ミュージシャンやエンジニアを中心に高い評価を得るフランスのモニタースピーカーブランド、Focal。人気のSM6シリーズの後継として、6インチウーハーのスタンダードモデルST solo6、ウーハーがデュアルになったST twin6、12インチサブウーハーのST sub12が2月3日より国内で発売が開始されました。新しいSTシリーズは見た目は従来のSM6シリーズと同じように見えますが、1台のスピーカーで2ウェイとフルレンジ双方でのチェックができるフォーカスモードの搭載に加え、ウーファー部分の歪みを50%低減する特許技術TMD(Tuned Mass Damper)、ハイパスフィルター、コンソールからの反射音に対応する160HzにポイントをおくEQなど、様々な技術や機能が投入されています。一方で昨今流行りのDSPを搭載した構成ではなく、ピュア・アナログスピーカーであることも注目すべきポイントのひとつでしょう。
音楽制作の世界では高品位モニターのメーカーとして有名なFocalですが、そもそもピュアオーディオのブランドでもあります。強いこだわりを感じるSTシリーズにはどのような背景があるのか気になるところ。先日、東京・渋谷のLUSH HUBで開催された新製品発表会で、新しいSTシリーズの開発背景について、来日中のFocalのインターナショナル・セールス・マネージャー、ヴィンセント・モーユイール(Vincent Moreuille)さんに伺いました。
すべてがパワーアップしたSTシリーズ
今回発表されたのは、ST solo6、ST twin6、そしてST sub12の3機種です。発表会で実際に見ることができたのはST solo6とST twin6の2機種で、それぞれデファクトスタンダードとなっているSM solo6 BeとSM twin6 Beの後継機となっています。
ルックスは同じように見えますし、サイズ感もほぼ同じですが、中身は全面的にグレードアップされています。
SM solo6 Be / SM twin6 Be | ST solo6 / ST twin6 | |
“W”メンブレン | 3mm厚 | 2mm厚 |
TMD | ◯ | |
ボイスコイル | 高さ16mm | 高さ20mm |
ダストキャップ | ゴム | 紙パルプ |
ベリリウムドーム | ◯ | ◯ |
ツイーターバッフル | ◯ | |
IAL | ◯ | |
ブレーシングネットワーク | ◯ | |
フォーカスモード | ◯ | |
LF/HFレベル | ◯ | ◯ |
LMFフィルター | ◯ | |
HPFフィルター | ◯ | |
オートスタンバイON/OFF | ◯ | |
ブラケット対応 | ◯ |
特筆すべき点をピックアップしてみますが、最もユニークで便利な機能はフォーカスモードでしょう。
スタジオでの制作においては、複数のスピーカーでのチェックを必要とする場合が多く、再生能力が高いスピーカーだけでなく、フルレンジと呼ばれる、一つのユニットで全帯域の音を再生するスピーカーが使われることがあります。フルレンジスピーカーは2ウェイや3ウェイのスピーカーに対して再生能力は劣りますが、一方で一般リスナーが所有する再生機器に近いため、フルレンジスピーカーを含めた複数の再生環境でチェックすることで、一般リスナーの環境で聞いても崩れない、クオリティの高いサウンドを作ることができます。
ST solo6 / ST twin6は、高音用スピーカー(ツイーター)と低音用スピーカー(ウーハー)から帯域の異なる音が同時に再生される2ウェイと呼ばれるタイプのスピーカーですが、フォーカスモードをONにするとツイーターが再生されなくなり、ウーハーから全帯域の音が再生されるようになります。つまり、1台で2ウェイのスピーカーとフルレンジのスピーカー、2台の役割をこなすことができるのです。
といっても同じスピーカーを使うわけですからさほど音が変わらないのでは?と思いましたが、聞いてみると想像よりも異なる音でした。これだけ違いがあれば2台のスピーカーとしてチェック作業を効率的に行うことができそうです。
フォーカスモードのような機能面だけでなく、スピーカーそのものも非常に高いレベルで設計され、チューニングされています。Focal独自の技術も多く投入されており、名称的にも気になるのは”W”メンブレンです。
“W”メンブレンとは正確には”W”メンブレン・サンドイッチ・コンポジットと呼ばれるFocal独自のスピーカーユニットの構造です。フォーム層を2層のグラスファイバーで取り囲む独自構造で、軽量かつ高剛性の材料により優れたダンピング特性を実現しているとのこと。結果的には他社の追随を許さないディテールの表現と、高精細なステレオイメージを実現しているそうです。
その他にもTMD(チューンドマスダンパー)やインバーテッドドーム、IALなど、独自技術がふんだんに投入されており、聞いているだけでも良い音がしそうで期待が高まります。
実際に聞いてみると、驚くほどに上品で高級感のあるサウンドに驚きます。もちろん制作用のモニタースピーカーなのでオーディオスピーカーとは異なりますが、近年の低価格モニタースピーカーとは大きく異なる、ハイエンドなサウンドを聞くことができました。もちろん、従来のSMシリーズを踏襲したサウンドになっています。
加えて驚いたのは低域の余裕です。まるでスタジオのラージスピーカーのような音で、サブウーハーが鳴っていると錯覚してしまったほど。説明にもあったTMDなどの独自技術がワイドな音を支えているようです。
試聴の感想を踏まえて、ヴィンセントさんにインタビューさせていただきました。
STシリーズはSMシリーズと同じであり、異なるスピーカー
ーー最初に、今回発表されたSTシリーズについて教えて下さい。
ヴィンセント:今回はST solo6、ST twin6の2製品に加えてサブウーハーのST Sub12という製品を発表しました。Focalを代表する製品としてSM6シリーズを販売していましたが、これらのサウンドを崩さずに、周波数特性やダイナミクスの改善をしたモデルが新しいSTシリーズです。
ーー日本でもFocal SM6シリーズは非常に高い評価を得ていますが、その上でいま新しいSTシリーズを開発、リリースした理由を教えて下さい。
ヴィンセント:SM6シリーズは象徴的な製品ではありますが、リリースされてから約15年が経過しています。その間にも様々な技術が登場しました。例えばShapeシリーズで採用された低域制御技術であるTMD(Tuned Mass Damper)や、STシリーズで投入されたIAL(Infinite Acoustic Load)などです。SM6シリーズもこれらの技術を活かせばよりよくできると考えていました。良い評価を頂いていましたが、Focalはそれに満足していないのです。
また、近年ではイマーシブオーディオ環境の構築という新たな需要が大きくなっており、STシリーズはこれらに対応するため背面の設計がSM6シリーズと異なっています。
ーー最新の技術でブラッシュアップしたSM6シリーズなのですね。STシリーズは、従来のSM6シリーズと同じ方向を向いている、同じコンセプトの製品と考えて良いのでしょうか。
ヴィンセント:その答えはイエスであり、ノーです。ノーである理由は、フォーカス機能などSM6シリーズには無かった新しいコンセプトが持ち込まれているためです。しかし見た目やサウンドについては同じコンセプトを持った製品であり、イエスとなります。
ポルシェで言えば、911という名車は現在と15年前、どちらも乗ってみると911ですが、使われている技術は全くの別物です。FocalのSTシリーズも同じように同じであり、異なる製品なのです。
ーー継承しつつ全く新しい製品にしなければいけない新製品の開発は大変そうですね。
ヴィンセント:開発は難しいものでした。Focalとしては長い、3〜4年の開発期間がかかっています。
長くなった理由としては、持っている技術をそのまま使える訳ではなかったという理由が挙げられます。例えばIALなどの技術はピュアオーディオで培われた技術ですが、そのままプロオーディオ製品に搭載できる訳ではなかったので、STシリーズのために新たに作り直しています。
また、Focalでは、スピーカーはあくまでツールであり、ユーザーがその使い方を見つけていくものであるという考え方があります。ユーザーの使い方を研究するうちに様々な改善点が見つかり、気づいてしまえばそれを改善しないわけにはいかなかったのです。
DSP・補正機能は非搭載。〜ピュアアナログスピーカーである理由〜
ーーユーザーのフィードバックを真摯に受け止めて製品開発をされているのですね。
近年では市場でホットな話題としてSonarworks等を用いた自動音場補正があると思います。新製品をリリースするにあたり、自動音場補正やDSPによる制御を行わないピュア・アナログ・スピーカーをリリースすることについて、こだわりや理由があれば教えて下さい。
ヴィンセント:モニター環境というのはスピーカーだけでなくスピーカーと部屋であり、我々はいきなりスピーカーを設置して電子的に補正するよりも、部屋の響きそのものを物理的に補正してからスピーカーを設置したほうが良い結果が得られると信じています。
自宅スタジオに向けた製品としてShapeシリーズがあります。音響が整った部屋に設置すればもちろん良い音がしますが、整っていない部屋であっても設置さえこだわっていただければ良い音がします。
ーースピーカーには自動音場補正やDSPを搭載しなくて良い、ということでしょうか。
ヴィンセント:DSPによる自動音場補正を否定しているものではなく、物理的に解決できる問題の解決をDSPに任せるのは本当の解決ではないと考えているのです。
補正技術を搭載したスピーカーや補正ソフトウェアを扱うメーカーの方は、それを専門にやっているからこその製品であり、効果が高いのです。そして我々が得意としているのはそこではないのです。
実は過去にはSM11というDSPを搭載したモデルがありましたが、まだ需要がありませんでしたし、やはりFocalが得意とするものではないと感じていました。
また、Focalでは自社でドライバーを製造しており、開発の過程でDSP補正を試したことがあります。しかしFocalのドライバーは非常に繊細であり、DSP補正したことが音を聞いてわかってしまったのです。自社の補正技術を用いた際にDSPで補正したことを知覚できる限りは、その機能を搭載することは無いと考えています。
他社ではOEMのコンポーネントとDSP補正を組み合わせれば良いスピーカーが作れると考えるメーカーもあると思いますが、我々はそういったメーカーが絶対に作れないスピーカーを作りたい。我々が得意とする、取り組むべきはピュア・アナログなスピーカーだと考えているのです。
例えばSTシリーズで採用されている”W”メンブレン・サンドイッチ・コンポジット構造ですが、すべて自社で開発し、自社の工場でハンドメイド生産しているのです。
ーーすべてにおいて高度な信念を持って開発された製品だと感じましたが、STシリーズはどのような方々をメインターゲットと考えているのでしょうか。日本の住宅事情を考慮すると、さらにコンパクトなモデルを望むユーザーも出てくると思いますが、STシリーズのラインナップを拡充する計画はありますか?
ヴィンセント:良い耳を持ったサウンドエンジニアなど、モニターに対する要求が高い方々です。ラインナップの拡充について現段階で計画はないのですが、アイディアとしては有りだと思います。
ーーShapeシリーズは今後も販売を続けるのでしょうか。日本の自宅ユーザーとしてはぜひ継続してもらいたい製品だと思います。
ヴィンセント:はい、Shapeシリーズはラインナップに残り続けます。今回STシリーズがリリースされたことでShapeシリーズを含め、フルラインナップが完成したと考えています。Shapeシリーズも背面ブラケットに対応していますから、イマーシブ環境を構築したい人にとってはShapeシリーズの方が良い場合もあるでしょう。
ーーありがとうございます、色々発表会や資料では見えなかったことがお聞きできて嬉しく思います。最後に、ひとつだけ注目するならここに注目して欲しいというポイントを教えて下さい。
ヴィンセント:Listen to it!(聞いたらわかります!)
きちんと回答しましょう(笑)。聞いていただくことで色々なことがおわかりいただけます。ご要望を頂いていた低域の特性など、様々な部分が改善されています。聞いていただくことでその変化がおわかりいただけると思います。
ーー確かに低域の改善は聞いてすぐにわかりますね。先ほど聞かせて頂いたのですが、まるでスタジオのラージスピーカーを聞いているような余裕を感じました。
ヴィンセント:ぜひSTシリーズの音を聞いてみてください。
ーー本日はありがとうございました。
Focal ST solo6 / ST twin6は、東京・渋谷にあるLUSH HUBで試聴することができます。また、同じ場所でShapeシリーズも聞くことができるそうです。興味を持った人はぜひご自分の耳でFocalサウンドをチェックしてみてください。
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