先日、ZOOMからS6 SessionTrak(以下S6)という製品が発表になり、大きな話題となっています。これはS6を直接LANケーブルに接続すればインターネット経由で自分を合わせて最大6人との接続ができ、オンラインでのリモートセッションが可能というものです。考え方としては、YAMAHAのSYNCROOM(旧称NETDUETTO β)と非常に近いもののようですが、パソコンやオーディオインターフェイスが不要で、このS6に直接マイクやギターなどとヘッドホンを接続すればセッションできる形になっています。
発売は5月末の予定で、オンラインショップであるZOOM STOREのみでの販売で、価格は税込み49,800円。とくに月額使用料や従量課金の必要もなく、これさえあれば、いつでもどこでもセッションできる製品となっています。ZOOMによれば、「半径1,000km圏程度の距離なら、実際に同じスタジオに入って演奏するのと変わらないほどの極小レイテンシ」でのセッションが可能とのこと。にわかには信じられない夢のような話ですが、実際これはどんなもので、どこまで実用性があるのか、ZOOMの開発者にインタビューすることができました。お話を伺ったのは株式会社ズームのCTOである河野達哉さん、S6の開発リーダーでありエンジニアリングディヴィジョン プロダクトデベロップメントデパートメント1 ヴァイスプレジデントの川村快磨さん、そしてファームウェア開発担当でプロジェクトグループ1 ファームウェアチーム1のサブリーダーである西尾信吾さんの3人です。
--今回のS6、まったく前情報もなく突然登場して驚きましたが、これはいつごろから企画されていたのですか?
河野:アイディア自体は2年半くらい前からです。コロナでパンデミックが行ったころに社内でも話が上がり、温めてきました。もちろんヤマハさんのSYNCROOMがあることは承知していましたし、社内でもSYNCROOMを使っている人はいましたが、やはりコンピュータリテラシーが低い人、ネットリテラシーが低い人だと、思い通りに動かすのに苦労するという実情も見えていました。我々ハードウェアメーカーとしては、もっと簡単に迷わず使えるものを作る価値があるだろう、と考えてきたのです。
--製品ページの説明を見る限り、S6のハードを購入すればすぐに使えるものであり、従量課金などもなさそうですね?
河野:製品化する上で、いろいろなアイディアがあがりましたが、個人情報などを登録しなくても使えるようにしたい、という思いはありました。個人情報につながるメールアドレスの登録や、プロフィールの登録などしなくても、電話番号のよう共通の番号を入力すれば使える……そんな製品を目指して開発してきました。が、ぶっちゃけてしまうと、開発において何度も挫折してるんですよ。頓挫しては、やり直しての繰り返す…。途中で、もう諦めてもいいんじゃないか…、なんて話にもなったのですが、なんとか発表にこぎつくことができました。
--実際に、S6そのものに結び付く開発というと、いつごろから行われたのですか?
川村:転機となったのは実験用の試作機を作ったことでした。当初テンキーと7SEGのLEDが並んだ昔のデジタル電話みたいな形をしていましたが、これを作ってUI乗せた辺りから、これなら行けるのでは…と進めていったのです。内部的にはEthernetユニットが搭載されており、ここにウチのオーディオインターフェイスであるAMSを組み合わせたような形になっています。これを使って実験をして、本当に製品化するのか、ボツにするのかを精査していきました。ただ、私たちとしても初の製品であり、実際に出してみないと分からない点もいろいろあるのも事実です。そのため、まずは国内限定で出してみようということになりました。
--S6のような製品を待ち望んていた人は多そうです。
河野:もともと想定していたのはバンドやっていたけれど、生活スタイルが変わって続けられなくなってしまった…というような人達ですね。バンドの解散理由として引っ越しや、結婚などによって家族構成が変わって練習できなくなったケースが多いですから。毎年新卒の学生と面接をしていますが、やはり社会人になったり大学院に行ったりと、バンドメンバーそれぞれの環境が変わってしまったことで、バンド活動ができなくなってしまうという話はよく聞きます。こうした問題をS6で解決できるのでは…と思っています。
--製品ページには半径1,000kmの圏内であればセッションできるような記載がありました。私もSYNCROOM、NETDUETTOをだいぶ使いましたが、東京-大阪間でギリギリというか、それでもなかなか厳しいという印象があったので、1,000kmってホント?と思ったのが正直なところです。
川村:確かに距離が遠くなるとレイテンシーが大きくなってしまいますが、東京都内での接続はもちろん、関東近県での接続はまったく問題なくできることは確認しています。先日プロジェクトメンバーが札幌から福岡まで散らばって実際に使えるものなのか実験を行い、ネットワーク環境が良好であれば問題なく使用できる感触を得ました。
河野:やはり遅延なく接続するためには光ファイバでの接続が重要になりますし、IPv6の環境があるのが望ましいということを考えると、国内のほうが環境は整ってますね。沖縄を除くと東京から半径1,000kmでほぼ日本全土をカバーできるので、インパクトはあるだろう、ということで1,000kmという数字を出しています。
--回線やプロバイダによって状況も変わるのではないかと思いますが、推奨環境などはあったりしますか?
川村:条件下でテストを実施しました。我々で実験をしていていい結果が出ていた環境がNUROです。集合住宅の場合、最後のメタル配線部分までいくと制限が出てくることはあるようですが、最近は集合住宅でも、宅内まで光を通す回線工事をしているようなのでその辺もカバーできているようです。メタル回線になると全然ダメかというと、そうでもなく、徐々に重しが乗ってくる感じでしょうか。戸建ての光回線であれば高い確率でセッションが可能であるという実験結果が得られています。ケーブルテレビ系は総じて厳しい感じで、応答性の面でネックとなっています。それが結果としてレイテンシーにつながります。どうしてもネットワークでのジッターが発生すると、その待ち合わせが発生するので、バッファを大きくとることになりますが、それでも音が途切れてしまったり…。基本的に光回線での使用を推奨します。また、購入前に回線速度を評価できるよう「ZOOM S6 Network Checker」というWin/Mac用のアプリを作成しました。このアプリはS6の通信をエミュレートして動作します。セッション予定の二拠点を結んで「ZOOM S6 Network Checker」を使用して頂く事でレイテンシー、ジッター、パケット損失を事前に評価することができます。
--発売は4月でZOOM STOREでの販売となっていますが、広く楽器店展開するわけではないんですね?
河野:非常に新規性が強い製品でもあるので、テストマーケティング的な意味合いもあり、現時点ではZOOM STOREのみでの販売に限らせていただこうと思っています。4月上旬での発売で、ひっそりと出そうと思っていたのですが、ニュースを出した結果、想像以上のレスポンスがあって、我々自身、驚いているところです。まずは国内で出してみてみつつ、何かあったときも国内であれば手厚くサポートできるので、必要に応じて改善していければ、と思ってます。
--YAMAHAがNETDUETTOを発表したのは2010年だったと思いますが、そこから13年。このタイミングでZOOMがS6をリリースした背景として、何か大きな技術的進化があったりするのでしょうか?
河野:バックボーンのネットワーク速度が向上してきたということはあると思いますが、ここ何年かという点でみれば、特段大きな技術進化があったわけではないと思います。各メーカーがハードウェア絡みで展開するものも含め、基本的なシステムの考え方は同じだと思います。あとはどういう価格帯でどうだせるか、だと思います。今回のS6、当社としては非常に高い製品であると認識しています。1台、49,800円であり、6台そろえれば約30万円ですから。本当は、幅広い世代の方に気軽に使ってもらいたいのですが、そうした観点からすればせめて半分、できれば1/3以下の価格に持っていきたいところです。本当にそうしたニーズがあって、市場があれば、そこまで持ってこれるのでは…と考えています。
--具体的な使い方を少し教えていただけますか?
西尾:基本的にはUSB Type-Cで電源供給をしてLANに接続すると8桁のルームコードが表示されます。これをLINEやメッセンジャーなどを使って友達に伝え、その友達が同じルームコードを入力すれば繋がる形です。認証手続きがあるので、仮に無関係な人が入ってきたら、拒否すれば繋がらないようになっています。
川村:ハードウェア的にはコンボジャックの入力が2つあり、ファンタム電源にも対応しています。INPUT1のほうはHi-Zへの切り替えも可能なので、ギターなどを直結することも可能です。あとはすぐにセッションできるというわけです。
--この場合、INPUT1とINPUT2のPANはどうなるのでしょうか?そもそもステレオは通るのでしょうか?その前にサンプリングレートやサンプリングビット数などはどうなっていますか?
西尾:現在のところ16bit/44.1kHzとしていて、モノミックスという形になります。そのため最初の時点ではPANなどはない状態です。
--そこはいろいろな要望も出てきそうですね?1:1の接続限定でいいから、24bitに対応させてもらってレコーディングしたい…なんてニーズもありそうですし。
川村:ユーザーからの要望はいろいろあるだろうと想定しています。レコーディング用途も出てくるだろうと社内でも話題にあがりました。ウチもレコーダーはいっぱい出しているので、S6からアナログで出してもらったものをレコーダーに録るといった使い方からためしていただければ、と。もちろん新たにサーバーを立ててクラウドに録音結果を残していくといったアイディアもあがりましたし、録るならどのメンバーからも一番近い人が録音できるようにするなどの意見も出ていました。まずは動作する最低限の機能で第1弾製品として販売し、みなさんからの要望受けつつ、ファームウェアをアップデートできればと考えています。
--6人の音をどうミックスするのか、誰がミックスするのか、自分専用のモニターバランスが作れるのか……といったあたりも気になってきそうです。
川村:ローカルでミックスバランスをとれるのが一番よさそうではありま
西尾:ミキサー処理などは信号処理の世界ですから、アプリとして重たいものではありません。要望の応じてアップデートをしていきたいと思っていますが、まずは確実に動作するものをリリースできれば、と思っています。
--SYNCROOMを使っていると、ネットワーク環境の違いを感じる一方、ユーザーごとのコンピュータ環境やオーディオインターフェイス環境、それにバッファサイズをどこまで小さく設定できるかなどによってレイテンシーが変わってきます。実際S6だとどのくらいのレイテンシーでいけるのでしょうか?
川村:EthernetユニットとAMSを接続し、ドライバの性能をできるだけ高めていったことで、一般のパソコンとオーディオインターフェイスの組み合わせに比べ、かなりバッファサイズを縮めることができました。ローカルでLANを含めて5msec程度になります。これを1,000kmのネットに載せて片道15msecという感じです。15msecというのは大き目の部屋で5m離れてセッションする感覚なので、それなりに使えるはずだ、と考えています。
--Realtime AudioがS6と比較的近いコンセプトの機材を発表していました。が、別途オーディオインターフェイスが必要であること、従量課金の会員になる必要があることなどがネックだな、とも感じました。
河野:ウチがハードウェアメーカーであるという面はありますが、シンプルな構成にしました。会員制のサービスにして、月額制で収益を上げていく……といった頭デッカチなサービスになりがちな世界ではありますが、できるだけシンプルに、ユーザーに負担なく利用できるように考えてみました。
--まずは固定の光回線での利用が想定されていると思いますが、5Gが普及する中、そうした回線を使える可能性はありますか?
川村:USB Type-Cではありますが5V/3Aの給電が必要なため、外での利用というのはあまり想定していません。が電源が確保できれば不可能ではありません。ただ、現状の5Gだとレスポンスが低いので、リアルタイムセッション用途としては、厳しいかもしれませんね。そうした利用法も含め、リリース後、ユーザーの要望を受け入れつつ、発展させていければと思っています。
--ぜひ、製品の発売を楽しみにしていると同時に、早く実際に試してみたいですね。ありがとうございました。
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