CASIOが昨年発売した、歌うシンセサイザキーボードであるCT-S1000V。鍵盤を弾くことで歌わせることができる非常にユニークな楽器である一方、膨大なプリセット音色を持つPCM音源のキーボードでもあるため、プロも注目している機材。そんなCT-S1000Vを、映画、ドラマなどの音楽も手掛けるJazztronikの野崎良太(@Jazztronik_)さんが使用しているというので、お話を伺ってきました。
これまでなかった「歌う」シンセサイザであるため、ライブで幅広い表現ができるという野崎さん。また、純粋に楽器としても気に入っているらしく、ほかにも搭載されているドラムのサウンドについて、Spliceなどのサンプル素材では出せない存在感があると語っていました。シンセマニアでもある野崎さんから見た、CT-S1000Vの魅力について紹介していきましょう。
中学3年生で衝撃を受けたクラシック以外のピアノの世界
ーー野崎さんが音楽に触れるきっかけはなんだったのでしょうか?
野崎:最初のきっかけは、母親が音楽の教員だったので、なんとなくそこから近所の音楽教室に通い始めたことですかね。当時は、嫌でしょうがなかったですが笑。当時はファミコン全盛期だったので、音楽教室に行くフリをして、友達の家に遊びに行ったりしてましたね。小学5、6年のころまでは、通い続けていたのですが、中学では音楽を辞めて、運動の方に力を入れていました。ところが中学3年生ぐらいのときに、いろいろな音楽に出会い、自分から音楽に歩み寄るようになりました。
ーーどういった音楽に出会ったのですか?
野崎:今までクラシックのピアノしか知らなかったので、テレビでRock系の髪の長い人がピアノを弾いているのに衝撃を受けたのは、今でも覚えています。ほかにも「愛は勝つ」のイントロは自分がこれまで弾いていたピアノと違うものだったし、坂本龍一さんがアカデミー賞を受賞というニュースを観たり、土曜日のウッチャンナンチャンの番組の前か後ろの天気番組で流れているピアノが、ジョージ・ウィンストンの「あこがれ/愛」で、これが決定打となり、再度音楽を始めることにしました。この「あこがれ/愛」が弾きたくて、近所のピアノ教室に久しぶりに通い始めました。さらに、いまだに一番お世話になっている葉加瀬太郎さんが、在籍していたクライズラー&カンパニーというバンドが、僕が小さいころにまったく興味を持たなかったクラシックをシンセとかをたくさん使い聴きやすい音楽にしていて、これにもとても感動しました。
初めて使った電子楽器はCasiotone
ーークライズラー&カンパニーの影響もあって、ピアノに加えてシンセをスタートしたということですね。
野崎:そうですね、クライズラー&カンパニーの演奏がとてもかっこよかったので、どうやったらそういった音楽が作れるのかなと調べたら、皆さん音楽を勉強する大学に行っていたんですよね。それで、中3から高1ぐらいから真剣に音楽に取り組むようになり、大学卒業まで7年間作曲の勉強をしました。初めて電子楽器に触れたのは、親が買ってきてくれたCasiotoneがきっかけでした。Casiotoneは、音がいくつか出せるし、ビートも鳴るので、これを手元にあったコンポが多重録音できたので、「オリーブの髪飾り」のディスコミックスを作ったりしていました。そこから打ち込みにも興味を持ち、YMOを友達に教えてもらったり、どんどんシンセに興味を持つようになっていきました。その後、KORG 01/Wを買ってもらったりもしましたね。
ーーそれが、本格的に音楽をスタートした理由だったんですね。録音に関してはどうしていたのですか?
野崎:高校生のころにカセットテープのMTRを買って、それを駆使していました。大学の途中で、RolandからVS-880というハードディスクレコーダーが発売されて、あれは衝撃だったのですが、それは買わずに、Mac上のOpcodeのVisionを使っていました。大学卒業ごろには、RolandのVS-1680を導入して、これをメインに使っていましたね。また、録音も好きだったので、Pioneerの96kHz録れるDATレコーダーをいつも持ち歩いて、生演奏とかを録音していました。ライブによっては、このDATレコーダーを使って、上物だけ自分で演奏するということもしていましたよ。
Mac用のMIDIシーケンサ、Opcode Visionを使っていたという野崎さん
ーー録音系もお好きなんですね。たぶん、その当時だとStudio Visionではなくて、Visionですよね?
野崎:そうです、最初はMIDIシーケンサとしてのVisionでしたね。そして、大学3年か4年のころにオーディオも扱えるStudio Visionになって、それも衝撃的でしたね。当時は、カラオケの音源を作るバイトとかして、MIDIのコントロールチェンジなど覚えましたよ。RolandのSC-88Proを使って、当時からかなりマニアックだったと思います。
SC-88 Proを使ってカラオケ音源を作るバイトもしていた
ーー大学では、生演奏を勉強しつつ、打ち込みもガッツリだったんですね。
野崎:生演奏はピアノを一貫して勉強しつつ、大学生のときにブラジル音楽を知って、そこからジャズに入って行きました。ただ、大学生のころは、ジャズは独学で勉強していたので、最近になってちゃんと勉強するようになりました。日本の大学にジャズのカリキュラムを持ち込んだ超プロフェッショナルの方が居て、1年前ぐらいから週1回1時間半、その人と二人でジャズについて勉強しています。
90年代、数多くのシンセサイザを使ってきた野崎さん
ーー一方で、シンセの話に戻って、これまでのシンセ歴はどんな感じなのでしょうか?
野崎:Casiotone、01/Wの次にYAMAHAのSY99にいきました。BOSSのドラムマシンを買ったりもしていましたね。ただSY99は音作りは難しく、そこからオールインワンシンセでないものを買うようになりました。NOVATIONのBass StationやRoland JD-800を買ったり、AKAIのサンプラを買ったり、少しずつサンプラの世界にも魅了されていきましたね。自分の音色を作りたいという欲求もあったので、レコードをサンプリングしたり、持っているシンセの音を録ってみて混ぜたり、ライブラリを作って作品にしていました。
いまではソフトウェア音源として使えるようになっているNovation Bass Station
ーー結構いろいろなシンセやサンプラを使っていたんですね。
野崎:ほかにも初代Nord Leadを使っていたり、ALESISのA6 ANDROMEDAも現役で使用しています。そして、27歳か28歳ごろにレコード会社が、プリプロのためにスタジオを借りてくれて、そこに大量のアナログシンセが置いてあったことは、その後の人生に大きな影響がありました。OBERHEIM、Prophet、Roland系、CASIO CZ-1、RZ-1 など、往年の名機が揃っていて、そのスタジオがクローズすることになった時に、全部引き取ったんですよ。それも含め、僕もシンセが好きなので買ったりして、今置き場所に困ってます笑。
ーー一方で、現在レコーディング機材はどういったものを使っているのでしょうか?
野崎:Ableton Live、Digital Performer、ProToolsを使っています。お仕事系はDigital PerformerとProTools、Ableton Liveはダンス系や自分の作品で使っています。ソフトシンセは、ほぼ網羅しているのでは、と思うぐらい持っています。
野崎さんとCT-S1000Vとの出会い
ーーさてCT-S1000Vについてお伺いしたいのですが、使うことになったきっかけはなんだったのでしょうか?
野崎:以前Privia PX-S1100のインタビューをCASIOさんにしていただいた際に、CT-S1000Vについて僕から質問したのがきっかけですかね。個人的にすごいな、と思っていて、そのインタビューとはまったく関係ないのに盛り上がってしまいましたよ。僕は海外のボーカルプラグインで、仮歌を入れたりしているのですが、CT-S1000Vではそれ以上のことができるのでは、と思って気になった感じですね。もともとすぐにでも買おうと思っていたのですが、知り合いのベーシストに「もう、家に置く場所ないじゃん」といわれ、仕方なく我慢していたのですが、今はもう手元にあります(笑)。
ーーちなみに、国内でも初音ミクだったり、歌声合成ソフトなどたくさんありますが、それは使わなかったのですか?
野崎:僕はあまり興味がなかったんですよね。初音ミクってキャラクタが強いので、どう曲を作ってもそれは初音ミクになってしまうんですよ。そうなると、違うなと。ただこの前Synthesizer Vの歌を聴いて、すごかったのでこれは使うかもしれないですね。
ーーCT-S1000Vには、可能性を感じますか?
野崎:キーボードだけで、あらゆることができるのは、昔からシンセを触っていた僕からすると、本当にすごいことだと思います。CT-S1000Vは、自分のライブで結構活かせると思っていて、以前ボコーダーにチャレンジしたことがあり、それはうまく使いこなせなかったのですが、CT-S1000Vには期待しかないですね。まさに僕のために作られたシンセなのでは、と思ってしまうほどです。歌声合成ソフトと違い、演奏できるというのがポイントと思っていて、本来PCが必要とされるものも、CT-S1000V 1台でこなせるので、特にライブシーンでは重宝します。しかも値段が安すぎるので、持っていて損のないシンセですね。普通に10万円以上で売っていても、即買っていたのですが、当初値段を見たとき安すぎだったので、「質が良くないのかな?」と僕も思ってしまったので、安すぎて買っていない人も多いんじゃないですかね?(笑)
ーーたしかにCT-S1000V、信じられないほどの安さですよね。
野崎:まだまだ、世間にはCT-S1000Vのよさがバレていないので、勝手に第一人者を名乗ろうと思っています。ポテンシャルが高いので、いろいろなシンセを触ってきた人ほど、CT-S1000Vのよさを感じるでしょうね。ライブとかで使う人が増えると、全世代に広がると思いますね。このシリーズは、ぜひともCASIOさんに続けて行ってほしいです。インストの曲に1フレーズの言葉が欲しかったりするので、それをCT-S1000Vでは簡単に実現できるので、ありがたいですね。ただ、この面白さ、シンセとしてのよさを伝えにくいので、みんなどうにか分かってくれないかなと思っています。
ーー「歌う」という部分以外にも、お気に入りのポイントなどあったりしますか?
野崎:意外とドラムの音がいいんですよ。何百音色も入っていて、ドラムも入っているのにこの価格なのは、やっぱり考え直した方がいいと思います笑。ドラムの音は、EQも必要なく、とにかく使い勝手のいい音色が揃っています。Spliceとかで、サンプルをダウンロードしてきて使う人も多いと思いますが、個人的にそういったサンプルには、薄さを感じるんですよ。やはりハードから音が出ると、存在感もあるんですよね。ダンス系のトラックにはピッタリだと思います。開発チームは、ドラムサウンドにもこだわったのでは、と感じましたね。また、ツマミを回してリアルタイムにエフェクトを掛けることができるので、これも好きなポイントですね。
ーーありがとうございました。
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