レコーディングの常識を根底から覆す革命的な出来事が、現在のDTMの世界において進行中です。そのキーワードとなるのが32bit float=32bit浮動小数点という演算処理です。ちょっと難しそうに思える言葉ですが、実際試してみると使い方は至って簡単で、これによって絶対にクリップしないという夢のようなレコーディング環境を手に入れることができるのです。
その環境を実現するためにはDAW、オーディオインターフェイス、ドライバが揃う必要があり、これまで肝心の32bit float対応オーディオインターフェイスが存在しなかったため、絵に描いた餅のような理想論にすぎませんでした。しかし、ついに日本のメーカー、ZOOMが誰でも手軽に入手できるコンパクトな32bit float対応のオーディオインターフェイス、ZOOM F3(実売価格35,100円前後)を誕生させました。正確にはF3はコンパクトなフィールドレコーダーなのですが、3月16日にリリースした新ファームウェアを適用することで、夢の32bit float対応オーディオインターフェイスに変身させることが可能となり、Windows用の32bit float対応ASIOドライバも同時にリリースされたのです。実際、これでホントに夢のレコーディング環境が実現できるのか少し試してみたのでレポートしてみたいと思います。
先日「これはオーディオインターフェイス革命!ZOOMが32bit Float対応のUSBオーディオインターフェイスにもなる小型レコーダーF3を発表」という記事で紹介したZOOMのコンパクトなフィールドレコーダー、F3。キャノンのXLR入力を2つ備えた手のひらに乗る小さなレコーダーで、単3電池2本でmicroSDカードにリニアPCMでレコーディングできる、という機材。
一般のリニアPCMレコーダー同様、16bit/44.1kHz~24bit/192kHzといったフォーマットで録音できるとともに、32bit floatでも録音できる、というのが特徴。その仕組み・構造などについては以前の記事で紹介しているので、ここでは割愛しますが、32bit floatで録音できるため、音割れの心配がなく、またそもそも入力ゲイン調整のツマミすらないというのが画期的。前回の記事を見て「AGC=オートゲイン調整を搭載ということですか?」といった質問が多数寄せられましたが、勝手にゲインを上げたり下げたりするAGCではなく、ダイナミックレンジが事実上無限大だから入力ゲイン調整ツマミが存在していないという夢の機材なんですよね。
そのZOOMのF3に新たなファームウェアが登場し、これを使って2.0へアップデートすることにより、32bit float対応のオーディオインターフェイスとしても使えるようになったのです。私の知る限り、32bit floatに対応したオーディオインターフェイスとしては、これが世界で2番目。米SOUND DEVICESのMixPre-3 II(実売価格20万円超)というやはりフィールドレコーダーが、32bit float対応のオーディオインターフェイスとして使えるようになっていましたが、ずっと手ごろな価格で入手できるZOOM F3が対応したのは画期的なことだと思います。
1月末に発売されたF3は、リリース当初からオーディオインターフェイスとして使えはしたのですが、オーディオインターフェイスとして使う場合は最大24bit/96kHzまで、と32bit floatには対応していませんでした。しかし、今回のアップデートで対応するようになったんですね。
そのファームウェアはZOOMのサイトからダウンロードできるので、実際にアップデートしてみました。方法は簡単でダウンロードしたZIPファイルを解凍し、アップデータをmicroSDにコピー。それをF3に入れて、再生ボタンを押しながら起動することで2.0にすることができるのです。
この2.0になったF3をWindowsやMac、さらにはiPadなどに接続することで、最大で32bit float/96kHzに対応したオーディオインターフェイスとして使うことができ、絶対に音割れしない夢のレコーディング環境を実現できるようになるのです。Macの場合、macOS Catalina 10.15.1以降であれば、ドライバ不要で32bit floatとして使うことができ、Windowsの場合は、ZOOMサイトからダウンロードできるドライバをインストールすれば、ASIOとして使えるようになります。
ZOOMサイトには「F3 32-bit Float動作確認済みアプリケーション」として、Windows 10、mac OS Big Sur 11、iPad OSのそれぞれで動くDAWや波形編集ソフトなどが掲載されています。
そこで実際に使えるのか、いくつかチェックしてみました。まず最初に試してみたのはWindows 11環境でのCubase Pro 12です。ここでスタジオ設定においてオーディオシステムをZOOM F3 ASIO Driverに設定するとともに、新規プロジェクトを立ち上げて、録音形式を48kHz/32bit floatに設定。これで準備が完了となったので、F3のLチャンネルにコンデンサマイクを接続して、Cubaseを録音状態にし、マイクに大声で怒鳴ってみたのです。
当たり前ながら、録音はレベルオーバーしている状態に見え、波形は海苔のようなっています。そのまま再生すると、やはり音が割れているようなのですが……。
ここで、Cubaseのゲイン機能を使ってレベルを下げてみました。しかも-20dB(約10%の音量)と思い切り下げてみたところ、しっかりと波形が現れ、キレイに声を捉えているんですね。これが32bit floatの実力です。
同じことをM1 Macでも行ってみました。前述の通り、macOS Catalina 10.15.1以降であれば、macOSの標準ドライバが32bit float対応になっているため、ZOOM F3を接続するだけで、32bit floatとして認識されるんですね。オーディオ装置での設定を見ても「32ビット浮動小数」と表示されていることが分かります。
そこで、Windowsと同様に、ここでCubase Pro 12を動かしてみたところ、まったく同じように大声で怒鳴っても、ゲインを下げるとキレイな波形が出てきて、しっかり32bit floartの恩恵が得られていることが確認できました。
続いてmacOS上でのFL Studio 20.9を使い、同じような実験をしてみました。FL StudioのEdisonを使って録音し、ゲインを下げてみると、ちゃんと波形がでてきますね。これもバッチリですね。
続いて、Ableton Liveを試してたところ、うまくいかず、そもそも32bit floatの設定がないぞ…と思ったのですが、よくチェックしてみると、[環境設定]-[Record]のところに「ビットデプス」という項目がありました。デフォルトでは24となっており、選択肢としては16、24、32の3つ。やはり32bit floatに匹敵する項目はないのですが、32を選んでみると、うまく行きました。これがAbleton Liveでは32bit floatを意味しているようですね。
ではStudio One 5.5だとどうでしょうか?こちらも、まずWindowsで同じようにしてみたのですが……、録音した後、ボリュームを下げてみても、波形は海苔状態のまま小さくなり、32bit floatでの録音がうまくできてないようなのです。これは、うまく行ってないのでは……と音を確認してみると、音割れしておらず、キレイに行っているようなのです。Macでも同様の結果となるので、波形表示にもしかしてバグがあるのでは……と思った次第です。
同じ実験をLogic Pro X 10.7でも試してみました。結果としては以下のように、録音時に0dBを越えてしまっている音は、音量を下げても以下の画面の通りで、つぶれたまま。
これもStudio Oneと同様の表示上のバグなのかな…と思って音を聴いてもダメ。改めて先ほどのZOOMが出した対応表の入力のところを見てみると「※1:0dB以上の値を扱うことはできません」との注意書きがあり、Cubaseなどで行ったことはできないんですね。その意味では、ダイナミックレンジ無限大でクリップしない、ということは実現できないようです。この点は今後のLogicの対応を待ちたいところです。
ちなみにDAWではなく波形編集ソフトであるWaveLabは、Cubaseと同様、Steinbergの製品だけに、とくに設定に戸惑うこともなく、簡単にうまくいきました。
一方、Windows専用のSOUND FORGE Pro 15は、録音しようとしたタイミングで「32ビット浮動小数点入力をサポートしていません」と表示がでます。そう。SOUND FORGE Pro 15は32bit floatでのエディットにはしっかり対応しており、ファイルを読み込んで編集し、書き出すことはできるけれど、録音には対応していないんですね。
そのほか、まだ細かくチェックはできていませんが、とりあえず速報ということで、この革命的オーディオインターフェイスとして使えるようになったZOOM F3についてレポートしてみました。この32bit floatが一般化するには、まだしばらく時間がかかるかもしれませんが、すでに多くのDAWも対応しているようなので、従来の常識を根底から覆すこのオーディオインターフェイスを試してみてはいかがでしょうか?
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