような音の変化をするんです。なかなか不思議な感じではありますが、音を削っていくのではなく、倍音を増やしていくような感じになっているんです。
岩瀬さんによると、このREAKTORのソフト、PD音源の説明用に作ったもので、あくまでも内部的なものとおっしゃてましたが、カシオの純正ソフトとして販売してもいいのでは……なんて思ってしまいました。
CZ-101をエミュレーションする音源は、以前取り上げたカシオのiPad用アプリ、CZ App for iPadのほか、ArturiaのCZ Vなどはじめいくつか存在しているようですが、ぜひカシオの現行製品の中の機能として復活させるなど、いろいろ出てきてくれるといいな…と思っているところです。ちなみに冒頭でも触れた、CT-S1000Vのコンテスト、CT-S1000V Challange Vol.2は現在も作品募集中なので、CT-S1000Vユーザーの方はぜひ応募してはいかがでしょうか?
【関連情報】
CASIO CT-S1000V製品情報
CT-S1000V Challenge2情報
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【番組情報】
江夏と藤本のオトトーク・YouTube再生リスト
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