ソニーグループとしてSMEもバックアップ。音楽コラボアプリ、Jam Studioが狙う音楽制作の新しい世界

先日「ソニーグループが始めたMTR型コラボアプリ、Jam Studioが面白い!」という記事でも紹介した、iPhoneやiPadで使えるJam Studioというアプリ。8トラックを使ったレコーディングをクラウドを使って行うことができ、さまざまな人と一緒に曲を作っていくことができるという、なかなかユニークなサービスなのですが、実はこれをソニーグループとして行っているというところが大きなポイントになっているんです。

そう、ご存知の通り、ソニーグループにはレコード会社であるソニー・ミュージックエンタテインメントもあるし、先日26年ぶりに発売されたプロオーディオ用のマイクC-100などの開発チームもあり、これらとも連携しながらサービスが展開されているそうなのです。つまり、Jam Studioを使って制作活動をしたり、作品発表することで、ソニー・ミュージックの目に留まる可能性もあるし、ここから次のステップへと踏み出せる可能性もあるんですね。機能、サービス的には、まさに発展途上であり、まだリリースされたばかりの初期段階ということのようですが、何を目指しているのか、どんなことを狙っているのか、Jam Studioの商品企画リーダーである、ソニー株式会社クリエイティブセンターの坂田純一郎さん、そして株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメントのチーフプロデューサー、大関孝紀さんにお話しを伺ってみました。


Jam Studio商品企画リーダーであるソニーの坂田純一郎さん(右)、SMEの大関孝紀さん(左)



--Jam Studio、いろいろと使ってみましたが、なかなか面白いアプリですよね。もともとJam Studioはどんな経緯で開発することになったんですか?
坂田:音楽をネットワークで共有してみんなで作れないかというアイディアを持っていました。こういうことは私以外にも多くの方が20年、30年前から考えていたことですが、ちょうど世の中がスマホに切り替わっていくタイミングで、今がチャンスではないかなと思い、2015年12月にソニー社内の提案の場でデモしてみたのがスタートです。何人かから「これ、面白いね!」と言われ、そこから少しずつ開発が始まったのです。ソニー社内には音楽が好きな人が多いんですね。そういった人達から「ぜひ進めていきたい」と共感していただいて、スタートから1年の間マーケティングやビジネスのプランを作ったり、プロトタイプの制作をしていきました。

--確かにPCベースで音楽をネットワークを介してセッションするようなサービスは、かなり以前からいろいろありますよね。もともと坂田さんも音楽をやってこられたのですか?

坂田:そうですね。最初は高校卒業後上京し、高校時代の友達とバンドを組んでいました。中央線沿いのライブハウスによく出ていて、そこでプロダクションの方に声をかけていただき、現場で勉強する機会を得られました。もっとも当時は自分の実力も足りないことを自覚し、22歳で一度音楽を止めて実家に戻るか、進学するかで悩み、結果的に美大に進んだんです。4年の浪人みたいな感じですね。卒業後にソニーにデザイナーとして入社し、その後もずっとデザイナーとして仕事をしています。

Jam Studioは坂田さんのネットでの経験が発想の原点となっていた

--なかなか、面白い経歴ですね。そういえば、坂田さんはVAIOに搭載されていたソフト、SonicStage Mastering Studioの開発にも携わっていたんですよね!
坂田:入社して3、4年目ぐらいのときに僕がDAW周りなど多少詳しかったこともあり、SSMSの開発チームに参加しました。当時はもうギターも持っていないし、あまり音楽をしていたと言ってなかったんですけどね(笑)。

2003年にリリースされたVAIO搭載のソフト、SonicStage Mastering Studio
--SSMS、懐かしいですね。2003年当時のVAIOに、DSDに対応して、WAVESのプラグインに、Sonnoxになる前のSony OxfordのEQを搭載するなど、本当に斬新でしたし、画面もカッコよかったですよね。あのデザインが坂田さんだったんですね。でも、以前はスタジオミュージシャンまでやっていたのに会社員になってからギターをやめちゃったんですか!
坂田:そうですね。ただ実はその後でギターをもう一度始めるキッカケがあったんですよ。私が部署を移動するタイミングで後輩が歓送迎会を開いてくれて、バンドを組んで演奏するからそこでギターを弾いてくれと言われ、8年ぶりにギターを買ったんです。そのバンドで当時はミュージーに投稿したり、YAMAHAさんの投稿サイトで1位になったりもしていました。運良く1年間後にはインディーズでデビューもしました。

--ええ!そんなにブランクがあったのに、インディーズデビューして、ランキング1位ですか!

坂田:ちょうどそのころバンドメンバーから「YouTubeの弾いてみたが面白いよ、ギターを弾いてUPしてみたら?」と言われて、当時流行っていたカノンロックの動画をあげました。海外ではみんなコピーしていたんですが、国内は誰もコピーしていなかったので、日本で最初にコピーした人になる予定だったんですけど、一か月練習していたら2番目になってしまいました(笑)。当時はユーチューバーなんて言葉もなく、ニコニコ動画もその後だったので弾いてみたという言葉もなかったですよね。Googleが企画した最初のユーチューブライブというイベントが木場のSTUDIO COASTであったんですが、そこにゲストで出ていたりしていました。

ソニー入社後、インディーズデビューし、ネットがキッカケとなってさまざまな活動をしてきたという坂田さん
--坂田さん、それってもう限りなくプロミュージシャンじゃないですか!
坂田:ただのサラリーマンである私一人の演奏がインターネットを通じて波及するというのを目の当たりにし、YouTubeで繋がった友人と動画を作ったりライブを行ったりすることを体験できたんですよ。それなら、音楽を作りたいと思っている人たちや実力がある人たちをスマホを介して集めたらまた違うムーブメントが起きるのではないかと思ったのが、Jam Studioのアイディアを思いついたきっかけなんです。

--インターネットを通じた音楽活動の経験があるからこそ思いつくアイディア、というわけですね。

坂田:デモやプリプロレベルのもので、音質的にも、それなりに満足のいくツールを作ろうというのがコアな部分です。「昔みんな使っていた4トラックや8トラックのレコーダーがクラウドにあればいい」という感じで、モチーフが決まりました。

Jam Studioはクラウド上のマルチトラックレコーダー
--音楽をクラウドでコラボレーションするという意味では、nanaやMelocyなどとも比較されることがあると思いますが、目指している方向がかなり違いそうですね。「みんなで一緒に歌を歌おう!」ではなく、音楽制作をする場所としても機能するものを目指しているんですね。
坂田:一回プロの現場を経験した人たちが環境だったり、色々な状況によって音楽をやめてしまうケースも多いと思うんですよ。そういう人たちがもう一度チャンスを得られる機会があったらいいな、お互い補いながら新しい音楽が作れたらいいな、と思っています。いろいろな立場の人がミュージシャンとして活躍する場ができたら楽しいですよね。将来的にそうしたユーザーのみなさんがマネタイズできる場所にしていきたいですね。それから、ソニーの音楽系の技術が社内には結構あるので、それをクリエイティブな方に活かしていきたいと思っています。スマホを使った新しい音楽を作る場所にしたいです。Jam Studioという名前になる前は、「Be Musician」という名称で、「みなさんミュージシャンになれますよ」というプロジェクト名だったんです。音楽を作るのはすごく情熱が必要だと思うんですね。それを受け止められる場所を提供できるはずだ、と思っています。

--そうだったんですね。一方で、大関さんはアドバイザーとしてJam Studioのエンターテインメント部分を担っているとのことですが、いつごろから関わられていたのですか?

大関:1年半ぐらい前に坂田さんから、「クリエイターに向けたサービスを展開したい」という話を聞き、それならソニー・ミュージックとも何か一緒にできたらいいですね、と話をしたあたりからです。そのときは、私の思い、考えを言いたい放題伝えた感じでしたが、その次の段階ではプロトタイプができていました。


2016年からJam Studioの開発に関わってきたSMEの大関さん

--そのプロトタイプとはどんなものだったのですか?
坂田:実は最初はiOS用ではなく、ソニーモバイル所属の有志の協力を得てXperia用に作っていたのです。ただAndroidだと、いろいろと難しい面も多く苦労しました。音質やレイテンシーを担保するために外部にオーディオインターフェイスを接続したりもしていたのですが、なかなか理想には届かない状況でした。

大関:初めて、そのプロトタイプを見たときは、正直なところ、「これ、使わないでしょ」と思いましたね(苦笑)。僕も音楽の現場に居たり、機材を扱っている身からすると、楽器を弾いているミュージシャンは使わないだろう、と。スマホにインターフェイスを繋ぐと重たいし、このひと手間を掛けるんだったら、普通にDAWを使うよね。「だったら、ギターから直接ワイヤレスで飛ばしてよ」など、この時も言いたい放題言ってました(笑)。当時はまだしっかりしたサービスが本当にできるのか確信はなかったのですが、坂田さんの目指す考え改めて聞き、ソニー・ミュージックのマーケティングとして本格的にチームに参加しました。


大関さんからは、できる限り、スマホ本体だけで使える分かりやすいものにしてほしいという要望があった

--最初のプロトタイプはまだまだだったけれど、そもそもの意思や方向性は良かったということなんですね。
大関:はい。僕もそれに加わりたいなと思いました。まずは、Jam Studioを使ってくれるユーザーの数を増やしていきましょう、そのためにはスマホだけで成立する遊び方を実現し、それを面白がってくれるクリエイターを集めていこう、と提案したのがこの1年ぐらいですね。

--その過程で、Android用からiOS用へと転換したわけですね。
坂田:はい、やはりAndroidで展開するには、機種が多すぎてすべての動作を保証することがとてもハードルが高い、という判断となりました。最新のXperiaだけで使うというのであれば可能でしたが、最新機種だけとなると広く使っていただくことが難しいとも感じました。それに対し、やはりiOSはCoreAudioやInterApp Audioをはじめとする音楽制作のための機能が多く揃っています。実際、日本においてはiPhone比率が非常に高いので、完全にそちらに舵を切ったのです。またその時点でソニーエンジニアリングの協力を取り付け、事業としてもソニーエンジニアリングで行っていく形にしたのです。

Jam Studioは無料アプリとして、2017年11月にリリース
--実際に去年の11月にリリースされましたが、大関さんから見てどうだったのですか?
大関:リリース前のプロトタイプではかなり、いろいろなことができるようになっていましたが、リリース版では数多くの機能がそぎ落とされてしまったんです。もう少し、リリースを待てば…とも言ったのですが、ビジネス展開上急ぎたい、とのことで、11月になったのです。今後、いろいろな機能が追加されていく予定ですが、まず急いでいきたいのがシェア機能ですね。Jam StudioにUPした作品をTwitterやFacebookをはじめとするSNSでシェアできるURLの発行機能は近いアップデートで搭載されるようです。一方、個人的には狙った音だけ録れるマイクが作れたらいいのにな…と思っています。僕もギターを録音したりするのですが、部屋で録っていたら、スマホのマイクの性能も良くなってきてるので、どうしても外の雑踏まで拾ってしまって救急車の音が入ってしまったり。もっと狙った音をちゃんと録れるようになれば、クラブでのフリースタイルをそのまま録音する人が出てくるなど、どんどん一人歩きしていくと思うんです。たとえばリズム機能を従来のドラムマシンのリズムではなく、UIも含めて誰でも使えてるんだけど音源自体がまるっきりオリジナルなクールなものにしたい。世界的に有名なミュージシャンにプロデュースしてもらうわけですよ。「何そのビート?」「Jam Studioの中に入ってるんだよ」という感じに広がるようにしていきたいですね。

--大関さんの方から、ハードやソフトの機能のアイディアをどんどん上げているということなんですね。Jam Studio発のものが実現したらすごく面白そうですね。
大関:発想の転換次第でできると思っています。技術とともに新しい音楽が生まれるという歴史は繰り返してきました。DJが使うレコードだってサンプラーだって登場した当時は今のような使われ方をするとは思ってませんでしたから、Jam Studioならではの音楽だって生まれてくるのでは、と思うのです。

今後Jam Studioから、まったく新しい音楽スタイルが生まれてくる可能性も…
--今後どういう機能がJam Studioに搭載されていくのでしょうか?
坂田:まずは、大関さんがおっしゃった通りシェア機能を搭載します。また新しく録音する時に手助けとなるシンプルなメトロノームも搭載する予定です。

--オーディオインポート機能があると、今まで音源を作ってきたユーザーが参加しやすいと思いますが、搭載予定はありますか?

坂田:あります。もともとプロトタイプでは実現していた機能なので技術的にはできます。iTunes経由での使い方とはなりますが、PCからオーディオを転送してUPできるようにしていきます。後はInter-App Audio対応ですね。KORG Gadgetやdjay 2などを使っている方が簡単にJam Studioに音源をもってきて利用できる形にしていこうと思っています。それから、メトロノームの延長線として要望が大きいようでしたらMIDIクロック送受信機能も搭載したいと考えています。これを使えばPCのDAWとの同期も可能になりますからね。こういったさまざまな拡張を検討していますので、一つ一つ開発し、搭載して行きたいと考えています。

--あまり難しく見えないようにしつつ、こうした機能がどんどん搭載されていくといいですね。ソニー・ミュージックエンターテインメントの大関さんからに見て、今後どういうツールになっていくのが理想か教えてください。
大関:音楽業界全体にも言えることなんですが、アプリで簡単に音楽が作れるようになると素人でも作曲できるようになると思うんですね。カメラも簡単にいい写真がとれるような時代になって、新しいクリエイションの形が生まれてきたので、音楽も同様だと思うんです。長年担当しているヒップホップもサンプルを使って音楽を作るという新しい形を経たように、スマホのマイクだけを使った新しい音楽の作り方を、若い世代がクリエイトしていくのを見てみたいですね。Jam Studioに人が集まって、この中から才能を見出したら、そのユーザーの音楽の形も考えていかなければいけないと感じています。音源をその場でポチッと買えるようにするのか、Jam Studioの中で支援金みたいなものをシステム化していくのかなど、システム的には考えていかなくてはならないですが、今までの音源を売る方法とは違うビジネスもあるのではないかと模索しています。

--Jam Studioを新しい音楽の世界としての可能性を感じてソニー・ミュージックエンターテインメントとして絡んでいきたいということなんですね。
大関:メジャーデビューなんて、まったく想定していないユーザーから面白いものが出てくるんじゃないか、と。もちろんメジャーデビューを見据えてJam Studioを使い、楽曲をアップするという人もいると思います。そうした中に、可能性を持つ人も出てくるでしょうから、そこはしっかり見ていこうと思っています。周りの制作ディレクター達にもJam Studioをチェックするように言っており、このアプリ上の会話をできるようにしていきたいですね。

--メジャーデビューを考えている人も、考えてなくて音楽が好きで利用している人も何かマネタイズできる環境にしていきたいということなんですね。
坂田:音楽を作っている人がちゃんと稼げればみんな幸せになれると思っています。私たちであればそこをサポートしていけると思っています。
大関:Jam Studioはイメージでいうとスケッチブックであり、キャンパスでもありますね。ここで作ったものが本番のものとして見る人も居れば、スケッチだと思って使う人がいてもいいと思います。能力を持っているミュージシャンが使うコーナーがあってもいいですし、素人がスマホだけで作る音楽もあっていい。そこに音楽を探しに来る人が集まると新しい形にしていきたいですね。
【ダウンロード】
App Store ⇒ Jam Studio

【関連情報】
Jam Studioサイト

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