The Beatlesの「Strawberry Fields Forever」のドラムサウンドを手元で再現できたり、James Brownの「Sex Machine」、Led Zeppelinの「Black Dog」、Michael Jacksonの「Rock With You」……といった数々の名盤のドラムサウンドをDTMによるソフトウェア音源で再現できて、自分で自由に鳴らせるとしたら、ちょっと革命的だと思いませんか?
そんなことを誰でも簡単にできてしまうという画期的な音源が先日発売されました。PREMIER SOUND FACTORYからリリースされた「Drum Tree」(税別36,980円)という音源がそれ。レコーディング現場において「あんな音にできたらいいんだよね……」とよく言われる60年代、70年代を中心に、現代にいたるまでの名盤をピックアップした上で、それとソックリな音を再現できるようにプロのレコーディングエンジニアがこだわりぬいて作り上げた音源なのです。容量にして17GB、すべて24bit/96kHzでサンプリングされているDrum Treeを企画・開発したレコーディングエンジニアのichiroさんにお話しを伺いつつ、実際に使ってみたので、紹介してみたいと思います。
PREMIER SOUND FACTORYからリリースされたドラム音源、Drum Tree
ドラム音源というと、BFD3やAddctive Drums、Easy Drummer、Studio Drummer……など数多くの製品が発売されていて、非常にリアルなサウンドを鳴らすことができますよね。そして、これらのドラム音源ではドラムの各パーツの交換やチューニングができるのはもちろんのこと、スネアやキック、ハイハット……などそれぞれの音をどう捉えるか、マイクの位置を変更したり、マイクの種類も選べるなど、すごいことができるようになっています。
ある意味、人が叩くドラムをレコーディングするよりもリアルに、正確にソフトウェア音源で鳴らせるようになってきたわけですが、でも「やっぱりThe BeatlesのRingo Starrが叩いたような音は出せないもんだろうか……」なんて思ってしまうことはないでしょうか? もちろん時代は違うし、録音の仕方も違うけれど、いまのサウンドにはない、良さを持っていたりしますよね。
Drum Treeを企画・開発したレコーディングエンジニアのichiroさん
そんなことを実現できる音源を作ろう、と実際に作ってしまったのがichiroさんです。ichiroさんは、多数のアーティストアルバム、テレビCMや映画音楽、さらにはファイナルファンタジー、ダンスダンス・レボリューション、ビートマニアなどのゲームサウンドの録音、ミックスまで、本当に数多くの作品を手掛けてきた現役のレコーディングエンジニア。その傍らで、ライフワーク的に(?)、さまざまな音源を作っており、PREMIER SOUND FACTORYというブランドで発売しているんです。
「これまでDrums Premier Tapeというドラム音源を販売してきました。これはテープに録音したドラムを、そのままの音で音源化したもので、ビンテージ的な意味合いにおいて、貴重な音源も多数あり、好評を得てきました。ただキット数には限りもあったし、最適なジャンルも限られていました。まあ、そのままでもテープの素の質感は太くて素晴らしいですが、やはりエンジニア的なスキルがある程度必要な場面もありました。そうした中、『読み込むだけで音が完成されてる音源が欲しい』という声が多く出てきたので、今回そこにチャレンジしてみたのです」とichiroさん。
レコーディングエンジニアとして仕事をしている中、「あんな風なドラムサウンドにできないかな…」とよく名前が出てくるアーティスト、楽曲をピックアップ。その質感を再現できる音源にしたとのことですが、その一部をピックアップしてみると、以下のようなものが詰まっているんです。
ドラムキット | 参照アーティスト | 参照曲 | ドラマー | ||
1 | 60’s Detroit Pop | Gladys Knight & the Pips | I Heard It Through the Grapevine | Roger Hawkins | 1966 |
2 | UK Psychedelic Rock | The Beatles | Strawberry Fields Forever | Ringo Starr | 1967 |
3 | King of Soul | James Brown | Sex Machine | John “Jabo” Starks | 1970 |
4 | 60’s R&B | Donny Hathaway | What’s Going On | 1972 | |
5 | 70’s UK Hard Rock | Led Zeppelin | Black Dog | John Bonham | 1971 |
6 | 70’s Funk Fusion | Herbie Hancock | Chameleon | Harvey Mason | 1973 |
7 | King of Reggae | Bob Marley | I Shot the Sherrif | Carlton Barrett | 1973 |
8 | 70’s Detroit Pop | Stevie Wonder | Sir Duke | Stevie Wonder | 1976 |
9 | 70’s Free Soul | Deniece Williams | Free | Maurice White or Freddie White | 1976 |
10 | King of Pop | Michael Jackson | Rock With You | John Robinson | 1979 |
11 | Grunge Rock | Nirvana | Smells Like Teen Spirit | Dave Grohl | 1991 |
12 | Punk Rock | Green Day | Basket Case | Tré Cool | 1994 |
13 | 90’s R&B | Elisha La’verne | Your Love Sends Me | 1998 | |
14 | Neo Soul | Erykah Badu | Orange Moon | Ahmir “Questlove” Thompson | 2000 |
こんなサウンドが、今のDTM環境から出てくると思うと、ちょっとワクワクしますよね。実際にこのDrum Treeという音源で鳴らしたものが以下のYouTube動画で確認できますが、聴いてみると、なかなかいい感じですよね。
でも、これらの音源はどのように作られているんでしょうか?昔のレコードやテープからとってくるというわけにもいかないでしょうし、何をどうしているんでしょうか?
「今回のDrum Treeに収録している音源は、池袋にあるスタジオDedeというジャズを専門とするレコーディングスタジオの協力を得て、すべて新たにレコーディングを行っています。ここにはDrum Treeの収録に必要なビンテージ機器が揃っています。たとえば音色番号22のJazz FunkというキットはMaceo Parkerの『Shake Everything You’ve Got』という曲をリファレンスにしていますが、これなんかはドラマーであるKenwood Dennardが使っていたドラムそのものを入手したものが、このスタジオにあるんで、ほぼ同じ音で収録出来ました」(ichiroさん)
池袋Studio Dede
何やらスゴそうな話ですが、さらに詳しく聞いてみました。
「たとえば、現代のレコーディングではキックを録るなら、SENNHEISERのMD421やElectro-Voice RE20をバスドラの中に突っ込んで……といった方法が定番ですよね。でも昔はドラムに対してリボンマイク一本と真空管のヘッドアンプで録っていたりするんです。当時の写真なども残っているので、それらのマイキングを参考にしつつ、音を確認しながら、スネアの選び方、皮の張り具合、部屋鳴り量などを手探りで近づけていくんです。オリジナルのテイストに極力近づけるために、可能な限り当時と同じやり方でレコーディングしているんですね」(ichiroさん)
一般的に昔っぽい音にするためには、EQを駆使したりしますが……。
「昔の録音は、EQで昔っぽく加工してる訳ではありませんので、当時と同じ道具を使えば、その質感が自然に得られます。EQを使うということは、録音済みの音を、後から変えたくなったということです。最後までEQが必要の無い録音こそ100点満点で、そこにこだわったことに、Drum Treeの意義があります。逆にコンプレッサーは、積極的に音作りに利用しています」とichiroさん
Studio Dedeには多数のビンテージマイクが非常にいいコンディションで用意されている
「マイクの使い方も年代やジャンルによっていろいろ違うんですよ。たとえばBlue JazzのドラムはNeumann KM56 1本の無加工のモノラルです。複数の真空管との組み合わせで、往年のBlueNoteサウンドにかなり近い質感になったと思います。King of Popや、30’s Big Band、King of SoulなんかはRCA 77DXを1本のみ。一方で、近現代のグレイテスト・ヒッツ、Comtemporary Jazzは基本的に現代の録り方でたくさんのマイクを立ててレコーディングしています」とichiroさんは解説してくれます。
ということは、レコーディングも、当時のテープを使っているのかと思ったら、ここはデジタルで行っている、とのこと。
「写真やビデオカメラの世界では、ちょっと前までは、フィルムの方がデジカメより確実に良かった。でも近年ではデジタル技術が進歩して、4Kなどフィルムでは決して真似の出来ない素晴らしい表現がデジタルで可能になっています。デジタルレコーディングの進化の速度も、今の写真の世界と良く似てるんです。当初の企画段階では、前作Drum Premier Tapeから一歩進んで、アナログ・テープに頼らず、近年大幅に良質に進化した、デジタルの良さで勝負するつもりだったのですが、70’s Free SoulやHerbie HancockのChameleon的な音は、結局どうしてもテープの質感が必要になりました。その辺はリファレンスの時代によって積極的に機材を変えています」と明かしてくれました。
「スタジオDedeで録ったものを、神奈川県の葉山にある私のスタジオPREMIERマスタリング・スタジオに持ち帰り、ここで編集、マスタリングをおこなっています。このスタジオは、表には見えない部分で、音への探求心がギッシリ詰まった場所です。Drum Treeは、アナログ段では出来る限り当時と同じ環境で、デジタル周りは、現代の最新・最良の道具を使って現代の音として表現しました。たとえばAD/DAはLavry Engineering AD122-96 MXと、同じくLavry Quintessence DA-N5です」
「Drum Treeの後処理は、プラグインのエフェクターは使わずに、アナログのマスタリングEQと、複数のマスタリングコンプレッサーで、贅沢に時間をかけて8,000個のサンプルを一発づつ磨いていきました。一年半かかりました(笑)その間、中国映画音楽のお話も、メジャー番組のお仕事も、ほぼ全てお断りしてDrum Treeプロジェクトに集中したんです。でもお陰で先日ロサンゼルスで開かれたNAMMショー2017でも、米国内外から望外な称賛をいただきました。音が完成されているので、ユーザーさんはDrum Treeを鳴らすだけで、ドラムに対して後処理は何も必要ありません。毎日エンジニアに、ミックスを手伝ってもらうようなものですね」とichiroさん。
ここで実際にDrum Treeを立ち上げてちょっと使ってみました。これはNative InstrumentsのKONTAKTのライブラリという扱いのソフトなので、KONTAKTもしくはKONTAKT Playerが必要になります。KONTAKT Playerなら無料で誰でもダウンロードできるようになっていますよ。
KONTAKTまたはKONTAKT Playerで動作する仕様となっている
ここにDrum Treeをセットして起動するとポップなデザインの画面が登場してきます。ここにある70’s Funk Fusionとか、Grunge Rockという文字を選んで、プレイボタンを押すと、まさに…という音で鳴ってくれますね。
また画面下のタブを使ってMixer画面に切り替え、この右下にあるキット名をクリックすると、メニューが表示されるので、この中から、鳴らしたいキットを選ぶのです。んだだけでは、切り替わらず、上にあるLoadボタンをクリックして初めて切り替わるので、ここには注意してくださいね。
26種類用意されているキットから選択すれば、もうすぐに使える
パラメータもすべていい感じにセッティングされているので、後は打ち込むだけです。ここで非常にユニークだったのがMIDIのサステイン・ペダルの扱いです。Preferenceタブを開くと、いくつかのパラメータがありますが、ここにあるSustain Pedalのパラメータを見るとRollとKickを選択できるようになっています。
ここでRollを選択した状態でペダルを踏みながら入力すると、ロールで鳴ってくれるんです。一方、Kickにすると……、そうペダルがキックのペダルとして使えるようになるんです!そう、これなら足を使いながらキーボードを指で叩いてリアルタイム演奏、入力ができちゃいますよ!こんなドラム音源って、ほかになかったですよね??
Sustain Pedal設定をKickにすると、ペダルを踏むとキックが鳴る
ドラム感覚で演奏できるので、とっても気に入ったところではありますが、ペダルを踏んだものがキックのノートとして録音されるのではなく、DAW上はあくまでもサステインペダルを踏んだとして、コントロールチェインジで録音されるため、クォンタイズをかけてもキックには効かないケースもあります。この辺をどう利用するかは、ユーザーが工夫するといいかもしれませんね。
音作りはされているが、必要あればチューニングやミックスバランスなどを調整することも可能
「普通のドラム音源は第一印象をよくするためにクリップするくらいに突っ込んでいるんですが、実際にはオケ中で使うから、毎回数dB下げなくてはならず、無駄です。そのため、Drum Treeではあえて第一印象を捨てて、ミックスで適正に使えるレベルに抑えています。なのでそのまま比較するとDrum Treeの音量が小さく地味に聴こえるかもしれませんが、実はこういう細かい部分がプロ仕様なんです」とichiroさん。
あくまでも実践で使える音源に仕立てているんですね。ichiroさんによれば、これで昔の音楽を再現しようというのではなく、Drum Treeを使う事で、過去の偉大な音楽文化の積み重ねを上手に活かしながら、新しい音楽を創造して欲しいとのこと。自分の曲をRingo Starrに叩いてもらう……なんて考えると、想像も膨らんできそうですが、いかがでしょうか?
【価格チェック】
◎PREMIER SOUND FACTORY ⇒ Drum Tree
◎beatcloud.jp ⇒ Drum Tree
【関連情報】
Drum Tree製品情報
PREMIER SOUND FACTORYサイト
DRUM TREEを使ったミキシングTIPS